都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第三章 カモフ攻防戦

11 タカマの戦い(4)

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 最初はこの突撃に出遅れた軍勢が気勢を上げた声だと考えていたヨウコは、特に気にすることなく目の前に迫った敵軍勢に集中していた。
 しかしすぐに異変に気付く。
 自軍の後方に乱れが生じていたのだ。

「どうした? 喧嘩などしてる場合か!? 敵は目の前だぞ!」

 ヨウコは馬上で首を巡らせ、苦々しい表情で怒鳴る。だが喧嘩にしては混乱の度合いが激しく隊列が大きく乱れていた。
 まるで喧嘩というよりは、後方から追い立てられているようだった。

「敵か!? どこから・・・・」

 すでに混乱に陥ってる自軍の様子に、ヨウコは動揺を露わにする。
 ここは起伏はあるが、伏兵ふくへいを隠せるような場所は見当たらない。しかも自軍は今、エリアス本陣に向かって突撃を敢行している最中だ。すでに敵軍の真っ只中に突入している状態で、軍勢を止める訳にも反転させる訳にもいかなかった。

「くっ、止まるな! このまま兄上を討つ!」

 動揺を見せながらもヨウコは、兵を止める愚を犯すことなく兵を叱咤する。
 彼は後方から攻められる恐怖にさいなまれながらも何とか軍勢の崩壊を防ぎ、一塊となって前へと歩を進めていく。
 しかし次の報告によってギリギリの所で保っていた規律が崩壊してしまう。

「ヨウコ様、後方の敵軍の正体が分かりました!」

「どこの軍だ?」

「はい、ヴィ、ヴィクトル様の軍勢でございます」

「何だと!?」

 ヨウコはあまりの衝撃に思わず足を止め後方を振り返ってしまう。彼だけでなく他の者も同じように立ち止まってしまったのだ。
 彼らを後ろから襲ってきた軍勢はどう見ても友軍だった。

「どうしてヴィクトルが?」

 彼は馬上で信じられない思いで呆然と立ち尽くす。
 そうしている間にも友軍によって次々と味方が討ち取られていく。
 今やヨウコ隊は完全に動きを止めてしまっていた。
 後ろからはヴィクトル軍が、前方からはいつの間にか進軍を開始したエリアス軍によって彼らは挟撃に遭うことになる。
 側近たちはヨウコを守ろうと必死で戦い先程から脱出を進言しているが、その声は呆然としたままのヨウコには届いていなかった。





「ヴィクトルが謀反だと!?」

「現在ヨウコ様の軍勢に対して攻勢を掛けております」

 ダニエルは後方でその報告を憮然ぶぜんとした表情で聞いた。前線が突撃に移行し、本陣も前進を開始しようとするタイミングだった。
 しかしこれでヴィクトルが開戦後からの怪しい動きに納得がいく。

彼奴あやつめ! 妙な動きをしてると思ったがこういう事だったか!」

 最前線ではエリアス軍への突撃の最中だ。
 ましてや戦功にはやったヨウコは突出し、後方の部隊との間が空いている。
 本来そこを埋めるのがヴィクトルの役目だったが、彼が裏切ったことで前線と分断される形となってしまった。
 そこにさらに追い打ちを掛けるような報告がもたらされる。

「エッ、エリアス様の軍が進軍を開始しています! このままではヨウコ様の軍勢が挟撃されます!」

「ぬぅっっ、兄上め! やってくれる!」

 示し合わせていたのだろうが、こちらが乱れたと見るや即座に行動に移る判断は流石に百戦錬磨のエリアスだ。ダニエルは対処を指示する間もなく、戦況が瞬く間にくつがえされていく様に歯噛みする。

「ヴィクトル様の裏切りに動揺が広がっております。ダニエル様、いかがいたしますか?」

「フベルトに救援に向かわせろ! アレクセイとユッシは兄上への対処だ! ヨウコを討ち取らせるな!!」

 出遅れた感は否めないが、最悪なのは座視して動かないことだ。軽く頭を振って気持ちを切り替えたダニエルは、切り札を切ることを決意する。

「し、四天王を動かすのですか?」

「今流れは兄上にある。再びこちらに持ってくるにはそれしかあるまい」

 四天王投入はダニエル軍の最強のカードだ。
 ヴィクトルの裏切りにより全軍に疑心暗鬼が広がり、当初の勢いが完全に削がれてしまった。隣の軍勢は果たして味方なのか、このまま背中を預けるに足るのか。そんな考えを持ちながらでは突撃に勢いが出ない。現にヴィクトルの裏切りが発覚して以降、進軍の脚が完全に止まってしまっている。
 できれば最後までとっておきたかったカードだが、現状はそうも言ってられない。この状況を最悪でも五分に戻すためとはいえ、ダニエルは四天王という切り札を切らざるを得なかったのだ。
 だがそのカードは、ダニエル軍を崩壊へと誘う引き金となる。





 ヨウコ隊はヴィクトル隊との間で乱戦となっていた。
 彼の周囲は味方の姿はすでにまばらになっており、ヨウコも馬を捨てて自ら槍を振るっていた。

「ヨウコ様、こちらへ!」

 側近がヨウコを守るように囲んでいるが、時間が経つにつれ一人また一人とくしの歯が抜けるよう脱落していく。最初二十名いた側近も今では片手で足りるほどにまで減ってしまっていた。

「くっ! ヴィクトル隊め、あっちこっちから」

 乱戦になってほどなく、馬上で呆然とするヨウコがヴィクトル隊の兵に発見された。幾つもの『ヨウコ発見』の笛が鳴り響き、餌に群がる蟻のようにヴィクトルの兵が殺到することとなったのだ。

「ヨウコ様、お覚悟!」

「ぐぅっ!」

 ヴィクトル隊の兵が突き入れた槍の一本がヨウコの太股ふとももを貫いた。
 すぐにその兵を討ち取ったヨウコだったが、その場に立ってられなくなった彼はとうとう膝を付いてしまった。

「ヨウコ様!?」

 駆け付けた側近に肩を貸されて立ち上がったが、そのために守りに穴が空くこととなる。

「よもや弟に牙をむかれるとはなっ!」

 額に脂汗を浮かべながら痛みに耐え、片手で必死で槍を振るうヨウコ。しかし休む間もなく戦い続けているため、息が上がり肩を激しく上下させて呼吸をしている。
 彼を守る側近も一人二人と欠けていく中、残る彼らも一人の例外もなく満身創痍だ。自らの血と返り血で全身真っ赤に染めながら、必死でヨウコを守り戦い続けていた。
 しかし疲労と流失した血により、剣や槍を持つのもやっとという状態ですでに戦う力は残されてる筈もなく、次々と討ち取られていく。

「っ!? おい、しっかりしろ!」

 肩を借りていた側近がぐらりと体勢を崩し、ヨウコも引き摺られるように倒れる。慌てて助け起こそうとしたヨウコだが、その側近はすでに事切れていた。
 槍を杖代わりにゆっくり立ち上がったヨウコは、周りに味方がいないことを悟る。

「・・・・もはやここまでか」

 達観したような表情を浮かべたヨウコは、天を仰ぐとそう呟き槍を手放した。その直後、ぎらついた目をした敵兵が彼に殺到するのだった。





 ヨウコ戦死の一報はすぐに戦場を駆け巡った。

「フベルトは間に合わなかったのか・・・・」

 腹違いだったがヨウコは兄弟の中で最も仲が良く、ダニエルが目をかけていた弟だった。
 開戦前は圧倒的に優勢が見込まれていた。それが主だった騎士の中で真っ先に命を落とした。報告を受けたダニエルは呆然と呟くと力なく腰を落とした。
 更に悪い報告が彼の元へともたらされる。

「ユッシ様がアレクセイ様の部隊に攻撃を仕掛けています!」

「何っ!? ユッシまでもか」

 エリアスへと向かった二人の部隊は、ややアレクセイの部隊が先行しながら併走していたが、ユッシ隊が突然方向転換しアレクセイ隊の横合いへと突っ込んだ。
 ヴィクトルに続くユッシの裏切りにアレクセイ隊は浮き足だった。そこに追い打ちを掛けるように、ヨウコを討ち取った勢いのままヴィクトル隊が参戦してくる。
 完全に不意を突かれたアレクセイ隊は、抵抗することができずあっさりと崩壊してしまった。
 アレクセイ隊を破ったヴィクトルとユッシの部隊は反転し、四天王の残る一人ラーシュ隊へと牙を剥く。

「くっ、どうすれば・・・・」

 めまぐるしい状況の変化に付いていけず呆然と立ち尽くすダニエルの元に、ラーシュから伝令が入った。

「このいくさは残念ながら我らの負けでございます。私が殿しんがりを引き受けますので、ダニエル様は撤退され再起をはかられよ」

「・・・・」

 ダニエルは唇を一文字に結び顔を紅潮させる。握りしめた両拳は白く小刻みに震えていた。

「ダニエル様」

 側近が彼の言葉を待っているが、誰も行動を促す者はいない。彼が実権を握ってからというものその性格は徐々に増長が見られはじめていた。
 元来は広く意見を聞きオリヤンへと進言をおこなうような調整役を務めていたが、領主となってからは周りの意見を聞き入れなくなっていた。
 前線に出ることもなくなり、側近の顔ぶれも必然と武官が減り文官が多くなっていた。流石に今回は武官を多く連れてきていたが、皆経験が浅くダニエルに意見を言える者はいなかった。
 動けなくなっていたダニエル軍本隊に、さらに追い打ちを掛ける知らせが飛び込む。

「フベルトまでラーシュ隊を攻撃をしているだと!?」

 フベルトにはヨウコ救援に向かわせていた。
 しかし救援は間に合わず、ヴィクトルはアレクセイに攻撃を加えていた。攻勢に出てからというもの、機動力に優れるフベルト隊にしては、お粗末な行動が目立っていたが、どうやら彼もそういう事情だったようだ。
 怖ず怖ずと情報を伝えた側近が、ダニエルの剣幕に小さくなる。
 人当たりが優しいと言われる彼だったが、目の前の姿は髪の毛こそ黒いものの赤鬼と恐れられるエリアスと変わらない怒気を撒き散らしていた。

「まさかと思ったが、まだ脱出しておられなんだか!」

 通夜のような雰囲気の中、上気した顔を浮かべた老騎士が現れた。
 本陣の前で殿を担っていたラーシュだ。
 何度か敵と直接切り結んでいるのか、身体や顔に返り血が赤黒くこびり付いている。彼は全身から湯気を立ち上らせながらダニエルの前に跪くと、すぐに脱出するように進言する。

「ユッシに加えてフベルトまでが裏切り申した。ここに至ってはこの戦、もはや勝ち目はございません。ここは儂が殿を引き受けます。ダニエル様はその間に撤退し再起をはかられませ」

「貴殿は死ぬつもりか?」

「もちろん裏切り者の二人を打ち取るつもりでございますが、四天王の二人を相手ではちと厳しい戦いになるかと」

「それならば私も一緒に戦えば・・・・」

「なりません! 確かに協力して相対すれば勝てる可能性は上がるでしょう。しかし、二人を破ったとしてもまだヴィクトル様とエリアス様の軍勢が控えております。ここは一旦撤退してでも軍勢を立て直すことが急務と存じます」

「・・・・わかった。だが必ずフォレスに戻ってこい」

 もっとも頼りとするラーシュの覚悟を知り声をなくすダニエル。
 やがて顔を歪めながら絞り出すように発した言葉に、ラーシュはにこやかに頷いてみせた。
 慌ただしくダニエルが撤退していったあと自軍へと戻ったラーシュは、気合いを入れるように大声で下知を下した。

「模擬戦でも実現しなかった四天王との二対一の対戦だ! よいか、撃破する必要はないぞ。日没までユッシとフベルトの攻勢を凌ぎきれば我らの勝ちだ!」

「おう!」

 ふたつの部隊から攻められて防戦一方となっていたラーシュ隊は、その下知に奮い立った。
 元より攻めるよりも守りに徹すれば、オリヤンですら突き崩す事ができなかったといわれるラーシュ隊だ。攻めに優れたユッシ隊の攻勢にも鉄壁といえる防御力で対抗するのだった。
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