父が腐男子で困ってます!

あさみ

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他校の王子

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学校の生徒会長と言えば、現実よりもマンガやアニメの人物を思い浮かべる人が多いだろう。
マンガなどでは頭脳明晰で美形、スタイル抜群でおまけにお金持ちという設定がよくある。

実際、了のいるこの学校の生徒会長、小清水隼人はマンガから出てきたような完璧な人物だ。
腐男子の変態だという事を除けば。
ただ、了の前以外ではいたって普通なので、その正体に気付いている人間は少ないように思えた。
生憎、金持ちかどうかは知らなかったが、見た目からは育ちの良さが窺えた。

顔はイケメン、性格は人助けが趣味のような人間だ。
これほどまでに生徒会長に相応しい人間はいないと思えた。
けれどそんな隼人ですら、王子というあだ名はついてはいない。

H高校にいる、王子というあだ名の生徒会長。
了はその人物がとても気になっていた。



その日、生徒会室に先に来ていた了は夏帆に声をかけた。
「あの、この前話していたH高校の王子って、その……どんな人ですか?」
了が聞くと夏帆は笑顔になった。

「え、王子の事気になる? ふふ、まぁ、そうだよね。だって王子ってあだ名だもんね」
「えっと、もしかして王子とかいう苗字とか名前とかいうオチですか?」
了の問いに夏帆は手を振る。
「違うよ。王子はただのあだ名だよ。女子みんながそう呼びたくなる人物なの」
ハートマークが見えそうな顔で夏帆は言った。
これはやはり少女漫画から出てきた系の、お金持ちのイケメン、しかも穏やかな人徳者というヤツだろうか。
了が考えていると二人のやり取りを見ていた人物が声を出した。

「あんまり期待しない方が良いよ」

了は視線を向けた。生徒会会計の戸坂誠だ。
誠は小柄で地味な雰囲気の少年だった。
ミツルと同じく寡黙な印象だが、ミツルのような鋭さはない。

「えっと、それってどういう意味ですか?」
了が聞くと誠は小声で答える。

「女子には人気があるけど、男子からするとちょっとね……」
「それはつまり女子には甘い言葉を囁くが、男子には辛辣という事でしょうか?」
マンガでは割とよくある設定だなと思った。
見た目は王子様だが、中身はキザなプレイボーイ系で、男子はザコ扱い。
そういうキャラはよくいる。

誠はポリポリと頬をかいた。
「いや、上手く伝えられてないな。別に彼は嫌な人じゃないんだよ。女子に比べて男子の扱いが悪いとかじゃないよ。ただちょっと同じ男子からすると怖い人なんだよ」

怖いの意味がわからなかった。
ミツルのような不良、いわゆる元ヤンなのだろうか。
ただ隼人も、よく知らない時は優等生すぎて近寄りがたい雰囲気があった。
他校の王子もそういう系なのだろうか。
考えているとドアが開いた。
隼人とミツルだった。
二人が椅子に座ると、隣の部屋からみどりと貴一がお茶を運んできた。

了は隼人の顔を見ながら、他校の王子の想像をしていた。
やっぱり顔はこのレベルの美形だろうか。
背も同じ位だとしたら180センチ位あるだろう。
生徒会長をしているんだから頭が良い、あるいはキレる人物だろう。
当然仕事も出来るし人望もある。
ああ、そっか。完璧すぎて怖いという意味かと、誠の言葉に納得した時だった。

「さっきから俺の事をじっと見つめているようだが?」
隼人に声をかけられた。
了は慌てて手を振る。
「ち、違います。ちょっと考え事をしていただけで……」
「そう照れるな。美しい物を見たくなるのは自然な事だ」
「……」
この人、やっぱりちょっと変だよなと思った。
この発言はナルシストというよりも、事実を言って何がおかしいんだ? という発想に思える。
ナルシストよりある意味すごい。

「二人きりの時ならいくらでも俺を見て構わないが、今はどうせならキイチを見てくれ。君達が見つめ合い、うっかり欲情したキイチがキスをするなんてシーンを妄想すると堪らないよ。犬系男子攻めも大好物だ」
「他の生徒会の人達がドン引いてるんで、そういう発言はやめた方が良いと思いますよ!」
了は全力で突っ込んだ。
隼人は顔の前で手を組んで平然と笑う。

「誰も気にしていないぞ」
「え?」
了は端から顔を見ていく。
夏帆は嬉しそうに目を輝かせている。この目には覚えがある。腐女子の目だ。やはり人類の女子の90パーセント以上は腐女子なんだろうか。
その横のミツルはいつもと同じ鋭い視線で了を睨んでいた。
「ほら、相馬さんが怒ってますよ!?」
「いや、俺のこの顔は普通の顔だ。ハヤトの発言のせいではない。いや、もっと言えばお前を見る時は必ずこの顔だ」
「俺の事嫌いなの隠してないですね!?」
つい突っ込んでしまった。
ミツルは無表情に頷いた。

「でもお前の事を認めてはいるよ。ハヤトが連れてきたんだからな。それにハヤトがBLが好きな事も理解しているから、そんな発言も問題ない」
「あー、そーですかー」
棒読みになってしまった。嫌いは否定してもらえなかった。

了は右手に座っていた誠を見た。
誠はズズっと緑茶をすすってから呟く。
「今更、会長にここのメンバーが驚くとか呆れるとかあると思うかな? そもそもBL妄想も相手は僕じゃないし、好きにしたら良いよ」
「それって自分が被害者の時は良くないって意味では?」
誠は湯呑を手の平で包み込んで答える。
「うん。でも今のトコ僕は部外者だから、この展開楽しませてもらうよ」
誠は物静かで理性的に見えたので、もしや自分の味方になってくれるのでは思っていたが期待外れだった。

最後に貴一の顔を見た。貴一は困ったような顔で、笑顔を作りながら隼人に訊ねる。
「えっと、これは期待に応えてキスしたら良い展開ですか?」
「ぜんぜん違うよ!」
突っ込む了の横にカメラを構えたみどりが立つ。
「カメラの準備は出来てます! いつでもOKです!」
「OKじゃないよ!」
生徒会でも了は全力で突っ込む羽目になっていた。




打ち合わせが終わり廊下に出ると、隼人に声をかけられた。
「何か俺に聞きたい事があるって顔をしていたな」
さっきはふざけていたが、お見通しなんだなと驚いた。
さすが世直し生徒会長だ。

了は隼人と並んで歩きながら言う。
「えっと、その他校の王子ってどんな人なのかなと思って」
言ってから失敗したと気付いた。
興味があるのかと、また興奮して他校の王子×リョウのBL妄想を語られると思った。
けれど予想に反して隼人は静かだった。

「ああ。森川君の事か」
「森川……」
「ああ、森川圭。H高校2年の生徒会長だ」
隼人の顔が嬉しそうに見えた。目を細めて微笑んでいる。

「えっと、その、どういう人ですか?」
「どういう人?」
隼人は少し考えるように上を見てから語りだした。

「彼は本当に優秀な人だよ。同じ生徒会長として尊敬もしている。とにかく仕事が出来るし、頭の回転が早い。人に指示を出すのも上手いし、ドラムも上手い」
「えっと、最後の一言の意味がわからなかったんですが……」
了が首を傾げると隼人は笑った。

「ああ、すまない。最後のはそのままの意味だ。彼はバンドでドラムを担当している。それがプロ級に上手い」
「バンド!? え、もしかして小清水さんもそのバンドに入っていてボーカルとかしてるとかそういう話ですか? もしや各高校の生徒会長がやってる生徒会長バンドとか!?」
「いや、そんな事はない」
否定された。でも隼人は微笑んだ。
「だが、それはなかなかに良い案だな。生徒会長バンドか。今度森川君に打診してみよう」
意外と乗り気だった。

「そう言えば、その森川さんと俺のBL妄想はしないんですね?」
気になったので聞いてみた。
すると隼人は自分の顎をつまんだ。

「ああ、彼は君とのそういう妄想をするのも憚られるような人物なんだよ」
「……えっと、それはどういう意味ですか?」
BL妄想するのも難しい位、不細工なのかと考えた。
でも王子というあだ名だし、それはないかと思いなおす。

「言っただろう。尊敬しているし、なんというか、そういう想像とは縁遠い人なんだよ」
高貴すぎるという意味だろうか。
ますます王子こと森川圭という人物が気になった。
そんな了を見て隼人が微笑んだ。

「気になっているようだな。まぁ、そんなに焦らずとも今週末には会えるんだ。楽しみにしていると良い」
楽しそうな隼人の顔に、一抹の不安がよぎった。
了の不幸や困る様子を隼人が楽しみにしているという風に感じられたからだ。
今週末のH高校の文化祭見学が少し不安になった。





H高校文化祭見学当日。
了は駅で待ちあわせた生徒会メンバーと一緒にH高校に向かった。
校舎は丘の上の高台にあった。
どうして学校というのは山の上にあるんだろう?
了は息を切らしながら考えた。

正門の前に来ると入口から出店が続いていた。
焼き鳥やフランクフルトが売られている。

「なんか、夏祭りや桜祭りに来たみたいだ」
どちらも幼馴染の剛輝と一緒に行った思い出がある。
「買い食いは後にしろよ。まずはここの生徒会に挨拶だからな」
ミツルに釘を刺されてしまった。

「真っ直ぐ生徒会室に来てくれって事だよ」
隼人がスマホを見ながら言った。どうやら個人的に連絡先交換をしているみたいだ。
了はキョロキョロと他校の文化祭の様子を眺めながら進んだ。
一般の来客が多く、校内は賑わって見えた。

校舎の2階に上がると、隼人は迷う事なく廊下を進んだ。
何回か来ているらしいから、場所を覚えているのだろう。

廊下の奥で隼人は立ち止まり、ドアをノックした。
心の準備も出来ず緊張している中、ドアが開かれた。

「お待ちしてました!」
明るい声で一人の生徒が現れた。
「ああ、奥村君、久しぶり」
隼人が挨拶して中に入るので、みんなでそれに続いた。

入ってすぐに正面を見た。そこに一人の少年が立っていた。
「やぁ、いらっしゃい」

了は目を見開いた。
この人が森川圭?

了には彼が王子と呼ばれる生徒会長なのか自信が持てなかった。
想像と違いすぎていたからだ。
身長はほぼ女子サイズ。160センチ位に見える。しかもほんの少しだけふくよかだ。
太っているという程ではない。ただ少し丸いという印象だ。
髪型はいわゆるマッシュルームカット。色は茶色っぽい。
顔は美形というより童顔で、子供のような可愛さがある。

これのどこが王子?
首を傾げそうになった時、後から入ってきた夏帆が声を上げた。
「きゃ、王子! お久しぶりです!」
どうやらこれが王子で間違いないようだった。
しかも夏帆はすぐに彼に近づき、両手を組んで見つめている。目は完全にハートだ。

「今日はほかのメンツは仕事で出払っているから、俺達二人で君達を案内する事になる」
「構わないよ。よろしく」
生徒会長二人が握手を交わした。

王子と一般人にしか見えないなと了は思った。
この二人を並べると、間違いなく王子は隼人だろう。
そう考えていると圭が了と貴一を見た。
「彼らは?」
「ああ、紹介するよ、うちの新しい生徒会メンバー。こっちが尾崎了でその横にいるのが佐川貴一」
「ふーん」
観察するように目を細めながら圭は了と貴一を見る。
そしてうんうんというように頷いた。

「うん、なかなか良い下僕になりそうだな。二人共打たれ強そうだ」

辛辣なセリフだった。
どう反応して良いか悩んでいると、夏帆が両手を組んだまま言う。

「私も王子の下僕になりたいです。王子のお屋敷でお仕えさせて頂けませんか?」
「俺の屋敷は普通の戸建てだから、使用人は必要ないんだけど?」
「私は犬小屋に住み込みでも無休でもかまいません! ただ王子の側にいさせて下さい!」
「犬も飼ってないよ」
「じゃあ、床でも良いです!」
「……」
了はドン引いていた。夏帆は普通の人だと思っていたのだが、それもちょっと違ったようだ。
何故か圭の前ではへりくだっている。

言葉をなくしていた了に、誠が呟いた。
「気にしないでくれ。恋は盲目というヤツ。いや、恋は人を変えるが正しいかな?」
どうやら夏帆は圭の事が好きらしい。

ふと圭の横にいる人物に目がいった。最初にドアを開けてくれた生徒だ。
見た目はごく普通の生徒だった。黒い髪に特徴の少ない顔。
それこそ他の生徒とまぎれたら区別も難しいような、ごくありふれた容姿の人物だった。

「ああ、そこの二人は初対面だね。俺の下僕の奥沢ミノルだ」
あれっと思った。さっき隼人は奥村君と呼んでいた。
「ちょっと待って! ちゃんと説明して! 俺の名前は奥村実だから奥沢じゃないから!」
「どっちでも良いだろう。下僕の名前なんか」
「そもそも下僕じゃないし! 生徒会副会長だし!」
突っ込む実の横で圭が言う。
「そういう役職名がついた、ただの下僕だ。君達も遠慮なくこいつの事は下僕と呼んでくれ」
「他校の人達に変な事言わないでくれる? そもそも俺達同学年の友達だから! 上下関係とかないから!」
「いや、普通にあるだろ? あんまりうるさいとギロチン台に送るよ?」

そのセリフを聞いた瞬間、了は理解した。
この人が何故王子というあだ名なのか。
まず性格が横暴な王様系だ。でも小柄で可愛らしい顔つきなので王様というより、王子という印象だ。
さらにこのキノコヘアと身長は、絵本に出てくる白タイツにカボチャパンツ姿が似合いそうだ。

うん、王子だなと了は納得した。

「王子は相変わらず毒舌ですね! そんな所がまた素敵です!」
夏帆がハートをビシバシ飛ばしながら言った。
そのハートを全部叩き落す勢いで、圭は無視して隼人に話しかける。

「ハヤトはいつ見てもイケメンだな。お前と歩くと、うちの学校の女子がうるさくて困るよ」
隼人は腰に手を当てる。
「いや、俺も君程の人気はないよ。俺の場合はただ外見を騒がれているだけだからな、君のように内面の魅力ではない」
圭はふっと笑った。
「相変わらずだな。顔が良いって言うのは否定しないもんな。お前のそういうトコ、好きだよ」
「俺も君の事を尊敬してるよ」

なんだよ、相思相愛かよと、突っ込みたくなった。
先程の下僕扱いの実とは態度がぜんぜん違うなと思い、了はそちらを見た。
すると了の事を凝視していた実と目が合った。

「君は尾崎了君ていったよね?」
「あ、はい……」
実は了の手をぎゅっと掴んで顔を寄せた。
「なんだか、君とは通じるものがあるよ! お互い虐げられる立場で苦労するね!」
「え、あ、はい……」
俺は下僕じゃないと言いたかったが、いや、同じ扱いだなと思いなおした。
「……そうですね。お互い苦労しますね」
なんだかシンパシーを感じてしまった。


圭と実の案内で校内を見学した。
了は高校の文化祭に来るのは初めてだった。
テレビドラマやマンガで見たような出し物や出店が多かった。
最近のはやりの食べ物や映えスポットなどもあり、視察に来たのだが普通に楽しめた。



校舎から体育館に向かう渡り廊下を歩いている時だった。
前方からスレンダーな体系の少女が走ってきた。
猛スピードだったが圭を見ると一瞬で立ち止まり、向きを変えた。
「会長! 会えて良かった! そこでちょっとトラブルです!」
指をさした先に人だかりが見えた。
圭が目を細める。
「トラブルって?」
「はい、俺の彼女をナンパしたなとか、してないとかで男子二人がもめてます」
「そうか」
圭は走るでもなく真っ直ぐに歩きだした。その余裕ぶりに彼の背中にマントが見えた気がした。
了達も一緒に人だかりに向かう。

言い争っている二人の前に来ると、圭は静かに声を出した。
「俺の治める学校の文化祭で喧嘩とは良い度胸だな」
圭の声に二人の男子生徒は顔を向けた。
「森川……」
一人は怯えた顔で圭を見た。もう一人は他校の生徒のようで、圭の事を知らない様子だった。
「誰だよ、このちびっこ」
圭の眉がつり上がった。
「もしかしてお前は俺をチビって言ったのかな?」
圭は自分より背の高い男の胸元を掴んで引きよせた。
無理やり顔を寄せられた男は驚きながら声を出す。
「な、なんだよ……」
圭は冷静な声で告げる。
「他校の文化祭を荒らしに来たと、問題行動を告発する事も出来るがどうする? 高校中退して、この先、社会的に抹殺されて引きこもりで過ごしたいか?」
「……」
男は怯えたように圭を見た後で、その手から逃れた。
「別に問題起こそうとしたワケじゃないよ! ただ女の子に声かけただけだし! って、俺もう行かないとっ」
男は逃げるように立ち去った。
残された一人と彼女らしき少女が圭に頭を下げた。

「会長、すみません。ご迷惑をおかけしました」
「森川君ありがとう、ケンカになりそうでちょっと怖かったんだ」
少年の方は怯えたように何度も頭を下げた。彼女の方は尊敬のまなざしに見える。
「別に構わないよ。ただ他校の生徒はどんな人間がいるか分からないから気をつけてくれ」
「「はい」」
二人共深くお辞儀をしていた。
圭はそれを見ると隼人の元にやってきた。

「すまないね、案内の途中に」
「いや、構わないよ」
圭は了と貴一に視線を向けた。
「彼女の紹介がまだだったね」
圭はスレンダーな少女を見た。
「彼女は生徒会のメンバーの一人だ。今日は校内の巡回をしてもらっていたんだ」
少女は了と貴一に向かって頭を下げた。
「真崎リンです。運動神経が良いんで、生徒会の隠密、スパイ、闇討ちを担当している忍です。よろしくお願いします」
どう突っ込んで良いのか分からなかった。
どこの生徒会もちょっとアレな人が多いんだなと思った。

「じゃ、目的地だった体育館に行こうか」
圭が歩き出したのでついていった。
体育館では各クラスや部活がステージを利用した出し物を行っている。
それを見に行く途中だった。


体育館では丁度演劇部の劇が上演されていた。
最近のエンタメの流行りだからか、男同士のロミジュリというBL展開の話だった。
非常に気まずかった。隼人がどういう反応をするのか心配になる。

劇が終わった。
了はビクビクしていたのだが、意外な事に隼人は無反応だった。
その横で圭が口を開く。
「芝居は悪くないが脚本がイマイチだな。主役二人をわざわざ男同士にした意味が見いだせない」
「同感だな」
どうやら二人共お気に召さなかったようだ。
「男同士という心の葛藤を描くか、逆にギャグに振り切るかすれば良いモノをこれじゃただジュリエットを男にしただけだ」
本好きの隼人らしい指摘だった。
圭がニヤリと笑う。

「奥沢、お前の意見は? もっと卑猥な展開が見たかったとかないか?」
「だから俺の名前は奥村だし! 卑猥な展開とか望んでないし! あと君が今飲んでるお茶は、俺が席においておいたヤツだよね!? 勝手に飲んでいるよね!? って、今、ツバを注ぎ込んだでしょ!? 勘弁してよもう!」

実の扱いは了よりも酷いなと思った。
了が同情するレベルだ。

「じゃ、俺はそろそろ出番だからちょっと外すよ」
圭は隼人に声をかけると歩き出した。実はそれを慌てて追いかけている。
「えっと、彼はどこに?」
了が聞くと隼人はステージを指さした。見るとステージにドラムセットが置かれていた。
マイクスタンドやスピーカーなども見える。
いつの間にか前方にあった椅子も片付けられ、人だかりが見えた。
「え、これって?」
「今から森川君のバンドの演奏が見られるって事だよ」

気付くとステージの上には楽器を持って準備をしている人達がいた。
中央の後方にドラムが置かれ、そこに圭が座っていた。
圭はスティックでカンと音を立てる。
「やっぱり上手いな」
呟いた隼人をマジマジと見つめる。
「え、何が? 今、シンバルみたいのを一回叩いただけですよね? それで何が上手いんですか?」
「音の響きが違うだろ?」
了にはまったくわからなかった。


暫くすると会場が暗くなった。今まで各々の楽器が無造作に音を出していたように思ったが、それが一つの曲のようにまとまっていく。
ギターを持ったボーカルがマイクスタンドを掴む。
「ようこそ、学園祭へ。今日は短い時間ですが俺達の曲を楽しんで下さい」
大歓声が上がった。
どうやらこのバンドはH高校内では人気があるようだった。
「すごい熱気ですね」
貴一が呟くと隼人が頷いた。
「彼らのバンドは校内イベントがある度にライブをしているようだから、すっかりみんなファンなんだよ」
「特に王子が格好良いんで、女子には大人気ですよ」
夏帆がステージを見たまま手を組んで言った。

曲が始まった。
初めてのライブは衝撃的だった。
爆音で会話が出来ない。音が振動となって体を震わせていく。
ライブというものは、耳ではなく体で音を聞くのだと了は知った。




ライブはあっという間に終わってしまった。
衝撃が大きくて上手く感想も出なかった。
ただ圭が特別だというのはなんとなく了にも分かった。
ドラムの上手いヘタはわからないのだが、圭のドラムの音だけが飛びぬけて聞こえてきた。
それだけ印象に残る音を出していたという事だろう。

放心していると圭が戻ってきた。
「どうだった?」
感動した事を伝えたかったが、先に夏帆が一歩前に出た。
「感動しました! もう本当に素敵でした! ボーカルも曲も詞も良かったけど、特に王子のドラムが最高でした!」
先を越されたが、すべて夏帆と同意見だった。

「え、ボーカルも良かった? 凄い嬉しいな」
呟いたのは実だった。
「え、ええ!? もしかして今のバンドのボーカルって?」
「え、俺だけど?」
まったく気づかなかった。
目立たない人だとは思っていたけど、ここまで空気になれるんだろうか。
いや、逆なのか。
ステージでは別人のようだったから気付かなかった?
了は巻き戻してもう一度ステージを見たい気分になっていた。

バンドの演奏が今日のメインだったようで、体育館での出し物が終了した。
了達は視察を終え帰宅となった。

「今年は俺達も、お前らの学校の文化祭、見に行かせてもらうからな」
圭が言うと隼人は頷いた。
「また会えるのを楽しみにしてるよ」
「あ、俺も行くんでよろしくお願いします」
実が言うと圭が腕を組んだ。
「お前は家で留守番だ。シンデレラになりたかったら女装して馬車に乗って来い」
「別に俺は舞踏会に王子に会いに行くんじゃないから!」
了はすっかり二人のやり取りに慣れていた。
普段からこうなんだろう。そしてこれは仲が良い証拠なのだと思った。

ふと横を見ると、隼人が複雑な表情で二人を見ている事に気付いた。


校門を出て、坂道を下りながら、了は隼人に声をかけた。
「なんかさっき難しい顔してました?」
何か心配事でもあるんだろうか。
隼人は顎をつまんで考えるような顔をしていたが、やがて口を開いた。

「先日、君に森川×リョウのBL妄想はしないのかと聞かれ、俺は彼はそういう存在ではないと答えた」
「え、ああ、そうですね」
「でもあれはちょっと違うと気付いた」
「え?」
思わず声が出た。
やっぱり森川×リョウの妄想で楽しみたいのだろうか。
いや、でもそれにしてはいつものように隼人は妄想を口にしない。
了が疑問に思っていると、隼人は普段の調子で熱く語りだした。

「そう、俺は間違っていた! 何で森川君では妄想を楽しめなかったのか、それはつまり君達の生きている世界が違ったからだ!」
「は?」
意味が理解できなかった。そんな了にお構いなしで隼人は語り続ける。

「こう考えてみて欲しい。君は俺の読んでいる本の主人公だ。この本の中では、君は総受けで、出てくる男は全部君の恋愛相手だ」
「いや、違うし」
了の小さな突っ込みはスルーされる。
「でも今日、ここに来て分かった。森川君は他の本の登場人物だったんだ」
「違う本って他校だから?」
隼人は頷いた。
「そう、他校というのは他の本、つまり他の世界という意味だ。俺は元々同じ世界線の物語では主人公総受け主義だ。スピンオフとか脇カプなんて必要がない。いや、邪魔でしかないという主義だ。でも本が違えば別だ。違う本には違う主人公がいて、そこでまたその主人公総受けを楽しむ事が出来る。そして森川君は他の本の登場人物で、彼にはふさわしい相手役がいるという事に気付いた」
「相手役?」
了は聞き流せなかった。それはもしや……。
隼人は拳を握りしめた。

「そう、奥村実君だ! こっちの本の中は彼が主人公で総受け。いや、ここは運命的なカップリングという事で相手役は森川君に限定しても良い位だ! 彼らはそれ位の固定カプ感を出していた!」

了は実に心底同情していた。元々不幸体質そうだったが、今後は隼人の妄想にも振り回される事になるんだろう。




夜。了の話を聞いた宗親は黙って頷いた。
「俺はハヤト君の言いたい事がよくわかるよ」
了にはイマイチ理解が出来ていなかった。

「俺はわからないよ。そもそも違う本とか世界線って言ってたけど、俺達同じ世界で生きてるしさ」
「まぁ、そうだろうな。でも普通の本とかアニメに例えたらわかりやすいんじゃないか? その作品ごとに好きなキャラがいて、どれも作品ごとに一番で、他の作品の一番と比べてどっちか選ぶのは難しい」
「ああ、確かに……うん、それぞれに一番だな」
作品毎に一番好きなキャラがいて、その中から一番中の一番を選べと言われても選べない。
というか決める必要もないだろう。別世界なんだ。

「あ、なんかすっきりわかった」
了が呟くと宗親は笑った。
そしていつものように勢いよく話しだす。

「ハヤト君はリョウの事を本の主人公と捉えてBL妄想しているようだが、俺は現実として見ている。他の本や他の世界の主人公など存在しない。だからリョウ、安心してくれ! 俺はケイ×リョウも推せる!」
「いや、安心じゃないって! やっぱ父さんが一番俺にとって迷惑だよ!」

了は全力で宗親に突っ込んでいた。




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