〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

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第七章 カミサマ…お願い…今だけ…俺を彼の本当の恋人でいさせて…

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「おい…伊東…お前体調大丈夫か…?」

 久し振りに誘われて、桂は真柴と大学近くの居酒屋で飲んでいた。真柴は心配そうな表情で桂の顔を覗きこむ。

 桂はキョトンとすると

「え…俺…別にどこも悪くないですけど…。風邪も引いていないし…。どうしてですか…?」

 真柴が、桂の答えを聞いて…そうか…?と首を傾げながら答えると続けた。

「最近少し痩せたみたいだから…。お前ここんところ残業ばかりだろ。教案練るのもいい加減にして少し休め。皆心配しているぞ。お前が何かに憑かれたみたいに仕事しているってな」

 真柴が本当に心配そうに言うのを聞いて桂は微笑んだ。何も言わなくても心配してくれる、その優しさがありがたかったし、嬉しかった…。

「すみません。ご心配お掛けして…。でも大丈夫です、俺。ほら…もう時期夏休みじゃないですか。結構大学以外にフリーの仕事が入ったんで準備しておきたいんです。楽しくて、定着が早い授業を目指しているんで…」

 言って桂はビールをぐっと飲み干した。桂の答えを聞いて真柴が、そうか…。とそれでも不安そうに言って顔を顰めた。真柴もまた、仕事熱心な桂を心配していたのだ。

「まぁ、お前が仕事一筋なのも分かるし、お前がこの仕事を愛しているのも分かるが…絶対無理するな。身体が資本だ。体調だけは気をつけろよ」

 珍しく諌めるような強い口調の真柴に桂は嬉しそうに笑って、ハイと答えた。いつだって真柴は先輩としても同僚としても優しかったからだ。

 2時間ほど、飲んでから桂は真柴と別れた。真柴は家庭をとても大事にする男で、めったに仕事帰りにどっかに寄ったりする事は無い。

 桂と別れて、急ぎ足で地下鉄の階段を降りていく真柴の背中を見送りながら桂は、申し訳無かったと思う。

 恐らく真柴は本当に桂を心配して今日誘ったのだろう。面倒見の良い彼の事だ。悩みがあれば聞いてやろうと思っていたのかもしれない。

「悪かったな…真柴さんに迷惑掛けちゃって…」

 桂は重い溜息を吐く。最近、必要以上に仕事をしている自分に気がついてはいた。

 亮からの連絡が途絶えて…怖いのだ…。一人になってしまうと、亮の事を考えてしまい…胸が潰れそうになる。彼の事を考えたくなくて、夜を一人で過ごすのが辛くて…だから仕事に没頭していた。

 桂には気を紛らわすほどの趣味が無かったし、酒に溺れる事もしたくなかった。勢い仕事に夢中になることで亮を頭のなかから締め出そうとしていたのだ。それが…返って周囲に心配を掛けてしまっていたのだ。

「…ヤバイな…。どうしよう…」

 何がヤバくて、何がどうしよう?なのかなんて桂にもわからない。ただ…亮に…逢いたかった…。

 ふっと苦笑を漏らす。

 彼は手間隙掛かって、屁理屈並べる俺に愛想を尽かしたかもしれない。とっくに新しい「恋人ごっこ」の相手を見つけているかもしれないな…。

 マンションへの道をゆっくりと歩きながら、桂はそう考える。最近は悲しいと言う感情すら湧かなくなっていた。

「未練がましいな…早く忘れないと…」

 そう呟いた時だった。視界に見なれた自動車が飛びこんでくる。

「…あ…?」 

 桂は驚いて、自分のマンションの入り口前に止められているシルバーのサーブ…亮の愛車を見つめた。

「…山本…?」

 どうして…?と言う気持よりも嬉しさの方が勝っていた…。桂は車に走り寄って行く。桂に気がついた亮が車からゆっくりと降りてきた。

「…よう…」

 自分の前に立った桂を、目を細めて見つめながら、亮が少し掠れた声で呟くように言う。

 先生に怒られたようなシュンとしたその表情を見て桂は嬉しさが波のように胸に押し寄せてくるのを感じ始めた。

「久し振り…」

 なんて言ったらいいのか分からず、桂はそう言って俯いてしまう。

 桂の頭の上でコホッという亮の空咳が聞えてきた。

 次の瞬間、桂は頬に亮の熱い掌の感触を感じて顔を上げる。見上げた桂の視線が、辛そうに桂を見つめる亮の視線と絡んだ。亮が桂の頬を優しく撫でながら、辛そうな表情のまま言葉を継いだ。

「ゴメン…連絡しなくて…。仕事でトラブルがあって…次の日急にフィレンツェに出張になって…。昨日の夜帰国したんだ」

「そうだったんだ…。良かった…」

 桂はホッとして微笑みながら呟く…。

 自分を嫌いになって終わらせようとしたのではなかった…。その事がとても嬉しくて桂は亮を優しく見つめた。

 亮は眩しいものでも見るように瞳を眇めて桂を見ると、桂の身体をそっと抱き寄せる。桂の顔を自分の胸に押し付け自分も桂の髪に顔を埋めると、少し拗ねたような口調で言った。

「お前…スマホに連絡してもずっと留守電で…俺…何度もメッセージ昨日から入れたのに…。連絡くれなかった…」

「え?スマホ?」

 桂はキョトンとして顔を亮の胸から上げる。そう言えば…俺携帯どうしたっけ…?亮の胸から離れると慌ててスーツや鞄を探る。その姿を怪訝そうに亮が見つめた。

「…あ…これ…充電切れてた…。」

 ポケットから取り出した携帯を見つめてハハと誤魔化すように笑うと、申し訳なさそうに桂は亮を窺がい見た。

 亮とは終わってしまったのかも…その気持で一杯で、連絡の来ない携帯を見ることが辛くて携帯に気を回す事を忘れていたのだ。
 
 まさか…充電が切れていたなんて…。それに、亮が携帯に連絡をくれるなんて思いもしなかった。

 はぁ…と亮は大きく息を吐出すと、地面にしゃがみ込む。顔を覆うと洗うように顔を擦る仕草をした。

「あ…あの…」

 桂が慌てて亮に声を掛ける。桂の呼びかけに亮が肩をピクッと揺らすとガバッと身体を起こす。

 スゴイ勢いに後ずさる桂を強引に引き寄せると、もう一度抱きしめる。桂の耳に頬を寄せると怒った口調そのままで呟いた。

「充電…ちゃんと入れとけよな」

 亮の胸の温かさが心地よくて、亮の怒ったような口調が嬉しくて、桂は胸の中にふんわりとした温もりが満ちるのを感じていた。

 最前まで感じていた不安が溶けてなくなっていくような気がしていた。躊躇いなく亮の腰に腕を回して自分もギュッと亮を抱き返すと答えた。

「うん…ごめんな…」
 
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