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第十章 ― そうか…俺はマリーゴールドなんだ…―

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 絶好のキャンプ日和だった。
サークルの後輩達、総勢10人あまりと秩父の渓流沿いのキャンプ場に向かった。

 到着してひとしきりのお遊びの後、それこそ大騒ぎで食事の準備をして宴会をしてやっと落ちついた所だった。

 夕闇の涼しい風にそよぐ木々のざわめき。桂は後輩の持ち込んだデッキチェア―にゆったりと座って夜風を楽しんでいた。

「ウーン。気持がいいなぁ…」

 大きく伸びをして、風の心地よさを楽しむ。隣で同じように座っていた、後輩の東村が笑みを浮かべて言った。

「ホントっすね。桂先輩来てくれて良かったですよ」

 東村は傍らのクーラーボックスから缶ビールを取り出すと桂に手渡した。

「おっ…サンキュ」言って桂はビールを受け取るとグッと一息に呷った。スッキリした味が心地よく喉に染み渡って行く。

 他の面々は上流の方へ花火をしに行っていた。 

 2年下の東村は桂に一番良く懐いている後輩だった。一浪した末に桂が勤務している大学に入学してきており、法学部で弁護士を目指している。

 桂は大学卒業後そのままゼミの研究室に残り、留学センターの日本語指導をしている為、なにかと東村ら後輩達と会う事も多かった。

 最も誰からも好かれる桂の性格故、様々な友人達と桂は親交があったのだが…。 

「先輩。ちょっと良いですか?」

 さっきまでの気楽な口調とは少し違う声根で東村が話しかけた。

 ん…?なんだ…?ビールの仄かな酔いが回って来て、桂はウトウトしながら返事をする。

 最近亮の事を考えがちで夜もあまり眠れないでいた。しかも今日の大騒ぎで少し疲れていたのかもしれない。久し振りに心地よいまどろむような眠りに誘い込まれていた。

「先輩…。俺…今ちょっと悩んでいる事があって…」

 聞いて桂が意識を東村に戻した。

「なんだ…?悩みって?」

 桂は穏かな笑みを見せて、東村に続きを促した。東村は良く何かに行き詰まるとこうやって桂に相談を持ち掛けて来る。

 桂も特にどうというアドバイスを与える事は出来なかったのだが、黙って話しを聞いてやっていた。 

「実は…。好きな娘がいるんですけど…」

 少しはにかんだ笑みを浮かべて東村が言う。桂はへぇと瞳を驚きに僅かに大きくしながら相槌を打った。 

「付き合っているのか?」

 桂の問いに東村が「イヤ、まだなんです」と答えた。

 伏目がちに缶ビールをぐっと握り締めると東村が続けた。

「バイト先の子で…。すごい良い子なんです。ずっと前から良いなぁと思ってて…」

 彼女の事を思い出しているのか東村が優しい笑みを浮かべた。

 その笑みを見て一瞬桂の胸がチクッと痛んだ。亮と初めて会った時、亮が東村のような優しい笑みを見せて健志の事を話したことが胸を過ぎったからだ…。

 桂は頭から慌てて亮の存在を締め出すと、ビールを口に含みながらそれで?と続きを促した。 

「ねぇ先輩。どうやったら彼女と友達以上になれますかね?」

 東村はガバッと顔を上げると縋るように桂を見た。あまりに初心で…でも真剣な東村に桂が微笑んだ。

「そうか。それだったら…俺は当たり前の事しか言えないけど…。告白してみろよ。今の子はコクルって言うんだっけ?」

 桂の言葉に東村が歪んだ笑いを浮かべた。 

「言えないですよ。情けないけど…振られたらって思うと…怖くて…」

 怖くて…。

 自分の気持を亮に伝えたら…。契約解除だって言われるのが怖くて…。

東村の気持が桂には痛いほど分かった。自分だって、東村と同じなのだ。

 桂は立ちあがると励ますように東村の肩をぽんと叩いた。

「しっかりしろよ」

 東村に明るく答える。
 同じじゃない。一つだけ…でも決定的に東村と自分の違いがある…。

「ほんと、情けないぞ。東村。言わないで後悔するくらいだったら、思いきって自分の気持を伝えてみろよ。彼女だってお前の言葉を待っているかもしれないだろ」

「そうですか?」 

 情けないしょぼくれた犬のような表情で東村が桂を見上げた。その瞳に桂は苦笑を浮かべると続けた。

 自分と東村の決定的な違い。東村の想いには未来があって、育っていく希望もある。

 でも俺には…。 

 桂は少しだけ切ない痛みを感じながら言い聞かせるように話した。 

「そうだよ。勇気を出して言ってみろよ。今みたいに正直に自分の気持を。そうすれば、彼女だって真剣に答えてくれるさ。彼女がいつか気付いてくれるかもしれないって待っているだけじゃダメだ。気持は言葉で言わないと伝わらないぞ。」

 桂の言葉に東村が縋るような視線を向ける。桂はその視線を受けとめると励ますようにニコッと笑って言った。

「いいか。このままでいたって何も状況は変わらないだろ?それだったら、思いきって告白してみろよ。お前と彼女の仲を始めるためにも告白しないとな…」

 言って桂がもう一度励ますように東村の肩を揺さぶった。東村が桂の言葉を聞いてやっと笑みを浮かべる。

「そうですよね。ありがとうございます。先輩。俺、なんかウジウジしちゃって…。すいませんでした。でもなんか桂先輩に言ってもらえて…頑張れそうです」

 東村のはにかんだ笑みを見て桂は自分も笑った。それでも、胸がずきずきと痛み続ける。 

 でも…俺には…。 

 桂は亮の姿を思い浮かべながら考えた。

 でも…俺には…俺のあいつへの想いには東村みたいな未来は無いんだ…。

 そして希望も無い。

 あるのは想いを殺さなければいけないという…事実と…かならず来る終わりだけだ…。
 
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