父が腐男子で困ってます!

あさみ

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青春だね

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H高校の文化祭を見学に行ってから数日後。
了の通う高校も文化祭の準備が進んでいた。
開催は二日間。そのうちの一日が一般公開の日となっていた。

「え、文化祭当日って仕事がないんですか?」
了は意外な思いで隼人に問いかけた。

尾崎家に遊びに来ていた隼人はソファに座り、足を組んだ格好で頷く。
「ああ、ないよ。当日は文化祭実行委員が取り仕切ってるからね、俺達は普通に見学するだけ」
「そうなんですか? てっきり見回りみたいなのがあると思ってました」
「まぁ、見回りも見学も変わりがないと言えばないが」
確かにと思った。

「でも森川君と奥村君が来る予定だからね、彼等の案内という仕事はあるよ」
「あの二人来るんですね」
思わず声が弾んだ。
なんだかんだと王子の魅力にやられてしまったのか、あるいは実への共感か。
了はあの二人に会えると思うと嬉しかった。

「俺が案内するから君は付き合わなくても良いぞ」
「え、そうなんですか?」
「まぁ、来たいなら付き合ってくれてもかまわないが」
「えっと挨拶には行きたいです。でも友達とも回りたいんで自由時間は欲しいです」
了の言葉に隼人は身を乗り出した。

「わかっているよ! 文化祭と言えばラブラブイベントが起きるのが定番! 女装メイドカフェでモテまくる君を見て、カナデ君やミズキ
君が嫉妬で暴走するというヤツだ! カナデ君が抜け駆けして、それに怒ったミズキ君がリョウを奪い返すなんていう展開もお約束だ! そして今まで気づかなかった恋心にも気付く場でもある! ああ、ここでついにヒビキ君も君に恋に落ちるんだな!」
「全部ないです! 俺はメイドの格好なんかしません! てかうちの学校の出し物にそんなのないって知ってますよね!? ヒビキが恋に落ちるとかもないですから!」
全力で突っ込んだ了に、隼人は冷静な顔を向ける。

「カナデ君とミズキ君の恋のバトルは否定しないんだな? まぁ、実際ありそうだからな」
了は額を押さえる。
「突っ込み忘れただけです」
だがしかし、そういう展開は絶対にないとは言えないなと思った。
問題が起こらないように細心の注意を払わないといけない。

「相変わらず二人で楽しそうだな。俺はハヤト×リョウも最高のカップリングだと思っているんだが」
宗親がティーセットを運んできてテーブルに並べる。
隼人はそれを見ながら髪をかきあげる。
「そうですね、それもアリではあるんですが、俺は最後で良いですよ。まずはカナデ君やミズキ君などを推して下さい。他の人物の要素がない時は俺が全力でリョウを口説きますから」
いつもの調子の隼人を、宗親はまじまじと見つめた。

「ハヤト君はそれで本当に良いのかな?」
「え?」
普段と違う宗親の真剣な様子に、隼人の動きが止まる。
宗親は手にトレイを持ったまま問いかける。

「もし本当にリョウが他の誰かを好きになって付き合ったら、君は後悔しないかな?」
「……」
二人の間の空気が変わっていた。
それを見ながら了も緊張していた。

何で俺は緊張してるんだ?
こんなの父さんのいつもの悪ふざけだ。小清水さんも普段のノリで返せば良いのに、なんで二人は黙り込んでるんだ!?
了は叫びだしたい気分だった。この緊張感が耐えられない。

「は……」
隼人が息を吐いた。そして。
「ははは……良いですね、その展開。うん、最高にシビれました。こうやって今まで攻めの対象外だった人間が攻めキャラになっていく。うん、やっぱり良いです。さすが先生、萌えのポイントをわかっている」
隼人がいつもの調子になった。
すると宗親もニコリと笑った。
「ふふ、そうだろう? こんな風にその気がない人物を攻めにするのが良いんだよ。今まで恋愛対象外だと思っていた人物が新たに加わると盛り上がるだろう?」
「はい、さすが先生です!」
隼人は笑顔を見せると出されたティーカップに手を伸ばした。
「いただきます」
「ああ、どうぞ……」
宗親はトレイを持って立ち上がった。隼人を見て微笑んでいる。
でも何故か、了はその目が気になった。
宗親のその目が、何か含んでいるように見えた。

「あ、そうだ。俺はシオン君と見学に行くんだが、リョウはシオン君を案内する時間はあるのかな?」
「え、シオンさん来るの?」
初耳だった。
宗親はニコリと笑う。

「当然だろう? こんなBL展開でも盛り上がるイベントを俺が無視するとでも?」
ぬかりがないなと思った。
「リョウ、もちろんシオン君を案内してくれるだろう?」
了は頭をかきながら答える。
「それは、まぁ、もちろん良いけど」
「ああ、あとミズキ君とカナデ君ともそれぞれデートの時間を用意してくれよ?」
「え?」
言葉が出ない了に宗親は微笑む。

「こんな大事なイベントだ。それぞれ平等にチャンスは作るべきだろう?」
宗親は振り返って隼人に声をかけた。
「ハヤト君はどうかな? リョウと二人で過ごす時間が欲しくないかな?」

ドキリとした。
了が緊張していると隼人は微笑んだ。

「俺は大丈夫ですよ。他に素敵な攻めがいない時は俺も必要だと思いますが、今回はたくさんの攻めがいるみたいですから、俺は見学と観察と、それのレポート作成に専念します」
「ちょっと待って! 見学とかレポートとかおかしいですから!」
了は突っ込んだ。
突っ込みながら、なんとも言えない気持ちになっていた。




文化祭、一般公開当日。
了は玄関で宗親が作った予定表を渡された。

「え、なに、これ?」
予定表には了の一日のスケジュールが、誰と何時間過ごすか記載されていた。
宗親は胸を張る。
「いやー、これ作るの大変だったんだぞ。みんなの予定聞いて、クラスや部活の係で拘束される時間を避けてと、頭を使ったんだよ。まぁ、俺は頭を使うのは得意だが」
「いや、俺が聞いているのは時間割的なものじゃないから! この中に書いてある『焼き鳥を食べながら、タレをこぼしてキス』とか、『他校の生徒に絡まれているのを助けてキス』とか、ゲームの強制イベントみたいなヤツの事なんだけど!?」
「文化祭にはつきものだろう? というか、そういうのがないと文化祭とは言えない」
「いやいや、現実ではそういうのないから!」
宗親は真顔になる。
「でもH高校の文化祭ではあったんだろう? 他校の生徒に絡まれるイベントが」
「小清水さんに聞いたんだな? ってか、それは恋愛ゲーム的なモノじゃなかったし!」
「なんでも他校の王子が、暴漢に襲われている他校の受けのミノル君を、颯爽と助けに入ったとか。そして二人はついに結ばれたと」
「話がまるっきり違うモノになってるけど!?」
了は事実をしっかり説明して、訂正した後で、玄関のドアを開けた。
宗親は笑顔で手を振っている。
「俺はあとでシオン君と待ちあわせて行くから、文化祭しっかり楽しむんだぞ」
普通に見れば子供に文化祭を楽しむように言っているように見えるが、了にはBL展開を期待する邪悪な笑みに見えてしまった。


了のクラスはたこ焼きカフェという出し物だった。
たこ焼きを焼いて飲み物と一緒に出すだけという内容で、了的には仕事も簡単で良いと思っていた。
当日、受け持ち時間の間、少し働けば良いだけだと。

だが、事件は別の場所からやってきた。

「リョウ……助けてくれ」
現れたのは青い顔をした奏だった。
たこ焼きを焼いていた了は、慌てて奏に近づく。
「何かあったのか?」
奏は息を吐くと話し出した。
「俺のクラスは映えスポットをしてるんだけど」
「映えスポット?」
一緒にたこ焼きを作っていたミズキが呟いた。横にいた響が説明する。
「SNS映えする背景を教室の中にたくさん作ってあるんだよ。そこで写真撮影するの。俺も後で行くつもりだったんだけどさ」
奏は頷いた。

「巨大な造花を作ったり、鳥の翼のイラストを描いた壁を作ったり、写真映えをする場所を作ってたんだ」
「この前の旅行のコンセプトルームみたいだな」
「あ、そう、同じ感じだよ」
ミズキの言葉に響は頷いた。
奏は額を押さえて悲痛な顔で言う。
「俺は装飾の作業をすれば良いって聞いていて、当日は仕事はないって聞いてたんだ。でも実際教室に行ってみたら、俺と写真を撮りたいっていう女子の列が出来てた」
「あー」
了は察した。
「誰かが呼び込みで余計な宣伝をしたらしいんだ。俺はファンサービスとか絶対にしたくない。というか集まってるのはファンでもなく、ただイケメンと写真が撮りたいっていうミーハーな人間だけだ。そんなのと写真なんか撮りたくない」
「で、逃げ出したってワケね」
了は呟きながら納得した。

「良いんじゃないか。嫌なら断って」
ミズキが言い切った。
了もそう言いたかったが、諸事象を考えて口にする。
「確かにカナデが許可してないのに、勝手に呼び込みした人が悪いと思うけど、でも集まった人に罪はないし、並んでたなら可哀そうだよな」
「……」
奏の顔が更に青くなった。
了はあわてて手を振る。
「いや、カナデが無理して付き合う必要はないと思うよ。でも集まった人に説明はしないと……」
「俺が行く!」
「え?」
声を出したのは響だった。
響は胸を張って親指で自分を指す。

「イケメンと2ショットが撮りたいってヤツだろ? だったら代わりに俺が行くよ!」
「ヒビキがカナデの代わりになるのか? それでビジュアル的に問題はないのか?」
「ミズキ君結構俺に辛辣じゃない!?」
響は突っ込んでいたが笑顔だった。

「まぁ、確かにイケメン度は少し、ほんの少しだけ落ちるかもしれないが、俺にはこの話術があるからな!」
了は頷いた。
「確かに良いかも! ヒビキと話すとみんな笑顔になるし、特に女子の心をつかむの上手いし、良いんじゃないかな?」
奏も頷いた。
「ヒビキが行ってくれるなら助かるよ。正直、俺よりヒビキの方が人気あると思うし」
「いやいや、それは言い過ぎだって」
響は謙遜したが、実際響は女子にはすごくモテた。顔がというより人柄的な人気だろう。

「じゃ、俺は5組に行ってくるから、ここのたこ焼き当番はカナデに任せた」
「了解」
響が立ち去り、代わりに奏がたこ焼きカフェに入った。




たこ焼き作業は裏方で、出来上がった商品を、オーダーを受けた女子生徒が飲み物などと一緒に喫茶スペースに運んでいく。
暫く三人でたこ焼きを焼いていると、奏が口を開いた。
「二人共、リョウのお父さんに今日の予定の事は聞いてる?」
「え、あ、うん」
「聞いるよ」
了もミズキも答えた。

「えっと、この後ここの当番が終わったら俺とリョウで二人でデートってなってるけど、二人はそれで良いの?」
奏は了とミズキそれぞれに聞いた。
先にミズキが答えた。
「俺は構わないよ。おじさんが気を遣ってくれたんだと思うしね。デートとはあるけど、友達で文化祭回るのは普通だと思うし」
「えっと、俺が聞いたのは二人きりで良いのかって意味。ミズキやリョウが嫌なら、普通に三人で、いや、ヒビキも含めて四人で回っても良いんだけど」
「俺はリョウとカナデの二人がデートしても嫌じゃないよ」
ミズキは即答した。困ったような顔で奏が口を開く。

「デート……なんてなったら、俺は抜け駆けしちゃうかも」
ドキリとする了の横で、ミズキは動きを止める。
「リョウが嫌がる事を無理強いするんじゃないなら、俺は構わないよ」
「……」
了も奏もすぐに言葉が出なかった。
奏は頭をかくように髪に触れる。
「うーん、抜け駆けしにくいな。無理強いは多分しないと思うけど、雰囲気的に良ければいろいろしたい気が……」
「ちょっと待って! 二人共それって俺を目の前にして言うセリフ?」
了は思わず突っ込んでいた。

「リョウは俺とのデートはやっぱり嫌かな?」
不安そうに奏に見つめられ、首を振る。
「いや、二人で回るのが嫌って事ではないし、その……別にみんながこの予定の通りにしたいなら良いんだけど……」
「俺は問題ないよ」
奏が言い、ミズキも頷いた。
結局、宗親の予定表通りに過ごす事になった。



「じゃあ、時間だから行ってくるよ」
奏がエプロンを外し、ミズキに声をかけた。
「うん、行ってらっしゃい」
「い、行ってきます」
了は緊張しつつエプロンを脱いだ。

廊下を歩きながら、奏は了に訊ねる。
「どこか行きたい場所はある?」
「えー、どうしよう。昨日見てない場所かなー」
文化祭は二日間で、昨日は一般公開はなく、小規模の展示だけだった。
「体育館では演劇部とかダンス部の発表もあるけど」
「それでも良いけど、まずはヒビキの様子でも見に行く?」
「そうだね……」
奏は微妙な顔をした。
「あ、もしかしたらカナデのファンが出待ちとかしてるかも? 行くの嫌だったら別の所に行く?」
「いや、良いよ。ヒビキの様子を見たいし」

二人は響がいる5組の教室に向かった。
中は混雑していた。教室は数か所に区切られ、それぞれの場所に装飾が施されていた。
「へー、これが巨大な造花か」
了は紙で作られた巨大なピンクの花を見た。その下に椅子が置かれていて、女子生徒が座って写真を撮り合っていた。
「なるほど。この花の下で写真を撮ると花の妖精みたいになるんだな!」
了がはしゃいだ声を出すと奏は微笑んだ。
「リョウも写真撮る? 今なら数組しか並んでないよ」
「いや、いいよ。こういうのは女子向きだよ」
「リョウなら似合うと思うよ」
「いやいや、それを言ったらカナデだよ。カナデが一緒だったら親指姫と王子様って感じの写真になりそう」
5組の人間が、奏を使って呼び込みしたくなる気持ちが分かるなと思ってしまった。
「親指姫がリョウ限定だったら、いくらでも王子様になったんだけどね」
さりげない告白みたいなセリフに頬が熱くなった。

「お、本物の王子様登場か?」
他のスペースにいた響が声をかけてきた。見ると響にも何人かの列が出来ている。
撮影スペースには『ホストクラブごっこ』と手書きでテーマが書いてあった。
普通の椅子を長椅子に見えるよう繋げ、赤いビロード布をかけて、薔薇の花を散りばめてあった。
「うわ、マジか。これはカナデが逃げたくなる気持ちがわかるよ」
了は呟いた。
「いや、俺の時は『アイドルとの記念撮影』ってタイトルだったけど」
「人を見てタイトルつけてるのか」
つい関心してしまった。

響は楽しそうに両脇に女子生徒を座らせて足を組んでポーズを取った。
普通のシャツとズボンなのにしっかりホストに見えた。
しかも横にいる女子は楽しそうに響に話しかけている。
「マジでヒビキ、将来ホストになりそう」
呟く了の横で奏が頷いていた。

列がなくなったので、了達は響に近づいた。
「すっごいハマってて驚いたよ」
了が言うと、響は格好つけるように前髪をかきあげる。
「俺も自分の才能に驚いている」
奏が微妙な顔をする。
「えっと、俺の代わりに悪かったなって言いたかったんだけど……」
「うん、礼はいらない。楽しんでいる」
「そうみたいだな」
「取りあえず、一緒に写真撮ろうよ」
響に言われるがまま、三人の写真を撮る事になった。
写真はスペースごとに撮影係がいて、自分のカメラを渡すと撮ってくれるというシステムだった。

撮り終わったばかりの写真を見て、了は微笑んだ。
「なかなか良く撮れてる」
響を真ん中にして三人で座っている写真だった。
「カナデが加わると、ホスト二人に客一人みたいだ」
了は自虐するように言ったのだが、響は目を輝かせた。
「それ良いね。じゃ、今度はリョウを真ん中に、俺とカナデが薔薇の花を一輪持って座ると」
言われるがまま写真を撮った。

出来上がった写真は完全にホストクラブだった。
「なんかカナデもノリノリじゃない?」
了は突っ込んだ。
「相手がリョウやヒビキならね、こういう遊びも楽しいよ」

その時、横から声が聞えた。
「ね、あれってタレントの咲田奏君じゃない?」
「一緒に写真撮ってもらえるのかな?」
了は奏の袖をつかんだ。
「行こう」
奏は頷くと響に向かって言う。
「じゃあ、悪いけどこっちはよろしく」


教室を出ると、二人は走るように廊下を進んだ。
人ごみに紛れると安堵したのか、奏が訊ねた。
「次はどこに行く? 何か見たいとか食べたいとかある?」
「うーん、じゃあ、甘い物が食べたいかな」
了が言うと奏はスマホを取りだした。

文化祭実行委員が作った特設ホ-ムページを見ながら呟く。
「校舎の中のカフェが3カ所、中庭の出店にはチョコバナナとか、クレープとかあるみたいだけど、あ、揚げパンとかもある」
「じゃあ、クレープ」
二人は中庭に向かった。

了をベンチの座らせた後で、奏は訊ねた。
「俺が買ってくるけど、リョウは何が食べたい?」
「イチゴの入ったヤツが良いな。カナデは何にするの?」
「俺はリョウのを一口もらいたいな」
「え?」
「ダメ?」
聞かれて首を振る。
「いや、ダメじゃないけど……」
「じゃ、買ってくる」
少し弾むような足どりで奏はクレープを買いに行った。
了は複雑な気持ちだった。

二人でクレープ一個を食べるってカップルぽくないか?
男同士で間接キスとか気にしすぎだろうか?
いや、でも告白されているんだから、意識しない方がおかしいだろう。
やっぱり断った方が良かったんだろうか。

そんな事を考えているうちに奏が戻ってきた。
隣に座ると奏はクレープを差し出す。
「はい、どうぞ」
「先にお金払うよ」
「いいよ、俺も食べさせてもらうから」
「でも……」
「というか、俺的には間接キス出来てラッキーって感じだから、逆にお金払いたい気分」
「……なんか援交とか、危ない人みたいな発言だよ」
「ごめん、ちょっとキモかった? でも恋してる人間なんか、みんなちょっと変なモノだと思うから大目に見てよ」
正直に言って笑う奏に何も言えなくなった。
こんな風にストレートに好意を伝えてくれる人に、冷たくは出来なかった。

「頂きます」
了はパクリとクレープに噛り付いた。
奏は目を細めて嬉しそうにそれを見つめている。

「おいしい?」
「普通かな?」
了の返事に奏は笑った。
「そこは美味しいって言おうよ」
「そっか、ごめん。でも、普通に美味しいよ」
了は手に持っていたクレープを差し出した。奏はそれを自分では持たずに、そのまま噛り付いた。
近づいた距離にドキリとした。顔が目の前だ。

奏はその美しい顔を見せつけるように、ふわりと笑った。
「美味しいね」
「う、うん……」
緊張して声が上手く出なかった。

「あれだ、リョウはお父さんの美味しいデザートを食べなれてるから、これ位じゃ感動してくれないんだな。俺なんかクレープって何年かに一度位しか食べないから新鮮なんだけど」
「言われてみれば父さんがいろいろ作るし、クレープも結構食べてるかも」
奏は至近距離で微笑んだ。
「じゃあ、俺がもっと食べて良い?」
「良いよ」

食べやすいようにと了は手を奏に寄せた。その手を掴んで奏はクレープを齧った。
その口が了の指先に触れた。
「……っ」

ビクリとして身を引こうとしたが、手を掴まれていて動けなかった。
指を口に含まれたまま、奏を見る。
視線が熱かった。
瞳だけで思いを伝えようとしているように見えた。

「カ、カナデ……」
心臓が爆発しそうだった。
指先に触れる舌が、キスよりもなまめかしかった。
困惑していると奏が離れた。
指と手を解放されてほっと息を吐いた。

「怖がらせてごめん、ちょっと、ほんのちょっとリョウとの距離を縮めたいなって思っちゃって。嫌だった?」
心配そうな顔で聞かれた。
了は俯いて答える。
「えっと、イヤとかじゃなくて、その……反応に困るよ」
「うん、ごめん」
奏は謝りながら苦笑した。それを見て了も謝る。
「いや、うん、俺の方もごめん……その、ハッキリしなくて……」

奏は息を吐くとベンチにもたれかかる。
「良いよ。ハッキリ振られたくはないし、このまま悩んでもらえてると、少しは振り向かす事が出来るかなって期待ができるから」
「……」
返答に困っていると、奏は改めて了の顔を覗きんだ。

「けっこう、今の状況も楽しくはあるんだ。ミズキっていうライバルがいて、面白い人達に囲まれて、好きな子と少しずつ進展があるようなないようなって、なんか青春じゃない?」
了は息を吐きながら笑った。

「すっごく、青春だね」

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