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幕間 ソフィアの受難2

38 ソフィア再び(ソフィア視点)

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……うそ!?

私、ソフィアはその日思いもよらぬ再会を果たしました。
元キレイル家のご子息、アレクが私が働かせていただいている宿にいたのです。
買い出しから帰宅したばかりの私は、驚きのあまり宿屋の入口で呆然としてしまいました。

「ど、どうしてあなたがここに!?」
硬直から解放されて最初に口から出たのはそんな言葉でした。
無理もありません。
私はてっきり、アレクはすでにキレイル家に捕えられてるとばかり思っていたのです。
なぜならアレクはアリス様を誘拐した張本人。キレイル家が総出で捜索をしていた人物です。
数ヶ月も経っているのに捕えられていない、なんてことあるはずがないと思っていたわけです。

「それはこっちのセリフだよ。なんでソフィアがいるのさ」

アレクも私の存在に驚いているようでした。
アレクにしてみれば当然の疑問と言えます。
そうですね。いい機会です。
お話ししようじゃありませんか。
私がアリス様の捜索隊に加わり、その後何があってこんな下町で働くことになったのかを。

「あれは、そう、私がお姫様気分を満喫して暫くした後でした」

「なんか勝手に始めちゃったよ、この人」
アレクの呟きは私の耳には届きませんでした。

✳︎

アルファード様から直々にアリス様を捜索する勅命を受けてから二週間が経ち、3人の騎士様と共にする馬車の時間にも慣れてきた頃。
私たちは王都郊外のとある村に宿泊することとなりました。

「遠路遥々よく来てくださいました、騎士様方。盛大なもてなしはできませんが、どうぞごゆっくりおくつろぎください」
村を代表して村長さんが挨拶しにきました。
「この小隊を率いる騎士のラインハルトだ。協力感謝する」
「いえいえ、とんでもないです。騎士様のお役に立てるのであれば至極光栄なことでございます」

村長さんが恭しくお辞儀をします。
平民が上流階級の騎士に手を貸すのは当然なことです。
村長さんは当たり前のことを大袈裟に言っているだけなのですが、この場には村長さんに余計なことを言う人はいませんでした。
これが村人たちの振る舞いなのだと私たちも理解してきたのです。

村人から簡単なもてなしを受けた後、私と騎士様三人は宿の一室に集まり情報共有をすることにしました。

「半日村人に聞き込みを行ったが、やはりアリス様はここにも寄られていないようだ」
ラインハルト様が失望を隠せない表情で呟きました。
「そのようだな。全くあの方はどこにおられるのか。心配だ」
二人目の騎士、アーノルド様はそれほど落胆してる様子ではありません。顔に出ないだけでしょうか。
「また振り出しか。次の行き先を考えないといけないな」
「然り」
ラインハルト様は然りさん、ではなくエイス様と共に地図と睨めっこして次に行く村を探し始めました。

私はと言いますと、そんな様子を眺めながら大変だなーと他人事のように思っておりました。
正直申しますと、私はアリス様が見つかろうと見つからずともどっちでもいいのです。
この3人の騎士様に囲まれた幸せな生活を送れるのであれば、他のことはどうでもいいのです。
そうですね。
どちらかというとアリス様が見つからない方が私にとっては良いかもしれませんね。
あ、でも、いつまでも村々を転々とする生活は大変ですから、騎士様方との関係が十分に育まれた頃合いにアリス様には姿を現して欲しいものです。
ふふふ。

「ソフィア殿?」
「は、はい!?」
いけません。余計なことを考えていたばかりに変な声を出してしまいました。
「おっほん……なんでございましょう、ラインハルト様」
「いえ、ソフィア殿もお疲れかと思いまして。我々は放っておいて休まれてもいいんですよ?」
「そんな! 皆様が頑張られているのに自分だけ休むなどあり得ません!」
「しかし」
「非力な私では皆様のお役に立てることはないと分かっております。ですが! アリス様のメイドとして、せめてお側で皆様のお仕事を見守らせてもらえませんでしょうか!」
「ソフィア殿……」
ラインハルト様が感激した様子で私を見ます。
ふふふ、ちょろいですね。
これでラインハルト様の私に対する株は鰻登り。
このままいけば恋人になるのも時間の問題ですね。

「なんと健気な! まさに天使! いや、聖女!」
エイス様が恍惚とした表情で騒ぎ立てます。ちょっとうるさいですが悪くないですね。
「騒ぎすぎだぞ、エイス。声を落とさんか」
ラインハルト様が注意します。
「やはりソフィア殿は聖女の生まれ変わりであるな! 間違いない!」
うんうんと頷くエイス様。なにか自分の世界に入ってしまったようで、聞く耳を一切持ちません。
「まったく……どうしてこうなったのやら」
ラインハルト様はため息をつきました。
然り然りと恥ずかしがっていた彼の姿が懐かしく感じますね。

「少しいいか」
話し合いが遅々として進まない頃、アーノルド様が手を上げました。
「ん? アーノルドが意見するとは珍しいな。おいエイス、いい加減大人しくしろ」
「聖女万歳! 聖女万歳! 聖女万歳!」
なおも暴れるエイス様に、ラインハルト様は頭痛を堪えるような仕草をします。
「すまぬがソフィア殿お願いしても」
「……わかりました」
ラインハルト様にこうも頭を下げられては止めないわけにはいきません。
これもポイント稼ぎのためです。私は皆さんに対して平等なのです。
「エイス様? しーですよ」
唇に人差し指を当て静かになるようお願いすると、エイス様は一瞬で大人しくなってくれました。
ふふふ、赤くなっちゃって可愛いです。
「助かる、ソフィア殿」
「いえ」
エイス様のポイントを稼ぎつつ、ラインハルト様のポイントも稼ぐ。これぞ一石二鳥です。
「アーノルド、話を続けてくれ」
アーノルド様に向き直ったラインハルト様が促します。
「ーーああ。これは捜索中ずっと考えてきたことなのだが」
そう前置きして、
「アリス様は既に亡くなられているのではないか?」
突然アーノルド様はそんなことを言い出しました。
「なっ!」
思わず声が出そうになって慌てて口を押さえます。
会議を邪魔するのは良くないです。
「ふむ。根拠は?」
私と違いラインハルト様は冷静でした。どういう経緯でそう考えるのに至ったのかを聞き出します。
「特にない。しかしラインハルト貴様だって不自然だとは思わないか? アリス様はなぜこうも見つからない?」
「だから死んでいると?」
「ああ。騎士団が血眼に探して手掛かり一つ見つからないのは死んでるからだと考えるのが自然だ。大方、魔物にでも喰われたのだろう」
私だって考えなかったわけではありません。しかし、内心では思っていても今まで誰一人として口には出しませんでした。
それをアーノルド様は何事でもないように言います。
「私だってその可能性が頭をよぎったことはある。しかしアーノルド。その答えを出すのはまだ早計ではないのか?」
「その結果が今の状況だとしてもか。ただただ時間を浪費する先に何があると言うのだ」
まあ確かにここ最近は有力な手がかりもなく、捜索が停滞してる感じはありましたけど。
「仮に死んでいたとしてどうする」
「決まってるだろ。帰るんだよ」
「王都に帰還すると?」
「そうだ」
「却下だ」
ラインハルト様はピシャリと言い切ります。この隊の全権を持つのはラインハルト様です。アーノルド様が何を言おうとラインハルト様が首を振らない限り隊の方針は変わりません。
「なぜだ!? なぜ分からん! ラインハルト!」
「いや、貴様の考えはよくわかった。一理はあるだろうな」
「なら!」
アーノルド様は必死です。なにか焦っている様子です。
「我らに与えられた任務は、アリス様の捜索。この任務を達成しない限り、我らは王都に帰還しない。いや、できないと言っても良いだろう。成果なしに戻れば団長に殺される未来しか見えないからな、ははは」
「笑っている場合ではない! 我の予測通りあの娘が死んでいたらどうすると言うのだ!」
「そうだな。遺品を持っていくしかないだろうな。人を探すより難しいかもしれんな」
「くっ……!」
方針を変える気がないラインハルト様に対して、アーノルド様は奥歯を噛み締めるような苦い表情を浮かべました。

「それより、アーノルド。貴様変だぞ? なにをそんなに焦っている」
「我は焦ってなどおらん! 貴様が楽観的すぎるのだ!」
どうなんでしょうね。どっちもどっちな気もしますが。
「その辺で落ち着けよアーノルド。ラインハルトさんも困ってるだろ」
平行線な二人を見かねたエイス様がアーノルド様を宥めようとします。
そういう優しさ好きですよ、私は。
「エイスは黙ってろ!」
残念ながらアーノルド様には届かなかったみたいですが。
うーん。
私が動くしかないでしょうね。
「アーノルド様? 一旦お茶でもいかがですか? おそらく連日の捜索でお疲れなのですよ。休憩しましょう」
これでも私はメイドですからね。
お茶の淹れ方には自信があります。
私のお茶を飲めばアーノルド様だって少しは落ち着くはずです。
そう思って、お茶を差し出したのですが。

「うるさい黙れ! メイド風情が!」
「ーーきゃっ!」
私が出したお茶がアーノルド様の手によって払われ、私の腕に熱い紅茶が飛び散りました。
あっつううう!?
熱いという感覚のあと、腕がヒリヒリしてきます。
腕をまくると赤い痕がいくつか。
幸い衣服のおかげで大きな火傷を負うことにはならずに済んだようです。
「大丈夫ですかソフィア殿!?」
心配したラインハルト様が駆け寄ってくださりました。
しかも火傷した腕をコップの水で冷やしてくださいます。
ああ、なんて優しい方なのでしょうか。惚れてしまいそうです。いえ、すでに惚れてるんですけどね。
「アーノルド、女性に手をあげるとは見損なったぞ」
さらにアーノルド様を叱責する姿は格好良いとしか表現しようがありません。
「ふん、そのメイドが悪いのだ! 我に非はない!」
「貴様……!」
アーノルド様とラインハルト様の間に嫌な空気が流れ始めました。
流石にまずい気がします。
「あの私は大丈夫ですから。大した怪我にもなりませんでしたし」
「しかしソフィア殿!」
「ほんと大丈夫です。ラインハルト様、どうか怒りの矛をお納めください」
「ソフィア殿がそう言うのであれば引き下がりましょう。ーーアーノルド! 今の振る舞いは騎士に相応しいものではないぞ!」
なおも怒ってくださるラインハルト様。
もう好きです。大好きです。結婚してください。
「……ち」
対して、アーノルド様は何も返さず不機嫌そうに部屋を出て行こうとします。
謝罪の言葉がないことでラインハルト様はアーノルド様を追いかけようとしましたが、そっと止めておきました。
私としてはそんなことより、小競り合いにならずに済むほうが大事ですから。
ギクシャクした空気ほど嫌なものはありませんよ。
「ほっ……」
なんとかこの場は収まりそうだと安心した矢先。

私は自分が盛大な勘違いをしていることに気がつきました。

「貴様ぁぁぁぁああああああああ!! 聖女に手をあげるとは何様だぁぁぁあああああ!!」

エイス様の私に対する感情は、私の想像よりはるか上だったのです。
激昂したエイス様がアーノルド様の背中めがけて剣を振り下ろしました。
「アーノルド!!」
「アーノルド様!」
私とラインハルト様の声が重なります。危ないとか逃げてとかそんなことを悠長に言える時間はありません。
とにかく危険を知らせないと、そんな思いでした。

エイス様の剣がアーノルド様の背中に届くーーー瞬間。
目の前で閃光が爆ぜました。

ーーージャキン!

耳をつんざくような金属音。

「ぐはぁっ!!」

「え?」
私の口から出たのは間抜けな声でした。
なぜなら自分から仕掛けたはずのエイス様が床に転がっていたからです。
アーノルド様はというと、先ほどと何も変わらず普通に立っています。無傷です。
戦闘に詳しくない私でも何が起きたのかわかりました。
奇襲したはずのエイス様が返り討ちにあったのです。

「アーノルド、何をした?」
予想外の展開に戸惑う私とは異なり、ラインハルト様の行動は迅速でした。
剣を抜き、アーノルド様を警戒するように構えています。
ラインハルト様でも何が起きたのか分からなかったということでしょうか。

「ふっ」
「何を笑っている」
「いや、なに、お前のアホ面に笑いが込み上げてきただけだ」
「なんだと!?」
アーノルド様はラインハルト様に剣を向けられているのにも関わらず悠然と振る舞います。
「何をしたか、だったな。単純な答えだ。愚かにも我に剣を向けた雑魚を潰しただけだ」
そう言って、床に転がるエイス様を虫ケラ同然に蹴飛ばします。
「うぐっ!」苦悶に顔を歪めるエイス様。
「やめろ! 同じ騎士の仲間だぞ!」
「仲間? 仲間だって? こいつと我を一緒にするな! こんな雑魚を騎士と呼べるものか! 自分から仕掛けておいてなんて情けない! 弱者は弱者らしく振る舞っておけば良いものを!」
「うあ! がぁっ! ぐっ!」
アーノルド様は容赦なくエイス様を蹴飛ばします。
「だからやめろと言ってるだろう!」
我慢ならなくなったラインハルト様がアーノルド様に向かって走りました。
「ラインハルトと一騎打ちか。……面白い」
そこから先は何が起きているのか私の目では追えませんでした。
弾ける火花。金属がぶつかり合う音。二人の息遣い。
私が感じ取れる情報はそれだけでした。
そして。
どちらが有利だとか不利だとかそんなものを考える時間もないまま、決着がつきました。

「ーーぐぅっ!」

床に手をついたのはラインハルト様でした。
彼の白銀の鎧は真っ赤に染まっていました。

「アーノルド、貴様、実力を隠していたのか……」
ラインハルト様が力無き声を震わせました。
今にも倒れてしまいそうな勢いです。

「隠していたのではない。貴様らが弱過ぎて全力を出す機会がなかっただけに過ぎん」
「そうか……」

ーードスッ

ついにラインハルト様が力尽きるように倒れました。

「ラインハルト様っ!!」
私は悲鳴を上げることしかできません。
急いで駆け寄りますが、私には医療技術はありません。
どう治療して良いのかさっぱりです。
そもそもこんな傷で生きているのでしょうか。

「と、とりあえず止血をしないと……」
ラインハルト様の傷口に布を押し当てます。しかし、赤い血は一向に止まりません。
「もうすぐ死に絶える雑魚など放っておけばいいものを」
「そんなわけにはいきません!」
私の未来の旦那様になる可能性のある方です。
死なせるわけにはいきません。
「まあ、いい。メイド、貴様はどうする?」
アーノルド様がそんなことはどうでもいいと冷酷な目つきを向けてきました。
どうするとは、私の死に方を聞いているのでしょうね。
二人が殺される様を見られたアーノルド様からすれば、私は処分しておきたいでしょうから。
立ち向かって死ぬか、無抵抗で死ぬか。
選ばせてやる、て感じでしょうか。

「な、なぜこのようなことをするのですか?」
口から出たのはそんな言葉でした。対した時間稼ぎにならないのはわかっています。それでも私は生きたいのです。少しでも1分でも1秒でも生きたいのです。

「なぜ? 貴様も見ていたのだから分かるだろう。あいつらから切り掛かってきたから、返り討ちにしただけのことだ」
「そ、それはその通りです。け、けど、殺す必要もなかったんじゃありませんか」
「それは違うな。あいつらが弱者ゆえに死んだ。それだけのことだ。弱者は淘汰される。この世の断りだ。ーー話はそれだけか?」
ダメです。本当に対した時間稼ぎになりませんでした。
アーノルド様が一歩、二歩とこちらへ歩み寄ります。
ラインハルト様と相対したときとは異なり、余裕が見てとれます。私ごとき簡単に屠れるからでしょう。
まあその通りなのですが。
私は刻一刻と迫る死に恐怖しながらも懸命に頭を回転させていました。
どうすれば逃げれるのか。
どうすれば命乞いをできるのか。
どうすれば生きれるのか。
必死に考えました。
だって死にたくないですから!
私は恋人を作らず死ぬわけにはいかないのです!

「……ふふ」
そういえば前にもこんなことがありました。
あれはそう。
アリス様が失踪した直後のことでした。
私はアリス様を失踪させた罪でアルファード・キレイル様に呼び出され、責任を取るために殺されかけたのです。
今思い返してもよく生きていたものです。
正直運が良かったのでしょう。
しかし、今回は流石に無理かもしれません。
何も妙案が思いつきません。
私は抵抗する気も起きず、大人しく死を受け入れることにしました。

「無抵抗の死を選ぶか」

剣を振りかぶるアーノルド様と、あの時のアルファード・キレイル様の姿が重なりました。

今度こそ終わりです。
さよなら、私の人生。

「弱者で生まれたことを後悔するのだな」
弱者弱者ってうるさい人ですよ。
あなたの物差しで勝手に弱者と決めつけないで欲しいものですね。
まったく。

ついに振り下ろされる剣。
私の目には残像にしか見えないほどの剣速。
交わすのは不可避です。

「聖女さまぁぁああああああああ!!」
「きやぁっ!!」
その時、横から飛んできた何かに体当たりされました。
視界に飛び散る鮮血。
私の代わりに倒れる誰か。
「エイス様!?」
それはエイス様でした。
エイス様が私の身代わりとなってアーノルド様の剣を受け止めてくださったのです。
庇ってくださったのも驚きですが、まだ生きていたのも驚きです。
「エイス様! どうしてそのようなことを!」
「聖女様……お逃げください……」
それが彼の最後の言葉でした。

「これは驚いた。まだ息の根があったか」
アーノルド様は感心しているようでした。
私は怒りではらわたが煮え繰り返る思いでした。
人を殺しておきながら、何事もなかったような、まるでただ羽虫を殺しただけかのような、そんな態度が許せません。
しかし立ち向かっていったところで屍がひとつ増えるだけです。
怒りで我を忘れて殴りかかるなんてことはしません。
然りさん、いえ、エイス様に救ってもらった命。
無駄にしてはバチが当たるでしょうね。
「くっ……!」
私は走り出しました。
先ほどまでまでの考えは撤回です。
最後まで足掻いて足掻いて足掻きまくるのです。
全力で生きるのです。
死の直前まで生き続けるのです。
あわよくば生き残るのです。
それは自分のためでもあり、私を庇ってくれたエイス様のためでもあり、世界のためでもあります。
なぜなら私は美少女だから!
可愛いから!
私が死んだらこの世から可愛いが減るんですよ!?
世界にとっても大損失間違いなしです!

「逃げるか」
アーノルド様が追いかけてくるのがわかりました。
このくらい見逃してくれたっていいじゃありませんか!
なんなんですか、この人!
可愛い私に嫉妬してるんですか!?

焦る思いで取手に手をかけた直後、奥から扉が開かれました。
「こんな時に誰っ!?」

「た、大変です! ま、魔物の群れが村に! 皆さんのお力をお貸しください!」
村長が切羽詰まった声で現れました。

「そんな状況じゃないんですよ! どいてください!」
「うおっ!?」
こちとら今すぐに死にそうなんです。
魔物どころじゃありません。
村長を突き飛ばし私は逃げます。
「騎士殿!? 何をーーーぐはぁっ!?」
数秒後、背後で村長の悲鳴が聞こえました。
ごめんなさい、村長さん。
あとでお墓にお花を手向けさせていただきますので!
心の中で村長さんに謝罪します。
しかし感謝もするべきです。
村長さんが犠牲になってくださったおかげで、時間を稼ぐことができたのですから。

「出口です!」
外に飛び出した私の目に入ってきたのは、地獄絵図でした。

「うわぁぁあああああ! 逃げろぉぉおおおおお!」
「きゃー!」
「オークだ! 女子供を早く逃がせ!」
「救援はまだかぁぁあああ!?」
「いま村長が騎士様を呼びにいってる! もう少し耐え抜くんだ!」
「あと少しだみんな!」

ゴブリンやオーク、コボルドが徒労を組み村人たちを襲っていたのです。
「なんでこんなときに!!」
魔物が村を襲うなんてことは稀に起こることですが、今回は数が異常です。
十匹、二十匹なんてものじゃありません。
ゆうに100匹は超えるでしょう。
もしかしたらここの村人より多いのではないでしょうか。
今はなんとか抑えてるみたいですが時間の問題でしょう。
「ーーと、そんな悠長に分析してる場合じゃありません!」
背後を振り返ると、宿を出たアーノルド様が私を探しているのが見えました。
「ひえっ!」
その目が私を捉えたかと思うと全力ダッシュで追いかけてきます。
「なんでこっちくるですかっ!」
私も全力で逃げます。

「おいみろ! 騎士様だ! 騎士様が来てくださったぞ!」
「やった! これで全員助かる!」
「村長がうまく頼んでくれたみたいだ!」
「その村長はどこへ行ったんだ?」
「そんなことはどうでも良い! 騎士様! 助けてください!」
村人たちがアーノルド様に群がるのが見えました。
どうやら勘違いをして救援に来てくれたと思っているようです。
「チャンスです!」
村人たちがアーノルド様の足を鈍らせてくれました。
「邪魔だ。雑魚ども」
アーノルド様は対抗して邪魔する村人たちを切り刻んでいるようですが、それでも時間稼ぎにはなるでしょう。

魔物と村人たちの間を掻い潜るように逃げ、ついに私は村の外に出ることに成功したのでした。
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