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第四章 聖女編

50 アリスの正体

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「きゃあああああああああああああああああ!?」
 アリスと魔女のいる部屋から悲鳴が上がった。
 
「!」
 僕は間抜け顔で動けないでいるカレンと商人のおじさんを置いて、隣の部屋を目指して駆けた。
 
「アリス!?」
 妹の名を呼びながら壊す勢いで扉を開けると、変わらずベッドに横たわるアリスと床にへたり込む魔女が目に入った。魔女の傍には一枚の紙がある。
 
「どうしました!?」

 魔女は僕と目が合うと、何かを伝えようと口をぱくぱくと動かした。
「あ、ああ……」
 しかし声が上手く出せないようで、何が起きたのか伝わらない。
 少なくとも襲撃ではなさそうだ。
 周囲に人影はなく、魔女に外傷は見られなかった。

 じゃあ一体?
 
 状況だけを鑑みれば、単に魔女が何かの拍子で尻餅をついただけのように見える。背中から倒れて悲鳴をあげた。
 そんな風に思える。
 だが、魔女の表情は恐怖より驚愕の色が濃い。
 そして気になるのは魔女の傍にある羊皮紙だ。
 白紙ではなく文字が記されている。
 羊皮紙だけじゃない。
 ベッド横のサイドチェスト。
 僕がついさっき使ったものと同じ完全鑑定魔道具が、起動された状態で置かれていた。
 鑑定した直後とも取れる。

「あ……アレク様……」
 すると魔女が震える声で僕を呼んだ。
 
「魔女様、立てますか?」
 手を差し伸べると、魔女はふるりと首を横に振りゆっくりとした動作で起き上がった。
 唇が小刻みに震えている。
「妹様……アリス様は……何者なんですか」
「何者?」
 不思議な問いだった。
 何者と聞かれても妹としか答えようがない。
 でも魔女が聞きたいのはそういうことじゃないだろう。
 
「そのご様子……やはり、ご存じではなかったのですね……」
 魔女は震える手で床に散らばった羊皮紙を手に取った。
 
「アレク様、こちらがアリス様の鑑定結果になります。……ご覧ください」
 震えが徐々に治まりつつある魔女から差し出されたのは、アリスのステータス表のようだった。
 
「……!?」
 
 見て、僕は息を呑んだ。
 なぜ魔女が悲鳴をあげたのか分かってしまった。
 いや、わからされた。
 
 アリスのステータスは予想外のものだった。
 予想外に、異常だった。
 
 ________________________

 名前 アリス・キレイル 
 性別 女
 年齢 12
 職業 なし
 
 スキル なし
 
 耐性  なし
 
     
 ユニークスキル
 聖女の加護   Lv.100(MAX)
 聖女の治癒魔法 Lv.100(MAX)
 自動治癒    Lv.100(MAX)
 
 ________________________

 アリスはスキルを持っていた。
 稀少なユニークスキルを三つもだ。
 ユニークスキルに職業の有無は関係ない。
 その人の生まれ持つ素質で発現するスキルだからだ。
 それでも三つは異常だ。
 一つでさえ持っている人は少ないらしいのに。

 異常と言えばレベルだ。
 全てレベル100。上限に到達している。

 こんなことあり得るのか。
 信じられないが目の前に確固たる証拠があるのだから信じるしかない。

 それと僕が驚いた理由は他にもあった。

「最近発現したスキルじゃない……!?」

 おそらく三つのユニークスキルが発現したのはここ一、二年の話じゃない。ずっと前だ。

 スキルのレベルは一朝一夕に上がるものではない。
 それは最近スキルを手にした僕がよく思い知らされていることだった。
 二度格上との戦闘で勝利している僕でさえ最高レベルはナイフスキルの60。
 これでもよく健闘している方なのだ。
 僕のユニークスキル限界突破のおかげだと考えられる。
 限界突破は、一時的にステータスが向上するだけでなく獲得経験値も倍増されるようだから。

 しかしアリスには成長を補正してくれるスキルがない。

 つまりもっともっと昔から熟練度を上げスキル強化を図っていたと考えられる。

 どんな修行を積めば、齢十二にして、三つのスキルをカンストさせられるんだろう。
 考えただけで身の毛がよだつ。
 もしかしたら僕が騎士になるために行なっていた鍛錬より厳しいものかもしれないのだ。
 スキルのレベルを上げるのはそれほどまでに大変だという事だ。

「違う……問題はそこじゃない」

 問題はその辛く苦しい修行をいつ、どこで、誰とやっていたかだ。
 アリスの意思でやっていたのならまだ良い。
 辛くても自分のやりたい事なら誰だって頑張れるものだから。

 でも。
 もしそれが誰かの意思で無理矢理にやらされていたものだったら?

 ぐしゃりと僕の手にあった紙がくしゃくしゃになる。
 嫌な想像をしてしまった。

「あ、アレク様……?」
 魔女が今度は恐怖で染まった顔で見る。
「何でもありません」
 落ち着け。
 まだ決まったわけじゃない。
 まずは情報を整理しないと。

「魔女様、僕の質問に答えてくれますね?」
「……はい。ですがその前に応接間に戻りましょう」
 魔女は余裕のなさそうな表情をしていた。
 僕もそうだが、魔女も突然の出来事で冷静に物事を考えられる状況ではないようだ。
 お互い落ち着く時間が必要か。

「あ」
 応接間に入ると、カレンと商人がぎこちない表情でこちらを見た。
 二人して僕の方を伺い見てくる。聞きたいことがあるらしい。
 答えてあげたいところだけど今は余裕がない。
 魔女と同時にソファに腰かける。二人してふぅとため息が出た。顔を見合わせる。
 隣に座るカレンと対面に座る商人は何も発しない。

 四人の間に長い長い静寂が訪れた。
 みんなそれぞれ言いたいこと、聞きたいことが山ほどあるのに堪えて他者の顔色を伺っている感じだ。
 あのカレンさえ空気を読んでいるのだからその異常さがわかるだろう。

「皆様、一旦休憩されてはいかがですか?」

 膠着は意外な形で終結した。
 廊下に繋がる扉前にひっそりと佇んでいた使用人が助け舟を出したのだ。

「……そうだな。四人分の茶を頼む」
 代表して商人が言った。
 この居心地の悪い空間から早く脱したいと思っていたのは何も僕だけではなかったらしい。

「畏まりました」
 再び使用人が戻ってくるまで暫くの辛抱だ。

 紅茶とシフォンが喜びそうな豪勢な菓子が並べられ、皆が一息ついた頃。

「じゃあ、オラから聞かせてもらおうかね」
 最初に動いたのは商人のおじさんだった。

「英雄の兄ちゃん。いや、アレク。お前さん達はいったい何者なんだ?」
 単刀直入だ。
 商人の手元には僕とアリスのステータス表があった。

「わたしも気になる」
 カレンも僕の答えを待っているようだった。

 僕はこれから魔女を質問攻めにする。
 ならば、ここは答えねばならないだろう。

「カレンには少し話したかもしれないね」
 "アリスを語る会"が昔のことのように感じられた。

「僕はつい先日まで貴族でした。アリスは今もそうですが。ーーキレイル家。それが僕たち兄妹が生まれた家系です」

 僕の長い身の上話が始まった。
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