スノードロップに触れられない

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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後日談【一般的とはほど遠い享楽的な休日】

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 松葉瀬は上体を起こし、矢車との通話に興じる。

 妙な指摘を受けた矢車はと言うと、すぐに口を開き、反論を始めた。


『はぁっ? 全然好きじゃないですぅ、そういうのウザイですぅ。自意識過剰なセンパイ、ホンット気持ち悪いですぅ』
「あぁそうかよ、なら切るわ。もう迷惑行為はやめろよ。またすぐ同じことをしてきやがったら、次は本気で怒るからな」
『やっ、ストップストップ! もしかして、文句を言うためだけに電話をかけてきたんですか?』
「生憎と、俺はチマチマとメッセージのやり取りをするより、こうしてテメェのウザったい声を聞く方が楽なんだわ」
『えっ?』


 矢車の声が、少しだけ高くなる。おそらく、驚きによって裏返ったのだろう。

 ほんの少し、機嫌が良くなった。矢車の変化に気付いた松葉瀬は、すぐさま追い打ちをかける。


「なぁ、ウザビッチ」
『ウザくもないしビッチでもないので、返事しませぇん』
「なら、クソザコ後輩」
『クソでもザコでもないので、返事しませぇん』
「そうかよ。なら、面倒な恋人にひとつ提案だ」
『…………なん、ですか』


 今の矢車はきっと、眉を寄せて唇を尖らせつつ、顔を赤くしているだろう。その様子が、まるで松葉瀬には見えているかのよう、鮮明に想像できた。

 結局のところ、矢車は松葉瀬からの特別扱いに弱い。
 たとえ【面倒な】という余計な形容詞がついていようと、関係性を【恋人】と明示されたのならば、矢車はなにも言えないのだ。

 松葉瀬はゆるりと口角を上げつつ、電波の先にいる恋人へ語り掛けた。


「俺の冷蔵庫、今なにも入ってないんだわ。食材であるのは、米だけだ。……けど、俺は今メシが食いてェ」
『デリバリーサービスでも使えばいいんじゃないですかぁ?』
「アホが。最後まで聴け。……そうだな、シチューがいい。お前、シチューは作れるか?」
『もしかして、ボクのことバカにしてますぅ? シチューとカレーと肉じゃがくらい作れますよ。玉子焼きから要相談ですけど』
「ハッ、上等。なら、オーダーだ。シチューと玉子焼きの材料を買ってこい」
『はぁっ? なんでボクがそんなことしなくちゃいけないんですかぁ? ボクはセンパイのママじゃないですし、デリバリーサービスに登録をした覚えもないんですけどぉ?』


 露骨に拗ね始めた矢車に気付いていながら、松葉瀬は囁くように呟く。


「──できるだろ、菊臣」


 画面の向こうから、小さく息を呑む音が聞こえる。

 矢車はいつも、天邪鬼でワガママで、本心を素直に言えない面倒な男だ。
 しかし、松葉瀬は知っている。


『……まっ、まぁ、そうですね。センパイに恩を売っておくのは、悪い話じゃないですしね。い、いいですよ? センパイの可愛い恋人として、おつかいくらいしてあげなくもないですよ?』


 ──矢車は、とてつもなく松葉瀬のことを好いている。……ということを。

 松葉瀬は起こした上体をもう一度倒し、ベッドの上に横たわる。


「そうかそうか、便利な──じゃなくて、健気な恋人だ。それじゃあ、後は任せるわ。俺は一回寝る」
『はぁあっ? ボクに頼みごとをしておいて自分だけグースカ寝るなんて、いったいどういう神経して──』
「頼んだぞ、菊臣」
『~っ! 後で倍の金額を請求してやりますからねっ!』


 まるで捨て台詞のようなことを言い放った後、矢車の方から通話を切られたらしい。突如として、スマートフォンからなにも聞こえなくなったのだから。

 松葉瀬は通話の切れたスマートフォンを眺めて、ため息を吐く。


「アイツ、チョロすぎてむしろ心配になるな」


 素直にならないところは、大層可愛げがない。
 しかしこうして簡単に踊らされる様は、あの松葉瀬が心配になってしまうほどだ。

 ……だが。


「……ふっ」


 そんなところは、存外悪くない。

 松葉瀬は口角を上げたまま、ゆっくりと瞳を閉じた。




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