都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

22 坑道の女神像

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 魔光石と松明の明かりが照らす薄暗い坑道を、ユーリを先頭にしてトゥーレはいつもの護衛を引き連れて進んでいた。
 ぞろぞろと行く集団の中で外側を歩く者が松明を持って明かりを確保し、トゥーレなど数名が魔光石を首からぶら下げている。暖かい光を放つ松明に比べ、魔光石の光は淡い青い光のため冷たく感じる。だが長く保たせるためそれほど強い光ではないが熱がないため首からぶら下げることができた。その分両手を自由に使うことができるのだ。
 衝撃の強さに比例して強さや効果の時間が変わる魔法石は、普段は火起こしに使われるが軽く叩けば熱を発して懐炉として使える魔炎石や松明代わりに携帯できる魔光石、欲しいときに必要なだけ水を生み出す魔水石と便利使いできるものが多い。もっとも庶民が普段から使用するには少々値が張るため街でもそれほど使用頻度が高いものではなく、ほとんどが代替が効くためトゥーレも普段であれば魔光石は使わない。
 今回普段と違うのは、トゥーレの傍には動きやすいよう乗馬服に着替えたエステルがトコトコとついてきているためだ。
 もちろんエステルだけではなく、彼女の側勤めや護衛騎士も同行している。そのため人数は普段よりも多く、エステルの足に合わせて二十名以上でゆっくりと坑道を進んでいた。

「エステル様、疲れませんか? 一度休憩されますか?」

「平気です。それよりあとどれくらいですか?」

 彼女は少し息を弾ませているが、心配そうに声を掛ける護衛に対して気丈に振舞って兄の傍を黙々と歩いていた。
 心配そうに声を掛けた護衛は、以前ユーリとともに市場でエステルに振り回されたフォリンだ。彼女は普段は側勤めとしてエステルに仕えているが、武術の心得もあるため、こうして外出の際は護衛騎士を務めることもあり、今回は格好も騎士のそれであった。また側勤めとして仕える際も、彼女だけは短剣を所持することを許されていた。
 何故エステルがトゥーレに同行しているのかというと三日前に遡る。
 いつものシルベストルの講義を終えてぐったりしていたユーリの下に、エステルが駆け寄ってきたのだ。

「ユーリ!」

「姫様、・・・・今日は何の用でしょう?」

 エステルに付き合えば振り回されることが多いが、立場上邪険にはできないユーリはうんざりしたような表情を浮かべつつも彼女に向き直った。
 以前彼女がユーリを街中に連れ出して以来、エステルは事あるごとに彼を頼るようになっていた。最初こそはどこか遠慮するような態度が見られていたものの、彼女は慣れるに従って問答無用でユーリを引っ張り回すようになっていた。
 それは付き合わされるユーリも同様だ。
 始めこそ丁寧な態度で接していた彼も、彼女の人となりを知るにつれてトゥーレに接するときと同じような態度に変わっていたのた。

「ラステ坑道に連れて行ってくださいませ!」

「はあっ!?」

 エステルには驚かされてばかりだが、今日はいつも以上であった。
 前置きなく告げられた行先に、取り繕うことも忘れ思わず呆れた声が出てしまった。

「ご容赦くださいませ。あそこは姫様が行くような場所ではございません」

 ラステ坑道は、カモフにある塩鉱の中でも最も産出量の多い坑道だ。そのため普段から多くの坑夫が潜っているため、エステルの頼みとはいえ領主の娘をおいそれと連れていける場所ではなかった。
 そんなことを必死で説明し、何とか諦めさせようとするユーリに対し、エステルは胸の前で手を組むと瞳を潤ませながらユーリを上目使いで見上げると、

「女神像が見たいのです」

 そう一言告げた。

「うぐっ! ど、何処でそんな方法を覚えたんですか?」

 エステルからのおねだりポーズの破壊力は凄まじく、ユーリですら思わず息を飲んだほどだ。
 幼女だと思っていたエステルが、いつの間にか美しい少女へと成長していたことに動揺を悟られまいと平静を装うものの、意表を突かれたため上手く誤魔化せなかった。動揺を立て直すことができないまま、結局はエステルに押し切られるように坑道を案内することが決定したのであった。

「それで、何でトゥーレ様まで付いて来てるんですか?」

「いいじゃないか。俺も一度見てみたいと思ってたんだ」

 いつの間にか一緒に来ることになっていたトゥーレを軽く睨むが、いつもの調子ではぐらかされてしまった。ユーリもそれならとエステルが暴走した時の安全装置に使おうという風に割り切っていた。
 普段は多くの坑夫が行き交う坑道も今日は休みを言い渡し、さらには手当も弾んであった。
 坑夫には坑夫の都合があり形式上の雇い主の一族の視察とはいえ、警備の都合上多くの坑夫がいる場所に連れてこられる訳はないのだ。
 ゆっくりと下りながら幾つにも枝分かれしている坑道を、迷いなく一行を先導していくユーリ。
 このラステ坑道は、カモフの塩鉱の中でも最も重要な坑道であった。もっとも古くから掘り繋がれて来たため深いところは八階層にまで達し、その総延長はこの大陸をひと周りすると言われる程だ。そのため慣れている坑夫でも道に迷えば遭難することもあり、毎年何名かはそれが原因で亡くなることもあった。
 その中で今彼等が進んでいる坑道は、謂わば動脈と言える重要な坑道だった。それを示すかのように枝分かれしていく他の坑道に比べて太く作られ天井も高い。また万一の崩落を防ぐためにしっかりと補強されてもいる。突貫で作られたエンの坑道とは何もかもが違っていた。

「もう間もなくです。姫様」

 薄暗い坑道を下り続けること一時間。
 トゥーレはともかくエステルの表情に疲れが目立ち始めた頃、坑道を抜けた先にドーム状の巨大な空間が広がった。
 大きさがサザンの中央広場ほどもあるこの巨大な空間は、掘り進めるうちに見つけた天然の鍾乳洞の一部だ。自然にできただけに人の手で整地した箇所以外はでこぼこしていて、至るところに鍾乳石や石筍が立ち並んでいた。

「うわぁ! 凄いです! 綺麗です! 大きいです!」

「ほう! 見事だな、これがそうか!」

 入口から最も奥に一抱えほどもある高さ十メートルを超える石柱が三本、この空間を支えるように佇立している。その巨大さはこの空間が出来て遙かな年月を経てきた事を示していた。
 その石柱の前に、岩塩の結晶で造られた高さ二メートルの女神像が鎮座している。胸の前で手を組んだ祈るような姿の女神像は、伝承ではこの地に縁の深いキンガ姫と伝えられていた。制作された時期は定かでは無いものの、古くから坑夫の間では採掘の安全を祈願するものとして信仰の対象となっていた。

「キンガ姫? 湖と同じ名だが聞いたことはないな」

「わたくしもです。いったいどのような伝承ですか?」

 キンガ姫という名に心当たりがなく、トゥーレとエステルも首を傾げている。

「坑夫なら誰でも知ってる良くある昔話です」

 そう言って彼等に古くから伝わる伝承を語り始めた。


※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※


遙かな昔、この辺りを治めていた王様にキンガ姫という心優しき姫様がいました。

キンガ姫は自分と同じ名が付けられたこの美しい湖が大好きで、カモフにある離宮をよくおとずれていました。

この地に暮らす人々も、心優しいキンガ姫のことが大好きでした。

ある時、キンガ姫は人々があることで困っていることを知りました。

この地では塩が採れなかったため、旅の商人から塩を買っていましたが、塩の値段は相場の三十倍以上もするため、とても平民には手が出せない贅沢な品でした。

心を痛めたキンガ姫は、王様に訴えます。

ですが、キンガ姫の訴えも残念ながら王様には届きません。

離宮に戻ったキンガ姫は、タステの山に登り三日三晩の間祈り続けました。

やがて、キンガ姫は祈り終えると嵌めていた指輪を外し、湖へと投げ入れたのです。

湖は目映い光を放った後、塩が次々と吹き出してきました。

湖はすぐに元の静けさを取り戻しましたが、淡水だった水は塩水へと変わっていました。

また、地面を掘るとゴロゴロした岩塩が採れるようになっていました。

喜んだ人々は、宝石の様に輝く岩塩の結晶でキンガ姫の像を彫って、感謝の祈りを捧げるようになりました。


※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※


 坑夫にとっては、幼い頃より慣れ親しんだ昔話だが、それ以外の者にとっては新鮮だったようだ。
 トゥーレ等は聞き終わると、興味深そうに女神像を見上げていた。

「その話が本当なら、キンガ姫がいなければ今のカモフはなかったかも知れないな」

「そうです! わたくし達はもっとキンガ姫に感謝しなければ! お兄様、お父様やお母様にも参拝していただいて、もっとキンガ姫のお話を広めていきましょう!」

「ひ、姫様!?」

 しみじみと語ったトゥーレに対して、『むふぅ!』と鼻息荒くキンガ姫伝承の普及活動に目覚めたエステル。突然の変貌に彼女の側近達も戸惑った声を上げていた。

「落ち着けエステル!」

―――ゴツン!

 流石にトゥーレだけは慣れたもので、興奮するエステルに黙って拳骨を落とす。

「痛っ! お兄様、突然何をするのですかっ!? わたくしはキンガ姫伝承の布教活動に目ざめっへぶっ! し、舌を噛みましたお兄様!」

 ひと呼吸のうちにからへと格上げされるほど興奮したエステルに黙って二度目の拳骨を落とすトゥーレ。エステルは涙目になりながら、口を押さえつつ兄を上目遣いで睨む。
 ユーリたちをたじろがせる程のエステルのあざとい仕草も、兄であるトゥーレには通用しない。エステルを黙らせた鮮やかな手際に、一同は『流石トゥーレ様』と無言の喝采を叫び、エステルの布教活動は始まる前に終わりを迎えたのであった。





「すまなかったな」

「はい!? 何です? 姫様のことですか?」

 帰路、唐突に謝罪をしたトゥーレに戸惑うユーリ。
 二人は周りから少し離れていたため、謝罪したトゥーレには誰も気付いてはいない。聞かれたくない話なのだろうと理解はするが、謝罪される理由が思い浮かばずにユーリは戸惑いを浮かべるだけだった。

「ここに来るのは、あの日以来だろう?」

「ああ、・・・・そう言えばそうでしたね」

「何だ? 拍子抜けだな。今まで避けてたんじゃないのか?」

 トゥーレの言うあの日とは、ジャハから一方的な逆恨みを買った日のことだ。
 一方的になぶられるセノを見ていられなかったのを止めた。
 ジャハが兵を率いてユーリの村を襲ったのはその日の深夜の事だ。その夜、彼は大切な家族と幼馴染みの婚約者を失い、額に一生消えない傷を負ったのだ。
 あの日以来村を出たためこの場所に近付くことはなかったが、確実に彼の人生を変えることになった場所だった。

「ええ、そうですね。私もそのつもりでしたが、・・・・思ったよりも平気でした。暴走したエステル様のお陰ですかね?」

 意外とサバサバした表情でユーリはそう語った。
 実際にジャハと一触即発になった場所にも立ったが、感傷に心がざわつく事もなかったという。あれから五年以上が経ち、ユーリ自身すでにわだかまりが解けていることも大きいのだろう。

「ははは、あいつも役に立つこともあるんだな」

 薄暗い坑道に二人の笑い声が木霊するのだった。
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