都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
上 下
70 / 203
第二章 巨星堕つ

21 山頂の奪還

しおりを挟む
 その日の深夜、ユーリたちはサザンの港から舟に乗り込み、月明かりの中をタステ山へと出航した。風は凪いでおり彼らは静かに櫓を漕ぎながら湖面を滑るように進む。
 およそ二時間後にタステ山の麓に上陸した彼らは、視界の効かない闇の中を息を切らせながら山頂を目指して登っていった。

「はぁ、はぁ、やっと着いた?」

「ぜぇ、ぜぇ、もう少し早く登れると思ったが・・・・」

 空が明るくなり始めた頃、ようやく山頂へと辿り着いた彼らは、残していた見張りと合流した。暗く足元の見えない中の登山に相当疲弊した様子で、全員荒い息を吐いていた。
 水分を補給し息を整えた彼らは、見張りの三名にねぎらいの言葉を掛けると早速情報を聞き出す。

「それで、何か分かったか?」

「現在の所、十六名を確認。今は二基に分散して休んでます」

「残り一基はどうなっている?」

「監視中に人の出入りはありませんでした。おそらく予備か倉庫に使われていると思われます」

 山頂に残った三名に監視対象についての説明を受けた。
 二基のユルトに十六名。その大きさからおそらく最大限の人数だろう。
 彼らの見つめる先では、二名がユルトから出てきて朝餉の準備のためか火を起こし始めていた。しばらく待てば残りの人員も起きてくることだろう。
 彼らはユーリたちが登ってきたルートと丁度反対側から出入りしているという。見張りがこっそり確認したところ、カモフラージュされているものの登りやすいように階段状に道が作られているそうだ。

「さて、どうしますか?」

「逃がしたくないからな。ルーベルトは三名を連れて奴らの退路を断ってくれ。他は散開して包囲だ。相手が食事中を襲う! ヨニとユハニの弓でまず先制するぞ。騒ぎが起こったら突入だ。一人も逃がすな!」

「了解!」

「それとルーベルト。その大事そうに抱えてる鉄砲は置いて行けよ!」

 ルーベルトが当然のように抱えている鉄砲にユーリが呆れた声で告げる。

「えっ!?」

「お前なぁ・・・・、出発前に説明しただろう。今回は音や光で周りに気付かれたくないから鉄砲や魔砲はいらないと」

「こ、これは私の一部です」

 溜息を吐きもう一度説明するがルーベルトはそれでも鉄砲を大事そうに抱きかかえ、持っているだけで決して使わないと苦しい言い訳をする。
 そもそもわざわざ鉄砲を背に背負ってこの山の急斜面を登ってきたのだ。予定よりも遅れたのは、枝に引っかけたりズレた鉄砲に気をとられて何度も足を滑らせたルーベルトが大きな原因だ。彼一人だけ所々服がほつれたり破れたりしているのも頷けるだろう。

「わかった。ならお前はここで待機だ。特訓の延長もトゥーレ様に具申してやろう」

「ぐっ・・・・、わかりました。置いていけばいいんでしょう?」

 特訓期間の延長を持ち出されると、渋々であるがさすがに鉄砲を手放すのであった。

「よし、襲撃のタイミングは奴らが揃う朝餉の時間だ。では散開!」

 気を取り直してユーリが散開の指示を出すと、彼等は無言で斜面を下り持ち場へと移動していく。
 開けているといってもそれほど大きくはない山頂だ。九名でも包囲するには充分な大きさだ。夜が明けるまでには配置が完了し、後は攻撃のタイミングを待つだけとなった。
 つぎの入ったチュニックを身に着けて農夫のような格好をしているが、家族もなく男たちだけでユルトで生活する農夫などは存在するはずがない。また農地のない山頂に隠れるように居住するなど彼らは明らかに不審だった。
 そんな男たちが十六名、焚き火を囲んで車座に座って食事を摂っていた。料理番らしき二人の若者が、焚き火の傍に立って差し出される椀に鍋からスープを順番によそっていた。
 串焼きにした肉が火に炙られて香ばしい匂いを辺りに漂わせていて、焼き上がった肉を料理番が年配の男から順番に配っていく。
 全員に行き渡ると料理番も自分の椀にスープをよそい、焼きすぎて焦げ目の多い肉を手に車座に入る。

「ふわぁ・・・・眠ぃ」

「お前、今日は何処まで行くんだ?」

「今日は引き続きコッカサで地形を調べるつもりだ。お前は?」

「俺は今日は待機日だ」

 スープを啜りながら隣の若者に話しかける。その男は連日の任務によって今日は非番となっているようだ。

「いいじゃねぇか。俺は待機日まであと三日もあるぜ」

「だけどよ、待機っていったって、ここには女っ気もねえからなぁ」

「ネアンまで行きゃいいじゃねぇか?」

「馬鹿言え! ネアンまで行ったって時間なんかねぇじゃねぇか! 抱いたりすりゃ明日までに帰ってこれねぇだろ!?」

 非番とはいえ一番近い歓楽街があるネアンまでは半日は掛かる。往復するだけで、折角一日しか無い非番の半分を費やすのは勿体ない。結局、この場に残って他の者達と一日中酒を飲んで賭け事をして過ごすことになるだろう。

「そうなんだよ。この任務は楽なんだけど娯楽が酒しかねぇっていうのが欠点だよな」

「まぁいいじゃねぇか。三か月我慢すりゃ交代でカントに帰れるんだからよ・・・・ん? どうしたんだ!?」

 今まで会話していた男が不意に黙り込むと、ふらりと後ろに倒れる。
 何気なく視線を向けた男の目に入ってきたのは、額に矢が刺さり既に事切れている男の姿だった。

「おい、どうした!?」

 焚き火を挟んだ向かい側でも、慌てたような男の声が聞こえてくる。

「て、敵しゅ・・・・」

 料理番をしていた若い男が叫ぼうとしたその時、飛来した矢が彼の喉を貫いた。
 喉に熱く焼けるような痛みが走り、ヒューヒューと呼気が漏れ口から血の混じった泡が零れ落ちる。呼吸ができない苦しさに、喉に爪を立て搔きむしるように空気を求める。だがその苦しみは続けざまに飛来した無慈悲な矢によって強制的に断たれたのだった。

「よし、突撃!」

 ユーリの合図によって一斉に木立から槍を手に飛び出していく男たち。
 ヨニとユハニの二人によって、既に半分近くの排除に成功していた。突然の攻撃に相手の混乱はまだ収まっていない。既に勝負は決していると言えた。
 僅か数分後、抵抗らしい抵抗を受けることなく制圧が完了し、山頂には血生臭さだけが残されていた。

「逃げた者はいるか?」

「いえ、これで全員です」

 淡々と状況を確認したユーリは、残されたユルトに向かう。
 中を覗くと二基には報告通り十六名が生活を共にしていた跡があった。

「これは・・・・!?」

 残りの一基を覗いたユーリは思わず絶句する。彼に続いて覗き込んだルーベルトたちも同様に言葉を失った。
 見張りが予想していた様に倉庫代わりとして使われていたユルトには、武器や食料はもちろん保管されていたが、それ以上に目を引いたのは保管スペースの半分以上を占める爆薬だった。

「何に使う気だったんでしょう?」

「さぁな。分かってるのはこれは俺たちに使うつもりだったってことだ」

「これだけあればサザンの城壁も崩せそうですね」

「早めに発見できたのは僥倖ぎょうこうだな。それよりもこれだけの量をよくここまで運んだものだ」

 木箱で何十箱もある爆薬だ。これだけの量を運んでいれば嫌でも目立つだろう。少しずつ運んでいたのだとすればどれだけ掛かるかは想像もつかない。

「ルーベルトこの爆薬はサトルトに運ぶようにオレクに手配しておいてくれ」

「承知した」

「それから、まだ特訓は短縮はされてないからな。どさくさに紛れてお前がサトルトに運ぶなよ」

「え!? ・・・・わかりました」

 ユーリに機先を制されて釘を刺されたルーベルトの顔は渋いものだった。
 その後数か月にわたって監視を続けることになるが、交代要員や追加で人員が派遣されてくることはなかった。おそらく連絡が途絶えたことで、彼らは見捨てられたのだろうと考えられた。

「ほう! これは凄いな!」

 敵の工作員を撃退してから十日後、タステ山頂にトゥーレの姿があった。
 広場は三方を木立に囲まれているが、北のタステ狭道側は切り立った崖となっている。その縁に立ったトゥーレの眼下には、翡翠を溶かしたような翠色みどりいろの水を湛えたキンガ湖が広がっていた。
 キンガ湖の対岸は岩がカーテンの様に反り立つ岸壁が広がり、カモフのU字谷の様子がよく分かる。岩壁の所々に湧水なのか滝が数本流れ落ちていた。右に目を向けると枯れたカモフにあって唯一と言っていいコッカサの農地が広がり、その先に城壁に囲まれたネアンの街が小さく霞んで見えていた。
 上から見ればネアンの付近の湖水は透明度が高い。塩分濃度の影響かどうかは知らないが、キンガ湖の奥からネアンに向かって翡翠色から徐々に色が薄くなっていくのが良くわかった。
 その後、奪還作戦参加者の内、ルーベルト以外の乗馬の特訓が緩和される事になった。一人蚊帳の外に置かれたルーベルトはトゥーレにしつこく食い下がったものの、彼だけはその言動から馬術特訓の緩和とはならず、きっちりと最後まで訓練が続けられ、その後もサトルトに入浸ることのないよう馬術訓練が日課とさるのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...