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風太6歳 美晴4歳
曇天の空の下
しおりを挟む午後の第一試合。
ひよこ高校vsこがめ高校。結果は125-18で、ひよこ高校の大勝。
まるで鬱憤が溜まるような試合だった。一人の選手が、ただ守って攻めているところを、ずっと見せつけられただけ。エキサイティングという言葉からはほど遠い、終始単調かつ大雑把な試合。
その原因を作ったのは、紛れもなく二瀬雷太である。「今日の雷太はちょっと様子がおかしい」と、ひよこ高校の監督やマネージャー、チームメイトたちは感じていた。プレーに身が入っていないというか、試合に集中できていないというか……それでも圧倒的な実力を持つ“雷鳥”は、誰にも止められなかった。
試合後、体育館の外の木陰で休む雷太に、バスケ部マネージャーの真音は静かに近づいた。
「俺を呼びに来たのか? 真音」
「ううん。『次の試合、雷太はスタメンから外す。しばらくベンチで休め』って、監督からの伝言。負けても大丈夫な消化試合だし、温存しておきたいんじゃない?」
「いや、俺は試合に出る。監督にそう伝えろ」
「やだ。伝えないよ。私も、雷太くんは休んだ方がいいと思うし」
「どういうつもりだ」
「だって、さっきからずっと変だもん。雷太くんの様子。弟くんと何かあったの?」
「弟……? あれはお前の仕業か、真音」
「げっ! やばっ、バレた?」
その通り。先ほど『風太』と『美晴』を雷太に会わせたのは、真音の仕業である。
「あいつは今どこにいる?」
「弟くんなら、もう帰っちゃったよ。さっき来たバスに乗って」
「そうか。それならいい」
「ねぇ、さっきは何を話したの? 兄弟なんでしょ? お母さんが作ったお弁当は受け取った? 美晴ちゃんって子とは話した?」
「少し走ってくる。お前はここで、タイムを計ってろ。下等な脳を持つ女よ」
「か、下等っ!? 私のこと!? ちょっと、無視しないでよっ! 質問に答えてから行ってっ! 雷太くんっ!? 雷太くぅーーーんっ!!」
叫ぶ真音を置き去りにして、雷太は駆け出した。
次の試合、ベンチで休んでいるつもりなんて毛頭ない。こんなところで休んでしまったら、己も風太のような存在に成り下がってしまうと、雷太は自分に言い聞かせた。
* *
「次はー、やまあらし公園前。やまあらし公園前です。お降りの方は、お忘れ物のないようにご注意ください」
バス停に到着し、風太と美晴はバスを降りた。
のんびり揺られて15分。さっきまで二人がいた総合市民体育館も、今ではずいぶん遠い場所になってしまった。
「美晴……?」
「……」
「おい……! 返事を……しろよ……!」
「……」
「いつまで……ボーッと……してるんだ……! この……バカ……!」
あの瞬間から、美晴は茫然としたまま、動かなくなっていた。渡せなかったお弁当を手に持ちながら、まるでロウ人形みたいにカチコチに固まっている。そんな石化状態を解除すべく、風太は美晴のほっぺたをペチペチと叩いた。
「はっ!! ……あれ? 風太くん? ここはどこ?」
「ほら……、早く……行くぞ……。ちゃんと……自分の足……で……歩け……。って……言っても……、それは……おれの……足だけど……」
「あっ! ま、待ってくださいっ! わたし、まだどういうことか理解してなくてっ!」
「理解……なんか……しなくて……いいよ……。さっきの……ことは……もう……忘れて……くれ……。びっくり……させて……悪かった……な……」
「で、できませんよ、忘れるなんてっ! 風太くんのお兄ちゃんが言ったあの言葉は、どういう意味なんですかっ!?」
「もういい……って……。久しぶりに……会えば……何か……変わってるかも……って……思ってた……。でも……、雷太兄ちゃんも……おれも……何も……変わってなかった……。それだけの……話だ……。おれの……考えが……甘かったんだ……よ……」
「だから、それがどういうことなのかって話ですっ! 兄弟の間で何があったのか、ちゃんとわたしに説明してくださいっ!」
「うるさいなっ……!! 黙れよっ……!!」
風太は苛立ち、声を張り上げた。
「雷太兄ちゃんが……言っただろ……!? 『出来損ないの哀れな弟』だって……!! おれは……出来損ないの……弟……なんだよ……!! 分かったら……、もう……何も……聞いてくるなっ……!」
「そんなっ……」
その言葉を聞いて、美晴は酷くショックを受けた。
いつも前向きで明るく、誰にでも立ち向かえる勇気と強さを持った憧れの『主人公』が、美晴にとっての『風太』だからだ。自虐なんて、してほしくなかった。自分のことを、「出来損ないの弟」なんて呼ぶ風太は、見たくなかった。
「ち、違いますっ!」
「いいんだ……。おれだって……自分が……惨めで……情けない……弟だって……ことは……分かってる……。本来なら……雷太兄ちゃん……の……前に……姿を現す……ことすら……恥なのに……」
「やめてくださいっ! 風太くんはそんな人じゃないっ!」
「あ……? じゃあ……、なんだって……言うんだ……! おれは……出来損ないの弟……で……いいんだよ……! 臆病で……何の力もない……哀れな……弟だ……!! 何も……知らない……クセに……偉そうな……こと……言ってんじゃ……」
「……っ!!」
バチンッ!!
強烈な平手打ちが、風太の頬に直撃した。
「痛っ……!! み、美晴……お前……、やる気か……!?」
「風太くんはわたしの友達なのっ!! これ以上、友達の悪口を言わないでっ!!」
「……!?」
それは、いつか風太が美晴に言った言葉。ブーメランのように返ってきた。
風太はハッと気付き、目を大きく見開いた。
「……」
「……」
少しの間、互いに沈黙。風太は痛む頬をさすりながら、自分が自虐を重ねたことを静かに反省していた。美晴は自らの胸に手を当て、悲しげな瞳で風太をじっと見つめていた。
「何があったのか、わたしに話してくれますか?」
「ごめん……。やっぱり……どうしても……話す気には……なれない……。これは……おれと……雷太兄ちゃんの……兄弟の問題……だから……」
「そう、ですか。とても残念です」
「悪かったな……。お前を……こんなことに……巻き込んで……しまって……。蘇夜花のこととか……呪いのこととか……、今は……解決しなきゃ……いけない……問題が……、山ほど……あるのにさ……」
「そんなこと……!」
「今日は……ここで……別れよう……。お前は……もう……家に帰って……いいぞ……。雷太兄ちゃんが……食べなかった……弁当を……、おれの母さんに……返して……あげて……くれ……」
「風太くんは?」
「おれは……病院に……行く……。お前の……お母さんに……会ってくるよ……。あの人の具合が……心配なのは……おれも……お前と……同じだし……」
「分かりました……」
美晴は、風太の母親に会うため。風太は、美晴の母親に会うため。それぞれ異なる目的を持ち、二人はやまあらし公園前のバス停で別れた。
曇天の空の下、二人の心もまたどんよりと曇っていた。
* *
「308号室……308号室は……。あ、ここだ……!」
病院の308号室。美晴のお母さんが入院している場所である。
風太はその部屋の前までたどり着き、入室する前に自分のほっぺたをペチペチと叩いて気合をいれた。
「よし……! ボロが……出ない……ように……! 二瀬風太は……一旦……片付けて……! 美晴っぽい顔……美晴っぽい仕草……美晴っぽい声……! あー、あぁー、あぁ~~~↑↑」
声の高さを一段階上げ、より女子っぽい声を目指す。美晴のお母さんに余計な不安を与えないため、とにかく今は『母親想いの娘』を、完璧に演じきるのだ。風太はそれを自分に言い聞かせ、最後にスカートの裾をそっと整えると、部屋の中へと突入した。
「お母さんっ……!」
第一声。高さ、ボリューム、台詞……すべてがパーフェクトに美晴っぽいなと、風太は心の中で自分を褒めた。
「美晴……? 来てくれたのね……!」
ベッドの上の美晴のお母さんは、娘の顔を見るなり、パッと笑顔になった。
慎重かつ大胆に、風太はベッドのそばへと歩み寄った。
「うん……! お母さん……、体の……調子は……どう……?」
「ずいぶん元気になったわ。美晴が看病してくれたおかげでね」
「そうなんだ……! それは……良かった……ぜ……じゃない、良かった……ね……!」
「うふふ。お手紙もありがとう。美晴の優しい想いが伝わって、私もすっごく暖かい気持ちになれたわ」
「お、お手……紙……? なんだ……それ……?」
「ほら、これ……」
お母さんはそう言うと、ウサギの絵が描かれた便箋をスッと差し出した。「大好きなお母さんへ 娘の美晴より」と書いてあるので、『美晴』が知らないハズがない。
「ああ……! こ、これね……! 知ってる知ってる……! わたしが……書いたヤツ……ね……!」
「大切にするからね。何度も何度も読み返して、辛いときはあなたの言葉を思い出すから」
「そ、そう……だね……! そんなに……感動的なこと……書いたのかな……わたし……!」
「ええ。だから、その手紙のお返事として、これを……」
「ん……? お母さん……、これ……なに……?」
「私からのお手紙。でも、目の前で読まれるのはちょっと恥ずかしいから、家に帰ってから読んでくれる?」
「ああ、うん……。そう……する……ね……」
風太はお母さんからの手紙を受け取ると、中を開かずそのままポシェットへと押し込んだ。これはまず美晴本人に読ませてやろうと、そう決めた。
「あ……! そういえば……おれ……じゃなくて、わたし……、何も……持ってきて……ない……! お見舞いの花……とか……果物……とか……!」
「ううん。必要ないわ。私は美晴とお話しできるだけで充分だから」
母と娘。風太も今だけは『美晴』として、お母さんにとって幸せな時間を作ってあげようとした。
しかし、暗雲は突然やってきた。この空気に割って入ってくる男が一人、現れたのだ。
「へぇ、そいつが美晴か。しばらく見ない間に、大きくなったな」
「「……!?」」
それは、黒いジャケットをラフに着こなし、センシティブでスマートな雰囲気を漂わせる、中年の男性だった。小学生の風太から見れば、ちょっと怪しい雰囲気のおっさんだ。おっさんはポケットに手を突っ込みながら、こっちにやってきた。
「だ、誰だ……?」
「ふはは、無理もねぇか。8年ぶりの再会だ。親愛なる俺の娘、継本美晴ちゃんとは」
「俺の……娘……? って、ことは……こいつは……美晴の……お父さん……!?」
「おいおい、『こいつ』呼ばわりはないだろう? 仕事帰りのパパに向かって」
「ぱ、パパ……」
かつて、美晴の父親だった男だ。昔に離婚したとは聞いていたが、その男が目の前に現れるなんて、風太は思ってもいなかった。
チラリと美晴のお母さんの方を見ると、お母さんはいつになく鋭い瞳で、その男をギリリと睨んでいた。
「ごめんね美晴。今日はもう、家に帰ってくれる? お母さん、この男の人と大事な話があるから」
睨まれている男は、ヘラヘラと余裕そうに笑って立っている。
「俺は構わないぜ。美晴も交えて、三人で話しても。フランス料理のレストランにでも移動するか? ん?」
お母さんは悔しそうに、声を張り上げた。
「行きなさい、美晴っ!!」
従うしかなかった。もう親子の幸せな時間は消え、大人同士の空気になっていることには、風太でさえも気づいていた。
「う、うん……」とだけ返事をすると、風太は急いで病室を出た。これから美晴の両親は、何について話し合うのか……。
「……」
それが気になるので、風太は308号室の外で立ち止まり、隠れて聞き耳を立てることにした。
*
308号室。病室の中で交わされる、男女の会話。
継本流壱と戸木田望来。数年前までは夫婦だった二人だ。
「いくつになった? 美晴は」
「12よ」
「へぇ、あれで12か。あまり良い顔面とは言えないが、化粧次第ではモノになる可能性はあるな。今後の成長も加味すると、乳や尻も悪くはない」
「なんてこと言うの。自分の娘に対して」
「ふはは、正直ですまない。プロデューサーなんてやってると、そこらの女をタレントとして使えるかどうかで見てしまうんだよ。一応、褒めたつもりなんだぜ? これでも」
「よく分かったわ。私、流壱さんと離婚して正解だった」
「それはお互い様だ。望来」
「……!」
流壱は、そばにあったパイプ椅子に腰を降ろした。
「まあ、殺気立つなよ。お前が倒れたと聞いて、今日は見舞いのつもりでここにきたんだ。ケンカをしたいわけじゃない」
「見舞い……?」
「そうさ。慈悲深いだろ? 仕事で忙しいのに、わざわざ別れた元妻のところへ来てやったんだ。美談にしてもいいくらいさ」
「私には美晴がいる。あなたが来なくても、あの子が来てくれるだけで充分だった」
「強がりはよせよ。ガキから手紙や花をもらったところで、何が満たされるんだ。俺は、今のお前に必要なものを、見舞いに持ってきてやったんだぞ」
「今の私に、必要なもの……?」
「ああ。『しばらくのんびりと寝ていられる権利』を、な」
「まさかっ……!」
「ふははっ、喜べ! お前と美晴は、俺によって生かされてるんだ!!」
「か、勝手なことしないでっ! そんな施しなんて……!」
「んー? 俺の見舞い金は必要なかったか? 正直に答えてみろ」
「う……!」
望来は口をつぐんだ。
朝から晩まで仕事詰め。そんな無茶な生活を続けて倒れてしまった原因も、元を辿ればそこにあるからだ。望来は自分の無力さを痛感し、勝ち誇る流壱を前にして、静かに悔し涙を流した。
「うっ、うぅっ……!」
「これが、お前と俺の差だ。おれが与えた『権利』を有効に使って、新しい仕事でも探せばいいさ」
「何が、目的なの……? こ、こんなこと、して……!」
「おう、その話だ。今からその話をする。泣きながらで構わないから聞け、望来」
「……!」
「俺にあってお前にないものが、仮に金だとしよう。じゃあ、お前にあって俺にないものが何か、分かるか?」
「私に……あるもの……?」
流壱は指をパチンと鳴らし、怪しくニヤリと笑った。
「美晴だよ。俺の目的は、お前から美晴を引き取ることだ」
「なっ……!!?」
その言葉は、望来の心臓に突き刺さった。
「そ、そんなっ……!!」
「もちろん金は用意してある。だから、何の争いもなく円満に、美晴を俺に渡してほしい。悪い話じゃないはずだぜ」
「だ、ダメっ! 美晴まで失ったら、私っ……!!」
「フフ、それがお前の“子育て”か?」
「どういう意味……!?」
「お前の子育ては、ただの自己満足だって言ってるんだよ。お前の『母親ごっこ』に、美晴は付き合わされてるんだ。いい加減、あいつを自由にしてやれ」
「そ、そんなことないっ……!!」
「そう言い切れるか? 子どもを育てるのに時間と金が必要なことぐらい、俺だって分かるぞ。美晴はお前の娘だが、お前は美晴の母親として充分な環境を与えられたか? 親子の時間すら、今まで充分になかったんじゃないか?」
「そ、それは……! うぅ……」
「さっき、美晴がここにいたが、あいつの服をちゃんと見たか?」
「花柄のワンピースのこと……? 私があの子に買ってあげた……」
「そうだ。背中に大きな汚れがあったし、スカートにシワもできてた。女ってのは、ガキの頃からルックスやファッションを気にするらしいが、美晴はあれで満足してるのか? 周りの小学生と比べて、美晴が自分の見た目をどう思ってるか、聞いたことはあるか?」
「き、聞いたこと、ない……」
「呆れたな。それでよく親が名乗れるもんだ。それだけ意思疎通ができていないなら、最悪のパターンもあり得る」
「最悪の……パターン……?」
「イジメだよ。美晴は、学校でいじめられてるんじゃないか? 片親ってだけで、ただでさえ他人の見る目が変わるのに……。美晴がもし学校でいじめられていたら、全てお前の責任だぞ」
「わ、私のせいで、美晴が……!?」
望来は頭を抱えた。もし最愛の娘がそんなことになっていたらと考えると、震えが止まらなかった。そして同時に、娘が苦しんでいるのも全て自分のせいだと思い始めた。
「ど、どうすればいいの……? 私……」
「イジメってのは、そう簡単には終わらない。ある教育学者が言うには、環境を変えてあげることが一番の対処法だそうだ」
「環境を、変える……?」
「例えば……もし俺が美晴を引き取ったら、転校することになるわけだから、環境は変わるよな。俺が知り合いのスタイリストにでも頼めば、美晴のルックスは今より良くなるし、美晴自身も内面から変われるかもしれない」
「……」
「食べ物もそうさ。成長期の美晴に、美味くて栄養のあるものを食わせてやれる。スマホやパソコンだって買ってやれるし、塾や習い事だって通わせてやれる。中学に上がれば部活の出費もあるし、学用品だって馬鹿にならないが、それくらいは俺が用意してやるさ。可愛い娘のためだからな」
「わ、私には……できない……」
「だろうな。このままだと、親子二人で辛い思いをするだけだ。俺が美晴を預かれば、みんなが幸せに生きられるんだよ」
「……」
「どうするんだ? 親として、決断してみせろ」
「わ、分かったわ……。少し、考えさせて……」
「ふはは、良い返答を期待してるぞ。また後日会おう」
カツカツと革靴の足音を鳴らしながら、流壱は308号室を出た。
外で聞き耳を立てていたはずの少女は、流壱が部屋を出る頃にはもういなくなっていた。だから、少女の葛藤が両親に伝わることは決してなかった。
* *
その日の夜。『美晴』側。
(どうしよう、どうしよう……!)
布団の中で、少女は悩みに悩んでいた。
(あのおっさんはムカつくし、美晴のお母さんを泣かせたことは許せないけど、これは……どうしたらいいんだ!? イジメを終わらせられるなら、美晴にとっては幸せだよな……? 変わりたいっていうのが、美晴の一番の願いだし、これは大きなチャンスなんじゃないか……? 美晴は、お父さんのことをどう思ってるんだろう? お母さんのことをどう思ってるんだろう? おれはどうしたらいいのかな……)
夢を見るその瞬間まで、少女の葛藤は終わらなかった。
*
時を同じくして、こちらは『風太』側。
(どうしよう、どうしよう……!)
布団の中で、少年は悩んでいた。さっきの少女と同じように。
(やっぱり気になる! 風太くんのお兄ちゃんは、どうして風太くんや風太くんのお母さんにあんな悪口を言ったのかな。もし兄弟ゲンカをしているなら、風太くんは『出来損ないの弟』って言葉に対して、あんな態度をとらないハズだよね。過去に何があったのかすごく気になるけど、部外者のわたしが知っていいものなのかは分からないし、知ったところで何ができるってわけでもないし……。でも、やっぱり気になる……!)
夢を見るその瞬間まで、少年はずっと考え込んでいた。部屋の壁に吊り下げられた、サッカーボールとバスケットボールの房を見つめながら。
(あれ? そういえば風太くんって、バスケットボールをやったことあるのかな? 野球やサッカーで遊んでるところは見たことあるけど、風太くんが友達とバスケットしてるところは、一度も見たことないような……)
────────
────
──
* * *
美晴は夢を見ていた。
肉体から離れて魂だけになり、ふわふわと飛んで、白い空間の中をさまよっている、不思議な夢。美晴は魂の赴くままに、前へ前へとふわふわ進んだ。ふわり、ふわり、進んだ先にあった世界は、天国や地獄などではなく、ごく普通の男の子の部屋……。
* * *
「ふわぁ~あ……」
美晴はパチリと目を覚まし、あくびをした。正確に言うと、無理やりあくびをさせられた。
(うん……? 体が……変……?)
目を開いたその瞬間から、美晴は大きな違和感を感じた。
口を動かしたつもりだったが、それは心の声となり、音として吐き出すことができなかったのだ。さらに体の自由も効かず、まるで誰かの操り人形にでもなったかのように、全ての関節のコントロールを奪われている状態だった。
(まさか、わたしの体が、勝手に動いてる!? そ、そんなことあるわけが……)
不思議な感覚。寝起きからいきなり突きつけられた謎に、美晴が戸惑っていると、今度は無理やり口を開かされ、喉から音を出すように体が動き出した。
「だれぇ? さっきから、うるさいなぁ」
(わ、わたしの口が、また勝手に……! どうなってるの!?)
「しずかにしてよ。おれ、まだねむたいんだ……」
その声は、すっかり使い慣れた『風太』の声ではなく、元々自分のものだった『美晴』の声でもなく、全く知らない幼い男の子の声。
(こ、この状況は何!? どうして、わたしの口が勝手に動くの!? あなたは誰……!?)
「おれ? おれは、ふたせふうた。6さい。むにゃむにゃ……」
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