堕ちる犬

四ノ瀬 了

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欲しいんだろ本当は。でもお前はそう言えないからな。仕方なく命令してやってるんだ。

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川名が久瀬を帰した。久瀬が仕事の途中であるのはそうなのだが、「一発くらい……」と言うのを川名が「駄目だ。出ろ。」と強く言ったのだった。交渉の余地のない時の言い方だった。その言い方をされれば誰もが黙った。

霧野の前で面目を潰されたと思ったのか久瀬は、川名を睨みつける代わりに霧野を軽く睨みつけてから出ていった。
川名が椅子に座りなおし「お前もだ。もういいぞ。服を着て、戻れよ。」と言った。

霧野は一瞬、「え」と思ってしまった自分を激しく恥じ、自分で自分を殴ってやりたかった。鞭打ちによる壮絶な痛みの後、中途半端な恥辱、刺激でイカされて、身体が感じたことの無い飢えた疼きで満たされていた。満たされず何かを求めるように熱く濡れ、猛り、じんじんと身体に鳥肌が立った。喉が渇く。

この飢えた感覚は、闘争の前の疼きにもどこか似ていた。犯罪者を潰す時、その直前、自分がやられて、血を流す、死ぬかもしれない思うと、血が抜かれたかのように頭がくらくらし、乾き、ぞくぞく鳥肌が立って身が引き締まる。そのまま何度か深呼吸をすると、脈拍がさらに昂まり、自分の乾いた血を補うように相手の血を求め、その昂りが原動力となって悪と思う者を制することができた。

今だったら普段絶対に言えないような欲しがる言葉さえ、強い命令をされれば、言えてしまえるかもしれないと思った。そうすれば、今の疼きを解放させてやることができる。

思ってすぐ、馬鹿げた考えに再び自分に恥入った。肥大する欲望と希死念慮に、自分の正義や信念が負けていいわけが無い。悔しさに歯噛みし、口の中の肉を強く噛みすぎて、口内に血の味が広がっていった。

「快楽で痛みを紛らわせる」といった美里の言葉と逆の現象が起き始めていた。「痛みで快楽の喪失を補充」している。単純な痛みは、性的なことから自分を遠ざけてくれる救済のはずだったのに、今の霧野は、ぽっかり空いた性欲の穴を背中に与えられた大きな傷の痛みで埋めようとしていた。

より一層嫌な、崖から突き落とされたような気分になった。痛みと疼きが連動し、頭の中がそれ一色になっていく。傷のことを考えると、余計に下半身が切なくなった。

シャツに袖を通すと、身体が擦れて一段と痛みが身体を襲いくぐもった声が出た。血がシャツに張り付いて気持ちが悪い。黒いシャツだからいいが、これが白いシャツなら女の生理の二日目みたいな血の染みがつくだろう。

川名が何か悟ったような顔をして霧野を見つづけていた。気分が悪い。一瞬だけ求めるように川名に視線を送ってしまいすぐに目をそらした。川名は薄っすらとほほ笑み、今までにないような優し気な声を出した。

「背中が痛むのか?」

上から声が降ってきたが、じっと床を眺めていた。そこには穢れたジャケットが落ちていた。

「平気だよ、こっちの方がずっといいよ。」

「それは、しばらくは熱をもってお前を苦しめる。深くやったものは痕も消えずに残る。お前の人生が俺に支配された証だ。よく失神もせずに俺のしごきに耐えた、流石、素晴らしい忍耐力と精神力。お前には資質があった。だからこそ、失望したわけだが。」

「俺がもっと軟弱なら、手を緩めてくれるのか。」
「手を緩める?まさか。そんなつまらない者は勝手に死ね。」

川名はそう言って立ち上がると、ワイシャツ一枚羽織った霧野の全身と顔をじっと見据えた。目だけでにこぉっと笑うが奥底の方が死んでいる。

「お前、身体が疼いて仕方がないんだな。可哀そうだから、プレゼントをやるよ。そこに這え。肘を床に着けた四つん這いの姿勢だ。」

身体がいっそうジワリと汗で湿り、唾を飲み込んだ。川名は子供に話すような猫なで声で続けた。

「いらないのか?欲しいんだろ本当は。でもお前はそう言えないからな。仕方なく命令してやってるんだよ。親切心さ。お前のことは憎くて仕方がないが、可愛さ半分残ってるんだ。ほら、おとなしく、そこに這ってみろ。さもないとまた打つぞ。ああ、打たれる方がいいんだったか?好きな方選べよ。」

嫌な聞き方をする。ここで川名の言うことに従ったら自らを貶めたと同義だ。しかし頭の中とは反対に身体はどんどんもどかしくなり、早くそこに膝をついて楽になれよと体内から霧野をいじめ始めた。うるさいと頭を振って自分の顔に張り手をした。頭の中がぐわんぐわんとゆれ、正気に戻ってくる。

「打たれるほうがいい。」

「回答までに6秒以上かかったな。3秒以内の回答を期待したんだが、お前に何か迷う要素があったのか?おかしいな?両方やる。早くそこに這え。3秒以内にやらなかったら、ケツじゃなくて、頭をぶち抜くぞ。ぶち抜かれたい方を選べ。後者をやるのが一番最高だが、これは2回も3回もできないからな。残念だな。」

川名の前で床に這うと、「尻がこっちだ馬鹿犬。」と言われ、這ったまま下半身を彼の方に向けた。

「次から俺に『這え』と言われたら、尻を俺の方に向けて這うんだ。わかったな。」

後ろから今度は強い口調が飛んできた。今にも鞭が振り下ろされてはおかしくはない口調で、それだけでビリビリと背や尻のあたりの皮膚が緊張して、こわばってしまう。

「……はい」
「他の奴の前でも同じだ。例えば俺が『美里の前で這え。』と言ったら同じことをしろ。」
「……。」
「嫌か?だったら」
「わかりました。」

霧野の下半身は、川名の視線の先で馬のように良く引き締まり、どっしりした肉の間で肉棒は軽く勃ち、今にも爆発しそうな爆弾ばかり格納した倉庫のような場所へと続く排泄孔は濡れ、いつも通りに誰かの雄液で表面を濡らしていた。軽く開いた口が求めるようにてらてらとしている。焦らしのせいで、普段以上に耐えようとしても身体が言うことを聞いていないようで、内腿の内転筋を中心に身体をふるふると震わせ、後ろから見る者には誘っているようにしか見えなかった。

「落書きされてるじゃないか。誰だこんなのやったのは。」

川名の靴底が内腿の落書きの上をごしごしとこすり上げた。血に濡れた背中の向こう側で、悔しそうだった息遣いがもっと切羽詰まったようなものになった。肉棒が惨めに反応して、身体の震えに合わせてぴくぴくと青筋立てて揺れていた。

「どうせガキだろ、三島あたりか?自分より随分年下の犯罪者のガキにまで犯され、まわされ、良い気分だろ。お前のクソな職場の先輩にさえ、いや後輩にさえ、そんな野郎はいないだろうな。お前は前代未聞の恥晒しだ。わかってんのか?は、じ、さ、ら、し。」

霧野は耳の奥から頭の奥までが熱くなり、じわじわと涙が出そうになるのを必死でこらえていた。背後で足音が遠ざかっていき、少しして戻ってきた。霧野の目の前に彼の革靴が見え頭を上げると同時に何かが床に落とされた。

「プレゼントだ。」
ディルドと布のような物が目の前に落ちていた。
「俺のが欲しかったか?でもそんなことお前は一言も俺に頼まなかったからな。俺の物より一回り小さい物だが、これを入れて辛抱してろ。」
「……これは」
床に張り付くように、暗いパープル色の女物の下着がまるまっていた。
「俺の愛人の使わなくなった物だ。入れたら上から身につけろ、雌。そうだ、お前ならこれが誰の下着かあてられるんじゃないのか?当ててみせたら、打つ手を緩めてやる。手に取って見ていいぞ。」
霧野は薄く絹のような滑らかさのある下着を手に取ってよくそれを見た。
「………荻上夕夏」
上からくぐもった笑い声が聞こえてきて、「すごいなお前」と笑いの混じった声が続いた。
「当たりだ。何故分かった。俺の女の下着漁りまでしたのか?」

「消去法です。下着が無くなって恥もなく気にするタイプの几帳面の女はNG、もしくは、最近荷物をそのままに追い出した女の誰か、そしてこの部屋で情事をする女の内の一人。それから、このブランドはティーン向けではない。このブランドの中には派手なデザインの物も多いはずなのに、敢えてシンプルなデザイン。派手に強がって見せようとしてるが本質的には煽情的なタイプの女ではない。そうすると、二月前に追い出された女医者の荻上が一番近い。」

霧野は、スラスラと話しながらまた自分の立場と澤野の対場がごっちゃになり始めていると思った。こうしていると一瞬だが自分の貶められた立場を忘れられる。

「なるほどな。相変わらずお前のプロファイリングは信用に足って面白い。打つ手を緩めてやる。しかし、そんな変態臭いことを真面目に言って、平気な顔してるんだから、そんなの履くくらい余裕だな。身体を起こしていいから、さっさと身につけろ。」

目の前のそれらを手に取って体を起こした。すると、立っていた川名がしゃがみ込んで手からディルドをとり、空いた方の手で霧野の顔を掴み、口を開けさせた。ディルドの先端が唇に触れ、中にいれられた。

「う゛……」
「本当は上にも欲しかったんだろ。お前が素直に言わないから悪いんだ。こうやって濡らしてからいれろ。」

偽の張り型が口内をぐちゃぐちゃとかき回し、ゴムのような嫌なにおいと屈辱感が身体を満たしていった。粘着質な音と唾液をひいて、ディルドが抜かれ再び手渡された。それから川名はまた目の前から移動し奥の棚を漁っていた。その間に、しゃがんだ身体の下にソレを押し当てゆっくりといれ、上から下着を履いて中に収めた。

圧迫感、ぽっかり空き、滾っていた性の穴が、偽物とはいえ何かでふさがれたことで、息があがり、最悪な快が発生し始めた。小さな火花が散って、すぐに消え、それからはゆるゆると、身体を撫でまわされているような眠い快楽が身体全体に浸されていった。密壺に落ちた蟻のよう。蜜の中に浸され溺れている。

もどかしさは、まるで爆弾の導火線に火をつけようとしたのに、湿っていてなかなかつかないような感覚。あまりのもどかしさに霧野の意識の範囲外で勝手に腰が軽く揺れていた。川名が戻ってくる。彼は、しばし黙ってこちらを見降ろしていた。

「ふん、最悪な姿だな。しかし、似合うじゃないか。他の奴らにも見せてやりたいよ。立て。」

立ち上がる際にできあがった中が擦れ軽く声が出た。川名の手がワイシャツの下に入ってきたかと思うと、ピンピンと指で胸の突起を弾いた。そのたびに中の物が意識され、一層もどかしい性の高まりが始まってしまう。

「打つ代わりにこれをやる。上も下も自分で勝手に外すんじゃないぞ。外したければ他の奴に頼め。そいつの俺への証言が証拠になる。」

噛みつかれたときと同じような痛みと共に突起をクリップで挟まれ、痛みの後に、じわじわと水滴を落とされるようなもどかしい刺激が下半身に響いた。はあはあと息があがり、恥ずかしさや様々な感情が渦巻くのを、川名が何も言わず、覗き込むように黙ってじっとみていた。何か言って欲しい。

「服を着ろ。そのまま帰すんだから、早く勃起を抑えろよ。」



服を着るために身体を動かすたびに、張り型、クリップがじわりじわりと身体に刺激を与え続けた。衣服を全て纏ってしまうと、いつも通りの姿になり立ち上がったが、その実、パンツは割け、女ものの下着を身に着け、中にペニスの形を象った張り型を入れ脈打ち、勃起した乳首がクリップではさまれて脈打っていた。頭の半分が蜜で溶かされて甘く、半分がマトモに回っていた。少しでも、人間的な思考を止めれば、すぐに蜜の中に滑り落ちてしまう。

「あまりお前が事務所にいないと他の者も怪しむからな。そのまま少し席で仕事してから戻れ。」

川名がさもないことのようにそう言って手渡してきたのが、中出しゲームの得点表だった。それはジップロックのついたビニール袋にいれられて、川名の袖机の中に保管されていた。
ビニール袋の中で紙はよれ、様々な色のペンのインクで滲み、まるで遊ばれるだけ遊ばれて捨てられた玩具だった。

「これもまとめておけ。」

むしり取るようにして受け取ると、くくくと川名が喉の奥で笑っていた。また、記憶がフラッシュバックして一瞬目の前が真っ暗になり、恐怖に息が詰まった。

「単純な加点式でもいいが、お前の評価軸も加えて完成させてもいいよ。」
「……無いよ、そんなの」

川名は、無邪気な物言いをした。大して霧野はまるでじゃれつく子供に対して叱る様な口調をした。

「面白かったらまた外出させてやるよ。つまらんかったらしばらくは出さない。」
「ろくな外出じゃないじゃないか。」
「地下で腐ってるよりお前にもチャンスがあっていいだろ。ま、嫌ならいいんだよ。普通に記録しておけば。」

川名はそう言って霧野の腕を掴むと、引っ張るようにしてドアの方へ歩いていった。歩くたびに身体がすれ、痛み、性感帯に電気のような強い刺激が走った。散歩を嫌がる犬を連れていくような強引さで、川名は霧野の方を見もしない。ただ耳で、引っ張られた犬が「そんなに引っ張らないでくれ」と言葉で言えずに苦しみ悶えている息遣いを感じていた。

川名がドアを開くと、間宮が顔を出し、廊下の少し離れたところに美里が立っていた。
霧野はそのまま廊下に出され、間宮がすかさずに間合いを詰めた。

「何時間か自席で働かせてから地下に戻せ。美里、お前暇なのか?だったらコイツが仕事中変な事をしてないか見てろ。霧野、外部と妙な連絡でもとろうとしてみろ。お前が連絡をとった相手を、お前の目の前で殺してやる。指の先から削るやり方で。そしてやはりお前は殺さず死んでいく者達の前で組の者に犯させてやる。わかったな。」

川名がそう言って一人ドアを閉めかけた。美里だけが「はい」と言い、霧野が死んだような、どこかに沈んでいるような目をして川名の首のあたりを見据えて黙っている。川名はため息をついて顔を軽く下に向けると、霧野を上目遣いで見た。

「おい。何が不満なんだ?俺にぶちこんでもらえなかったからって、いつまでも怒ってんじゃないぞ、雌犬。欲しかったらそこの2人にでも泣いて頼むんだな。」

勢いよく霧野の目の前でドアが閉まった。風圧で髪が軽く揺れ、彼の煙草の臭いが鼻先を掠めた。

「なんだ?霧野さん、あんなにぶちこんでやったのにまだ足りないの?しょうがない人だなぁ。」

後ろから間宮が揶揄い、尻のあたりを掴み上げてくる。手を払って睨みつけるが、彼は少しも表情を変えないまま、そして霧野の下半身の違和感に気が付いたらしく意味深に口角をあげて一歩後ろに下がった。

「お前、俺には大したことしてないと言ってたじゃねぇか。」

美里の威圧的な口調が廊下に響いた。

「なんだ?ぶち込むくらい大したことじゃないだろ。だってそれが霧野さんの仕事なんだし、ベッドをびちゃびちゃに濡らして泣いて悦んでいたぜ。本人の口から聞いたらどうだ?じゃあ、俺は自分の仕事に戻るからな、ごゆっくり。」

間宮はそのままひとり階段を駆け下りていき、霧野と美里が誰もいない廊下に残された。霧野は間宮が去っていった階段の方から顔を上げて美里の方を見た。彼もこちらを見ていた。

「先に降りろ。」

美里の殺気を背に感じながら黙って階段を降りていった。一段降りるたびに偽の肉の楔が身体に打ち込まれる。手すりにつかまり、違和感がない様に一定の速さで足を進めた。手すりを掴む手が手汗で湿って、気持ちが悪い。現在進行形で鞭打たれているように、胸部と背が痛んだ。

「俺がお前を殺さないと思うなよ。寧ろ、今、俺が1番お前を殺したいくらいだ。」

張り付いた影のようにすぐ後ろから彼の声が聞こえた。
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