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随分と素敵な身体になってきたが、まだ、自分が何だったか思い出せる?
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生きていること自体苦痛だ。いや、苦痛以前の問題、空虚だった。身体の中に大きな穴が開いている。
何でもいいから夢中になれる物が欲しい。
教室の隅の机の上で伏せていた身体を起こして伸びをした。視界の隅に、珍しく彼の姿が映った。いつもなら昼休みは不在なことが多いのに。彼の元へ自然と足が伸びた。机の上に身体をだらけさせながら、柔らかそうな髪の隙間からイヤホンが垂れていた。音楽を聴いていた。
「何、聞いてんの。」
彼は、こちらの言葉というよりも気配を感じ取り、黙ってイヤホンを片方差し出してきた。彼の前の誰かの席に腰掛けて、イヤホンを耳に入れた。脳内に爆音が響いて頭の奥がキーンとする。激しい、メタルか?抜こうかと思うけれど、そのまま聴き続けた。
サビと思われる部分になって、彼は、頭を上げ、微笑んでこちらを見上げた。彼が笑うと、細い眉が下がり少し申し訳なさそうな顔になって面白い。加えて右目の下に2つ涙ボクロが並んでいて余計に、愛嬌のある笑い方とでも言おうか。
「いいだろう?」
彼はそれだけ言って目を閉じて下を向いた。イヤホンを返すタイミングを失って、昼休み中彼の目の前で何も言わず阿保の様にイヤホン越しに繋がり続けた。ただの騒音と思っていた音が、徐々に形を持って脳に響いていった。
激しい音の塊の中に繊細な歌詞が躍った。煌びやかな音の粒が頭に響いていた。彼はメタルではなく、まるでクラシックにでも聴き入るように頭を穏やかに揺らしていた。
後日、彼がCDを貸してくれた。黒いジャケットの右下に絡み合った白い蛇の姿が刻印されていた。
「ヘリオガバルズ?へぇ、趣味の悪いバンド名だ。」
彼はそうなのか?と首を傾げてクルクルと指先で髪を弄っていた。
「知らないで聴いてたのか?ローマ史上最悪の皇帝の一人から文字ってるんだ。あまりにもやったことが最悪だから珍しく覚えてたよ。」
ヘリオガバルス、醜い欲望と抑えきれぬ感情に身を委ねて狂ったローマ史上最悪の暴君。
彼は「ふーん」と言いながらスマホで調べ始め「ほんとだ、凄いなこいつ」と笑った。
彼、判田と話すようになったのは、校内の駐輪場に停められていた判田の自転車の鍵に接着剤で細工をしているところを見つかったからだった。
それが、判田の自転車かどうかなど知らなかった。ただ、その日やった5台の内でも、というか、駐輪場にある中で一番イケてる自転車、クロスバイクだったから、持ち主が判田だったとしても納得だった。
そういえば、彼がこれに乗って男だらけ五六人で群れ、ふざけ合いながら下校しかけているのを見たことがある。そして、女と帰る時は押して帰る。どうしてか、接着剤を使っている時は気が付かなかったのに、脳裏に次々彼の姿が浮かんだ。
殴られるか、チクられるかな、と思ったが「ちょっと協力してくれないか?」と彼は開口一番、悪そうな顔で言った。「悪そうな顔」と思ったのは、目を見開いたことで、顔の左右差が大きく拡がったからだ。
彼の瞳はよく見れば、左側が一重で右側が二重の雌雄眼であった。更に二重の下には黒子が2つもあるから、バランスが悪いのだ。普段は全く気にならず寧ろ穏やかな顔と思っていたから、教室では見たことがない顔で、意外だった。
「協力?」
判田は、覗き込むように、ぱっと見ではわからない程に奇麗に鍵穴を接着剤で埋められた自身の自転車を見て、「そう、協力。お前の器用さを見込んで。」と続けて歯を見せて笑った。
断れば自転車の件をチクられるのだろうし、それ以上に彼が何をしたいのか気になった。
彼はバスケットボール部の顧問のロッカーの鍵を開けさせ、中から部費を盗みたいと言い出した。鍵は一分もかからずに開いて、隣で判田が「ほんとかよ」と一瞬たまげた顔をしたが、何故か気まずそうに目を逸らした。
「金に困っているようには見えないけど。」
判田に封筒を渡しながら言うと、彼は清々しく微笑んで金を受け取った。
「部活はそれなり愉しいんだけどさ、あの顧問、気に喰わないから。」
封筒の中身を見ながら帰り道を歩いていた判田は、ふと表情を真剣な面持ちに変えた。
「お前って意外と悪い奴なんだな。鬱憤が溜まってるだけの真面目君かと思ってた。」
それは、こちらの台詞でもあった。判田は所謂不良生徒ともどこか違ったが普通の生徒というには目立った。不良とも普通の生徒とも教師達とも仲良くできる器用な人間。そのような器用な人間が、退学のリスクもある様な悪戯、いや犯罪をしたがるとは、わからないものだった。お互い様なのかもしれないが。
「俺が悪い奴に思えるのか?」
判田に問いかけた。悪い奴とは何だろう。法を犯せば即ち悪なのだろうか。
「思える。だってお前俺のこと止めもしなかったし、躊躇も無かったじゃんか。」
「とめてほしかったのか?そうも見えなかったが。」
「お前面白いな、そういうことじゃないんだよなぁ。」
彼は苦笑した。いらない、と言ったが、判田は封筒の中身半分を手渡してきた。
「これで共犯だな。」
「チャリの修理代にあてればいいのに。」
「あれはお前が直してくれんだろ?なぁ、またやらないか?」
鍵開け自体はパズルのようで楽しく、そして、背徳感がある。判田は次々に悪戯の標的を見つけてきた。小さな窃盗であったり、落書きであったり、不法侵入であったり、しかし、高校生の出来る悪戯など知れたものだ。単純な悪戯が続くと退屈を覚えもした。空虚がまた身体の中で肥大していく気がした。恐らく一人だったらとっくに飽きていた。それでも、判田が隣にいると退屈以外の感情が何故かそれなりに沸く。
「1億円手元にあったら、自分で使うんじゃなく、教室の窓からでもばらまいて、人が蟻のように群がるのを見てみたい。」
彼は馬鹿げた理想をよく語った。他の人間が同じことを言えば、鼻で笑うような話でも、彼が語るとそうでないのが不思議だ。
簡単な錠前の壊し方、開け方を判田に教えると、五倍の時間はかかったが自分で開けられるようになって喜んでいた。「見てくれよ。」と身を寄せて、ひとつの傷をつけることも無く取り外しに成功した誰かの靴箱のロッカーの錠前を見せてくれた。それはきらきらと輝いて見えて眩しい。
彼は、時折学業についても頼ってくるようになった。得意分野については教えた。教えるだけそれなりに伸びるから微笑ましいものだった。
代わりに判田は、バスケのシュートやサッカーなど、チーム戦で行う、ボール遊びのやり方を教えてくれた。チーム戦となると苦手意識が強く、億劫だが、彼と一対一なら気にせずできた。他のこと、他人などは気にせず、集中してボールの軌道を考えればいい。ヒト、敵、相手はモノ、単なる障害物と考えれば良い。そして、シュートを放つだけで良いのだった。今まで他人を意識しすぎていただけだった。
コツさえわかれば、面白いくらいポンポン決まる。途中から判田を負かし続け、彼がふてるようになってから、手を抜くようにした。それで愉しかった。体育の授業も応用であった。普段関わらないような人間にも重宝されるようになる。
人に物を教えるのは意外と面白いことだった。一瞬だけ、教員という進路を考えないでもなかったが、判田のおもりはできても、見ず知らずの子供のおもりをできるとも思えなかった。
担任は、君の成績なら、君のおかげで成績が上がった奴がいるだろ、等言い、大学進学を強く勧めてきたが、何の目標も無いのに行ったところで意味があるのか、と、やる気のないはずの自分のせいで、この世界の誰か一人分の大学の席が奪われるのも変な気がした。家計も豊かではないし、家業を手伝ったってよかった。
進路相談の翌日の土曜日、判田に遊びに誘われていた。休みの日にわざわざ外で会うのはその日が初めてだった。
「おいおい、ライブに制服で来るなんて奴あるかよ?金ならあるだろ。」
待ち合わせ場所の噴水の前に佇む私服姿の彼は新鮮だった。彼はどういう手を使ったのか知らないが人気の割に箱が小さく、なかなかとれないヘリオガバルズ、通称”ヘリオ”のライブチケットを2枚入手していたのだった。もしかしたら、もっと沢山入手して残りは転売でもしたのかもしれなかった。
白Tシャツにジーパンというシンプルな服装だが、Tシャツの胸元には黒い百合の花の刺繍が小さく施されていた。彼の外面的な爽やかさと腹黒さを表せているようで、よく似合った。
「興味無いんだよ、あんまり。」
外出は制服一つあれば事足りていた。そもそも頻繁に外出するような趣味がほとんどないのだから。
物事にあまり興味が持てなく、意欲やエネルギーが湧かないのだった。調べてみると、こういうのを巷では、”スチューデントアパシー”、学生無気力症候群とかいうらしい。
しかし、学業においてという意味では、あまり問題が無かった。暗記という無駄な努力が重視される科目は平均いくかどうか程度だが、数学や物理は努力せずとも、ほぼ満点に近かった。ただ、集中し、法則性を憶え、手の動くままにパズルや工作をするのと同じで、何も考えず、全て規則に従って進めれば良い。簡単で退屈しのぎになって、集中している間だけ、瞬間だけ、虚しさを忘れられる。
物を分解し、結合させる行為は好きだ。昔はよく何度も機械時計を分解して組み立てなおしたりした。物を切り刻み新しい形にする行為は、規則だけに従っており、無駄がなく、多少は空虚を埋めた。
逆に、他は、何もかも、煩雑で、面倒だった。人と話すこと、起き上がることさえ。
ただ、今、他に興味があるのは。
判田は「呆れた奴だなぁ」と言って、またあの笑い方をして手を伸ばしてきた。指先が、掌が肩をぐっと掴んだ。
「お前が良ければ要らない服をやるよ。お前に、似合いそうなやつ。しかしお前は身長の割に細いよ。飯はちゃんと食べてるか?」
彼の手は、肩を撫で、腕をつたい、最後に手首を軽く掴んで、離れていった。
「……。」
ライブを楽しんだのはもちろんだが、街中でどちらが人から財布をスレるかでも愉しんだ。財布の数だけで言えば、圧倒的に勝った。でも、金額では圧倒的に負けた。スリやすいものを沢山をスルのではなく、持ってそうな人間を見極め、周到につけ狙うのが彼のやり方なのだった。スッた金は二人して当日中に全てどうでもいいことに使った。金が欲しくてやったわけではないから。
「息ができる。」
帰りの電車の中で、隣に座り真っ赤な夕暮に染まった判田が言った。横に座っていて顔半分しか見えないから、陰気な伏し目がちな一重だけが目に入る。
「お前といると息ができるんだよ。」
「……どういう意味だ?」
理解が追い付かないのが歯がゆかった。彼が何か大事なことを言おうとしているのだろうが、わからないのだ。言葉の感触、そこには決まりがないから、難しい。わかろうと思う程、遠く感じる。
判田はしばらく何も言わず、窓の外を眺めていたが、顔をこちらに向けて誤魔化すように笑うのだった。
「なんでもないよ。」
教室や学校の外で、彼が他の人間とつるんでいるのを見かけると、一瞬だけ、頭の奥に黒い靄のようなものが現れた。しかし、彼の艶やかな黒百合の部分を知っているのが、自分だけだと思うと、心の膿んだ部分にも花が咲き、空虚な部分が花びらでぎっしり埋められたような気分になって、打ち消された。
たとえ、便利な道具として見られているだけだったとしても構わなかった。
彼の真実の黒い部分を知らないで、彼と肩を組むクラスメイトも、彼を愛でる教師も、彼に焦がれる女達も、皆、愚かに見えた。この世界でただ1人、自分だけが彼のことを、秘密を、知っている気になっていた。
1番愚かなのは自分なのに、その時は分からないのだ。他に何も見えなくなる。
判田との付き合いは高校を卒業してからも続くことになった。腐れ縁ともいうべきだろうか、互いの我の強さからか何度か仲たがいし、修復し、それが、ずっと、半永久的に繰り返されることになると思っていた。
ある夏のこと。数年ぶりに出たヘリオのアルバムを爆音で室内に響かせながら、何次受けかで受注した偽造パスポートを量産していた。馬鹿稼ぎはできないが、そこそこの金にはなるし、リスクも小さい仕事だ。三か月くらいは何もしなくても生きながらえることができる。
隣の住人が爆音に文句を言いに来たが、ドアを開け、ドアの上部にぶら下がるようにして手をかけながらしばらく無言で見下げていると、気味の悪い物を見たというような顔をして帰っていた。鏡に姿を映すと笑えた。
久しく判田には会っていなかった。黒い業界の人づてに「なかなかヤバい状態らしい」というのは聞いていた。しかし、本人から連絡は無かったし、こちらからわざわざ心配してやるのもどうかと思われた。
最後に仕事を一緒にした時、そう、悪戯はいつからか仕事に成り代わり、遊びの要素を無くしていったのだが、次は普通に会いたいという話をしたばかりだ。とはいえ、携帯が鳴る度、もしかしたら、と期待してしまう自分が嫌で携帯の電源を切った。
しかし、物事というのは往々にして理想と逆のことが起こる。久しぶりにアパートの玄関先に現れた判田は、これで最後だからとどう考えても誰もやりたがらないような内容の仕事を持ってきたのだった。
どれだけ策があると言われても、ヤクザの事務所に踏みいるなど正気とは思えない。どうかしてる。それも、どこの弱小ヤクザのところに踏み込む気かと思えば、業界でも悪名高い川名義孝の組に踏み込もうなどというから、なおさらに理解ができない。何度そう言って説得しても、彼は取り繕うように笑うのだった。
彼の外面的明るさは変わっていなかったが、以前より瞳がくすんでいたし、やつれていた。自然に笑わなくなっていた。作り笑い。彼が体を動かす度に漂う、若干のアルコール臭。
「お前もまっとうに生きたいだろ。俺も責任を感じているんだ。」
嘘だ、判田はそんなこと言わない。
と思ったが、何も言わず、黙って腕を組み彼を見下げていた。
黒いTシャツにグレーのボクサーパンツ一枚のこちらに比べて、彼はやばいと言われている割には、随分派手な身なりだった。高そうな服の質くらいわかる。彼は「ドア開ける前にズボン位履けよ。相変わらず、そういうところだぞ。見せつけてんのか?」とからかうように言った。思わずため息が出た。
「話を逸らしてあやふやにしようとするな。とにかく、俺はやりたくない。寄せ集めでやるのは疲れるし、リスクがでかすぎる。誘うなら他を誘うんだな。金でつれる馬鹿ならいくらでもいる。」
「馬鹿じゃあ困るんだよ。他がないからお前に頼んでるんだろ。」
黒い仕事は、孤高な作業に見えて、足がつかないようにするためであったり、時間短縮をするためであったり、なかなか分業なのだ。チームで手分けして仕事をする。
チームであるがゆえに、裏切られ、自分だけ捕まるということもあるのだが。小さな集団ならそれなりに訓練、統率、とりまとめることもできたが、今やそういった気力もほとんど無くなっていた。
弟や妹のように可愛がったって人は裏切る時はさっさと裏切る。しかし彼らを恨むこともできない。その道を進むのには事情があるし、教え方が、接し方が、彼らとの触れ合い方が悪かったのだ。他の人間ならもっとうまくやれるだろう。つまり向いてない。稼ぎはおちても、やはり単独作業が性にあう。
いよいよ、判田を追い返そうと思った時、「ふーん、まだ聴いてんだ。」と彼が部屋の奥から流れる音に耳を澄ませるようにして、あの、懐かしい笑い方をして言った。
ずるい、と思った。それでつい、追い返そうとした手を止めてしまった。
「……。金を手に入れて、どうするつもりだ?」
「全部清算して海外にでも行こうと思うんだ。そうだ、そうしたらお前も一緒にくればいいじゃないか。」
彼がまた微笑んで、身体に触れてこようとするのを払いのけた。カッと目の奥の方が熱くなって顔を伏せ、片手で顔を覆った。
あまりにも、あまりにも、あざといではないか。
「ふざけんなよっ!!、お前はっ!!、いっつも、っ……、!」
「ふざけてないさ。何を言ってるんだよ。」
視界の外から優し気な彼の声が耳を擽り始めた。
帰ってくれと、言い返そうとしても喉が詰まったようになってしまい、何も言えない。必死に何か言おうとすれば代わりに、目の奥から熱い塊が外へ漏れ出そうになって強く歯を食いしばった。惨めに、堪えるしか、無かった。彼は、こちらの様子を気にする風もなく同じ調子で続けた。
「いや、そうだな、お前はお前の分け前があるんだから、今から大学にでも行って、学を付けてきたらどうだ。で、工学でも化学でも学んでもっと凄いことをするんだ、原子爆弾作って国会議事堂にしかけ、一兆円払わないと吹っ飛ばすと脅迫したりな。ふふふ。」
いつの間にか彼の手が、こちらの手首を握り、それから優しくさすっていた。
今では、彼のことを強く思えば思うほど、会うことを強く切望しながら実際に会う度、出会わなければ良かったと思う。
「……というのは冗談だ。お前ならやり直しがきくさ。コツコツ溜めなくてもここ一発でイイんだ。残りの人生全てを買えるんだ。話だけでいいから聞いてくれないか。頼む。これで最後にするから。」
いつもそうだ。これで最後にするから。
しかし今回に限っては、幸か不幸か、これが、本当に最後になるのだった。
◆
一瞬自分がベッドに寝ているのかと錯覚した。
しかし、それは霧野であり、ここいるのが自分である。
間宮は大きな荷物を手放し靴を脱ぎ、飛び込み、滑り込むようにしてベッドに横たわる霧野の隣にもぐりこんだ。間宮が飛び込んだ衝撃で霧野の身体が一度小さくバウンドしたが、起きる様子も無く寝息を立てている。左足首がベッドに括られて、首輪からリードの代わりに鎖が垂れて両方の手首と繋げられ、手の可動域を狭くさせていた。そのせいか横になりながら、胎児のような姿勢で丸くなっている。布団の中で息を吸い込むと、彼の身体から薬品とローションと獣臭、それから石鹸の混ざったような香りがした。獣の巣の中に居るようだ。
「オナホのくせに、大層なベッド使わせてもらっちゃって。」
布団の中でもぞもぞと動き回りながら、彼の身体に触れ、背後から腕を回し、胸部と股間とをこすり当てた。温かい肉だった。ほとんど体格の変わらぬ同士、まさぐっているとまた、互いの境目がよくわからなくなってくる。
霧野がどれだけ痛めつけられたのか、わざわざ姫宮の目をかいくぐってまでせっかく見に来たというのに、大層健康そうな肉塊に思える。間宮は診療所の裏窓から、蛇のように侵入し、部屋の鍵を盗み霧野の寝室に来ていた。姫宮の居室を覗くと、彼はソファの上で毛布にくるまって寝息を立てていた。
霧野がここにいられるのもあと僅かだろう。一体いつまであそこ、地下室で飼育しておくつもりかしらないが、あそこを占有されると拷問部屋、処理場が足りなくなる。性処理労働者としてあそこで生かしておく気なら、性処理労働の傍らそっちの仕事でも働いてもらうのが一番効率はいいのだ。一番やりたがらなそうな下層の仕事をやらせ続け、発狂させてやればいいのに。事細かに処理の仕方を教えてやる。
苛々とまさぐるように下着の上から霧野の尻肉を掴むと、もっちりとした感触の中で指が食い込んだ。霧野は「ん」と小さく上ずった声を上げたが起きる様子はない。
「くくく……淫乱めっ」
指の先に固い物があたった。彼の尻を割りこむように尻の間に何かが嵌り込んでいた。下着を指で軽くずらして、手を入れて嵌り込んでいたものを抜いた。ぬぽっ‥…といういやらしい音と共に、間宮の手の中にずっしりと重い物が転がり出た。同時に、掌の中に生暖かく生臭い液体がぬるぬると大量にこぼれ出た。体液とローションのまざったものだろう。
「うげぇっ」
間宮は一度手に持っていたものを傍らに置き、シーツと霧野の履いていた下着、彼の太ももに、なするようにして手を拭いたが、それでも簡単にはとれない。
「ちっ、ふざっけんなよなっ、くそ……」
異物を再び手に取り、布団から顔と手を出して光にかざしてみた。直径8㎝程の青透明の重みのある鉄とガラスでできたアナルプラグだった。プラスチック製の安物と違ってかなり重量感がある。挿れられれば肉の中でかなりの存在感を持つ。動く度に重みが右に左に上に下に動いて自らの淫門の感度をわからせる。奇麗で残酷で、それから気持ちがイイ玩具だ。割らないように玩具を床に降し、再び霧野の腰に手を這わせ始めた。
間宮は長い指を、霧野の口を開いたままの後孔に二本突っ込んで曲げながら尻をまさぐった。大きな玩具で拡張されていたせいか、指で遊んでも効かず、全く起きるそぶりも見せず、代わりにもぞもぞと布団の中で間宮に身体を擦りつけ始めた。
「ふふ……」
温かくとろとろとした肉が、遊んでくださいとでもいうように、間宮の節ばった指をきゅうと螺旋の渦巻くように締め付けて、くぽ、と音を鳴らしながら、まだ中に残っていた温かい粘液を、ほと、ほと、と、間宮の手の上に垂らした。
間宮は霧野の身体をまさぐりながら、自身の呼吸もみるみる上がり身体がじっとりと汗ばみ始めているのを感じた。
霧野を皆で輪姦していた時も、間宮の番の時は反応が違った。
気のせいかと思ったが、最後の方、霧野は誰にどうやって犯されているか理解できなくなっていたようでも、間宮の時だけは、じっと熱を帯びた視線で見て、誰なのか認識しているようだったのだ。それを皆の前で指摘すれば、男を売る稼業、プライドの無駄に高い連中のことだから面倒なことになる。それに、霧野と自分だけがある秘密を共有しているようで、悪くは無かった。事務所の中で、二条を除くほぼ全ての人間が間宮のことを存在が無いように扱うのに、彼だけが、嫌悪や優越の視線を持って間宮を眺めた時の様に。視線、霧野の秘所を二条の指示の元、舐めていた時も、時おり戸惑いとも感じているともとれる揺れた視線を見せていた。
間宮の口の中に、じっとりと温かい唾液が溜まり始めた。
二つの丸い膨らみが、親指の下で同じように湿り、ふるふると存在を主張していた。まるまったハムスターのような霧野の睾丸を指先で軽く押し込む。ふにふにといじくり回すと弾力を持って震え、また、彼は小さく息をついたかと思うと、どすん、と寝返りを打ち、間宮の方を向いたのだった。その拍子にずるりと指が抜け出る。
目と鼻の先に目を閉じた霧野の顔があった。夢を見ているのか、閉じた瞼の端の方が震えていた。閉じていても目尻が軽く吊り上がって生意気である。間宮が腰に手を回すと、しっかりと閉じられた瞼と反対に、唇がだらしなく薄っすらと開いた。舌が、歯をなぞるようにして動き、犬歯に引っかかって涎を垂らした。
間宮はしばらく霧野の顔を目を見開いたまま眺めていた。
「霧野さぁん」
間宮が甘えた声を出しても、目の前の男は起きる様子も無かった。
「……」
普段意志の強そうに描かれている眉が、弛緩していた。間宮は真似をするように自身の顔の筋肉を緩めて微笑んだ。
「……。霧野さぁん、随分と気持ちよさそうに寝ているけど、大丈夫か?まだ正気のつもりか?」
「……」
「随分と素敵な身体になってきたが、まだ、自分が何だったか思い出せる?早くこっち側に来て楽にならないか?そうすれば……。‥‥…。」
間宮は霧野の顔、それから首元と首輪、その下の傷に手を這わせ、またしばらく顔を眺めていた。珍しく着せられている衣服が目に付く。
「あ?」
彼の着ているTシャツに覚えがあった。首元をまさぐっていた手を離し、徐に身体を起こした。布団をめくり上げて手を這わせてよく確認する。見覚えのある黒いTシャツだった。よれがあり、新品でもなく、そもそもサイズもあっておらず、ぴったりとしすぎだ。霧野の家にある服のどれとも趣が違って、サイケな、蛇の絡みついたようなプリントが入っていた。
「????」
間宮は首をかしげて、眉をしかめた。目が離せなくなり、なんとなくそれが自身の物だったのではと直感した。また霧野と自分の姿が重なっていくる。ずっと前に、同じようにここにいた時、使っていたのを着せているのだろうか。確かに持ち帰っても今の肉体にはキツいし不要ではあるが。思い出そうとするのだが、例のごとく記憶が断片的だ。
二条か姫宮が懐かしがって霧野に着せたか、まるで二人して着せ替え人形じゃないか。ははは、まさか、二条が今の霧野に俺を重ねているというのか?と間宮は苦笑いした。
霧野のことが無理やり服を着せられた犬に見えてきて、さらに微妙に笑えた。
しかし、ずっと見ていると頭の奥の方が重くなり、五月蠅くなり、ザラザラと耳の奥でリズミカルなノイズの幻聴がするようになる。気持ちが悪い。昔の嫌な記憶か何かだろう。ここに居た時は随分最悪だったはずだから。
「うう……」
目の奥の方がどくどくと脈打ち始めた。あれ、と思って眉をしかめると、つ、と一筋覚えのない涙が流れ出た。
「なんだ?」
布団から這い出て、頭を引っ掻きまわしながら裸足で病室を歩き回った。わけがわからない。はやく、別のことに集中しないと、記憶の無くなった膿んだ穴のようなところに落ち込んで、二度と帰って来れなくなる予感がする。
床の上に落ちていた何かを蹴り上げた。犬耳のついたカチューシャが床を回転しながら壁にぶつかって止まった。拾い上げ、眺める。
「ふーん。良い趣味してんじゃん?こいつらは、何を遊んでんだか。ありえないだろう。」
美里がここを訪れ、彼にこれをつけさせ遊んだのだ。他にそんなことをやる人間を思いつかない。
犬耳を摘まみ上げ、カチューシャの根元から二つともむしり取ってジャージのポケットにしまった。
美里がトイレから出て行ったあと、彼のデスクまで向かってみたが荷物そのまま、彼はそこにはいなかった。いい気味だった。気分がスッとした。あれでは少なくとも一週間は痛む。最悪、縫う羽目になっているはずだ。川名にどう言い訳する気か知らないが、身体を見られたら終わりだろう。間宮は、美里の刺青を川名の独占欲の現われなのではないかと思っていた。
薄汚い身売り野郎の男娼が、あのような刺青をいれては売り物になりにくくなる。間宮自身が二条に気に入られるため、自分の欲望を満たすために彼に身体を差し出すように、美里も川名と肉体関係にあるに違いないと心のどこかで思っていたのだった。そういった噂もあるため、間宮とは別の意味で美里もどこか孤立している。
ただ美里と間宮では、孤立しているとはいえ、人望も地位も何もかも違った。特異な者は何をしていなくとも孤立する。噂などなくとも、彼からは馴れ合いの雰囲気が感じられない。
美里の肉体は狭すぎたが悪くなかった。経験者のことだから、いくらでもなんとでもなるだろう。彼は着衣していても目立ったが、脱がせてみても、そこらの男女より遥かに良い造りをした身体であった。骨の一本一本まで、粉々にぶっ壊してやりたくなるくらいに繊細に作り込まれている。精巧な模型のようだった。
霧野の肉体からは臓器を取り出してみたいが、美里の肉体からは骨をいただきたい。人の分解は、一回しかできないから実に残念だ。何度も刻んだりくっつけたりしてみたいのに。そうやってヒトの構造を理解したい。
美里と霧野の身体を刻んで縫い合わせてやったっていいのだ、文字通り結ばれて幸せだろう。
そして、美里を屠るのは、肉体もいいが、やはり精神的にイイのだった。霧野と似た無駄に高い精神力のおかげで、余計に激しくいたぶってやりたくなる。次はどうしてやろうかな、どうやったら声を上げるだろうと考えるだけで気分が高揚すると同時に、異常に腹が立ち始めた。
矛盾するようだが、今度は馴れ合いが嫌いなはずの美里が、裏切のバレた低能薄ら馬鹿ポリの自己中淫乱霧野ごときのために、自分自身の身体を張ってやることに異常に腹が立つのだった。腹が立つのを解消するためにいたぶったはずが余計に燃えることになるとは。一度感情が高まると、他に考えることや感じること、思い出すべきことは様々あったはずなのに、もう止まらなかった。
破壊されつくした理性の、僅かに残った部分が、止めろと言っているが、気持ちを止めて、何の意味があると感情的になった。理性など、空虚な穴が拡がるだけだ。
「埋めてやらんとな。」
二条の落ち着いた地の底から響くような声と、大地の様に厚みのある温かい身体の感触を思い出す。空虚な肉の穴がぴったり塞がれ、穴の周りを燃えたぎる心の炎が少しずつ落ち着いていき、代わりに精の欲望の炎が高く高く昂っていった。暴力の象徴が脈打ち始める。肉体は言葉を必要としない。
「お前に空いている穴は全て。」
淫らなホモセックスの堂々たる証のようなふざけた犬耳。一体二人で何をイチャイチャやっていたかを想像すればするほど苛苛する。比較しても仕方ないのに、間宮は随分長いこと二条と優しいまぐわりをしていなかったことを強く思い出す。残酷なまぐわりさえ一体以前の何分の1に減っただろう。
間宮は霧野を見下げ、目を細めた。間宮の瞳の中で沼のような淀んだ輝きが増していった。
嫌には違いないが、穢らわしい美里などに霧野をとられるくらいなら、二条の元で一緒に多頭飼いされている方がまだマシにさえ思えた。多頭飼いになったとしても、二条のことを1番理解できるのは変わらないし、こっちが先輩なのだ。彼専用に上手く奉仕できるように鍛えてやることも出来る。肉としては素晴らしいことは認めてやろう。それから、二条への奉仕の仕方を教育してやった返礼として、たっぷりと奉仕してもらおう。
今の彼に許されることと言えば、人格を無視され人様に使っていただくことに感謝して命乞いすることくらいのはず。
誰かに愛される資格などあるはずない。
どうしてこいつばかり特別なんだ。いつも。
顔覆うようにして目を閉じると、深い闇の奥で二条が霧野を抱いて肉同士が結合していた。二条ではなく、霧野が、間宮の姿に気がついて二条の身体に手を回しながら厭らしく笑っていた。
「………。」
ゆっくりと手を外し、霧野を見下げた。
「俺がお前に、虜囚の可愛がり方、奴隷の在り方を教えてやろう。」
何でもいいから夢中になれる物が欲しい。
教室の隅の机の上で伏せていた身体を起こして伸びをした。視界の隅に、珍しく彼の姿が映った。いつもなら昼休みは不在なことが多いのに。彼の元へ自然と足が伸びた。机の上に身体をだらけさせながら、柔らかそうな髪の隙間からイヤホンが垂れていた。音楽を聴いていた。
「何、聞いてんの。」
彼は、こちらの言葉というよりも気配を感じ取り、黙ってイヤホンを片方差し出してきた。彼の前の誰かの席に腰掛けて、イヤホンを耳に入れた。脳内に爆音が響いて頭の奥がキーンとする。激しい、メタルか?抜こうかと思うけれど、そのまま聴き続けた。
サビと思われる部分になって、彼は、頭を上げ、微笑んでこちらを見上げた。彼が笑うと、細い眉が下がり少し申し訳なさそうな顔になって面白い。加えて右目の下に2つ涙ボクロが並んでいて余計に、愛嬌のある笑い方とでも言おうか。
「いいだろう?」
彼はそれだけ言って目を閉じて下を向いた。イヤホンを返すタイミングを失って、昼休み中彼の目の前で何も言わず阿保の様にイヤホン越しに繋がり続けた。ただの騒音と思っていた音が、徐々に形を持って脳に響いていった。
激しい音の塊の中に繊細な歌詞が躍った。煌びやかな音の粒が頭に響いていた。彼はメタルではなく、まるでクラシックにでも聴き入るように頭を穏やかに揺らしていた。
後日、彼がCDを貸してくれた。黒いジャケットの右下に絡み合った白い蛇の姿が刻印されていた。
「ヘリオガバルズ?へぇ、趣味の悪いバンド名だ。」
彼はそうなのか?と首を傾げてクルクルと指先で髪を弄っていた。
「知らないで聴いてたのか?ローマ史上最悪の皇帝の一人から文字ってるんだ。あまりにもやったことが最悪だから珍しく覚えてたよ。」
ヘリオガバルス、醜い欲望と抑えきれぬ感情に身を委ねて狂ったローマ史上最悪の暴君。
彼は「ふーん」と言いながらスマホで調べ始め「ほんとだ、凄いなこいつ」と笑った。
彼、判田と話すようになったのは、校内の駐輪場に停められていた判田の自転車の鍵に接着剤で細工をしているところを見つかったからだった。
それが、判田の自転車かどうかなど知らなかった。ただ、その日やった5台の内でも、というか、駐輪場にある中で一番イケてる自転車、クロスバイクだったから、持ち主が判田だったとしても納得だった。
そういえば、彼がこれに乗って男だらけ五六人で群れ、ふざけ合いながら下校しかけているのを見たことがある。そして、女と帰る時は押して帰る。どうしてか、接着剤を使っている時は気が付かなかったのに、脳裏に次々彼の姿が浮かんだ。
殴られるか、チクられるかな、と思ったが「ちょっと協力してくれないか?」と彼は開口一番、悪そうな顔で言った。「悪そうな顔」と思ったのは、目を見開いたことで、顔の左右差が大きく拡がったからだ。
彼の瞳はよく見れば、左側が一重で右側が二重の雌雄眼であった。更に二重の下には黒子が2つもあるから、バランスが悪いのだ。普段は全く気にならず寧ろ穏やかな顔と思っていたから、教室では見たことがない顔で、意外だった。
「協力?」
判田は、覗き込むように、ぱっと見ではわからない程に奇麗に鍵穴を接着剤で埋められた自身の自転車を見て、「そう、協力。お前の器用さを見込んで。」と続けて歯を見せて笑った。
断れば自転車の件をチクられるのだろうし、それ以上に彼が何をしたいのか気になった。
彼はバスケットボール部の顧問のロッカーの鍵を開けさせ、中から部費を盗みたいと言い出した。鍵は一分もかからずに開いて、隣で判田が「ほんとかよ」と一瞬たまげた顔をしたが、何故か気まずそうに目を逸らした。
「金に困っているようには見えないけど。」
判田に封筒を渡しながら言うと、彼は清々しく微笑んで金を受け取った。
「部活はそれなり愉しいんだけどさ、あの顧問、気に喰わないから。」
封筒の中身を見ながら帰り道を歩いていた判田は、ふと表情を真剣な面持ちに変えた。
「お前って意外と悪い奴なんだな。鬱憤が溜まってるだけの真面目君かと思ってた。」
それは、こちらの台詞でもあった。判田は所謂不良生徒ともどこか違ったが普通の生徒というには目立った。不良とも普通の生徒とも教師達とも仲良くできる器用な人間。そのような器用な人間が、退学のリスクもある様な悪戯、いや犯罪をしたがるとは、わからないものだった。お互い様なのかもしれないが。
「俺が悪い奴に思えるのか?」
判田に問いかけた。悪い奴とは何だろう。法を犯せば即ち悪なのだろうか。
「思える。だってお前俺のこと止めもしなかったし、躊躇も無かったじゃんか。」
「とめてほしかったのか?そうも見えなかったが。」
「お前面白いな、そういうことじゃないんだよなぁ。」
彼は苦笑した。いらない、と言ったが、判田は封筒の中身半分を手渡してきた。
「これで共犯だな。」
「チャリの修理代にあてればいいのに。」
「あれはお前が直してくれんだろ?なぁ、またやらないか?」
鍵開け自体はパズルのようで楽しく、そして、背徳感がある。判田は次々に悪戯の標的を見つけてきた。小さな窃盗であったり、落書きであったり、不法侵入であったり、しかし、高校生の出来る悪戯など知れたものだ。単純な悪戯が続くと退屈を覚えもした。空虚がまた身体の中で肥大していく気がした。恐らく一人だったらとっくに飽きていた。それでも、判田が隣にいると退屈以外の感情が何故かそれなりに沸く。
「1億円手元にあったら、自分で使うんじゃなく、教室の窓からでもばらまいて、人が蟻のように群がるのを見てみたい。」
彼は馬鹿げた理想をよく語った。他の人間が同じことを言えば、鼻で笑うような話でも、彼が語るとそうでないのが不思議だ。
簡単な錠前の壊し方、開け方を判田に教えると、五倍の時間はかかったが自分で開けられるようになって喜んでいた。「見てくれよ。」と身を寄せて、ひとつの傷をつけることも無く取り外しに成功した誰かの靴箱のロッカーの錠前を見せてくれた。それはきらきらと輝いて見えて眩しい。
彼は、時折学業についても頼ってくるようになった。得意分野については教えた。教えるだけそれなりに伸びるから微笑ましいものだった。
代わりに判田は、バスケのシュートやサッカーなど、チーム戦で行う、ボール遊びのやり方を教えてくれた。チーム戦となると苦手意識が強く、億劫だが、彼と一対一なら気にせずできた。他のこと、他人などは気にせず、集中してボールの軌道を考えればいい。ヒト、敵、相手はモノ、単なる障害物と考えれば良い。そして、シュートを放つだけで良いのだった。今まで他人を意識しすぎていただけだった。
コツさえわかれば、面白いくらいポンポン決まる。途中から判田を負かし続け、彼がふてるようになってから、手を抜くようにした。それで愉しかった。体育の授業も応用であった。普段関わらないような人間にも重宝されるようになる。
人に物を教えるのは意外と面白いことだった。一瞬だけ、教員という進路を考えないでもなかったが、判田のおもりはできても、見ず知らずの子供のおもりをできるとも思えなかった。
担任は、君の成績なら、君のおかげで成績が上がった奴がいるだろ、等言い、大学進学を強く勧めてきたが、何の目標も無いのに行ったところで意味があるのか、と、やる気のないはずの自分のせいで、この世界の誰か一人分の大学の席が奪われるのも変な気がした。家計も豊かではないし、家業を手伝ったってよかった。
進路相談の翌日の土曜日、判田に遊びに誘われていた。休みの日にわざわざ外で会うのはその日が初めてだった。
「おいおい、ライブに制服で来るなんて奴あるかよ?金ならあるだろ。」
待ち合わせ場所の噴水の前に佇む私服姿の彼は新鮮だった。彼はどういう手を使ったのか知らないが人気の割に箱が小さく、なかなかとれないヘリオガバルズ、通称”ヘリオ”のライブチケットを2枚入手していたのだった。もしかしたら、もっと沢山入手して残りは転売でもしたのかもしれなかった。
白Tシャツにジーパンというシンプルな服装だが、Tシャツの胸元には黒い百合の花の刺繍が小さく施されていた。彼の外面的な爽やかさと腹黒さを表せているようで、よく似合った。
「興味無いんだよ、あんまり。」
外出は制服一つあれば事足りていた。そもそも頻繁に外出するような趣味がほとんどないのだから。
物事にあまり興味が持てなく、意欲やエネルギーが湧かないのだった。調べてみると、こういうのを巷では、”スチューデントアパシー”、学生無気力症候群とかいうらしい。
しかし、学業においてという意味では、あまり問題が無かった。暗記という無駄な努力が重視される科目は平均いくかどうか程度だが、数学や物理は努力せずとも、ほぼ満点に近かった。ただ、集中し、法則性を憶え、手の動くままにパズルや工作をするのと同じで、何も考えず、全て規則に従って進めれば良い。簡単で退屈しのぎになって、集中している間だけ、瞬間だけ、虚しさを忘れられる。
物を分解し、結合させる行為は好きだ。昔はよく何度も機械時計を分解して組み立てなおしたりした。物を切り刻み新しい形にする行為は、規則だけに従っており、無駄がなく、多少は空虚を埋めた。
逆に、他は、何もかも、煩雑で、面倒だった。人と話すこと、起き上がることさえ。
ただ、今、他に興味があるのは。
判田は「呆れた奴だなぁ」と言って、またあの笑い方をして手を伸ばしてきた。指先が、掌が肩をぐっと掴んだ。
「お前が良ければ要らない服をやるよ。お前に、似合いそうなやつ。しかしお前は身長の割に細いよ。飯はちゃんと食べてるか?」
彼の手は、肩を撫で、腕をつたい、最後に手首を軽く掴んで、離れていった。
「……。」
ライブを楽しんだのはもちろんだが、街中でどちらが人から財布をスレるかでも愉しんだ。財布の数だけで言えば、圧倒的に勝った。でも、金額では圧倒的に負けた。スリやすいものを沢山をスルのではなく、持ってそうな人間を見極め、周到につけ狙うのが彼のやり方なのだった。スッた金は二人して当日中に全てどうでもいいことに使った。金が欲しくてやったわけではないから。
「息ができる。」
帰りの電車の中で、隣に座り真っ赤な夕暮に染まった判田が言った。横に座っていて顔半分しか見えないから、陰気な伏し目がちな一重だけが目に入る。
「お前といると息ができるんだよ。」
「……どういう意味だ?」
理解が追い付かないのが歯がゆかった。彼が何か大事なことを言おうとしているのだろうが、わからないのだ。言葉の感触、そこには決まりがないから、難しい。わかろうと思う程、遠く感じる。
判田はしばらく何も言わず、窓の外を眺めていたが、顔をこちらに向けて誤魔化すように笑うのだった。
「なんでもないよ。」
教室や学校の外で、彼が他の人間とつるんでいるのを見かけると、一瞬だけ、頭の奥に黒い靄のようなものが現れた。しかし、彼の艶やかな黒百合の部分を知っているのが、自分だけだと思うと、心の膿んだ部分にも花が咲き、空虚な部分が花びらでぎっしり埋められたような気分になって、打ち消された。
たとえ、便利な道具として見られているだけだったとしても構わなかった。
彼の真実の黒い部分を知らないで、彼と肩を組むクラスメイトも、彼を愛でる教師も、彼に焦がれる女達も、皆、愚かに見えた。この世界でただ1人、自分だけが彼のことを、秘密を、知っている気になっていた。
1番愚かなのは自分なのに、その時は分からないのだ。他に何も見えなくなる。
判田との付き合いは高校を卒業してからも続くことになった。腐れ縁ともいうべきだろうか、互いの我の強さからか何度か仲たがいし、修復し、それが、ずっと、半永久的に繰り返されることになると思っていた。
ある夏のこと。数年ぶりに出たヘリオのアルバムを爆音で室内に響かせながら、何次受けかで受注した偽造パスポートを量産していた。馬鹿稼ぎはできないが、そこそこの金にはなるし、リスクも小さい仕事だ。三か月くらいは何もしなくても生きながらえることができる。
隣の住人が爆音に文句を言いに来たが、ドアを開け、ドアの上部にぶら下がるようにして手をかけながらしばらく無言で見下げていると、気味の悪い物を見たというような顔をして帰っていた。鏡に姿を映すと笑えた。
久しく判田には会っていなかった。黒い業界の人づてに「なかなかヤバい状態らしい」というのは聞いていた。しかし、本人から連絡は無かったし、こちらからわざわざ心配してやるのもどうかと思われた。
最後に仕事を一緒にした時、そう、悪戯はいつからか仕事に成り代わり、遊びの要素を無くしていったのだが、次は普通に会いたいという話をしたばかりだ。とはいえ、携帯が鳴る度、もしかしたら、と期待してしまう自分が嫌で携帯の電源を切った。
しかし、物事というのは往々にして理想と逆のことが起こる。久しぶりにアパートの玄関先に現れた判田は、これで最後だからとどう考えても誰もやりたがらないような内容の仕事を持ってきたのだった。
どれだけ策があると言われても、ヤクザの事務所に踏みいるなど正気とは思えない。どうかしてる。それも、どこの弱小ヤクザのところに踏み込む気かと思えば、業界でも悪名高い川名義孝の組に踏み込もうなどというから、なおさらに理解ができない。何度そう言って説得しても、彼は取り繕うように笑うのだった。
彼の外面的明るさは変わっていなかったが、以前より瞳がくすんでいたし、やつれていた。自然に笑わなくなっていた。作り笑い。彼が体を動かす度に漂う、若干のアルコール臭。
「お前もまっとうに生きたいだろ。俺も責任を感じているんだ。」
嘘だ、判田はそんなこと言わない。
と思ったが、何も言わず、黙って腕を組み彼を見下げていた。
黒いTシャツにグレーのボクサーパンツ一枚のこちらに比べて、彼はやばいと言われている割には、随分派手な身なりだった。高そうな服の質くらいわかる。彼は「ドア開ける前にズボン位履けよ。相変わらず、そういうところだぞ。見せつけてんのか?」とからかうように言った。思わずため息が出た。
「話を逸らしてあやふやにしようとするな。とにかく、俺はやりたくない。寄せ集めでやるのは疲れるし、リスクがでかすぎる。誘うなら他を誘うんだな。金でつれる馬鹿ならいくらでもいる。」
「馬鹿じゃあ困るんだよ。他がないからお前に頼んでるんだろ。」
黒い仕事は、孤高な作業に見えて、足がつかないようにするためであったり、時間短縮をするためであったり、なかなか分業なのだ。チームで手分けして仕事をする。
チームであるがゆえに、裏切られ、自分だけ捕まるということもあるのだが。小さな集団ならそれなりに訓練、統率、とりまとめることもできたが、今やそういった気力もほとんど無くなっていた。
弟や妹のように可愛がったって人は裏切る時はさっさと裏切る。しかし彼らを恨むこともできない。その道を進むのには事情があるし、教え方が、接し方が、彼らとの触れ合い方が悪かったのだ。他の人間ならもっとうまくやれるだろう。つまり向いてない。稼ぎはおちても、やはり単独作業が性にあう。
いよいよ、判田を追い返そうと思った時、「ふーん、まだ聴いてんだ。」と彼が部屋の奥から流れる音に耳を澄ませるようにして、あの、懐かしい笑い方をして言った。
ずるい、と思った。それでつい、追い返そうとした手を止めてしまった。
「……。金を手に入れて、どうするつもりだ?」
「全部清算して海外にでも行こうと思うんだ。そうだ、そうしたらお前も一緒にくればいいじゃないか。」
彼がまた微笑んで、身体に触れてこようとするのを払いのけた。カッと目の奥の方が熱くなって顔を伏せ、片手で顔を覆った。
あまりにも、あまりにも、あざといではないか。
「ふざけんなよっ!!、お前はっ!!、いっつも、っ……、!」
「ふざけてないさ。何を言ってるんだよ。」
視界の外から優し気な彼の声が耳を擽り始めた。
帰ってくれと、言い返そうとしても喉が詰まったようになってしまい、何も言えない。必死に何か言おうとすれば代わりに、目の奥から熱い塊が外へ漏れ出そうになって強く歯を食いしばった。惨めに、堪えるしか、無かった。彼は、こちらの様子を気にする風もなく同じ調子で続けた。
「いや、そうだな、お前はお前の分け前があるんだから、今から大学にでも行って、学を付けてきたらどうだ。で、工学でも化学でも学んでもっと凄いことをするんだ、原子爆弾作って国会議事堂にしかけ、一兆円払わないと吹っ飛ばすと脅迫したりな。ふふふ。」
いつの間にか彼の手が、こちらの手首を握り、それから優しくさすっていた。
今では、彼のことを強く思えば思うほど、会うことを強く切望しながら実際に会う度、出会わなければ良かったと思う。
「……というのは冗談だ。お前ならやり直しがきくさ。コツコツ溜めなくてもここ一発でイイんだ。残りの人生全てを買えるんだ。話だけでいいから聞いてくれないか。頼む。これで最後にするから。」
いつもそうだ。これで最後にするから。
しかし今回に限っては、幸か不幸か、これが、本当に最後になるのだった。
◆
一瞬自分がベッドに寝ているのかと錯覚した。
しかし、それは霧野であり、ここいるのが自分である。
間宮は大きな荷物を手放し靴を脱ぎ、飛び込み、滑り込むようにしてベッドに横たわる霧野の隣にもぐりこんだ。間宮が飛び込んだ衝撃で霧野の身体が一度小さくバウンドしたが、起きる様子も無く寝息を立てている。左足首がベッドに括られて、首輪からリードの代わりに鎖が垂れて両方の手首と繋げられ、手の可動域を狭くさせていた。そのせいか横になりながら、胎児のような姿勢で丸くなっている。布団の中で息を吸い込むと、彼の身体から薬品とローションと獣臭、それから石鹸の混ざったような香りがした。獣の巣の中に居るようだ。
「オナホのくせに、大層なベッド使わせてもらっちゃって。」
布団の中でもぞもぞと動き回りながら、彼の身体に触れ、背後から腕を回し、胸部と股間とをこすり当てた。温かい肉だった。ほとんど体格の変わらぬ同士、まさぐっているとまた、互いの境目がよくわからなくなってくる。
霧野がどれだけ痛めつけられたのか、わざわざ姫宮の目をかいくぐってまでせっかく見に来たというのに、大層健康そうな肉塊に思える。間宮は診療所の裏窓から、蛇のように侵入し、部屋の鍵を盗み霧野の寝室に来ていた。姫宮の居室を覗くと、彼はソファの上で毛布にくるまって寝息を立てていた。
霧野がここにいられるのもあと僅かだろう。一体いつまであそこ、地下室で飼育しておくつもりかしらないが、あそこを占有されると拷問部屋、処理場が足りなくなる。性処理労働者としてあそこで生かしておく気なら、性処理労働の傍らそっちの仕事でも働いてもらうのが一番効率はいいのだ。一番やりたがらなそうな下層の仕事をやらせ続け、発狂させてやればいいのに。事細かに処理の仕方を教えてやる。
苛々とまさぐるように下着の上から霧野の尻肉を掴むと、もっちりとした感触の中で指が食い込んだ。霧野は「ん」と小さく上ずった声を上げたが起きる様子はない。
「くくく……淫乱めっ」
指の先に固い物があたった。彼の尻を割りこむように尻の間に何かが嵌り込んでいた。下着を指で軽くずらして、手を入れて嵌り込んでいたものを抜いた。ぬぽっ‥…といういやらしい音と共に、間宮の手の中にずっしりと重い物が転がり出た。同時に、掌の中に生暖かく生臭い液体がぬるぬると大量にこぼれ出た。体液とローションのまざったものだろう。
「うげぇっ」
間宮は一度手に持っていたものを傍らに置き、シーツと霧野の履いていた下着、彼の太ももに、なするようにして手を拭いたが、それでも簡単にはとれない。
「ちっ、ふざっけんなよなっ、くそ……」
異物を再び手に取り、布団から顔と手を出して光にかざしてみた。直径8㎝程の青透明の重みのある鉄とガラスでできたアナルプラグだった。プラスチック製の安物と違ってかなり重量感がある。挿れられれば肉の中でかなりの存在感を持つ。動く度に重みが右に左に上に下に動いて自らの淫門の感度をわからせる。奇麗で残酷で、それから気持ちがイイ玩具だ。割らないように玩具を床に降し、再び霧野の腰に手を這わせ始めた。
間宮は長い指を、霧野の口を開いたままの後孔に二本突っ込んで曲げながら尻をまさぐった。大きな玩具で拡張されていたせいか、指で遊んでも効かず、全く起きるそぶりも見せず、代わりにもぞもぞと布団の中で間宮に身体を擦りつけ始めた。
「ふふ……」
温かくとろとろとした肉が、遊んでくださいとでもいうように、間宮の節ばった指をきゅうと螺旋の渦巻くように締め付けて、くぽ、と音を鳴らしながら、まだ中に残っていた温かい粘液を、ほと、ほと、と、間宮の手の上に垂らした。
間宮は霧野の身体をまさぐりながら、自身の呼吸もみるみる上がり身体がじっとりと汗ばみ始めているのを感じた。
霧野を皆で輪姦していた時も、間宮の番の時は反応が違った。
気のせいかと思ったが、最後の方、霧野は誰にどうやって犯されているか理解できなくなっていたようでも、間宮の時だけは、じっと熱を帯びた視線で見て、誰なのか認識しているようだったのだ。それを皆の前で指摘すれば、男を売る稼業、プライドの無駄に高い連中のことだから面倒なことになる。それに、霧野と自分だけがある秘密を共有しているようで、悪くは無かった。事務所の中で、二条を除くほぼ全ての人間が間宮のことを存在が無いように扱うのに、彼だけが、嫌悪や優越の視線を持って間宮を眺めた時の様に。視線、霧野の秘所を二条の指示の元、舐めていた時も、時おり戸惑いとも感じているともとれる揺れた視線を見せていた。
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「霧野さぁん」
間宮が甘えた声を出しても、目の前の男は起きる様子も無かった。
「……」
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「……。霧野さぁん、随分と気持ちよさそうに寝ているけど、大丈夫か?まだ正気のつもりか?」
「……」
「随分と素敵な身体になってきたが、まだ、自分が何だったか思い出せる?早くこっち側に来て楽にならないか?そうすれば……。‥‥…。」
間宮は霧野の顔、それから首元と首輪、その下の傷に手を這わせ、またしばらく顔を眺めていた。珍しく着せられている衣服が目に付く。
「あ?」
彼の着ているTシャツに覚えがあった。首元をまさぐっていた手を離し、徐に身体を起こした。布団をめくり上げて手を這わせてよく確認する。見覚えのある黒いTシャツだった。よれがあり、新品でもなく、そもそもサイズもあっておらず、ぴったりとしすぎだ。霧野の家にある服のどれとも趣が違って、サイケな、蛇の絡みついたようなプリントが入っていた。
「????」
間宮は首をかしげて、眉をしかめた。目が離せなくなり、なんとなくそれが自身の物だったのではと直感した。また霧野と自分の姿が重なっていくる。ずっと前に、同じようにここにいた時、使っていたのを着せているのだろうか。確かに持ち帰っても今の肉体にはキツいし不要ではあるが。思い出そうとするのだが、例のごとく記憶が断片的だ。
二条か姫宮が懐かしがって霧野に着せたか、まるで二人して着せ替え人形じゃないか。ははは、まさか、二条が今の霧野に俺を重ねているというのか?と間宮は苦笑いした。
霧野のことが無理やり服を着せられた犬に見えてきて、さらに微妙に笑えた。
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「うう……」
目の奥の方がどくどくと脈打ち始めた。あれ、と思って眉をしかめると、つ、と一筋覚えのない涙が流れ出た。
「なんだ?」
布団から這い出て、頭を引っ掻きまわしながら裸足で病室を歩き回った。わけがわからない。はやく、別のことに集中しないと、記憶の無くなった膿んだ穴のようなところに落ち込んで、二度と帰って来れなくなる予感がする。
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薄汚い身売り野郎の男娼が、あのような刺青をいれては売り物になりにくくなる。間宮自身が二条に気に入られるため、自分の欲望を満たすために彼に身体を差し出すように、美里も川名と肉体関係にあるに違いないと心のどこかで思っていたのだった。そういった噂もあるため、間宮とは別の意味で美里もどこか孤立している。
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破壊されつくした理性の、僅かに残った部分が、止めろと言っているが、気持ちを止めて、何の意味があると感情的になった。理性など、空虚な穴が拡がるだけだ。
「埋めてやらんとな。」
二条の落ち着いた地の底から響くような声と、大地の様に厚みのある温かい身体の感触を思い出す。空虚な肉の穴がぴったり塞がれ、穴の周りを燃えたぎる心の炎が少しずつ落ち着いていき、代わりに精の欲望の炎が高く高く昂っていった。暴力の象徴が脈打ち始める。肉体は言葉を必要としない。
「お前に空いている穴は全て。」
淫らなホモセックスの堂々たる証のようなふざけた犬耳。一体二人で何をイチャイチャやっていたかを想像すればするほど苛苛する。比較しても仕方ないのに、間宮は随分長いこと二条と優しいまぐわりをしていなかったことを強く思い出す。残酷なまぐわりさえ一体以前の何分の1に減っただろう。
間宮は霧野を見下げ、目を細めた。間宮の瞳の中で沼のような淀んだ輝きが増していった。
嫌には違いないが、穢らわしい美里などに霧野をとられるくらいなら、二条の元で一緒に多頭飼いされている方がまだマシにさえ思えた。多頭飼いになったとしても、二条のことを1番理解できるのは変わらないし、こっちが先輩なのだ。彼専用に上手く奉仕できるように鍛えてやることも出来る。肉としては素晴らしいことは認めてやろう。それから、二条への奉仕の仕方を教育してやった返礼として、たっぷりと奉仕してもらおう。
今の彼に許されることと言えば、人格を無視され人様に使っていただくことに感謝して命乞いすることくらいのはず。
誰かに愛される資格などあるはずない。
どうしてこいつばかり特別なんだ。いつも。
顔覆うようにして目を閉じると、深い闇の奥で二条が霧野を抱いて肉同士が結合していた。二条ではなく、霧野が、間宮の姿に気がついて二条の身体に手を回しながら厭らしく笑っていた。
「………。」
ゆっくりと手を外し、霧野を見下げた。
「俺がお前に、虜囚の可愛がり方、奴隷の在り方を教えてやろう。」
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