姉妹チート

和希

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Don't say lazy

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(1)

 気が付くと保健室のベッドで寝ていた。
 それに気づいたカミルが俺に「気づいた?」と声をかけた。
 俺は今日も片桐菫に勝負を挑んでいた。
 勝ちたい一心で夏休みの間も特訓を積んできた。
 なのにどうしても勝てない。
 
「いい加減に諦めろ。私はお前にだけは絶対に負けない」

 そう言われて諦められるようなやわな気持ちじゃない。
 諦める事が出来たならどれだけ楽だか。
 だけど偉い人は言っていた。
 逃げるな。
 自分に嘘つくな。
 最後に報われるのは逃げずにいた自分自身だから。
 カミルはある事情があって菫と一緒の家で暮らしている。

「止めても無駄だぞ。俺は最後まで諦めない」
「心配しないでも止める気は無いよ……たださ」

 ただ?

「君の望む力って菫を倒す暴力なの?」
 
 もしそうなら好きにさせる。
 菫が負けることは絶対ないだろうから。
 でもそうじゃないんじゃないのか?

「そういう事なら僕も協力してあげようかと思ってね」
「俺は菫の……SHの敵だぞ?」
「FGだから菫を倒したいわけじゃないんだろ?」
「お前まさか……」

 俺の本心に気づいた?

「まあ、気づいてないのは菫くらいじゃないの?」
  
 ひょっとしたら菫も気づいてるのかもしれない。
 だから無視すればいい物をわざわざ付き合ってるんだろう。
 同じ理由でカミル達も俺を止めるつもりはない。
 ただ、勘違いをしているのなら忠告をしてあげたい。

「君の望む力じゃ菫を救えない。もっと強い力が必要なんじゃないのかな?」

 もっと強い力……。
 その答えはSHが証明していた。
 だからSHは最強のグループなんだ。
 そんなのは俺にだってわかる。

「で、俺に協力って何をするつもりなんだ?」

 女の口説き方でも教えてくれるのか?
 自分で言うのもなんだけど俺はそこまで器用じゃない。
 そんな真似できない。
 だけどカミルは笑っていた。

「違うよ。菫に勝ちたいんだろ?だから特訓って奴に付き合ってあげるよ」

 カミルだって裏の社会で生きていた人間。
 格闘術くらい嗜んでいる。
 それを教えてくれるらしい。
 それでも菫に勝てるかは分からない。
 だけどどうやればいいのか分からないまま無謀に挑むよりはましだろ?
 カミルはそう言った。

「で、代わりに俺はどうすればいい?」

 対価に何を求める?

「何も求めないよ。君の好きにやればいい」

 そういう事に口出しするほどカミル達は野暮じゃない。
 カミルに頼む時点で俺は負けてるような気がしたけど、確かにこのまま同じようにやっていても変わらない。

「分かった。いつからする?」
「今日からでもいいよ」

 ただし条件がある。
 やっぱりそんなに美味い話は無いか。

「なんだ?」
「そんなに難しい条件じゃない。毎日怪我をしてたら練習がはかどらない。だから特訓してる間は菫への挑戦は止めて欲しい」

 十分に実力をつけてから勝負に挑め。
 きっとその方が上手くいくから。
 カミルは何かを企んでいるのは間違いなさそうだ。
 しかし俺に何の不都合があるわけじゃない。

「分かった。じゃあ、明日からにしてくれ」

 明日から菫に挑むのはやめるから。

「わかった。じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 カミルはそう言って保健室の先生に挨拶すると俺と一緒に保健室を出た。
 昇降口で別れると俺は家に帰ろうとする。
 すると上級生が現れた。
 FGのトレードマークをつけている。
 そのリーダーが俺に言った。

「随分手こずっていると聞いてね」
 
 手を貸してやろうか?
 そいつはそう言った。

「結構だ。俺が自分でどうにかする」

 余計な事をするな。

「お前がそう思っていても、FGじゃSHに勝てないと思われるのは癪でね」

 リーダーが言う。
 よく言う。

「1年生を襲ったのはお前らの仕業だというは分かっている」

 その結果どうなったかも聞いている。
 だから言う。

「余計な手出しはするな。菫は俺の獲物だ。勝手に手を出したら……」
「FGに逆らうつもり?」

 それならそれで構わない。
 まずは俺を血祭りにしてやっても構わないぞ?

「出来るのか?お前に」

 その程度の話をするために徒党を組んでるお前に俺をどうこうできると思うのか?

「出来るさ。この場で袋叩きにするくらいは」

 そう言うと群れが俺を取り囲む。
 少々怪我をしているけどこの程度なんとでもなる。
 そっちがやる気ならやってやるぞ。
 俺が構える。
 しかし横やりが入った。

「お前達何をやっている。とっくに下校時間だぞ」

 翔がやって来るとFGの連中は何も言わずに帰った。

「西原も上級生にまで絡むのは止めとけ」

 多分、俺が心配なんじゃない。
 菫たちの縄張りで好き放題していたら間違いなく埋めるだろう。
 そういう忠告だろう。

「分かってるよ」

 知らない人間が行方不明者に変わるのは構わないけど、学校だって事件を起こしたくないんだろう。
 学校が対処しなくても菫の親たちが処理するだろうけど。
 SHは強い。
 片桐家は強い。
 片桐家が動かずとも仲間が自分で判断して片桐家の障害を取り除く。
 そんな片桐家の娘に俺は立ち向かう。
 それが俺の目的だから。

 大切な人を守る力が欲しい。

 ただそれだけど願っていた。

(2)

 私達は行き詰っていた。
 ヒット作を出し続けなければいけない。
 それは作曲と作詞を担当している志希にとって私以上に重圧を感じていたはず。
 だから私も志希を手伝ってやろうと自分で歌詞を作って志希に見せていた。

「これを冬莉が?」
「初めて作ったから良い物だとは思ってないけど」

 それでも夫の手助けがしたい。

「……冬莉が思ってるほど悪くはないと思う。うん、これに曲付けて見よう」

 そんな感じで色んな曲を作っていた。
 自分たちはまだ世間では若い方だ。
 そんなに人生経験があるわけじゃない。
 結婚して子供を育てている。
 ただそれだけだ。
 良くも悪くも私は志希以外の恋人を知らない。
 志希も同じだ。
 わかりやすく言うと恋愛経験がほとんどない。
 そんな状態でラブソングを作らなければならない。
 2人で話して様々なシチュエーションを考えていた。
 初恋、失恋……永遠の別れ。
 必死に作った曲は飛ぶように売れていく。
 天音達もファンになってくれたらしい。
 だからもっといい曲を。
 そんな風に考えているうちにアーティストとしての限界を感じるようになった。
 私達は周りが思っているほど才能があるわけじゃないのかもしれない。
 これ以上は無理。
 だけどその言葉を封印して必死にもがいていた。
 華やかに見える活動も必死にもがいて生み出した作品がそう魅せるだけにしか過ぎない。
 加えて私達は育児もやらなければいけない。
 ツアーに出ている間は恵美さん達に任せている。
 生まれて間もない子供を置いていくのはやっぱりつらい。
 そんな私は気が緩むと泣いていた。
 志希は必死に支えてくれる。
 恵美さんもスタッフの皆も励ましてくれる。
 北海道のあるバンドは新メンバーを入れた事によって、バンドを結成した男の思うような曲が作れなくなった。
 笑っているのはライブの間だけ。
 挙句になかなかミリオンを出せない状況。
 バンドの中でぎすぎすしていた。
 そしてボーカルの女性は決意した。

「次で終わりにしよう」

 次で最後にする代わりに今までで一番いいライブにしよう。

「本当にいいのか?解散したら版権の問題で今までの歌が歌えなくなるんだぞ?」

 新メンバーがそう説得したが彼女の意見は変わらない。

「このまま続けるより最後にぱーっと花咲かせた方がいいよ」

 このメンバーではきっと未来はない。
 このバンドは皆の可能性を束縛する物じゃない。
 新しい自分に向かって景気よく飛び出そう。
 彼女がそう言うと不思議と皆息が合うようになった。
 これで最後だからいい思い出にしたい。
 そう思って最後の一枚のアルバムを作ってライブツアーをして幕を下ろした。
 解散を惜しむ声もあったけどそれでも彼女たちは解散していったそうだ。
 私達もそうなのかもしれない。
 私が志希の足を引っ張ってるんじゃないか。
 育児とボーカルの両立は厳しい。

「少しの間だけ休止するのもありだと思うんだけど」

 社長の大地がそう言ってくれた。
 実際大学生のグループがあって資格を取るために休止したりしてるらしい。
 だけど私は不安だった。
 休止してる間に新しいグループが出来たら人気が流れてしまう。
 フレーズの麻里も妊娠中は休止して大分ファンが減少した。
 それでも渡辺班等の応援があってやっていけてる。
 でも私だから、志希だから分かる。
 F・SEASONはまだフレーズほどの立場ではない。
 次々と生まれてくるアイドルグループ。
 握手権を餌にCDを売りまくる。
 券だけ買ってCDをそこら辺に捨てていくファンたち。
 歌が嫌いだからじゃない。
 何百枚も持っていてもしょうがないから。
 中古CDで数十円で売られているそうだ。
 そんなグループが切磋琢磨という共食いをしてるなかで生き残れるほどの力がF・SEASONにあるのか?と言われると自信がない。
 でもさっきも言ったように私達にはもう歌の題材が無い。
 志希は作曲家として生きていけると思う。
 歌詞さえ作ってあげたら彼は凄い曲を発想する。
 それだけは私には敵わない。

 解散。

 そんなギリギリの事を思い詰めながら家事をしていると志希が呼んだ。

「どうしたの?」

 寝室に行くと志希が楽譜を見せてくれた。
 新曲だろうか?

「音源はPCで作ったから合わせて歌ってみてくれないかな?」
「……いいけど」
「あ、一つだけ注文つけていいかな?」
「どうしたの?」

 今まではそんな事なかった。
 私が歌詞を作ったり、志希の歌詞の意味を読み取って感情をこめていた。
 だけど今回は違うらしい。

「ひょっとしたら騒音になるかもだけど、冬莉が今貯めこんでる全ての物を吐き出すように歌って欲しい」
「私が?」

 私が聞き返すと志希は頷いた。
 私は歌詞を見る。
 私の作った歌詞を一部変えていた。
 それはとてもラブソングとはかけ離れたもの。
 ……本当に志希は凄いアイデアを出すな。

「……マイクは使わない方がいいね」
「僕もそう思う」
 
 そう言って演奏が始まると私は思いっきりたまっていた物を吐き出した。
 曲が終わると娘の冬華が泣き出したから慌ててあやして寝させる。
 冬華が眠るのを見てから志希が言った。

「明日にでもレコーディングしようと思うんだけど」
「わかった。でも、どうしてこんな歌を?」

 これ、若者には受けそうだけどきっと苦情が出てもおかしくないよ?

「僕も冬莉と同じ気持ちだったから」

 勝手な期待を押し付けられて自分たちの思うようにならない活動。
 そんなのに嫌気がさしていたけど、私は志希を信じて必死に頑張ってる。
 だけどどこかで吐き出さないといつか潰れてしまう。
 愛莉に言われて時には甘い、時には苦い、時には切ないラブソングを歌って来たけどそんな中にこれを持ってきた。

「ごめん、私は志希の気持ちに気づけなかった」

 自分の事で精いっぱいだった。
 なのに志希は私の事も見てくれたんだ。
 だけど志希は首を振る。

「当たり前だよ。冬莉は歌手としてだけじゃなくて母親としても頑張ってるんだから」

 自分の事だけで精いっぱいなのはわかってる。
 だから何か気を紛らわせることを考えてやりたい。
 そして作ったのがこのすべてをぶちまけた歌。
 翌日IMEに向かうと大地にこの譜面を見せた。
 一緒に見てた恵美さんがにこりと笑った。

「一度試しに歌ってみてくれないかな?」

 そう言われると私達はスタジオに入って調整する。
 志希もギターを持つ。
 最初から全力で歌っていた。
 真面目ってなんだ?
 素直ってなんだ?
 ありとあらゆる社会の常識を否定する歌。
 歌い終わった後恵美さんが親指を立てていた。

「最近の曲を聞いていたら行き詰ってる感があったから心配だったけど、こういう手を打つとわね」
「天音達は喜ぶだろうね」

 恵美さんと大地のOKが出ると早速レコーディング作業に入る。
 そしてCDが発売されると同時にネット配信にも流す。
 敢えて動画サイトに公式チャンネルで配信する。
 社会的現象が起こるほどのF・SEASON結成以来の大ヒットになった。

(3)

「うぅ……」
「愛莉もやっぱりそうなのか?」

 神奈が聞いていた。
 私達はやっぱり子供たちの事で相変わらず悩んでいた。
 理由はただ一つ。
 今月冬莉達がリリースした曲。
 それは今までのラブソングとは違う過激な物。
 冬莉の趣味なのか?と聞いたけどアイデアを考えたのは志希らしい。
 自分たちを縛る何かを振り切ろうと、冬莉の状態を考えて作った曲。
 その曲は地元のみならず全国どころか全世界で受けていた。
 様々な替え歌を作って動画サイトで流されている。
 DL数もこれまでのF・SEASONとは桁違いになっていた。
 地元の子供もその歌を気に入って、サビの部分が歌いやすいというのも手伝ってみんなが口ずさんでした。

「せからしか!」

 そんなセリフを場所を考えずに歌う子供達に不安を覚えるのは私達だけじゃないだろう。
 
「琴音と優奈と愛菜もそうなんだよね……」

 亜依と神奈も同じようだ。
 陽葵や菫や茉莉、優奈と愛菜はともかく琴音までそうなるほどの大ヒット作。
 娘達の曲が売れるのは喜ばしいけど、少しは教育しなければいけない親の事も考えて欲しい。
 桜子も茉莉達だけでなく他の子供が歌いだすので苦労しているらしい。

「その曲を学校で歌うのは止めなさい!」
 
 職員会議があってそう決めたらしい。
 だけど守るはずがない。
 どのクラスもどの学年もその歌を歌って騒いでいるらしい。
 それは小学生のみならず中学生高校生、幼稚園児までが歌っている。
 娘の歌がこれほどまで人気があるのは喜ぶべきなのだろうけど、祖母としては複雑だ。
 ちなみに菫たちはよく聞いてはいるけど歌ってはいないと結から聞いたので翼に理由を聞いてみた。
 翼はにこっと笑って答えた。

「教室はカラオケルームじゃないでしょ?だってさ」

 部屋で聞いたりはしてるけど歌ってるところなんて最低友達とかじゃない限り見せたくない。
 そういうものだと認識してるだけだそうだ。

「……どうして翼の子供と天音の子供でこうも差が出るのか説明しなさい!」

 一緒に来ていた天音に説明を求めた。

「そ、それは違うぞ愛莉。学校で歌ってるのは茉莉だけだ!」

 結莉も海翔も歌は楽しんでいるけど叫んだりはしてない。

「じゃあ、茉莉はどう説明するの?」
「あの歳でもストレスってあるんじゃないか?」
「全く説明になってないよ」
「結はなんでだよ?」
「それも確認したよ」

 美希がそう言って説明した。
 冬眞や莉子も家で歌ったりはしない。
 理由は菫たちと同じ。
 騒音で周りに迷惑をかけたくないから。
 そうなった時頭を下げるのは自分じゃない。母親だから。
 そんな風に考えているらしい。
 だけど結は少し違っていた。
 首を傾げながら歌番組を見ている結に美希がどうかしたのか?と聞いてみた。

「皆がつまみやすいように串を外せって最初から串に刺さなきゃいいんじゃないの?」

 空に似たのか冬夜さんに似たのかそこが気になって悩んでいたらしい。
 空がすぐに説明した。

「パパは串のまま食べるのが好きなんだ」

 だから焼き鳥を注文する。

「じゃあ、他の人は串焼き頼まなきゃいいんじゃないの?」
「冬夜、もっと広い視野で物事を考えられるようにならないとダメだよ」

 視野が極端に狭くなるのは悪い癖だ。
 空もそうだけど。
 それを言ったら冬夜さんも私と食べ物のこと以外はほとんど考えてないじゃないか。
 空が美希の事だけを考えるように、冬夜さんも私の事だけを思ってくれる。……えへへ~。

「鉄板で地鶏を焼くわけじゃない。炭火であぶり焼きするんだ。材料を浮かせるなんて真似出来ないだろ?」
「なるほど~」
「結がもう少し大きくなったら焼き鳥屋さんに連れて行ってあげる」

 美希がそう言っていた。
 お酒を飲んだらいけないことくらいは分かってるみたいだからそういう味になれるのもいいだろう。

「うぬぬ……」

 天音がようやく悩みだした。
 翼の子供に負けたくないらしい。
 すでに手遅れな気がするけど。
 どはいえ私達の孫だ。
 どうにかしないといけない。
 桜子からの苦情もますます増えていく。
 家に帰って食事等を済ますと冬夜さんに相談してみた。

「デビュー曲もすごいインパクトあったけど、今回もとんでもないの作ったね」

 あれでラブソングばかり歌っていたのが信じられないと冬夜さんは言う。
 ちなみに作詞作曲は志希らしい。
 菫や陽葵達はF・SEASON派のようだ。

「でも悲しい現実だと思う。次のブームが来たら終わってしまうんじゃないかな?」

 その時には新曲を用意してるだろうけどと冬夜さんが言う。

「でもあの子達歌作りに限界を感じているみたいと恵美が言ってました」
「その時はそうだったかもしれないけど今は違うんじゃないのかい?」
「どういう意味ですか?」
「あの子達の時間は止まったままじゃないよ」

 この間も色々な情報を吸収している。
 新しいアイデアだってきっと浮かぶよ。
 例えば冬莉は今育児という局面を迎えている。
 次は母親向けの何かいい曲を思いつくかもしれない。
 どんな職種でも共通して言えること。
 それは絶対に限界なんて言葉はない。あったとしてもそれは常に変化し続ける。それが世界だと冬夜さんが説明する。

「まだまだあの子達は可能性はあると思う。あの子達なら出来ると信じてる」

 そうですね。だって冬夜さんの娘なんだから。

「空も他人事じゃないよ。もう少ししっかりしてくれないと会社任せるなんて無理だよ」

 冬夜さんがそう言うと空は苦笑いしている。
 皆が楽をして名声を手に入れるわけじゃない。
 必死にもがいて生きているんだ。
 だから怠惰なんて絶対に言ったらいけない。
 皆自分が出来る限りで努力している。
 今日も必死に努力している人たちが居た。

(4)

「冬莉達もとんでもない曲考えたね」

 冬吾君がそう言って笑っていた。
 冬莉と志希君のユニットF・SEASONの新曲は日本という枠を超えてスペインにまで影響を与えているらしい。
 日本では社会問題になって毎日の様に飽きることなくコメンテーターがしょうもないコメントをしている。
 一方で動画サイトではその曲の替え歌などが拡散している。
 今年の年末の番組には出場できそうな気がするけど問題もある。
 社会問題にまで発展している問題作を国営放送で流せるかどうか?
 世間の注目はそこに集まっていた。
 まだ出場歌手が決まるまでには気が早いような気がするけど。

「そんなの多分冬莉は気にしてないよ」

 冬吾君は言った。
 そんなのを気にして作ったような曲じゃない。
 確かにそうかもしれない。

「でも珍しいね。冬吾君から連絡してくるなんて」
「まずかったかな?」
「大丈夫」

 いつもは私が何をしているかわからないから、私から連絡欲しいと言っていた。
 私が突然連絡してきてまずい状況なんて絶対に無いから大丈夫と言っている。
 だからちょっとした意地悪を思いつく。

「じゃあ、私はそういう状況がありうるかもしれないって事?」
「それはあるんじゃないの」

 私は信用されてないのだろうか?
 そうではなかった。
 冬莉や茜が家でどんな格好していたか冬吾君は知ってる。
 だから気にしていた。
 私が部屋でどんな格好をしているのが気になっていた。
 もし茜や冬莉と同じだと突然ビデオ通話はまずいと思ったんだそうだ。
 私は笑って答えた。

「あら?冬吾君はついに彼女の裸にすら興味持たなくなったの?」
「逆だよ。すっごく気になってる」

 今服を脱いであげたらいいのだろうか?
 そうでもないらしい。

「言っても怒らない?」
「怒るような事なの?」
「わからない」

 冬吾君の事だ。
 きっとしょうもないことだろう。

「言ってみてよ。怒らないから」
「うん。実はさ……その逆なんだよね」

 私の顔を見ているだけでキスをしたくなる。
 私の裸なんて見たらきっと抱きしめたくなる。
 それは風俗なんかではきっと解消できない。
 私じゃなければ絶対に満足しないんだと悩んでいるそうだ。
 やっぱりしょうもないことだった。
 だけど、大学を辞めてもいいよなんて絶対に言わなかった。
 それは私が悩んでいると誤解させてしまうから。

「僕も瞳子も夢があるんだからそれぞれの夢を叶えるべきだ」

 冬吾君はそう言っていた。
 日本を発つ前に「裸の瞳子の写真撮っておこうか?」とか言ってたけどそれも後悔してるようだ。

「そんなの毎日見てたら帰国してしまいたくなってしまう」

 きっと本気なのだろう。

「まだ1年半くらいしかたってないのにダメだよ」

 そう言って私は笑う。

「誠司が羨ましいよ」

 冬吾君にしては珍しく沈んでいる。
 やっぱり寂しいんだろうな。
 今の私の様に。
 でも愛莉さんが言っていた。

「彼氏の足を引っ張るような事は絶対にしてはいけない」

 大丈夫だと背中をおしてやるのが彼女の役割。
 何かいい方法が無いだろうか?

「冬吾君。左手見せてくれない?」
「いいけど」

 そう言って見せてくれた左手の薬指にはしっかり指輪があった。
 私はそれを確認して指輪を見せる。

「どんなに遠く離れていても心はいつもそばにいるから」
「そうだったね」

 思い出してくれたみたいだ。
 いつもこんなに愛し合えることを。

「恵美さん達がいつも楽しみにしてる」

 誠司君と一緒に地元チームに来てくれることを。
 その為の契約金や移籍金も準備しているらしい。

「そんなにがめついチームなら国家予算くらい用意してやってもいいわよ」

 そんな事を言っているのを聞いていた。

「そんなに優秀なチームになるなら私達もスポンサーになるわ」
「それもそうですね」
「スポンサーだったら社長がこんな格好でもいいよな!」
「身内以外のパーティであんな格好するのは絶対に許しません!」

 繭さんが天にそう釘を刺していた。
 小国の一つや二つまとめてかかってきても太刀打ち出来ない軍備を持っている4大グループ。
 協力すれば桁外れの額を用意してくるだろう。
 FIFAそのものを恫喝するくらいの事はやってのけそうだ。
 この世界では米国の大統領より発言権がありそうな集団。

「冬吾君は誠司君の結婚式行くの?」
「うん、言ってやりたい事があるから」

 なんだろう?
 冬吾君も案外悪戯好きなんだな。

「お前、海外にいる間は彼女作らないって言ってたじゃないか」

 そんな文句を言ってやろうと思ってるそうだ。

「やっぱり冬吾君も結婚したい?」
「そこまで焦る事じゃないと思うから」

 その代わり帰国の目途がついたらすぐに式の手配をしてもらえるように愛莉さんを通じて恵美さんに頼んでるらしい。

「最高の式にしてあげるから楽しみにしてなさい」

 石原家の親戚の結婚式だからせこい式にはしないと言ってるそうだ。

「あ、茉里奈さんの件どうなってる?」

 冬吾君には言ってなかったのか。
 あまり差し支えなさそうだから教えた。
 府内町に店を出すそうだ。
 十分すぎるほどの功績がある。
 多分上手くいくだろうと銀行も割と簡単に融資してくれたらしい。
 もっとも檜山さんが口添えすれば楽なんだろうけど。

「そっか。じゃあ後はあれだね」
「あれって?」
「瞳子は教師になるんだろ?」
「うん」
「多分だろうけど……」

 冬夜達の小学校の担任は瞳子だろうと冬吾君は笑っていた。
 桜子さんが今悩んでるらしい。
 そんな子を新任の教師に任せるのだろうか?
 
「任せるのがこの物語だよ」
「……だとすると私はもう一つ気になる事があるんだけど?」
「どうしたの?」
「私と冬吾君の子供は誰が見るんだろう?」

 まだできてもいないけど。

「桜子先生まだ教師やってるかな?」

 冬吾君はそう言って笑っていた。
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