都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

16 コンチャとオレク

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 商業ギルドが健在だった時代でも現在と同じように定期的にいちは開催されていた。
 今でこそ市の主催者は領主となっているが、当時は商業ギルドがその実権を握っていた。
 商業ギルドは市のみならず、街への出店料や売上税を始めとして、出店する商人にあらゆる租税を課していた。そのため小売りを主体とする商人が儲けを出しても、ギルドを牛耳っていた大店が売り上げのほとんどを掻っ攫うような仕組みとなっていた。
 露店も現在のように大通りにまで並ぶことはほとんどなく、並べられる商品は岩塩や日用品がほとんど。今のように王都から商人がやって来ることもなく、それほど大掛かりな市ではなかった。とはいえカモフ最大の催しであることには変わりなく多くの賑わいを見せていた。
 幼かったルオとコンチャは旅商人だった父や母に連れられて各地を巡っていた。
 市が開催される時期にはサザンへも足を運び、各地で仕入れた産物と一緒に巧みな話術で面白おかしく各地の話を聞かせるなどするため、サザンでも人気の旅商人の一家だった。
 彼らの父オットマとオレクの家族は古くからの顔なじみで、サザンを訪れた際はオレクの家に泊まるなど、家族ぐるみで付き合いがあった。
 オレクの実家であるヤルトール商店は、サザンで三代に渡って店を構える中堅の商店で、北通りに面した場所に店を構えていた。ギルドの運営に携わってはいなかったが評判も良く多くの顧客を持っていた。
 しかし堅実な商売をしていた傍らでギルドとは反りが合わず、ある程度の距離を置いていた。その後ジャクランがギルド長となると何かと目の敵にされるようになり、数々の露骨な嫌がらせを受けるようになっていく。そのため安定していた経営も徐々に傾いていった。
 そんな厳しい状況を知っていたオットマは、ヤルトール商店に少なくない支援をおこなっていたが、結果として旅商人の彼らでは彼らを助けることは叶わず、オレクの家族は夜逃げするように離散の憂き目に遭ってしまうのだった。
 その後、ジャハの暴走をきっかけに数々のジャクランの不正が明るみとなり、サザンにあるギルドは全て解体されたのだ。
 実権を領主の手に取り戻すことに成功したザオラルは、ギルドがおこなっていた戸籍や徴税の仕組みを再構築するのと同時に、新たにサザンに店を出す商人には三年間の租税を免除して各地から広く商人を集めた。
 その募集に応じる形でサザンに店を持つことを決めたオットマは、かつてのヤルトール商店のあった場所にニオール商会を新たに設立した。
 移住した彼が始めに取り組んだのは、行方不明になっていたオレクの家族を探し出して保護することだった。オットマは商会設立の忙しい合間を縫って、奴隷として虐げられていたオレクの両親を救い出すと、かつてのヤルトール商店の従業員たちもひとり残らず探し出した。そして希望する者はニオール商会の従業員として新たに雇い入れたのだ。
 彼には姉弟もいたが、姉はかつての婚約者から売春を強要され、断ると苛烈な暴力に晒された。その運命に絶望し自ら命を絶っていた。弟もオレクと同様、肉体労働を強制されたが、彼は過酷さに耐えきれずに身体を壊してしまう。すると奴隷主は弟を介護することなくあっさりと処分し、翌日には新たな奴隷を連れて来たのだ。それに激高したオレクは奴隷主を隙を見て殺害し逃亡したのだった。
 それを伝え聞いたオレクの両親は悲しみ、オットマも間に合わなかったことを悔やんだが、かつてのヤルトール商店を吸収する形となったニオール商会は、その後サザンで一、二を争う大店として認められるようになっていた。





 奴隷商から逃げ出した後、ユーリと行動を共にしていたオレクは、家族を救ってくれたオットマに謝意は示したが、彼の呼びかけには首を縦に振らず家族の元へは戻ることはなかった。

「オレク! 元気だった?」

「・・・・」

 ある日、街でオレクの姿を見かけたコンチャが呼びかけたが、彼は振り返るだけで返事もしなかった。
 彼の雰囲気の変わりようにコンチャは最初人違いだと思ったほどだ。
 覇気がなくつまらなそうな顔で街を徘徊するオレクは、かつて一緒に遊んだ面影が欠片も残っていなかった。彼女と一緒に居たルオもそんなオレクに掛ける言葉を見つけられず、二人で遠巻きに見守ることしかできなかった。
 それがある時を境に彼の纏う雰囲気が劇的に変化したのだ。
 暗く固かった表情が和らいで仲間とともに楽しそうに笑い、自ら率先して猿の真似などをして戯けていたのだ。

「オレク!」

 気付いた時には、コンチャは声を掛けていた。
 女から声を掛けられて仲間から冷やかされたオレクは、それでもコンチャを無視することなく近づいてきた。

「久しぶりだな。元気にしてたか?」

「うん。オレクも元気そうでよかった。あなたのお父さんやお母さんも元気で働いているわ」

「そうか・・・・。父さんや母さんが元気ならそれでいい。俺なら心配要らないと伝えといてくれ」

 はにかんだような顔でオレクは笑顔を見せた。
 覇気のない濁った目をしたオレクはもうそこにはいなかった。
 コンチャは仲間の元へ戻ろうとする彼の背中に問い掛けた。

「オレクは戻ってこないの?」

「・・・・ああ。戻らない」

 少し間が空いたがオレクははっきりと首を振った。

「あ、ごめん。戻るのが嫌とかじゃないんだ」

 悲しげに俯いたコンチャを見て、振り返ると慌てたように言葉を繋ぐ。
 昔のように戻れるならそれに越したことはない。両親を含めてかつての従業員の多くもニオール商会で働いている。しかし昔のように両親がそこにいても、そこはニオール商会でありヤルトール商店ではない。
 ニオール商会がヤルトール商店を乗っ取った訳ではなく、店の場所が同じなのは偶然だった。だが、オレクには全く別の場所に感じられたのだ。
 それに今は戻るよりも他にやりたいことができた。

「昔、俺が商売を手伝ってた時期は短かったけど、毎日すげえ楽しくて充実してたんだ」

「もちろん知ってるわ。今と同じような顔でよく笑っていたもの」

 オレクは忙しくても楽しそうな顔で、仕入れ値や納期のことで相手と丁々発止のやり取りをしながらあちこち飛び回っていた。コンチャは今のオレクがその時と同じ顔をしているように感じる。

「今、俺はトゥーレ様に仕えている。新しく覚えることが一杯で、目が回りそうだけどその分毎日が面白いんだ」

 彼はトゥーレに仕えたことっを切っ掛けに領地経営の魅力に取りつかれつつあったのだ。
 商人の時では考えられないほどの大きな予算と人を使って、さらに大きな利益を生み出すのだ。失敗は許されず、もし失敗すれば一家離散どころの話ではない。サザンのみならずカモフが滅ぶかも知れないほどの重圧が毎日のし掛かっていた。だが、その分見返りは大きく、身を震わすほどのやり甲斐を感じるのだ。

「もちろん今はまだ俺が扱える予算なんて、少なくてほとんど何もできねぇよ。だけどいつかはシルベストル様やオリヴェル様みたいに采配を振るってみたいんだ」

 目を輝かせながら新たにできた将来の夢を嬉しそうに語るオレクを、眩しそうに見送ったコンチャだった。



「コ、コンチャ! いい加減にしなさい。申し訳ございませんトゥーレ様、妹は話し始めると止まらなくて・・・・」

 一旦話し始めると止まらなくなってしまうコンチャを、ルオが慌てて止めて詫びを入れる。緊張からすでに汗びっしょりになっているルオに対し、話の腰を折られたコンチャは涼しい顔で口を尖らせていた。

「兄さん、トゥーレ様はそんなことで怒る方ではございませんわ。でなければオレクなんてとっくに首になってますわ!」

「コンチャ!」

「ははは、その通りだな。オレクはともかくそこにいるユーリは、何度不敬罪に問われたかわからんな」

 真っ青になって慌てるルオに対して機嫌よく笑ったトゥーレは、そう言いいながらユーリを見る。矛先が向いたユーリは片眉を上げ無言のまま肩を竦めた。
 天真爛漫な言動で兄を青ざめさせているコンチャだったが、トゥーレに対しては多少言葉遣いが乱れても処罰にならないことを見抜いている様子だった。
 今もニコニコと笑顔を浮かべて、青い顔を浮かべるルオを慰めるように背中を擦っていた。

「さてルオ、本題に入ろうか」

 笑顔はそのままに猛禽のような鋭い目になったトゥーレが、そのオッドアイをルオに向けた。
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