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第四章 聖女編

51 アリスには秘密がありました

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「____と、こんなところです」
 
 長い話が終わった。
 商人と魔女は終始驚いているようだった。
 多少事情を知っていたカレンは二人より驚きが少なかったが、それでも「え!?」とか「うそ!?」とか所々で呟いていた。
 三人にとって何より衝撃だったのは、やはり僕が無職だったことらしく鑑定結果を何度も確認していた。
 
「つまりなんだ。アレクは職業を授かれなかったのに、スキルを手に入れたわけだな」
「そうなりますね。なぜかはわかりませんけど」
 僕もそこは気になっていた。
 でも、理由を考えても分からなかったので放置していたのだ。
 そういうものだ、と深く考えないようにしていた。
 
「どういう時にスキルを手に入れたんだ?」
「さっきも話しましたけど、ナイフスキルはナイフで魔物を倒したら取得しましたね。どうやら決められた行為を続けると熟練度?が溜まってスキルを取得するようです」
「なるほどな、取得する条件はおら達と同じってことか。ただ、おら達が自身の職業に関してのスキルしか取得できないのに対し、兄ちゃんにはその枷がないってことか」
 
 例えば商人のおじさんが、僕のようにナイフで魔物を倒すことができてもスキルを取得することはない。なぜならおじさんは“商人“だからだ。戦闘職ではない商人にナイフスキルは必要ない。神がそう判断した。だから、商人である以上おじさんは一生ナイフスキルを取得することはない。
 逆に、算術や人心掌握術は必要だからいくらでも取得できる。本人の才能や努力次第ではあるが。

「いやー、改めて見ても異常なスキル数だな……。ユニークスキル持ちなだけでも稀有なのに、他に七つもスキルを持ってるんだもんな。ナイフ、投擲、追跡、料理、医術、乗馬、瞑想……いや、意味わかんねえなあ!?」

 暫く僕のステータス用紙と睨めっこしていた商人のおじさんだったが参ったというように諸手を挙げた。

「駄目だ。わけわからん。何か発見があるかもと思ったが、考えるだけ無駄だな。アレク、お前さんは化け物だ」
「ひ、ひどい」
 それなら英雄呼びの方がまだマシだ。
 
「……で」
 商人はもう一枚のステータス用紙を取り出す。
「もっと化け物なのは妹の方か。聖女の加護に、聖女の治癒魔法、自動治癒とユニークスキルが三つか。恐ろしい子供がいたもんだ。……アレクの話に妹のスキルについて触れられていなかったよな。知らなかったのかい?」
「まったく知りませんでした。これに関しては僕も驚いているんです。まさかアリスがスキルを持っていたなんて」
「仲は良かったんだよな? まさか本人がスキルがあることに気づいていなかった、わけじゃないだろうしなぁ」
「そこまでアリスは鈍くありませんよ」
 商人は顎に手をやり考える素振りを見せる。
「すると、気づいていたのに話さなかった。いや、違うな。話せなかったか。ちょっと弱いか……そうか。口止めされていたのか!」
 商人も僕と同じ結論に辿り着いたようだ。
 
「恐らくは」
「心当たりがあるんだな」
 商人の鋭い視線が僕を射抜く。そこまで分かっちゃうのか。
「誰なんだ?」
「アルファード・キレイル」
「お前さんの父親か」

 ずっと気がかりだった。
 アリスがスキルを持っていたこと。
 それを僕に一切話さなかったことを。
 だって僕に内緒にするメリットがない。デメリットもないわけだが、普段のアリスならば僕に隠し事はしないだろう。
 では、なぜ隠していたのか。
 それは商人の言う通り口止めされていたからだろう。
 誰に?
 アリスに指図できる人物の心当たりは一人しかいない。
 父親ーーアルファード・キレイルだ。
 しかし疑問が残る。
 アルファードはなぜ口止めをしたのか、だ。
 おそらくアリスのスキルのことは屋敷の中でも極々一部の者しか知らなかったはずだ。当然だが専属メイドのソフィアも知らないだろう。
 理由は単純明快。
 外部に情報を漏らさないため。アリスの力をキレイル家内部で隠し通すため。
 そうでもしないとアリスの力を悪用しようとする輩が出てくるから?
 それもあるだろう。
 だが、本質は違う。
 あいつは人を使える人間と、使えない人間としか見ていない。
 使える人間は徹底的に使うし、使えない人間は早々に見切りをつけて捨てる。僕がそうだったように。
 その尺度でアリスは使えると判断された。それもキレイル家に絶大な利益をもたらす程に。
 そこでアルファードは考えたのだろう。
 この力をキレイル家のために使えば、キレイル家の地位は盤石なものとなる。絶対にアリスの力を手放さないようにしようと。
 そして人知れずアリスを鍛え続けてきたのだろう。
 キレイル家の最終兵器とするために。
 あの異常なまでのスキルレベルがそれを物語っていた。
 
「そうか……」
 僕は思い出した。
 あれは、そう屋敷を抜け出してきたアリスをどうにか屋敷に帰そうと奮闘していた時だ。一人きりになるのが嫌だと駄々をこねるアリスに僕は言ったのだ。
 『アリスには家族がいるだろ? 一人じゃない』
 『あ、あの人たちは家族じゃありません!』
 冗談なのかと思ったが、違ったのだ。
 アリスは本心で家族と思っていなかった。嫌っていたのだ。
 それもそうだ。
 自分のことを道具としか思っていない人を親と思えるわけがない。
 どうしてもっと早く気付けなかったのだろう。
 初めからアリスは僕に救いを求めていたのだ。
 アリスが屋敷を抜け出した本当の理由。
 それは、キレイル家にいるのが辛かったからなんじゃないか。
 そう思うと頑なに僕と旅をしようとした理由がわかってくる。

 そして。

 ぎりっと歯軋りする。

 アルファード・キレイルの不可解な行動の数々にも説明がつく。

 あいつが騎士団全軍を動かすほど必死でアリスを探していたのは、アリスの力を失いたくなかったからに他ならない。
 アリスにこんな力があって、今まで人知れずひっそりと育ててきたのだ。
 失うのが怖い。そう思うのが普通だ。
 今のアルファード・キレイルはそれだ。
 決して、愛ゆえではない。
 アリスを手放すのが惜しいと思っているだけだ。

「ふざけてる」
「アレク?」
「ど、どうしたんだ兄ちゃん。すげー恐い顔してるぞ」

 二人から心配の声をもらうがそれどころではない。
 僕の頭は沸騰寸前だった。

 もちろん、これらは推測でしかない。
 でも、僕にはあいつの考えが手に取るようにわかった。
 なぜなら忌々しいことに僕の中にはあいつの血が半分流れているのだから。
 
 あいつが価値を見出したアリスのスキル。
 これらがどれほどの力を秘めているのか。
 それはもうすぐ分かることだ。
 
「……わたくしの予測が的中したようです。アレク様、妹様の病因が判明しました」
 
 分厚い本を書斎から持って来た魔女の言葉に、僕は心を引き締めるのだった。
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