姉妹チート

和希

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princesse de violette

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(1)

 今日は運動会の日。
 この日の為に皆創作ダンスとかを練習してきた。
 玉入れとかも練習する。
 玉を入れる練習をするわけじゃない。
 グラウンドの指定された場所に整列して入場する練習。
 当然茉莉や菫は不満をこぼす。

「暑い」
「疲れた」
「運動場じゃ寝れねーだろ!」

 どうして球を入れるために整列しないとダメなんだ?
 そんな事を言っていた。
 桜子が困っている。
 俺も困る。
 しょうもないことに時間を使って給食の時間が無くなったらたまらない。
 だから俺が注意する。

「あんまり時間を無駄にしたくないんだけど?」

 俺が言うと大体大人しくなる。
 結莉は茉莉と姉妹なのかと思うくらい大人しい。
 家に帰ると変わるらしいけど。
 で、今日は本番。
 父さん達も見に来るって言ってた。
 お弁当用意してるから頑張りなさいと母さんが言っていた。
 運動会は紅白に分かれて競い合う。
 かけっこが結構面倒だった。

「片桐君はお願いだから周りに合わせる程度にしてほしい」

 桜子がそう言っていたから従う事にした。
 コースは曲がっている部分もあるけどそんなの関係なく音速に近い速さで駆け抜ける小学生なんて見ても面白くないんだろう。
 音速ってどうやって計ったのかな?
 父さんは光の速さで物を蹴り飛ばすことが出来るらしいけど光の速さってどうやって決めたんだろう?
 光の速さで動くと例えば結莉みたいな女の子の弱い足でもコンクリートを砕くくらい簡単にするらしい。
 もちろん結莉の様な頑丈な足だから出来るんだけど。
 それがか弱い女の子の足なのかは分からない。
 でも誠たちが羨ましそうに結莉達の足を見ていたから多分そうなんだろう。
 光の速さで動く物体の中では時間が進まないらしい。
 理屈は難しすぎてよくわからなかった。
 光の速さだと地球を1秒で7周半するらしいけどそれも怪しいらしい。
 どこかの小学校の教師が鼻で笑ったらしい。

「そんなの先生でもできるぞ」
  
 理屈は簡単だ。
 南極点や北極点の周りを回ればいいだけ。
 それでも秒速で7周半するのは結構しんどい気がするけど。
 読者の人は察しがついたと思うけど別に南極点まで行く必要はない。
 秋久は祖母に連行されそうになったそうだけど。
 海外旅行が好きな家なんだそうだ。
 で、行く必要が無いわけは地球が丸いから。
 どこに立っていてもそこが地球の端っこなのは理屈上では変わらない。
 だからその場で7周必死にすればいい。
 父さんが説明した。

「そういうのを屁理屈って言うんだよ」

 宇宙は広いらしい。
 よく勘違いされるのは何光年と言う話。
 これは年がついてるから時間の単位だと思われがちだけど、実は距離の単位。
 光の速さで何年くらいで着くという単位。
 その単位で億光年なんて話をよく聞く。
 すごいなあ、と思うと同時にどうでもよくなってくる。
 例えばあと何千年後に地球がなくなってしまうという煽りを聞く。
 あたりまえだけどそんな先に俺が生きているわけがないことくらい小学生でもわかる。
 だから関係ない。
 でも母さんは言う。

「そうじゃないの。自分たちが良ければいいっていう話じゃなくて後の世界に迷惑かけるからやめましょうって話なの」

 自分の事だけを考えたらいけない。
 心づかいの出来る人間になりなさい。
 父さんや俺の様な力の持ち主には絶対に必要な事。
 秋久や結莉の家はお構いなしに他人の家庭を崩壊されるのが趣味らしい。
 それだけ宇宙は広いのだから地球以外に生命が存在する星があってもよさそうだけど現代の科学ではそれは殆どないと言われている。
 よくそんなの調べたなって思うけど、どのみちそんなに離れたところに生息している生命なんてどうでもいい。
 食べれるかどうかすらわからないのだから。
 何億光年先の星のいるかどうか分からない食い物の話よりももうすぐ来る昼食の時間の方が楽しみだ。
 どうしてこの時期に盆踊りなのか分からないと母さんも言っていた盆踊りが終わると母さん達の所に行った。
 あれ?
 菫と茉莉がいない。
 結莉に聞いてみた。

「知らない」

 開会式が終わった時点で応援席からいなくなっていた。
 そういや静かだったな。

「あれ?茉莉達はどうしたの?」

 愛莉も応援に来てくれたらしい。
 なぜか誠たちもいる。
 瑛大もいる。
 どうしてだろう?
 まずは茉莉達がどこに行ったかだ。
 すると答えがこっちにやって来た。
 桜子が2人の手を掴んで連れてきた。

「先輩たちはいい加減小学校の運動場を宴会の場所にするのはやめてください!」

 桜子の機嫌がかなり悪いようだ。

「いいじゃねーか。いい加減諦めろ」
「そうそう、今からそんなんじゃ本当に禿げるぞ」

 天音と水奈がそう言っている。

「ごめんね、どうしてもあると飲みたくなってさ」
「亜依先輩はそもそもどうしてここにいるんですか!?」
「それならちゃんと説明できるよ」

 孫の活躍を見に来た。
 瑛大はすっかり泥酔して寝てるけど。

「すいません、注意はしたんだけど妻が全く言う事聞かなくて」

 学が謝っていた。
 水奈は天音と盛り上がっている。
 それを愛莉は険しい表情で見ていた。

「それより、茉莉と菫はどこにいたんだい?」

 善明が聞いていた。
 渡辺班のメンバーはどんな仕事があろうと運動会には集まると決めてるらしい。
 そんな日に予定を入れた無能な部下は離島に飛ばされるから必死なんだそうだ。
 桜子は善明に答えた。

「天音達がそうだったから、どうせ天音達が入れ知恵したんだろうけど同じ手は通用しません!」
「ああ、そうか覚えてたのか」
「他の場所を考えてやらないとダメだな天音」
「そうじゃないだろ!お前は娘の行動を少しは注意したらどうなんだ!?」

 学が水奈を叱っている。
 そんなのを聞きながらお弁当を食べていた。

「この唐揚げ茉奈が作ったの?」
「うん、どうかな?」

 下味もしっかりついていて美味しいと言うと茉奈は喜んでいた。
 おにぎりとかも作ったらしいから食べてみた。
 卵焼きも相変わらず美味しい。

「私、いいお嫁さんになれるかな?」

 茉奈が聞いてきた。
 茉奈は料理が上手いからきっといいお嫁さんになれるよと答えた。
 はしゃぐ茉奈に神奈が言う。

「茉奈、あまり喜ばない方がいいぞ」
「どうして?」
「今冬夜の頭の中は食い物の事しかない。断言してもいい」
「それでもいいの。いつもそうだけど私には優しいから」
「……やっぱりトーヤの血なのか?」
「私達の孫娘が幸せになれる時が来たんだって喜ぼうよ」

 何かと葛藤している神奈と亜衣。
 しかし一つ不思議だった。

「どうして父さん達はお酒飲まないの?」

 父さんだけじゃなくて善明も翼も飲んでない。
 天音は飲んでるけど大地は飲んでない。

「結達の親だから、父兄参加の競技があるの」

 そんなのに酔っぱらって醜態を曝したら結達が恥ずかしい思いをするから。
 天音は違うんだろうか?
 
「同じ学年からそんなに何名も出ることないだろ?翼に任せるよ」
「そうそう、空と翼に任せておけばいいだろ。私は寝ててもいいだろ」

 天音と水奈が言うと学たちが怒り出す。

「寝るんだったら別にここじゃなくてもいいよな?昼食終わったら帰るぞ」
「ま、待て。まだ私は満足していない!」
「学、硬い事言うな。主婦って大変なんだぜ。偶には憂さ晴らしさせてやれ」

 亜依をいつも困らせている瑛大が言っていた。
 そして午後の部が始まる。
 玉入れの時に茉莉と菫が抜け出そうとするのを桜子が抑えていた。

「ちょっと腹が痛くなったから」
「それは通用しないと家庭訪問の時に説明したでしょ!」

 どうしてお腹が痛いのか原因が分かるのか?と桜子が聞く。

「そういや、なんでだろうな?」

 茉莉は平然と答えた。
 父兄参加の競技は翼達が出ていた。
 天音は爆睡していたらしい。
 あーりは頭を抱えていたそうだ。

(2)

「あれ?西原君。今日は菫と勝負じゃなかったの?」

 菫の双子の姉の陽葵が俺の顔を見て言った。
 今はカミルの言うとおりに特訓している間は菫と勝負しないという約束を守っていた。
 今日はちょっと風邪気味だから特訓は止めとくとカミルに伝えようと菫の教室に来ていた。

「いや、今日は呼び出してねーぞ?」

 そう言うと菫たちの表情が険しくなる。

「何かあったのか?」

 俺が聞くとカミルが答えた。

「西原君の名前を使って誰かが菫を呼び出したらしい」

 なんだと?
 俺の名前を騙る奴なんて少し考えたらすぐにわかる。
 あいつしかいない。
 事情が分かった陽葵が慌てて菫にスマホで伝えようとするけど通じない。

「西原君心当たりない?」

 高橋雪菜が聞いてきた。
 
「多分FGの連中だ」
「場所は分かってるんだよね?行くよ」

 そう言って陽葵達が教室を出ようとすると、カミルが止めた。

「西原君はどうするの?」
「俺は……」
 
 どうしたらいいか分からなかった。
 菫一人じゃ危険だ。
 しかし多分相手はFG。
 俺が所属しているグループ。
 一人で悩んでいるとカミルが俺の襟をつかんだ。

「西原君は強くなりたいんじゃなかったの?」
「そうだけど、俺が出る状況じゃないだろ」
「君さ、まだ分かんないの?僕は言ったはずだ。ただ暴力で菫を痛めつける力が欲しいのか?違うと僕は思ったけど」

 今その力を見せる時じゃないのか?
 腕っぷしが強いだけじゃ意味がない。
 その力を使って何がしたいのか?
 菫を倒したいだけなのか?
 そうじゃない。
 菫に挑んだのは菫より強くなければできないから。
 俺が望むのは菫を守る力。
 菫を守るのなら菫より弱いと意味がない。
 だけどカミルは言う。

「どれだけ強くなろうと今動けないのなら意味が無いよ。よく考えて。西原君が望みを叶えるなら今だよ」

 確かにそうかもしれない。
 今動かなかったらきっとずっと変わらないだろう。
 菫には必要ないかもしれないけどそれでもあいつの為に動きたい。
 俺は吹っ切れた。

「場所なら多分分かる」

 FGの連中が呼び出す場所なんて大体分かってる。

「じゃあ、案内して」

 陽葵が言うと俺たちはその場所に向かった。

(3)

「なんだお前ら?」

 私は見覚えのない男たちに囲まれていた。
 学ランを着ていたり、特攻服を着ていたり。
 共通しているのは皆黒いリストバンドをしていた事。
 殺してくださいって事だろう。
 だけど私は西原に呼び出されたはずだ。
 最近はカミルが何かしてるみたいだから退屈だったけど、呼び出されたから来てみた。
 するとこの状況になる。

「私に何の用?」
「最近西原を叩きのめして調子に乗ってるそうじゃないか?」
「それがどうかしたのか?」
「困るんだよね?それでFGを舐められるのは我慢できない」
「あんた馬鹿じゃないの?」
「どういう意味だ?」

 男が私を睨みつける。
 女子一人に敵わないから大勢で来ました。
 それがFGのやり方なら西原よりも情けない。
 お前が西原の事を馬鹿にする権利がどこにある?
 だけど男が違うように考えているようだ。

「俺たちは別にお前にただ勝ちたいわけじゃない」

 SHに恐怖を植え付けたい。
 FGに逆らうとどうなるかを思い知らせる必要がある。
 やっぱりただの馬鹿だ。

「……ゴキブリが鬱陶しい真似をしたら迷わず殺せと言われているんだけどな」
「この人数相手に一人でやるつもりなの?」

 人数だけじゃない。
 どう見ても大人も混ざっている。
 能力を使えばすぐに片付くけどそれじゃこの馬鹿たちを教育できない。
 鞄を放って構える。

「おい、この女に何してもいいんだよな?」
「彼氏はいないって聞いてるから精々楽しませてやれ」

 本当に下種だな。
 私は陽葵ほどスピードはないけどパワーはある。
 この体格だけは立派な男を殴り飛ばすくらいは造作でもない。

「……じゃあ、始めるか」

 体格のいい特攻服を着た男が言うと戦闘は始まった。
 対多数の戦闘は慣れてるけど今日は相棒の陽葵がいない。
 なるべく背後を取られないように気を付けながら殴り飛ばしていく。
 しかしやっぱり人数が多すぎる。
 間抜けな状態にはならなかったけど、さすがに疲れてくる。
 疲れると注意力が下がってくる。
 一瞬の油断が命取りだった。
 背後から木刀を振り下ろす奴がいた。
 しまった!
 とっさに腕でガードしようとしたけど、腕が上がらない。
 やっぱり無理があったか。
 痛みに備えて目を閉じる。
 だけど痛みは来なかった。
 代わりに聞いたことのある声が聞こえた。

「勝手な真似は許さないと言ったはずだぞ?」

 目を開けると西原だった。

「どうしてここに?」
「教室に行ったら陽葵達から聞いた。だから助けに来た」
「お前の力なんていらない」
「お前が望んでなくても俺が望んでいるんだ」
「はあ?」

 意味が分かんねーぞ。

「お前は私を倒したいんじゃなかったのか?」
「その話はあとでしたいから、今はこいつらの始末を考えよう」

 西原はそう言って笑う。

「西原、お前SHに入るつもりなのか?ダサい奴は何をやらせてもダサいな」

 そう言って西原を笑っている。
 だけど西原は気にしない。

「お前には理解できないだろうな。立場を超えてでも守りたい人がいるって意味が」

 守りたい人?
 それって私なのか?
 でもどうして?なんて考えなかった。
 だって西原の気持ちに気づいてしまったから。
 信じ難いけどそう考えると西原の行動のつじつまが合う。
 カミルや陽葵は気づいていた?
 とりあえずは目の前の馬鹿を潰すとするか。

「お前最近来なかったけど鈍っていたとか言わせねーぞ」
「菫こそ俺の背中を預けて大丈夫だろうな?」

 後ろから不意打ちされたらかなわない。
 そんな卑怯な真似しねーよ。
 いける。
 そんな気がした。
 だから西原に背中を向ける。
 
「……半分、いや1/3だけでもやってくれたらいい」
「馬鹿言うな。お前はあの馬鹿面下げた大将の始末だけ考えてろ」
「頼りにしてるからな……相棒」
「任せろ」

 よしやるとするか。
 私達はリーダーの顔を見て指差す。

「さあ、お前の罪を数えろ」

 意外と息が合っていた。
 リーダーが合図を出すと襲い掛かってくる。
 パパとママはいつもこんな感じだったのだろうか。
 互いを信じられるから目の前の敵に集中できる。
 しかしパワーはあっても持続力がついてこない。
 少し息を切らせているところに襲い掛かってくるFG
 それをすぐに叩きのめすのが正行。
 しかし倒しても倒してもキリがない。
 しかも相手もただの馬鹿じゃなかった。
 合図すると暴力団みたいな連中まで現れる。
 中学生や高校生だけでも間抜けだと思ったけど本物の馬鹿だ。
 でも例え、どれだけ来ても正行が守ってくれるだろう。
 だけどSHはそこまで間抜けじゃない。

「お前らが出てきたんなら私達が出てきても文句言わせねーぞ」

 天音や水奈、冬眞達とカミル達も潜んでいた。
 私達で対処できるなら任せとけばいい。
 しかししょうもないことを考えるなら容赦する必要はない。
 ママがそう告げる。

「毎日毎日愛莉に説教受けてイライラしてるんだ。容赦なんて一切しないらな」
「私も天音のとばっちりを受けて学と母さんに毎日説教食らってるんだ」
「は?ふざけんな!お前が勝手にボイチャで自爆してるだけだろうが!」
「だったら愛莉さんが来た時に合図くらいしろ!分かるわけないだろ!」
「二人ともおしゃべりはそのくらいにしときな」

 ママが天音と水奈に言うとFGを睨みつける。

「ふん、女に何が出来る?」
「貴様の奴をもいで女もどきにするくらいならできるぞ」

 大地も学も空もいない。
 私達を止める奴はここにはいない。
 不運を呪え。
 そう言うと天音達から仕掛けていく。
 私達にも与えられていたけど、ママ達も持っている”ライド・ギグ”の能力は絶対的にSHを優位に立たせている。
 あとは文字通りどれだけの頭数をそろえて行こうと片っ端から蹂躙していく。
 あっという間にリーダー一人を残すだけになった。

「空が言ってた。最後に言い残すことがあるなら聞いてあげる」

 ママがそう言ってリーダーを睨みつける。
 リーダーは無謀にもママにめがけて隠し持っていたナイフを突き刺そうとした。
 当たり前の様にかわして手首をつかむと思い切り肘を蹴り上げる。
 リーダーの腕は妙な方向に折れ曲がってリーダーは悲鳴を上げた。

「あとは菫に任せる」

 ママがいうのでそいつの前に立つと思いっきり殴り飛ばした。
 結ほどの力は無いけどそれなりに力はある。
 一発で吹き飛んで鼻血を流しながら白目をむいていた。

「言っとくけどお前らが増援を呼べば呼ぶほど不利になるのはお前らだぞ」

 最後に天音が忠告していた。
 茜や真香によってFGの動向は完全に把握している。
 それに高校生が動けば冬眞達が感づく。
 自分たちで勝手にハードルを上げるようなものだった。

「で、説明してくれるんだろ?」

 私は正行にそう聞いていた。

「それはいいんだが……」

 正行は周りを気にしている。
 だけど正行の考えてる事なんてママ達やカミル達でも分かっている。
 だから「ちょっと二人で公園でも寄ってきなさい」とママが言っていた。
 私達は近所の小さな公園に向かった。 

(4)

 俺と菫は公園にいる。
 もちろんブランコで遊ぶためでもない。
 菫と2人で話がしたいけど他に場所が無かった。
 しかし2人きりになるとなかなか言えなくなる。
 それにまだ俺は菫に勝てていない。
 今言っていいのかどうかも迷っていた。
 お互い一言も話さないで時間だけが経っていた。
 すると菫が口を開いた。

「ママが言ってたんだけど……」

 菫の母さんが?

「強さってのはただ腕っぷしが強ければいいんじゃない。いざという時に勇気を出して飛び出す勇気だって立派な強さだって」

 ただ暴力をふるって満足してるなら、あのゴキブリ共と同じだ。
 だけど俺には違う何かを感じた。
 だから背中を預けた。
 そして菫の期待に俺は答えることが出来た。
 それだけでもすごいと思う。
 だけどやっぱり俺は俺のままなのか?
 何を特訓してきたのか知らないけどそれを発揮するなら今じゃないのか?
 菫の言う事は分かっている。
 分かっているけどいざそれを口にするのが怖いんだ。

「正行一人じゃまだ無理みたいだから私を手伝ってやるよ。どうしてあんなに私を狙っていたんだ?」

 その真意から説明してくれ。
 この分だと菫も俺の気持ちに気づいてしまったようだ。
 いまさらごまかせるはずもない。

「……大切な人くらい守りたい。その為にはその人より強くないと無理だろ?」

 だから菫を超える強さを欲していた。

「だったらもう問題ないよな?」

 菫よりは強くないけど菫を守ってやれた。
 だからその目標はもう必要ないだろ?
 だったら次だ。

「もしそうなったらどうするつもりだったんだ?」

 菫が聞いてきた。

「……俺の気持ちを伝えようと思った」
「じゃあ、伝えてくれ。私の事をどう思ってるんだ?」

 気づいたら菫も少し緊張しているようだった。
 もう言うしかない。
 例えダメだったとしても無駄にはならないはず。
 思い切って伝えた。

「俺は菫が好きだ。付き合って欲しい」
「……それっていつから?」

 菫が聞いてきたので説明した。
 入学当時から。
 教師や同級生に色々言われながらも自分を守っているその強さに惹かれた。
 憧れていた。
 あのくらい強くなりたい。
 しかし見ているうちに陽葵や紀子たちと身を寄せ合っているだけに過ぎないと気付いた。
 だったら俺が守ってやる。
 俺を頼ってくれたらいい。
 その為の力が欲しい。
 ただそれだけの事。

「……男って皆そうなの?」
「どういう意味だ?」
「あんなに毎日喧嘩してたら嫌われるって事は考えないくらい馬鹿なのか?」
「その時はしょうがないから諦める。でも付き合ってなくても菫を守るくらいは出来るだろ」
「そっか、じゃあそれはもうあきらめろ」

 やっぱりダメか。
 不思議と悲しくはなかった。
 やれることはやったんだ。
 悔いはない。

「じゃ、話は終わりだ。時間取らせて悪かったな」

 そう言って立ち上がると菫が黙って俺の腕をつかんだ。

「正行って本当馬鹿だよ。なんであんなにしつこく挑んできたのに今回はすぐに諦めるんだ。その程度の思いなのか?」
「断られて付きまとうのは犯罪だぞ」
「校則すら守らないお前が言う言葉か?」

 後そのどうしようもない服装やめろ。
 髪型ももう少しどうにかならないか?
 その姿でよく女子と付き合おうと思ったな。
 そんな事を言いながら俺の顔に菫の顔が近づいてくる。
 そして短く一言言った。

「目を閉じろ」

 言われたとおりにした瞬間口に柔らかい何かが押し当てられた。
 ちょっとだけ長い時間その状態が続いて、やがて離れた。

「光栄に思え。今のが私のファーストキスだ」

 そう言って少し恥ずかしそうに笑っている。

「ど、どうして俺なんだ?」
「お前自分を鍛えるのはいいけど、少しは彼女の気持ちっての研究した方がいいんじゃないのか?」
「そんな事出来るのか?」
「これからいやというほどさせてやるよ」
「それってつまり……」

 最後まで聞くのはマヌケなのだろうか?
 菫は優しい笑顔で言った。

「私も素直じゃないよな。だから一言で私の気持ちを伝えるよ。ありがとう、とても嬉しい」

 孤独に戦ってきた時とは違う安心感を菫は感じたそうだ。
 それが頼れる男って事じゃないのか?
 カミルが教えたかったのはそういう事か。
 菫と連絡先を交換すると家に帰る。
 夕食を食べて風呂に入って部屋に戻るとスマホが点滅している。
 菫からのメッセージがたくさん届いていた。

「正行はせっかくゲットした彼女をすぐにリリースなんてふざけた真似するのか!?安心するのはまだ早い!」

 私をその気にさせたいならもっと努力しろ!
 私を喜ばせてくれ。
 そうしたら私もそれに見合った物を正行にくれてやる。
 この恋はどこまで行けるのだろう。
 目の前に積まれるのは絶望と希望。
 できるなら菫に触れていたい。
 痛み、歯がゆさ、切なさを伴いがながらももう一度あの微笑みが見たいと思っていた。
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