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第三章 フリーユの街編

37 思わぬ再会をしました

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「ーーいい加減教えなさいよ、ジイ。一体これはどういうことなの?」

ようやく落ち着いた二人を加えて、僕たちはピカピカに磨き上げられた机を囲んでいた。
アリスだけは二人が争っているうちに客室に運ばせてもらった。
不安定な僕の背中よりベッドに寝かせた方が安心だ。

「なんのことか分からないのぉ」

「惚けんじゃないわよ」

二人の応酬をBGMに、僕は改めて店内をぐるっと見渡す。
チリ一つ見当たらない空間。
何度見ても惚れ惚れする。
カレンではないが、どういう仕掛けでこんなに清潔な状態を保っているのだろうか。
この杖をついたお爺さんの手腕ではないのは間違いないだろう。
杖をつきながら掃除をするのは難しそうだし、カレンの話では元からこうではなかったようだし。

つまりここ最近、なにかが起こったということになるのだろうけど。

カレンはその何かを知りたがっているわけだ。

「ふん、ワシをチビと罵った者に教えることなどないわい」
お爺さんはまだ根に持っているのか口を割ろうとしない。

「……っち」
カレンが小さく舌打ちする。

「ほほほ」
勝ち誇ったように笑うお爺さん。ちなみにお爺さんの目の前だけ飲み物が置いてある。
とても良い性格をしてると思う。

「はぁ、背丈だけでなく器もちっさいなんて救いようがないわね」
カレンがやれやれとばかりに言った。

「なんじゃとゴラァ!?」
これには澄まし顔をしていたお爺さんも看過できなかったようで杖を床に叩きつけるようにして立ち上がった。

「まあまあ、落ち着いてください」
僕は二の舞を踏みたくないので、尽かさずお爺さんを止めに入る。
喧嘩の仲裁も手慣れてきた。

「これ離さんかい! ワシはこの生意気な娘っ子に鉄槌を下してやるんじゃ! 小人族を愚弄すればどうなるか体に叩き込んでやる!」

バタバタと腕の中でもがくお爺さん。
しかし悲しいかな。
小人族の力では抜け出せるわけもなく、やがては暴れ疲れて大人しくなった。

「お体にも触りますからもう暴れないでくださいよ。じゃないと、僕としても本気で止めに入らないといけなくなりますから」
ちゃんと釘を刺してからお爺さんを解放する。

「ふ、ふん、まあいいわい」
お爺さんは大人しく椅子に座り直した。

「それとカレンもだからね」
自分は関係ないみたいな顔をしていたので一応伝えておく。

「……わかったわよ」

さて、何分持つのやら。

とはいえ二人が大人しくなってくれたおかげで、話が進められそうだ。
僕はお爺さんに軽く自己紹介したあと、ここに至るまでの経緯を話した。
カレンがママさんと喧嘩の最中であること。
今夜泊まるところを探していたこと。
良ければしばらくお世話になりたいこと。
その中に昏睡状態の妹がいること。

「なるほどのぉ。して、その妹さんは何処に?」

「事後報告になりますが、空き部屋に運ばせていただきました」

「ずいぶんと勝手じゃな!」

仕方ないよね。カレンと口喧嘩してたときのお爺さん、聞く耳持つ様子じゃなかったし。

「それとお願いがありまして」

「言うてみい」

「僕が居ないとき、アリスの様子を見ていただきたいんです」

「なんじゃと? そこの二人に頼めばよかろう? 子守りなんて勘弁じゃよ」

「それもそうなんですが……」

僕には今後やらないといけないことがある。宿を離れる機会が多くなるのだ。
その間、アリスを見守ってくれる人が必要だった。
本来はシフォンにお願いするのが妥当なのだが、シフォンにも別に任せたい仕事がある。

となると、現状頼めるのはカレンのみとなるわけだが。
どうにもカレンはアリスのことを目の敵にしてるように感じる。
度々アリスに向ける視線に敵意が篭っているように思えて仕方がない。
昏睡状態のアリスに何かするとは思えないが、正直カレン一人に任せるのは心配だ。
それにまだ子供だし。
そこで大人の目があれば良いと思ったのだけど……。

「無理じゃぞ、ワシは」

「そこをなんとか」

「無理なもんは無理じゃ。ワシはこれでも忙しいんじゃぞ」

「どこがよ……」
カレンが噛み付いた。
やっぱり数分と持たなかったか。

「なんじゃと?」

「私たち以外客いないじゃない」

顔を真っ赤にぷるぷる震え出すお爺さん。

「はい、そこまで。カレン、僕はこの方と大事な話をしてるんだ。ーーわかるよね?」

僕が本気で怒ってることを感じ取ったのだろう。

「出かけてくる」

カレンはすくっと立ち上がると仏頂面で外に出て行ってしまった。
ちょっと強く言いすぎたかな。

「シフォン、カレン一人にするのは危なっかしいから、ちょっと見ていてくれない?」

「……わかりました、です」

「ごめんね」
カレンのことを心底嫌ってるシフォンからすると乗り気ではないだろう。
しかしシフォンは渋々ながらカレンの後を追うように宿を出た。
シフォンには気配探知と索敵のスキルがある。カレンを見失うことはないだろう。

「話し合いの続きをしましょうか」

「うるさい娘っ子がいなくなってせいせいしたわい」

「あれでも可愛いところもあるんですけどね」

「ふん、どこが」
そう言いつつ、ちょっと寂しそうにしてるのが面白い。

「まあ、この話は置いておいて、アリスの件どうにかなりませんか?」

「何度も言っておろうが。しつこいぞ」

「そこをなんとか! お願いします!」
僕は机に打ちつけるように頭を下げた。

「お願いします! お願いします!」
何度も。何度も。額から血が出ようと頭を下げ続ける。

「なぜじゃ」
お爺さんの呟き。

「なぜ、そこまでする。おぬしにとって妹という存在はなんじゃ」

「この世で何よりもかけがえのない、大切な存在です」
僕は顔をあげ、お爺さんの視線を真正面から受けて答えた。

「アリスは光なんです。暗闇に囚われ身動きができずにいた僕をアリスは救ってくれました。道を示してくれました。そばで支えてくれました。アリスのおかげで今の僕がいます。アリスがいなければ、僕はとっくにその辺で野垂れ死んでいたでしょう。いえ、確実に死んでいました。アリスに庇ってもらわなければ、あの瞬間ナイフに心臓を貫かれ命を絶っていた。でも、アリスが僕の代わりに傷を受けてくれたんです。心だけじゃなく、命までも救われた。
ーーだから、今度は僕がアリスを救いたい」

お爺さんの瞳に揺らぎはなかった。

「勝手にやればいいじゃろうて。なぜ他人を巻き込む。頭を下げてまで初対面のジジイになぜ助力を請おうとする?」

「それは……」

「お主が妹を大切に思ってることは伝わった。命を救われ、その恩を返したいという気持ちもわかる。じゃが、それとワシが手伝わなきゃならんという話にはどうにも繋がらんのじゃ。助けたいなら一人でやれば良かろう?」

お爺さんの言葉が胸に突き刺さる。
一人でやればいい。
その通りだ。
でも、それができないからこうしてお願いしてるのも事実。
なぜ一人ではできないのか。
簡単な話だ。

「僕が、弱いから」

「違うぞ」

「え?」

「お主は弱くない。むしろ強者の部類に入ろうて」

「そ、そんなこと初対面で分かるんですか」

「分かる。ワシだって伊達に歳をとっているわけじゃないぞ。この目で数多の人間を見てきた。強者か弱者かくらい一目で見分けられるわ」

なぜだろう。おじいさんの言葉に重みが出てきた。

「それによると、お主は圧倒的に強者の部類じゃ。ワシが今まで見てきた人間の中でも五本の指に入るじゃろうな」

「そんなにですか? でも、僕はあなたの言う通り一人では何もできない弱い人間です」

「違う。そうじゃない。お主は強い。これは確かじゃ。しかし、ある一点において他の強者とは明らかに劣っているのも事実」

「それは?」

「心じゃよ。お主の心は弱者のそれよ。お主は、強者でありながら、自身を弱者だと思い込んでいる。それが問題なのじゃ」

「そんなことは……」

「ないと言い切れるか? ではなぜワシを頼ろうとした?」

「お願いできる人がいなかったからです」

「なぜ頼る必要があった?」

「アリスに何かあった時に見ていてくれる人がいると安心するからです」

「それはワシである必要があったか?」

「いえ、正直誰でも良かったと思います」

「お主自身では駄目なのか?」

「僕にはやることがあるので難しいです」

「仲間は?」

「仲間にも他の仕事をしてもらおうと思ってました」

「ふむ……変な話じゃ」

「何がですか」

「ワシにはどうもお主達だけで妹の容態を見ることが不可能とは思えない」

「先ほども言ったように、僕とシフォンにはやる事があって」

「それは聞いた。じゃが、少し工夫するだけで乗り越えられると思うのじゃが? 例えばお主と犬人が一緒に不在になるからいけないのじゃろう? 交互にその仕事とやらをこなせばいいじゃろう。お主が外に出ている間は、犬人が妹の様子を見て、犬人が外に出ている間はお主が妹を見ているとかな」

「それだと効率が……」

「効率? 初対面の人間に妹を託す方が危険じゃと思うがな。大切な人なんじゃろう?」

言われてみればそうだ。
このお爺さんのことは、カレンの知り合いということだったから無条件で信用してしまったけど、相手が何処の馬の骨だかわからない人だったらアリスを預けたかと聞かれればNOだ。
誰彼構わず信用するなと言いたいのだろう。
でも、だとしたらどうすればいいのか。
うーん。

「それじゃよ」

「え?」

「他人に力を借りることは別に悪いことじゃない。しかし頼るのは最終奥義じゃ。まずは己で考え、己の力で挑みなさい。それでも敵わなかったら助けを求めればいい。はじめから深く考えず、なんとなくで他人を頼るのはお主の心が弱い証拠じゃ。もう少し自分の力を信じてみても良いのではないか?」

自分の力を信じる、か。
そう言われて、すぐに信じられるかと言えば難しいだろう。僕は自分自身が強いとは思ってないわけだし。
だけど、お爺さんは確信を持って僕が強者だと言っているようだった。

「はい、努力してみます」

今は難しくても、いつの日か自分の力を信じられる日が来ればいいなと思いながら僕は力強く頷いた。

「それでよい……と、もうこんな時間か。長く話しすぎてしまった。そろそろ夕飯の仕込みを始めようかの。あの子も戻ってくる頃合いじゃろうし」

あの子?
カレンのことかな。

そんな時だった。
カランコロンと来客を告げる鐘の音がなる。

「おかえり、カレン……え?」

肩で切り揃えられた黒髪。
クリクリと大きな瞳。
そのメイド服姿。

とても良く知った顔だった。しかし、懐かしい顔でもあった。

「ソフィア?」

「ど、どうしてあなたがここに!?」

キレイル家メイド、ソフィアがそこにいた。
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