2 / 4
先生
しおりを挟む
夜になり、フクロウが鳴き始めた。
部屋の中で蝋燭の炎が赤黒くゆらめいている。
銕三郎は、仁に飯を食わし寝かせた。
今は隣で気持ちよさそうにクークーと眠っている。
そんな仁を見て,銕三郎はため息をついた。
「そろそろ自分から抱きついてきたり、甘えてきたりしてもいいんだけどなぁ」
8ヶ月も経てば警戒心の強い猫でさえも懐くというのに。
銕三郎は,眠る仁に顔を近づけた。
幼い匂いが鼻をかすめた。
寝顔はとても穏やかで、銕三郎もつい微笑んだ。
銕三郎は蝋燭の火を消し,仁の横に寝そべり眠った。
銕三郎は仁の事を自分の子のように愛していた。
暗闇の森の中,一人の男が刀を振るい「何か」を斬った。
その「何か」は,抵抗を続けていたが願い叶わず息を引き取る。
血が花のように飛び散る。
辺りには血煙が舞っている。
この男が斬ったのは一つだけではない。
そこらに,人ならざる者たちの亡骸が転がっている。
足が飛び散っていたりと言葉では言い表せない惨状だ。
男は頬の返り血を拭い,刀についた血をビュッと振り落とす。
木の枝をミシミシと踏みながら、
男は,闇の中へと消えていった。
直に夜明けがやってくる。
次の日,いつも通り銕三郎は朝餉の支度を始めた。
仁は外で何かを折り曲げて遊んでいた。
山で採ったワラビと大根を適当に切り、鴨肉を鍋に突っ込み手作り味噌を溶かせば汁は完成。
塩もそうだが,味噌も貴重だ。
湯気と共に美味い匂いが香り,食欲がそそられる。
器に汁を入れ、玄米も装えば完成だ。
「仁、飯だぞ
こっちに来い」
呼びかけると仁は小走りでやってきた。
手にはぐちゃぐちゃの紙を持っている。
「お、おい仁、その紙なんだ」
銕三郎は焦った口調で問う。
この時代は紙も貴重であったため、仁がどこから紙を出してきたのかが気になったのだ。
仁から紙を取り上げて、折り曲げられた紙を広げる。
そこにはこう記されていた。
長月の三日の昼ごろに大和の道場まで来たまへ。大江山付近の村々の見回りを松と共にお願いたてまつる。
銕三郎は、紙を一度と閉じ,もう一度開きじっくりと見た。
そしていつもより一段とでかいため息をした。
この紙は自分の仕事場からの知らせであり、昨日仁が鳩から奪ったものだ。
それを仁は隠し持ち折り曲げて遊んでいた。
しかも、記された日付は今日なのだ。
時間もあまりないらしく銕三郎はもたつき、膳を部屋へ運んだ。
仁はキョトンとして悪びれた様子はない。
「仁、飯を食ったら俺は出かける。
一人でも,大丈夫だな?
冷や飯だが勘弁な。」
仁はこくんと頷く。
本当は仁を長時間一人にするのは不安であるが,預けるあてもないので仕方がなかった。
銕三郎は玄米を口に含み、汁で一気に流し込んだ。
もう一杯装い,また汁で飲み込む。
銕三郎が器を片付けていると、
仁も真似して玄米を口に入れて汁で流し込む。
しかし,噛まなかったため思い切りむせた。
「慌てて食うなよ、しっかり噛んで食べるんだ」
土間で旅支度をしながら仁に注意する。
草履を履き,刀を腰に刺す。
その時,ガラリと戸が開いた。
仁はビクッとして猫のように部屋の奥へと逃げていく。
銕三郎も突然のことに驚く。
戸を開けたのは四十路の男だった。
白髪と黒髪が混ざり,顔に皺がいくらか見られる。
「先生、な、なぜここに?」
銕三郎は口を開く。
「仕事で近くまで来たものだから寄っただけだ、ほれ土産だ」
先生,と呼ばれた男は、銕三郎に焼酎を手渡す。
銕三郎は、酒に目を輝かせる。
ありがとうございます、と嬉しそうに言う。
この男の名前は九郎。
銕三郎に仕事を教え込んだ男だ。
言うなれば、師匠ということになる。
銕三郎は剣術だの柔術だの組み手などを九郎に叩き込まれた。
九郎は手厳しい男だった。
甘い所とあるにはあるが、
何度怒られたかすらも銕三郎は覚えていない。
「すみません,先生。
もてなしたいところですが,今から仕事が」
「構わんさ、勝手にわしが来ただけだ。それよりも……」
九郎は物言いたげな目で仁を見る。
「あ、あの子は……」
「孤児か?」
「は、はい最近拾いまして
仁と名付けました。」
冷や汗をかきながら銕三郎は言う。
仁は部屋の隅でうずくまっている。
「そうか」と、九郎はそっけない返事を返す。
特に言及する様子はなくほっとする。
昔の九郎はもっと口うるさく銕三郎と口喧嘩が絶えなかった。
殴り合いにまで発展したこともあった。
あの時の自分はちょうど思春期真っ只中ということもあったが。
歳をとり二人とも性格がだいぶ丸くなった。
そんな今ならと思い、銕三郎は口を開く。
「先生,あの恐れ多いですが,ひとつ頼み事を聞いていただけないでしょうか?」
「頼み事?
いいぞ、聞ける限りのことならばだが」
九郎は、口角をわずかにあげ言う。
ならば,と銕三郎は申し訳ない顔で、
「一日だけ仁の面倒をみってやってはくれませんか?」と言う。
「それでは,よろしく頼みます。」
「ああ、気を付けろよ」
九郎は仁の面倒を快く引き受けてくれた。
九郎ならば心配は一切無用だ。
銕三郎は安心に抱擁されながら家を発った。
さて、と九郎は家に入り仁を見やる。
先程から少しも動かずに,布を被り隠れている。
銕三郎から言われてはいたがここまで臆病とは、と驚く。
これはどうしたものか、と考えるが放っておくのが妥当であると思い、草履を脱いで家に上がる。
部屋の中で蝋燭の炎が赤黒くゆらめいている。
銕三郎は、仁に飯を食わし寝かせた。
今は隣で気持ちよさそうにクークーと眠っている。
そんな仁を見て,銕三郎はため息をついた。
「そろそろ自分から抱きついてきたり、甘えてきたりしてもいいんだけどなぁ」
8ヶ月も経てば警戒心の強い猫でさえも懐くというのに。
銕三郎は,眠る仁に顔を近づけた。
幼い匂いが鼻をかすめた。
寝顔はとても穏やかで、銕三郎もつい微笑んだ。
銕三郎は蝋燭の火を消し,仁の横に寝そべり眠った。
銕三郎は仁の事を自分の子のように愛していた。
暗闇の森の中,一人の男が刀を振るい「何か」を斬った。
その「何か」は,抵抗を続けていたが願い叶わず息を引き取る。
血が花のように飛び散る。
辺りには血煙が舞っている。
この男が斬ったのは一つだけではない。
そこらに,人ならざる者たちの亡骸が転がっている。
足が飛び散っていたりと言葉では言い表せない惨状だ。
男は頬の返り血を拭い,刀についた血をビュッと振り落とす。
木の枝をミシミシと踏みながら、
男は,闇の中へと消えていった。
直に夜明けがやってくる。
次の日,いつも通り銕三郎は朝餉の支度を始めた。
仁は外で何かを折り曲げて遊んでいた。
山で採ったワラビと大根を適当に切り、鴨肉を鍋に突っ込み手作り味噌を溶かせば汁は完成。
塩もそうだが,味噌も貴重だ。
湯気と共に美味い匂いが香り,食欲がそそられる。
器に汁を入れ、玄米も装えば完成だ。
「仁、飯だぞ
こっちに来い」
呼びかけると仁は小走りでやってきた。
手にはぐちゃぐちゃの紙を持っている。
「お、おい仁、その紙なんだ」
銕三郎は焦った口調で問う。
この時代は紙も貴重であったため、仁がどこから紙を出してきたのかが気になったのだ。
仁から紙を取り上げて、折り曲げられた紙を広げる。
そこにはこう記されていた。
長月の三日の昼ごろに大和の道場まで来たまへ。大江山付近の村々の見回りを松と共にお願いたてまつる。
銕三郎は、紙を一度と閉じ,もう一度開きじっくりと見た。
そしていつもより一段とでかいため息をした。
この紙は自分の仕事場からの知らせであり、昨日仁が鳩から奪ったものだ。
それを仁は隠し持ち折り曲げて遊んでいた。
しかも、記された日付は今日なのだ。
時間もあまりないらしく銕三郎はもたつき、膳を部屋へ運んだ。
仁はキョトンとして悪びれた様子はない。
「仁、飯を食ったら俺は出かける。
一人でも,大丈夫だな?
冷や飯だが勘弁な。」
仁はこくんと頷く。
本当は仁を長時間一人にするのは不安であるが,預けるあてもないので仕方がなかった。
銕三郎は玄米を口に含み、汁で一気に流し込んだ。
もう一杯装い,また汁で飲み込む。
銕三郎が器を片付けていると、
仁も真似して玄米を口に入れて汁で流し込む。
しかし,噛まなかったため思い切りむせた。
「慌てて食うなよ、しっかり噛んで食べるんだ」
土間で旅支度をしながら仁に注意する。
草履を履き,刀を腰に刺す。
その時,ガラリと戸が開いた。
仁はビクッとして猫のように部屋の奥へと逃げていく。
銕三郎も突然のことに驚く。
戸を開けたのは四十路の男だった。
白髪と黒髪が混ざり,顔に皺がいくらか見られる。
「先生、な、なぜここに?」
銕三郎は口を開く。
「仕事で近くまで来たものだから寄っただけだ、ほれ土産だ」
先生,と呼ばれた男は、銕三郎に焼酎を手渡す。
銕三郎は、酒に目を輝かせる。
ありがとうございます、と嬉しそうに言う。
この男の名前は九郎。
銕三郎に仕事を教え込んだ男だ。
言うなれば、師匠ということになる。
銕三郎は剣術だの柔術だの組み手などを九郎に叩き込まれた。
九郎は手厳しい男だった。
甘い所とあるにはあるが、
何度怒られたかすらも銕三郎は覚えていない。
「すみません,先生。
もてなしたいところですが,今から仕事が」
「構わんさ、勝手にわしが来ただけだ。それよりも……」
九郎は物言いたげな目で仁を見る。
「あ、あの子は……」
「孤児か?」
「は、はい最近拾いまして
仁と名付けました。」
冷や汗をかきながら銕三郎は言う。
仁は部屋の隅でうずくまっている。
「そうか」と、九郎はそっけない返事を返す。
特に言及する様子はなくほっとする。
昔の九郎はもっと口うるさく銕三郎と口喧嘩が絶えなかった。
殴り合いにまで発展したこともあった。
あの時の自分はちょうど思春期真っ只中ということもあったが。
歳をとり二人とも性格がだいぶ丸くなった。
そんな今ならと思い、銕三郎は口を開く。
「先生,あの恐れ多いですが,ひとつ頼み事を聞いていただけないでしょうか?」
「頼み事?
いいぞ、聞ける限りのことならばだが」
九郎は、口角をわずかにあげ言う。
ならば,と銕三郎は申し訳ない顔で、
「一日だけ仁の面倒をみってやってはくれませんか?」と言う。
「それでは,よろしく頼みます。」
「ああ、気を付けろよ」
九郎は仁の面倒を快く引き受けてくれた。
九郎ならば心配は一切無用だ。
銕三郎は安心に抱擁されながら家を発った。
さて、と九郎は家に入り仁を見やる。
先程から少しも動かずに,布を被り隠れている。
銕三郎から言われてはいたがここまで臆病とは、と驚く。
これはどうしたものか、と考えるが放っておくのが妥当であると思い、草履を脱いで家に上がる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
影武者の天下盗り
井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」
百姓の男が“信長”を演じ続けた。
やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。
貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。
戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。
炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。
家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。
偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。
「俺が、信長だ」
虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。
時は戦国。
貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。
そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。
その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。
歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。
(このドラマは史実を基にしたフィクションです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる