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後日談【一般的とはほど遠い享楽的な休日】
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しおりを挟むそれから、どのくらいが経っただろう。
すっかり熟睡していた松葉瀬は、眉を寄せつつ起き上がる。
「……る、せェな……ッ」
けたたましく鳴り響く、インターフォン。
その音によって、松葉瀬の安眠が妨害されたのだから。
何度も鳴り続ける『ピンポンッ!』という音に応じる様、松葉瀬は後頭部を掻きつつ玄関へ向かう。
こんなにも腹立たしいことをする相手は、一人しかいない。
松葉瀬はインターフォンの相手を確認することもなく、扉を開いた。
「……おう、早かったな」
案の定、相手は矢車だ。
エコバッグに食材を詰め込んだ矢車は、目を丸くして松葉瀬を見上げる。
「もしかして、ホントのホントに寝ていたんですか? センパイ、ナマケモノなんですか? 二重の意味でナマケモノなんですかぁ? 髪の毛とか超ボサボサなんですけど、ウケるぅ」
「別にテメェには関係ねェだろ。俺の休日だぞ」
「センパイの休日を充実させるために買い出しをしたボクに対して、なにか一言くらいあってもいいんじゃないですかぁ?」
「『一言』だと? あー……。……もう少し遅く来てほしかったな。せめてあと、一時間くらい」
「完全に睡眠時間の確保じゃないですか!」
部屋の中に入った矢車は、相変わらずプンプンと憤慨していた。
結果として、矢車が望んでいた通り松葉瀬の部屋に来られたというのに、なにをプリプリしているのか。寝起きの松葉瀬には、イマイチ理解ができなかった。
矢車は一度、リビングにあるテーブルに食材が入ったエコバッグを置く。
そこに視線を向けた松葉瀬は、思わず碧色の目を丸くした。
「オイ、馬鹿。なんでこんな危ねェバランスのとこに卵を置いてんだよ」
「卵はいつでも見つめていたいんですよぉだ。それに、一番上に置いておかないと潰れちゃうかもしれないじゃないですかぁ」
「ヤッパリテメェは馬鹿だな。卵は上からの圧力には存外強いんだよ。こんなところに詰んだら、滑って落ちるかもしれねェだろ。そっちの方がよっぽど危険だ」
「ふぅん? でも、ボクについてこられない卵なら要りませぇん」
素直に『知りませんでした』の一言が言えたのなら、まだ可愛げがあっただろうに。
松葉瀬はエコバッグをジッと見つめて、眉を寄せる。
「お前、普段買い物とかしねェのかよ。デケェペットボトルは立てるんじゃなくて、一番下に敷いて土台にしろ。その方が安定するだろ」
「あーあーっ! センパイうるさいです! そんなに文句言うなら、買ってきた物全部持って帰っちゃいますよ!」
「善意からのアドバイスだろ。……そもそも俺、テメェにペットボトルの飲み物を買ってこいなんて言ってねェし」
「それはセンパイが『冷蔵庫になにもない』って言うから──」
すぐに、矢車はハッとしたような表情を浮かべた。
「……なにもないって、言っていたので……っ。だ、だから、ボクが飲む物もないんだろうなぁって! そう思ったから買ってきただけですぅ!」
プイッと顔を背けた矢車は、エコバッグを掴む。
そのまま我が物顔で冷蔵庫へ向かい、買ってきた食材を中へ詰め始めた。
……どこまでも、可愛げがない。矢車に対する素直な感想だ。
しかし、そんなところが妙に発光して見えるのだから、松葉瀬としては不思議な気分だった。
「テメェには水道水で十分だろ。いっちょ前に味の付いた物を飲もうとするのが間違いなんだっての」
「あぁもうっ! センパイ、ホントにうるさ──うわっ、ホントに冷蔵庫の中空っぽなんですねぇ。もしかしてこの冷蔵庫、買ったばかりなんですかぁ? それとも、無駄に電気代を使うのがシュミなんですぅ? センパイって、言動もそうですけど価値観も狂っていますよねぇ?」
「じゃあ、シチュー作っとけよ。俺は寝る」
「最低ですぅっ!」
矢車がギャンと吠えたので、松葉瀬は露骨に不愉快そうな表情を浮かべる。
これ以上、頭を使いたくはない。松葉瀬の休日はいつだって惰眠を貪ると決めているのだ。
松葉瀬は手を伸ばし、整った矢車の頭をポンと撫でた。
「あっ、え……っ?」
「俺に会うために、髪、セットしたんだろ。ご苦労さん」
「そっ、そんなんじゃ……っ! ……じ、自意識過剰すぎて、ウザいですぅ……っ」
「そうか、俺はウザいか。……じゃ、後は任せた」
松葉瀬は数回、矢車の頭を撫でる。
矢車の頬がほんのりと赤くなっていることに、松葉瀬は当然気付いていた。
だからこそ、松葉瀬は普段通りに矢車へ接するのだ。
「──調理時間は二時間がベストだ。それより早い場合はシチューとして認めねェから、そのつもりで作れよ」
「──だから! 完全に睡眠時間の確保じゃないですかぁっ!」
あくまでも、普段通りに。
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