83 / 89
後日談【一般的とはほど遠い享楽的な休日】
3
しおりを挟む松葉瀬は上体を起こし、矢車との通話に興じる。
妙な指摘を受けた矢車はと言うと、すぐに口を開き、反論を始めた。
『はぁっ? 全然好きじゃないですぅ、そういうのウザイですぅ。自意識過剰なセンパイ、ホンット気持ち悪いですぅ』
「あぁそうかよ、なら切るわ。もう迷惑行為はやめろよ。またすぐ同じことをしてきやがったら、次は本気で怒るからな」
『やっ、ストップストップ! もしかして、文句を言うためだけに電話をかけてきたんですか?』
「生憎と、俺はチマチマとメッセージのやり取りをするより、こうしてテメェのウザったい声を聞く方が楽なんだわ」
『えっ?』
矢車の声が、少しだけ高くなる。おそらく、驚きによって裏返ったのだろう。
ほんの少し、機嫌が良くなった。矢車の変化に気付いた松葉瀬は、すぐさま追い打ちをかける。
「なぁ、ウザビッチ」
『ウザくもないしビッチでもないので、返事しませぇん』
「なら、クソザコ後輩」
『クソでもザコでもないので、返事しませぇん』
「そうかよ。なら、面倒な恋人にひとつ提案だ」
『…………なん、ですか』
今の矢車はきっと、眉を寄せて唇を尖らせつつ、顔を赤くしているだろう。その様子が、まるで松葉瀬には見えているかのよう、鮮明に想像できた。
結局のところ、矢車は松葉瀬からの特別扱いに弱い。
たとえ【面倒な】という余計な形容詞がついていようと、関係性を【恋人】と明示されたのならば、矢車はなにも言えないのだ。
松葉瀬はゆるりと口角を上げつつ、電波の先にいる恋人へ語り掛けた。
「俺の冷蔵庫、今なにも入ってないんだわ。食材であるのは、米だけだ。……けど、俺は今メシが食いてェ」
『デリバリーサービスでも使えばいいんじゃないですかぁ?』
「アホが。最後まで聴け。……そうだな、シチューがいい。お前、シチューは作れるか?」
『もしかして、ボクのことバカにしてますぅ? シチューとカレーと肉じゃがくらい作れますよ。玉子焼きから要相談ですけど』
「ハッ、上等。なら、オーダーだ。シチューと玉子焼きの材料を買ってこい」
『はぁっ? なんでボクがそんなことしなくちゃいけないんですかぁ? ボクはセンパイのママじゃないですし、デリバリーサービスに登録をした覚えもないんですけどぉ?』
露骨に拗ね始めた矢車に気付いていながら、松葉瀬は囁くように呟く。
「──できるだろ、菊臣」
画面の向こうから、小さく息を呑む音が聞こえる。
矢車はいつも、天邪鬼でワガママで、本心を素直に言えない面倒な男だ。
しかし、松葉瀬は知っている。
『……まっ、まぁ、そうですね。センパイに恩を売っておくのは、悪い話じゃないですしね。い、いいですよ? センパイの可愛い恋人として、おつかいくらいしてあげなくもないですよ?』
──矢車は、とてつもなく松葉瀬のことを好いている。……ということを。
松葉瀬は起こした上体をもう一度倒し、ベッドの上に横たわる。
「そうかそうか、便利な──じゃなくて、健気な恋人だ。それじゃあ、後は任せるわ。俺は一回寝る」
『はぁあっ? ボクに頼みごとをしておいて自分だけグースカ寝るなんて、いったいどういう神経して──』
「頼んだぞ、菊臣」
『~っ! 後で倍の金額を請求してやりますからねっ!』
まるで捨て台詞のようなことを言い放った後、矢車の方から通話を切られたらしい。突如として、スマートフォンからなにも聞こえなくなったのだから。
松葉瀬は通話の切れたスマートフォンを眺めて、ため息を吐く。
「アイツ、チョロすぎてむしろ心配になるな」
素直にならないところは、大層可愛げがない。
しかしこうして簡単に踊らされる様は、あの松葉瀬が心配になってしまうほどだ。
……だが。
「……ふっ」
そんなところは、存外悪くない。
松葉瀬は口角を上げたまま、ゆっくりと瞳を閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
もう一度言って欲しいオレと思わず言ってしまったあいつの話する?
藍音
BL
ある日、親友の壮介はおれたちの友情をぶち壊すようなことを言い出したんだ。
なんで?どうして?
そんな二人の出会いから、二人の想いを綴るラブストーリーです。
片想い進行中の方、失恋経験のある方に是非読んでもらいたい、切ないお話です。
勇太と壮介の視点が交互に入れ替わりながら進みます。
お話の重複は可能な限り避けながら、ストーリーは進行していきます。
少しでもお楽しみいただけたら、嬉しいです。
(R4.11.3 全体に手を入れました)
【ちょこっとネタバレ】
番外編にて二人の想いが通じた後日譚を進行中。
BL大賞期間内に番外編も完結予定です。
壊すほどに、俺はお前に囚われている
氷月
BL
【後輩と先輩、交錯する心と体】
春、新学期の大学キャンパス。
4年の蓮(レン)は、人気者らしく女子に囲まれながらも、なぜか新入生・七瀬巧(タクミ)の姿を探してしまう自分に気づいていた。
彼は去年の秋、かつて蓮が想いを寄せていた男の恋人の友人として出会った相手。
――まさか、この俺様が、また男に惹かれるなんて。
否定しようとすればするほど、目はタクミを追ってしまう。
無邪気に笑う顔。ふと見せる真剣な横顔。
先輩と後輩、互いに抗えない感情に囚われながら、夏の学園を駆け抜けていく――。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
必要だって言われたい
ちゃがし
BL
<42歳絆され子持ちコピーライター×30歳モテる一途な恋の初心者営業マン>
樽前アタル42歳、子持ち、独身、広告代理店勤務のコピーライター、通称タルさん。
そんなしがない中年オヤジの俺にも、気にかけてくれる誰かというのはいるもので。
ひとまわり年下の後輩営業マン麝香要は、見た目がよく、仕事が出来、モテ盛りなのに、この5年間ずっと、俺のようなおっさんに毎年バレンタインチョコを渡してくれる。
それがこの5年間、ずっと俺の心の支えになっていた。
5年間変わらずに待ち続けてくれたから、今度は俺が少しずつその気持ちに答えていきたいと思う。
樽前 アタル(たるまえ あたる)42歳
広告代理店のコピーライター、通称タルさん。
妻を亡くしてからの10年間、高校生の一人息子、凛太郎とふたりで暮らしてきた。
息子が成人するまでは一番近くで見守りたいと願っているため、社内外の交流はほとんど断っている。
5年間、バレンタインの日にだけアプローチしてくる一回り年下の後輩営業マンが可愛いけれど、今はまだ息子が優先。
春からは息子が大学生となり、家を出ていく予定だ。
だからそれまでは、もうしばらく待っていてほしい。
麝香 要(じゃこう かなめ)30歳
広告代理店の営業マン。
見た目が良く仕事も出来るため、年齢=モテ期みたいな人生を送ってきた。
来るもの拒まず去る者追わずのスタンスなので経験人数は多いけれど、
タルさんに出会うまで、自分から人を好きになったことも、本気の恋もしたことがない。
そんな要が入社以来、ずっと片思いをしているタルさん。
1年間溜めに溜めた勇気を振り絞って、毎年バレンタインの日にだけアプローチをする。
この5年間、毎年食事に誘ってはみるけれど、シングルファザーのタルさんの第一優先は息子の凛太郎で、
要の誘いには1度も乗ってくれたことがない。
今年もダメもとで誘ってみると、なんと返事はOK。
舞い上がってしまってそれ以来、ポーカーフェイスが保てない。
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~
大波小波
BL
鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。
彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。
和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。
祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。
夕食も共にするほど、親しくなった二人。
しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。
それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。
浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。
そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。
彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる