上 下
62 / 95
第十章 ― そうか…俺はマリーゴールドなんだ…―

しおりを挟む
 自分を心配してくれているリナの気持が胸に痛かった…。「放っておいてくれ。」と言外に匂わしてしまうような言い方をする自分が堪らなく嫌だった。

 桂はポトポトと大学構内を歩く。大学が夏休み中に加え、お盆の時期と言う事もあって学内は人気が無かった。照りつける夏の強い日差しを浴びながら桂はリナの事や亮の事を考える。 

 彼がニューヨークに休暇を過ごしに行ってから5日が経っていた。当然だったがこの間亮からの連絡は一切無かった。

 もしかしたら…国際電話で連絡くれるかもしれない…。マンションの電話を眺めながらそんな甘い事を願ってしまう自分を桂は繰り返し叱咤していた。

「バカな事を…」

 桂は頭を振りながら自分を戒めた。

「あいつは今ごろ健志さんと楽しく過ごしているんだ。俺の事なんか…忘れちゃってるさ」

 自嘲気味に桂は呟いた。 

 不意に亮の腕の中にいる健志を想像して、桂の胸はきりきりと悲鳴を上げた。自分には許されない嫉妬の感情をどうしたら良いのか…?

 今日は金曜日…。
今日の予定は全て終っていた。桂はこれからの時間をどう過ごしたらいいのか分からず困惑する…。

 いつのまにか週末は彼と過ごす事が普通になっていて…亮のいない空虚さを桂は持て余していた。

「先生…伊東先生!」

 桂は自分を呼ぶ声に慌てて歩を止めた。振り返ると自分を追ってくる人物が見えた。

「プリマスさん…。お元気ですか?」

 桂は昨年やはり李と一緒に指導した、男性のインドネシア人学習者を認めて嬉しそうに笑って見せた。

 李と同様とても熱心な学習者だったのだ。僅かな間に日本語を取得し、今は大学の農学部で農作物の遺伝子研究をしていたはずだった。

「先生、お久し振りです」

 プリマスは人懐っこい笑みを浮かべながら綺麗な発音で挨拶をした。プリマスの特にすごい所は「綺麗な発音で日本語を話したい。」と言って桂に徹底的な発音矯正を希望した事だった。

 当時桂もプリマスの熱心さに打たれて、自身アナウンス学校に通ってアクセントの矯正を勉強したほどだった。

「夏休みなのに、研究ですか?プリマスさん」

 桂の問いに、はいと嬉しそうにプリマスは答えた。桂と並んで歩き出しながらプリマスが続けた。

「大根栽培の準備を今しているんです。今日畑の土壌の調査をして、OKが教授から出たので畑の整地をするんです」

 プリマスの説明にそうですか。と桂は答えながらふとプリマスが持っている物に視線を止めた。

「プリマスさん。それは何ですか?」

 プリマスは籠をぶら提げていたが、その中には黄色い花らしきものが可憐な顔を覗かせていた。

「はい、これはマリーゴールドという花です。大根の畑から持ってきました。」
「大根の…?ですか?」

 なぜ、大根用の畑に花が植えられているのか分からず桂がキョトンと訊ねた。桂の疑問の表情にプリマスが笑いながら続けた。

「はい、大根畑の土壌にはネグサレセンチュウと言う悪い害虫がいます。大根に良くありません。でも農薬による土壌の消毒はもっと大根や人体に良くありません。悪い影響を与えます。このマリーゴールドの花、ネグサレセンチュウを減らす効果があるんです。環境保全にとても良いのです」

「へぇ…。そうなんですか?こんな可愛い花にねぇ」

 プリマスの説明に感心したように桂が答えた。実際、マリーゴールドがそんな事に使用されるとは知らなかったのだ。

 ただの鑑賞用だとばかり思っていた。桂の感嘆したような声にプリマスがニッコリと微笑んだ。 

「えぇ。この花はとてもすごいです。4月からずっとこの花を大根用の畑で育ててきました。お陰で大根用の土壌、今日のチェックで理想的な状態になった事が分かりました。だから、明日この花を全て処分します。もう花も終りですが、少し残っていた花、かわいそうなので私部屋に飾ろうと思って抜いてきたのです」

「そうなんですか。それじゃ次は大根を植えるのですね?」 

 桂はプリマスの籠の花を見やりながら訪ねた。

「はい。この花は毒抜きのようなものです。この花が土壌の毒を抜いたお陰で冬にはきっと真っ白な美味しい大根が育つはずです。」

 プリマスの「毒抜き」と言う言葉を聞いて桂の顔がサッと青褪めた。プリマスは桂の表情の変化に気付かず、無邪気に続けた。

「大根が出来たら先生にプレゼントします。ぜひ鍋をしましょう」

 明るく話しを続けるプリマスに、桂はどこかうわのそらで相槌を続けていた。
 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

Pop Step ☆毎日投稿中☆

慰弦
BL
「私のために争うのは止めて!」 と声高々に教室へと登場し、人見知りのシャイボーイ(自称)と自己紹介をかました、そんな転校生から始まるBL学園ヒューマンドラマ。 彼から動き出す数多の想い。 得るものと、失うものとは? 突然やってきた転校生。 恋人を亡くした生徒会長。 インテリ眼鏡君に片想い中の健康男児。 お花と妹大好き無自覚インテリ眼鏡君。 引っ掻き回し要因の俺様わがまま君。 学校に出没する謎に包まれた撫子の君。 子供達の守護神レンタルショップ店員さん。 イケメンハーフのカフェ店員さん。 様々な人々が絡み合い、暗い過去や性への葛藤、家族との確執や各々の想いは何処へと向かうのか? 静創学園に通う学生達とOBが織り成す青春成長ストーリー。 よろしければご一読下さい!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

処理中です...