都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

15 出禁三カ月

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 フォレスから帰還後のある日、トゥーレは忙しい合間を縫ってサトルトに向かった。
 左腕はまだ完治とはいえなかったが、すでに三角巾は取れていて先日から日課である馬の調教も再開していた。
 サトルトは最初の視察から二年余りが経ち、寒村だった姿から大きく変貌を遂げていた。まだ形すら整っていなかった高炉には火が入り、傍の水車から新鮮な空気が常に送り込まれ、真っ赤になった鉄が溶け出していた。
 その奥には二棟目の高炉の建設が進み、七、八メートルになる煙突に耐火レンガを積み上げている最中だった。また当時は骨組みもなかった鍛冶工房も、今では十数棟が建ち並び、そこかしこからリズム良く槌音が響いていた。

「しばらく見ない内にまた建物が増えているな」

 その発展速度は頻繁に視察に訪れるトゥーレも驚くほどだ。出迎えたオリヴェルが完成している施設を順番に説明していく。

「そして一番奥、・・・・今ルーベルトが駆け込んでいった工房が例の工房です」

「あいつ、また勝手に!」

 許可なく持ち場を離れたルーベルトに憤慨するものの、すぐに諦めた様子でユーリが嘆息する。サトルトに来た際にルーベルトの制御が効かなくなるのは、もはやデフォルトになりつつあった。トゥーレ護衛の任務を勝手に外れて鍛冶工房に入り浸ってしまうのだ。
 先日襲撃に遭ったばかりで、護衛騎士である彼のこの行動は流石に任務放棄と取られかねないが、彼が開発した兵器により窮地を脱したことも事実であり、サトルトに来た時だけなので『ま、ルーベルトだし』のひと言ですんでしまう。

「例の魔砲か・・・・」

 未だに違和感が拭えない兵器の名だが、当初ほど妙な感じはしなくなっているのは、呼び名に慣れてきた証拠だろう。このまま魔砲が定着していきそうなことに複雑な気持ちになるトゥーレだった。
 外見は普通の鍛冶工房と変わらないが、魔法石と鉄を鍛造するハンマーや金床などにも細かく砕いた魔法石が練り込まれているため、不思議な色でぼんやりと発光していた。
 魔法石同士を打ち合わせても魔法の効果が発動しないことは古くから知られていたが、今までは適当な大きさに砕くために叩き割るくらいしか使用方法がなく、魔法石は加工できないものというのが定説だった。
 しかし彼は砕いて粉々にした魔法石を溶けた鉄に混ぜることで普通の金属のように加工する方法を見つけたのだ。もっともその時点では鋳型に流し込むくらいしかできなかったが、ハンマーや金床にも魔法石を混ぜることで、こうして鍛造できることが証明されたのだ。
 それをルーベルトと共に開発しているのが、この工房を任されたヴァイダだった。彼はたまたま付き合いのあったクラウスの元へ魔法石を加工した試作品と共に報告に上がり、それを知ったルーベルトが早速鉄砲の製作を依頼したのが始まりだ。
 出来上がった試作の銃は魔砲と名付けられ、エンの攻略で試用された後、正式に採用することが決まり、この工房で量産するための改良を繰り返しているところだった。
 トゥーレ等が工房を覗くと、ぼさぼさの茶色い縮れ毛を伸ばしたヴァイダと坊主頭のルーベルトが真剣な表情で顔を付き合わせている。主にルーベルトが身振りを交えて何やら説明をおこない、ヴァイダが困ったような表情でうなずいていた。

「ルーベルト!」

「はっ!」

 トゥーレが呼びかけると、ルーベルトはその場で飛び上がるようにして直立不動となる。

「貴様、サトルト出禁じゃなかったか?」

「そ、それは・・・・」

 タカマ高原での競馬でフォレス勢に惨敗したルーベルトは罰として一ヶ月間のサトルト出入り禁止となっていた。しかしその後の襲撃によるトゥーレの負傷でフォレス滞在が延び、有耶無耶うやむやになったのをいいことに彼はサザンに戻ってからもこっそりと通っていたのだった。

「三ヶ月だ!」

 背筋が凍るような冷たい目でトゥーレが静かに出入り禁止の延長を告げる。

「ちょ、ちょっと待ってください。それだと魔砲の開発が・・・・」

「問答無用だ! そう思うなら馬術でユーリに勝て! ユーリに一度でも勝てたら考えてやろう」

 慌てて言い繕おうとするルーベルトをピシャリと制しつつ、トゥーレは解除の条件を告げる。それはルーベルトにとっては余りにも厳しい条件だった。
 クラウスの子であるルーベルトは坑夫だったユーリと違って、幼少の頃より馬と接する機会は多かった。だが小さい頃から鉄砲をバラバラにしては組み立てていた彼は、細かい作業は得意だが馬術の才能には恵まれなかった。
 全く乗れないという訳ではない。
 感覚的な能力に恵まれたトゥーレや、腕力に任せて何とかしてしまうユーリに比べると見劣りしてしまうだけで、平均的な乗馬レベル以上ではあるのだ。
 今までも事あるごとに指摘されていたが、そこまで強くは言われていなかった。だがそれをいいことに馬術訓練を疎かにしていた。それがリーディアの側近との勝負に負けたのが決定打となったのだ。

「そんなぁ・・・・」

 涙目で懇願するようにユーリを見るが、彼は肩を竦めて首を振るだけだ。
 ルーベルトは項垂れたまま、トボトボとサトルトを後にするのだった。

「そういう訳で申し訳ないが、ルーベルトはしばらくこちらには来られなくなった。だが其方は引き続き魔砲の開発をよろしく頼む」

「正直助かったぜ。ルーベルト様が来られると、色々参考になる意見が出て助かることもあるんだが、ルーベスト様の改良に付き合わされることが多くてな、こっちの手が止まって仕方なかったんだ」

 ルーベルトにべったり貼り付かれるため、進捗が遅れ気味だったヴァイダはホッとした様子を浮かべる。

「すまなかったな。これからもそういうことで煩わされるなら、オレクかオリヴェルに訴えてくれ」

「わかった、そうさせて貰う。その、本当に助かったぜ」

 ヴァイダはそう言ってボサボサの頭を掻きながらホッとしたように作業に戻っていった。



 工房から外へ出ると、オレクが見知らぬ二人の男女を連れて跪いていた。

「トゥーレ様、例の者が挨拶をしたいと参っております」

 身なりを小綺麗に整えた商人風の男女がオレクと共に跪いていた。
 男は二十代半ば、女は二十歳前後であろうか、トゥーレの想像していたよりも二人共まだ若かった。

「トゥーレ様、お初にお目にかかります。二オール商会のルオにございます。この度はお目通りをお許しいただきありがとう存じます。こちらは妹のコンチャにございます」

「コンチャでございます。兄共々お目通りの機会をいただきましてありがたく存じます」

 ルオと名乗った男は赤味のかかった金髪をオールバックに整え、緊張したようにオレンジ色の瞳を揺らしている。ルオの右後方に控えているコンチャは、兄と違ってウェーブのかかった赤毛が特徴で大きなオレンジ色の瞳をしっかりとトゥーレに向けていた。
 商人然としたルオに対し、コンチャはふんわりとしたスカートの上にコットを身に着けている。小綺麗な恰好だが一見すると商人には見えず町娘のようであった。
 トゥーレはコンチャを見ると声を掛ける。

「其方がコンチャか。オレクから聞いている、幼馴染だそうだな?」

「はい。旅商人をしていた頃、よく二人で遊んでいました」

「そうか。だが旅商人だと当時のサザンは厳しかったのではないか?」

 彼らが幼い頃はサザンはまだギルドが街を牛耳っていた時代だ。そんな時代に余所者の旅商人では何かと苦労したのではとトゥーレが問いかける。

「もちろん大変でしたけれど、私は色々な土地に行けて楽しかったです」

 そう言って指折り数えながら、色々な土地の話を始める。くるくるとよく動く瞳で楽しそうに語る様は、その土地を知らないトゥーレたちでさえ一緒に見てきたかのように情景が浮かぶほどだった。
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