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第三章 フリーユの街編
36 喧嘩はもう懲り懲りです
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宿屋からほど近い街の広場。
噴水が朝日を受けて光り輝く幻想的な光景に目を奪われる暇もなく、ベンチに座る僕たちは一様に沈んだ表情をしていた。
「これからどうしようか」
「どうしようもないです。誰かさんのせいで、宿に居られなくなったのですから」
僕の呟きに、隣に座るシフォンが不満たっぷりに愚痴る。シフォンにしてみれば突然宿を追い出されたわけで不満しかないのだろう。
「それって私のこと?」
それまで街の様子をぼんやり眺めていたカレンだったが、シフォンの言葉には反応した。
離れた所に座っていても話だけは聞いていたようだ。
「他に誰がいるんです」
どうやらシフォンは相当不満が溜まっているようで、カレンを挑発するように言った。
「は?」カレンの怒りゲージが上がる。
「なんですか」シフォンも臨戦態勢に入った。
二人の間に火花が散りつき出すのを見て、僕は思わずため息を溢した。
「喧嘩しないで仲良くしてくれ。これからは仲間なんだ。顔を合わせるたびに喧嘩してたら疲れるだけだよ?」
二人はしぶしぶ矛を収める。
「よろしい」
こんな状況で、喧嘩の仲裁なんて勘弁してほしいからね。
未だカレンは目を爛々と輝かせていたけど、シフォンが大人しくなってくれたので喧嘩には発展しなかった。
シフォンは何があっても僕の言うことだけは守ってくれるから、そこは安心だ。
ただ、僕が止めないと暴れちゃうのは問題だけど。
どちらか一方がもう少し広い心を見せてくれれば喧嘩にならずに済むんだけどな。
まあ、それが難しいんだけど。
「さて、ずっとこうしていても埒が開かない。まずは、泊まる場所を探そう」
僕は立ち上がった。
「あてはあるの?」
「いい質問だよ、カレン。ズバリその答えは、ない!」
「自信たっぷりに言うことじゃないから!!」
痛いところをつくな。しかし、カレンは一つ忘れていることがあるようだ。
「カレンのツッコミは尤もだよ。でも、そもそも宿を追われた理由がカレンにあることをお忘れかな?」
「なによ。私に見つけろと言いたいわけ?」
「いや、僕としてはママさんと仲直りをしてもらえると___」
「それはない!!」
途中でカレンが強く言い放った。
よほどママさんの元には戻りたくないらしい。ママさんの宿、ご飯は美味しいし清潔だし寝心地良かったし気に入ってたんだけどな。
残念だ。
「まあ、見つけろなんて言わないけどさ、土地勘あるのがカレンだけなのは事実なんだよね。だから、どこか良い宿知ってないかなーとは思ったり……」
「結局私に丸投げじゃない」
と、口を尖らせたカレンだったが、さすが宿屋の娘だけあって街宿の情報は多く持っていた。しかも、どこがオススメかオススメじゃないかなど理由をつけて説明してくれる。
「あの大通りに構えている宿なんていいんじゃないかな? 建物が立派だし」
「これだから素人はダメね。見た目だけにお金をかけすぎて、サービスの質が悪い店として有名なのよ」
「なるほど」
店内をチラッと覗くと、いかにも旅人って感じの若い人が多い印象だった。逆にこの街に住み慣れている冒険者や商人は見当たらない。カレンの言うように街での評判は良くないらしい。
「ああやって何も知らない人間相手に商売してるのよ。嫌なやり方よね」
同業者のカレンとしては気に入らないようだ。
「師匠師匠、あそこの宿から美味しそうな匂いがするです。ボクとしてはあそこを推すです」
尻尾をブンブン回したシフォンが見つけた宿は、先ほどの宿とは比べ物にもならないほど随分小さな宿だった。外装は年季が入っており、今にも崩れそうな店構えをしている。
確かに良い匂いはするのだが泊まりたいかと言えばNOだ。
こう、体が拒否しているというか。あの宿だけは違う断じて違う、と体が訴えかけてくるのだ。
「うん……やめておこうか」
シフォンの尻尾が急激に元気をなくしていく。よっぽど気に入っていたらしい。
見た目がアレじゃね。泊まりたいと思えないわけだよ、うん。
見栄を張りすぎるのも良くないけど、少しは見た目に気を遣ってほしいよね。
「ふーん、悪くないんじゃない?」
と、思いきやまさかのカレン一推しの宿だった。
「ど、どこが?」
一見しただけでも悪いところしか見当たらないのだが。
「古くからある老舗の宿で、味もサービスも親切で良いって私たちの界隈では結構評判なのよね。宿を営んでいるオヤジさんとも昔会ったことあるけどとても良い人だったわ。甘いお菓子をもらったの」
「へー」
お菓子を貰えれば良い人判定なのか。ちょろいんじゃないか、カレンよ。
「師匠……」シフォンの期待のこもった眼差し。
「わかったよ。ここに泊まろう」
僕はカレンの情報とシフォンの鼻を信じてみることにした。いや、本当に頼むよ?
カランコロンと来店を告げるベルが鳴る。
宿に入り驚いた。外見の異様さからは想像できないほど内装は綺麗だったのだ。
全体的に年季を感じさせるものの、カウンターや椅子、床に至るまで丁寧に掃除が行き届いている。
まるで別世界に来たようだ。
カレンがオススメするのも頷ける。
「さすがカレン……って、どうかした?」
褒めようとカレンの方を向くと彼女は固まっていた。まるで信じられないものを見たかのような反応。
亡くなった両親が生きていたとかそんなレベルの顔だ。
「ありえないわ」
「何が?」
「こんなに店内が綺麗なはずがないのよ! もっと小汚くて入るのを躊躇うような感じで、でも、泊まってみたら思いの外サービスが良くて、ご飯も美味しくて、総合的にみると辛うじてオススメできる宿屋って聞いていたのに! 話と違うじゃない!」
いや、どんな怒り方だよ。
「むしろ良かったんじゃない? 綺麗な宿に泊まれるんだからさ」
「値段に釣り合ってない! 安すぎる! もっと汚しなさいよ! ウチが潰れるでしょ!」
なるほど。同業のカレンとしては複雑な心境なのか。
というか……。
「なによ」
「なんだかんだ言ってママさんの宿が好きなんだなーって思ってさ」
「う、うるさいわね! 当たり前でしょ!」
それもそうか。今はママさんと喧嘩しているけど、元々あの宿はカレンの両親が営んでいたのだ。
何があってもカレンにとってあの宿が一番なのだろう。
「なんじゃなんじゃ、随分と失礼な客が来たな」
「あっ!」
カウンターの奥から一人の老人が杖をつきながらやってきた。背丈が低い。人間ではない。小人族だろうか。
「これはどう言うことなのよ! ジイ!」
「おや? ワシをそう呼ぶ娘っ子は一人しかおらん。おぬし、カレンちゃんか?」
「だからそう言ってるでしょ!」
「「言ってない(ぞ)」」
僕とお爺さんの言葉が被った。このお爺さんとは気が合いそうな予感。
「そうかそうか、カレンちゃんか。大きくなったなぁ。お義母さんは元気かい?」
あ、その話題今はあかん。
「しねクソジジイ!」
案の定カレンが不機嫌になった。
「な、なんじゃと!? 今なんつった!」
「しね!」
「しねじゃとぉおお!? ワシにしねと言ったのか!? 昔お菓子あげた恩を忘れやがって、このクソガキぃいいいいい!」
「一回しか貰ってないわよ! そんなちっさいことをネチネチと、だから背が小さいのよ!」
「アホがぁあああ! そりゃワシが小人族じゃから! 小人族の中ではむしろ大きい方じゃし!」
「ふん、私から見れば同じよ」
「クソガキがぁあああああ!」
二人が口論する様を僕とシフォンは遠くから眺めていた。早く終わらないかなと、思いつつ。
********************
お久しぶりです。
忙しい期間が終わったので、再開します。
噴水が朝日を受けて光り輝く幻想的な光景に目を奪われる暇もなく、ベンチに座る僕たちは一様に沈んだ表情をしていた。
「これからどうしようか」
「どうしようもないです。誰かさんのせいで、宿に居られなくなったのですから」
僕の呟きに、隣に座るシフォンが不満たっぷりに愚痴る。シフォンにしてみれば突然宿を追い出されたわけで不満しかないのだろう。
「それって私のこと?」
それまで街の様子をぼんやり眺めていたカレンだったが、シフォンの言葉には反応した。
離れた所に座っていても話だけは聞いていたようだ。
「他に誰がいるんです」
どうやらシフォンは相当不満が溜まっているようで、カレンを挑発するように言った。
「は?」カレンの怒りゲージが上がる。
「なんですか」シフォンも臨戦態勢に入った。
二人の間に火花が散りつき出すのを見て、僕は思わずため息を溢した。
「喧嘩しないで仲良くしてくれ。これからは仲間なんだ。顔を合わせるたびに喧嘩してたら疲れるだけだよ?」
二人はしぶしぶ矛を収める。
「よろしい」
こんな状況で、喧嘩の仲裁なんて勘弁してほしいからね。
未だカレンは目を爛々と輝かせていたけど、シフォンが大人しくなってくれたので喧嘩には発展しなかった。
シフォンは何があっても僕の言うことだけは守ってくれるから、そこは安心だ。
ただ、僕が止めないと暴れちゃうのは問題だけど。
どちらか一方がもう少し広い心を見せてくれれば喧嘩にならずに済むんだけどな。
まあ、それが難しいんだけど。
「さて、ずっとこうしていても埒が開かない。まずは、泊まる場所を探そう」
僕は立ち上がった。
「あてはあるの?」
「いい質問だよ、カレン。ズバリその答えは、ない!」
「自信たっぷりに言うことじゃないから!!」
痛いところをつくな。しかし、カレンは一つ忘れていることがあるようだ。
「カレンのツッコミは尤もだよ。でも、そもそも宿を追われた理由がカレンにあることをお忘れかな?」
「なによ。私に見つけろと言いたいわけ?」
「いや、僕としてはママさんと仲直りをしてもらえると___」
「それはない!!」
途中でカレンが強く言い放った。
よほどママさんの元には戻りたくないらしい。ママさんの宿、ご飯は美味しいし清潔だし寝心地良かったし気に入ってたんだけどな。
残念だ。
「まあ、見つけろなんて言わないけどさ、土地勘あるのがカレンだけなのは事実なんだよね。だから、どこか良い宿知ってないかなーとは思ったり……」
「結局私に丸投げじゃない」
と、口を尖らせたカレンだったが、さすが宿屋の娘だけあって街宿の情報は多く持っていた。しかも、どこがオススメかオススメじゃないかなど理由をつけて説明してくれる。
「あの大通りに構えている宿なんていいんじゃないかな? 建物が立派だし」
「これだから素人はダメね。見た目だけにお金をかけすぎて、サービスの質が悪い店として有名なのよ」
「なるほど」
店内をチラッと覗くと、いかにも旅人って感じの若い人が多い印象だった。逆にこの街に住み慣れている冒険者や商人は見当たらない。カレンの言うように街での評判は良くないらしい。
「ああやって何も知らない人間相手に商売してるのよ。嫌なやり方よね」
同業者のカレンとしては気に入らないようだ。
「師匠師匠、あそこの宿から美味しそうな匂いがするです。ボクとしてはあそこを推すです」
尻尾をブンブン回したシフォンが見つけた宿は、先ほどの宿とは比べ物にもならないほど随分小さな宿だった。外装は年季が入っており、今にも崩れそうな店構えをしている。
確かに良い匂いはするのだが泊まりたいかと言えばNOだ。
こう、体が拒否しているというか。あの宿だけは違う断じて違う、と体が訴えかけてくるのだ。
「うん……やめておこうか」
シフォンの尻尾が急激に元気をなくしていく。よっぽど気に入っていたらしい。
見た目がアレじゃね。泊まりたいと思えないわけだよ、うん。
見栄を張りすぎるのも良くないけど、少しは見た目に気を遣ってほしいよね。
「ふーん、悪くないんじゃない?」
と、思いきやまさかのカレン一推しの宿だった。
「ど、どこが?」
一見しただけでも悪いところしか見当たらないのだが。
「古くからある老舗の宿で、味もサービスも親切で良いって私たちの界隈では結構評判なのよね。宿を営んでいるオヤジさんとも昔会ったことあるけどとても良い人だったわ。甘いお菓子をもらったの」
「へー」
お菓子を貰えれば良い人判定なのか。ちょろいんじゃないか、カレンよ。
「師匠……」シフォンの期待のこもった眼差し。
「わかったよ。ここに泊まろう」
僕はカレンの情報とシフォンの鼻を信じてみることにした。いや、本当に頼むよ?
カランコロンと来店を告げるベルが鳴る。
宿に入り驚いた。外見の異様さからは想像できないほど内装は綺麗だったのだ。
全体的に年季を感じさせるものの、カウンターや椅子、床に至るまで丁寧に掃除が行き届いている。
まるで別世界に来たようだ。
カレンがオススメするのも頷ける。
「さすがカレン……って、どうかした?」
褒めようとカレンの方を向くと彼女は固まっていた。まるで信じられないものを見たかのような反応。
亡くなった両親が生きていたとかそんなレベルの顔だ。
「ありえないわ」
「何が?」
「こんなに店内が綺麗なはずがないのよ! もっと小汚くて入るのを躊躇うような感じで、でも、泊まってみたら思いの外サービスが良くて、ご飯も美味しくて、総合的にみると辛うじてオススメできる宿屋って聞いていたのに! 話と違うじゃない!」
いや、どんな怒り方だよ。
「むしろ良かったんじゃない? 綺麗な宿に泊まれるんだからさ」
「値段に釣り合ってない! 安すぎる! もっと汚しなさいよ! ウチが潰れるでしょ!」
なるほど。同業のカレンとしては複雑な心境なのか。
というか……。
「なによ」
「なんだかんだ言ってママさんの宿が好きなんだなーって思ってさ」
「う、うるさいわね! 当たり前でしょ!」
それもそうか。今はママさんと喧嘩しているけど、元々あの宿はカレンの両親が営んでいたのだ。
何があってもカレンにとってあの宿が一番なのだろう。
「なんじゃなんじゃ、随分と失礼な客が来たな」
「あっ!」
カウンターの奥から一人の老人が杖をつきながらやってきた。背丈が低い。人間ではない。小人族だろうか。
「これはどう言うことなのよ! ジイ!」
「おや? ワシをそう呼ぶ娘っ子は一人しかおらん。おぬし、カレンちゃんか?」
「だからそう言ってるでしょ!」
「「言ってない(ぞ)」」
僕とお爺さんの言葉が被った。このお爺さんとは気が合いそうな予感。
「そうかそうか、カレンちゃんか。大きくなったなぁ。お義母さんは元気かい?」
あ、その話題今はあかん。
「しねクソジジイ!」
案の定カレンが不機嫌になった。
「な、なんじゃと!? 今なんつった!」
「しね!」
「しねじゃとぉおお!? ワシにしねと言ったのか!? 昔お菓子あげた恩を忘れやがって、このクソガキぃいいいいい!」
「一回しか貰ってないわよ! そんなちっさいことをネチネチと、だから背が小さいのよ!」
「アホがぁあああ! そりゃワシが小人族じゃから! 小人族の中ではむしろ大きい方じゃし!」
「ふん、私から見れば同じよ」
「クソガキがぁあああああ!」
二人が口論する様を僕とシフォンは遠くから眺めていた。早く終わらないかなと、思いつつ。
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お久しぶりです。
忙しい期間が終わったので、再開します。
応援ありがとうございます!
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