父が腐男子で困ってます!

あさみ

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撮影会

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「リョウはいつもお風呂ではどこから体を洗うの?」
「へ?」
紫苑に聞かれて固まった。
なんだこれは?
どこから体を洗うか訊ねるなんて、もうセクハラでしかないだろう。
イタズラ電話で聞かれるような内容だ。

「普段と同じ洗い方の方が良いのかなって思って」
紫苑の一言に了は自分を殴りたくなった。
紫苑はセクハラで聞いたんではない。親切心で聞いただけだ。
そうだよ、この人はちょっと変わっているけど純粋な人なんだ。
イヤラシイ意味はまったくないんだ。

了は自分を反省した。

「準備できた? じゃあ、行こうか?」
紫苑に促され、了は着がえを持ってバスルームに向かった。
緊張していた。
男同士で風呂に入るのは普通だ。普通なのに緊張する。

服を脱いでいて気付いた。
「え、シオンさんは脱がないんですか?」
「うん、俺は了を洗うのに専念したいから」
「……」
了は考えた。
自分だけ裸になるのは恥ずかしいが、でも二人で裸よりは恥ずかしくない気もする。
紫苑も裸だったら目のやり場に困っただろう。
しかも自分だけ洗ってもらうとか、卑猥な感じではなく、もはや介護ではないかと思えてきた。

そうだ。これは介護だ。体や髪を洗ってもらうというのは介護だ。
了はそう考えてバスルームのドアを開けた。

「どうかな? 強くない?」
「あ、はい、大丈夫です」
紫苑は楽しそうにイスに座る了の髪を洗っていた。
鏡に映った紫苑はニコニコしている。
最初は照れくさかったが、今は正直とっても気持ち良かった。
紫苑は了の体をジロジロ見る事もなく、丁寧に髪を洗ってくれているので、気にするのがバカらしくなった。
気分はもう高級サロンだ。行った事ないけど。

「じゃあ、次は体を洗うね」
「はい」
もう、なすがままだった。
気持ち良さは恥ずかしさを上回るらしい。
紫苑は了の腕から足、背中と順序良く洗っていった。

「じゃあ、次は前を洗うね」
はっとした。前、前?
「いや、前は別に良いんで……」
振り返って否定する了に紫苑は首をかしげる。
「大丈夫だよ、優しくするよ?」
「や、やさしくって」
顔が熱くなった。いや、別に変な意味じゃないのはわかっている。
「じゃあ、洗うね」
紫苑はお構いなしに胸にボディタオルを当てた。
「うわ、くすぐったいです」
「そう?」
紫苑は鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌だった。
その手が胸の突起にも触れる。
「ちょっと待って、超恥ずかしいんで!」
「ん、大丈夫だよ」
紫苑の手が胸から腹に移り、更に下に向かう。
「タオル外してくれないと洗えないよ?」
不満げに見つめられた。
了は腰に巻いていたタオルをぎゅっと握りしめて首を振った。
「ここは本当に結構です! あとはゆっくりお風呂につかるんでありがとうございました!」
了は紫苑をバスルームから追い出した。

紫苑がいなくなった後、了は深呼吸するとシャワーを出して体を洗い流した。
なんとかギリギリセーフだったと思った。


持参のパジャマ代わりのTシャツ短パンに着がえて部屋に戻ると、紫苑がタオルを持って構えていた。
「え?」
戸惑う了に紫苑は両手を広げてみせる。
「待ってたよ。さ、おいで」
優しく言われて何故か顔が熱くなった。
紫苑は嬉しそうに微笑む。

「初めて会った日と同じように、髪を乾かしてあげる」
「あ……」

了はあの日の事を思いだした。
ホテルでの見合いの日、あの時も部屋で髪を乾かしてもらった。
あの時は紫苑をサイコパスだと疑っていた。
でも今は紫苑が不器用なだけの善良な人間だと知っている。
了はソファに座ると安心して身を任せた。
髪を乾かしてもらうのはやっぱり気持ち良かった。

「そろそろ乾いたかな」
紫苑がドライヤーをしまった。
了はソファから立ち上がって紫苑の前に立つ。
「あの、俺ばっかりしてもらって申し訳ないんで、紫苑さんの髪は俺が乾かします!」
「え?」
驚いたように紫苑は了を見つめていたが、やがて微笑んだ。
「うん、じゃあ、そうしてもらおうかな……お風呂入ってくるね」
振り返る前の紫苑の顔が微かに赤くなっていたような気がした。


紫苑が風呂から上がった後で、了は自分がしてもらったのと同じようにドライヤーで髪を乾かした。
他人の髪をこんなにたくさん触るのは初めての事だった。
やりだすと意外と楽しくて夢中になってしまった。
ふと目線を変えると、鏡越しに紫苑に見られている事に気付いた。
ドキリとした。
「えっと、見られてると緊張するんですけど……」
紫苑は微笑んだ。
「楽しそうなリョウも、緊張してるリョウも見るのは楽しいよ」
何をしても喜ぶ紫苑に、複雑な気持ちになる。
これは親孝行ではなく、兄孝行になるんだろうか。

「はい、出来ました」
髪を乾かすと了はドライヤーを片付けた。
風呂上がりでサラサラ髪の紫苑をマジマジと見つめる。
やっぱり格好良いなと見惚れてしまいそうだった。

「えっとどっちのベッドで寝ますか?」
誤魔化すように了はベッドを見た。ホタテの貝殻のようなクッションが目に入る。
どう見ても変だ。変だが仕方がない。ここはそういう部屋なんだ。

「その前に写真撮影なんかどうかな?」
「え?」
予想外の言葉に了は振り返る。紫苑はスマホを構えている。
「せっかくのコンセプトルームだし、初めてリョウと一緒に泊まるし、記念に撮りたいんだ」
「え、ああ、はい、そういう事なら」
変な部屋ではあるがコンセプトルームだし、それもありかと納得した。
「じゃあ、リョウ、服を脱がしてあげるよ」
「は?」
意味がわからなかった。
紫苑は邪気なく微笑んでいる。
「せっかくの貝のクッションなんだ。裸でベッドに座るのが自然だと思うんだ」
「まったく自然じゃないですよ!」
全力突っ込みだった。

「でもきっと、この部屋の目的としてはそんな感じだと思うよ。ほら、人魚の下半身着ぐるみも置いてある」
クローゼットから紫苑はそれを取り出した。
「いや、それ女子向けだと思うんで!」
ナイトプールでそんな格好をした女子の写真を見た事があった。

「でもリョウなら似合うと思うよ」
「それを言ったらシオンさんだって似合いますよ! そんな美形なんだから!」
紫苑は不思議そうに首を傾げる。
「俺なんか美形じゃないし、こういうのは絶対リョウの方が似合うよ」
本気で思ってそうなのが怖かった。
「ほら、リョウ遠慮しないで。脱がしてあげるから」
紫苑の手が了のTシャツを掴んで引き上げる。右の乳首が丸見えだ。
「本当に待って!」
顔を真っ赤にして叫ぶ。
さっき風呂場で見られていたが、こういうシチュエーションで裸を見られる方が恥ずかしかった。

「俺はシオンさんと一緒に写真が撮りたいです!」
了が叫ぶと、紫苑の動きが止まった。
「え?」
「せっかくの旅行で、同じ部屋、しかもこんな綺麗なコンセプトルームだし、二人の2ショットが欲しいな、なんて?」
かわいらしく首を傾げて言ってみた。
紫苑は了の服から手を離した。
「そうだね、せっかくだものね、一緒に写真を撮るのも良いね」
紫苑は2ショットに乗り気のようだった。

二人でベッドの上に移動した。
後ろに貝のクッションが入るようにして、紫苑がスマホを自分達に向ける。
「これ位の角度で良いかな?」
「上から撮り下ろすと小顔に見えて良いらしいですよ」
紫苑は感心したように呟く。
「すごいね、女子高生みたいに詳しいね」
「え、いや、ヒビキが詳しいんですよ」
了は慌てて言った。自分の女子力が高いわけでは決してない。

「じゃあ、撮るよ」
シャッターを押してから、二人で画面を確認してみた。
「なかなかいい感じ?」
「うん、そうだね、でもクッションが切れてるし、もう一回撮ろうか?」
一回ではなく、何十回も撮りなおしてしまった。
写真は撮りだすと楽しくて止まらなくなった。
何種類もの2ショットはもちろん、一人づつ貝のクッションを抱えて顔を乗せる写真など、気づくとたくさん撮っていた。

「うん、良いよ、リョウ。今度は寝転がってみようか?」
言われるまま貝を枕にして寝そべる。
「足の位置はこっちで、うん、手はこうね」
紫苑に言われるままポーズを取って目線を送る。
「うん、とてもかわいく撮れた。じゃ、次はこんな感じで良いかな?」
紫苑が了のTシャツをめくって腹を出す。
「手は短パンにかけて、脱ごうとするような感じで、腰骨が見えるように……」
「こう、ですか?」
短パンをズラしながら気付いた。
「ダメでしょ! これ!?」
了は我に返って起き上がった。
「あ、危なかった。気づくと脱いでるパターンだこれ。上手いカメラマンに乗せられて、アイドルがヌード写真集出してるってあれだよ、ヤバイ、ヤバすぎる。写真って怖い」
頭を抱えている了に紫苑が呟く。
「残念だな。もっと撮りたかったのに」

了は顔を上げて紫苑を見た。
「あの、その写真、俺にも画像を送ってくれますか?」
「え?」
「俺もシオンさんとの写真欲しいんで」
少し照れながら言ってみた。
すると紫苑は嬉しそうに微笑んだ。
「もちろん良いよ。あとで画像送るね。プリントもしようか? 写真立てに飾れるように。あ、大きく印刷してポスターにするのも良いね」
「いや、それは父さんと同じ発想だからやめて下さい!」
ポスターは勘弁してくれと思ったが、でも写真を飾りたい気持ちはあった。

「そろそろ寝ましょうか? 明日も朝早いし」
「そうだね」
紫苑が了のいるベッドに近づいてきた。
「え?」
困惑していると顔を寄せられた。
「一緒に寝よう」
「は?」
身を守るように、思わず貝のクッションを抱きしめた。
「な、なんでですか!?」
「なんでって、兄弟は一緒に寝るものでしょ?」
「いや、子供の頃ならまだしも、普通は高校生にもなれば別々のベッドでしょ!?」
「子供時代の分も今体験したいんだ」
紫苑の目が本気だった。
前にも紫苑は似たような事を言っていた。彼は想像しうるすべての兄弟ごっこがしたいんだろう。

「……わかりました。でも気をつけて下さいね。寝相が悪いんで、シオンさんを蹴り落とすかもしれないですよ」
「大丈夫だよ。それにほら、このベッドは普通より大きいよ」
紫苑がベッドの上に乗ってきた。
「確かに大きいかも……?」
嫌な事を思いだした。
ここは腐男子と腐女子が集まるペンション。
男同士が一緒に寝られるようにという、妄想配慮がされているのかもしれない。
了はそれ以上考えるのを放棄した。怖い想像しか出来なかったからだ。

電気を消すと、疲れていたせいですぐに眠りに落ちた。
隣に紫苑がいる事もまったく気にならなかった。



心地よい目覚めだった。
朝日を感じて意識が覚醒する。ベッドもふかふかで気持ち良い。
頬に柔らかいものが触れた。頬の上をそれは移動していく。
ちゅっという音が聞こえた。
「へ?」
目を開けると紫苑の顔が目の前にあった。
「う、うわ?」
声を上げて後ずさる。
「シオンさん、な、何を?」
「あ、おはようリョウ。何っておはようのキスだよ」
「え、ええ?」
了は手の平で頬を押さえた。
「もしかして俺にキスしました?」
「うん、そうだよ」
まったく悪気なく紫苑は答えた。
「え、えっと……」
紫苑には何を言っても無駄な気がした。いつもの弟へのスキンシップなんだろう。
もう分かっているから怒る気もしなかった。
「念のため聞いておきますけど、キスってほっぺだけですよね? 唇とかにしてませんよね?」
紫苑は首を傾げる。
「少しは触れたかもしれない、かな?」
「それは絶対ダメですから!」
朝から大声を出してしまった。


朝食を食べながら今日の予定を話し合った。
一泊旅行なので、午後には電車に乗らなければならない。

「この村で昨日の神社以外に観光する場所ってあるんですか?」
響の問いに宗親は答える。
「ないな」
「即答かよ!」
了は突っ込んだが、みんなは気にした様子もなかった。
「観光する場所はないが、近くにテニスコートもあるしバーベキュー場もある。散歩するなら緑も多いし、川で水遊びも出来るぞ」
テニスやバーベキューは剛輝がいたら喜びそうだなと思った。
でも今日のメンバーは響以外はどっちかと言うとインドア派だ。

「俺は一人で読書でも構いませんよ」
隼人が言いだした。
「ちょうど読みかけのBL小説があるんです。当て馬が出てきて良い所なんですよ。当て馬に主人公がゴーカンされるんじゃないかという期待が止まりません」
「あなた生徒会長ですよね!? ゴーカンとか言っちゃダメでしょ!?」
全力突っ込みする了の横で宗親が身を乗り出した。
「せっかくのコンセプトルームだし、撮影会なんかも楽しいと思うぞ。こんな風に」
宗親はタブレットの画面を見せた。
貝殻クッションの前で寝ころんだ了が写っていた。
「ブッ!」
了は飲んでいたお茶をふきだした。
「ど、ど、ど、どうしてそれを!?」
「うん、さっき紫苑君にデータをもらったんだ。昨日は最高の夜を過ごしたようじゃないか」
「え?」
「……!」
奏とミズキが箸を落して固まっていた。
「ヘンな言い方するなよ! ちょっと記念写真撮っただけだし!」
宗親が次々画像をスクロールする。
「良いな、俺もリョウとの2ショット欲しい」
「俺はリョウの写真だけ欲しいな」
奏とミズキがそれぞれ呟いた。
「あ、俺はもっと絡んだ感じの写真が良いです。もっとキワドイ写真はないですか?」
「だからあなた生徒会長ですよね!?」
了が隼人に突っ込んでいると、宗親は笑顔で言った。
「じゃ、取り合えずご飯食べたら撮影会しようか?」
「俺はみんなで記念写真撮りたいんでぜんぜんOKです」
響まで嬉しそうに答えていた。


結果としてコンセプトルームは大活躍だった。
はじめは乗り気でなかった了だが、友人達の写真を撮っている間に楽しくなってきた。
美形揃いなので、シャッターを切る手が止まらなかった。
綺麗なモノを切り取って写真に収めるのは楽しい。
モデルが良いと、つい自分の腕が良いのではないかという錯覚まで起きる。

「じゃ、今度はリョウと2ショットが撮りたいな」
奏が言うのでトランプのスペードとハートのクッションをそれぞれ持って、二人で並んで立つ。
「うん、良いよ、もっと近寄って。そうそう、それで顔をもっと寄せて」
宗親に言われるまま顔を寄せる。
産毛まで見える距離に緊張した。
「じゃあ、そこでキス!」
「しねーよ!」
ノリでキスさせようとする宗親に突っ込んだ。

「リョウは口で言ってもわからないようだから仕方ない。こんな感じのを俺達は求めてるんだよ」
隼人が了の体をベッドに押し倒した。
「ふぇ!?」
隼人は了の顎を掴んで顔を寄せると宗親を振り返る。
「さ、先生シャッターチャンスです!」
「おお! 素晴らしい!」
宗親はすごい数のシャッターを押した。
「連写やめろ! というか、小清水さん何気にカメラ目線ですね!?」
「目線があったモノがある方が良いだろう? せっかくの美形だし」
「自分で美形言うな! 事実ですけど!」
「なんだ、君も俺の顔は好きなのか。じゃ、サービスにキスしてあげよう」
隼人は唇を寄せてきた。
「いらないってば!」
了は隼人の顔をグイグイと押し返した。

「はい、次の部屋に行きますよ」 
ミズキがサラリと言って隼人の体を引き剥がした。



富士山の部屋は大人びた雰囲気だった。
この部屋には洋服ではなく和服が似合う。そう思っていると、宗親がどこからか着流しを持ってきた。
「隼人君! ミズキ君! 君達にはこれを着てもらいたい!」
宗親は二人に無理やりそれを着せた。

「おお!」
みんなで感嘆の声を上げた。二人は和服がよく似合っていた。
「じゃ、この刀剣を持って富士山の壁の前に立ってくれるかな?」
宗親に持たされた刀をミズキが鞘から抜く。
「カッコイイな、おい」
響が呟いたが了も同感だった。
和風の顔立ちで落ち着いた性格のミズキが剣を構えると、とても凛々しかった。
「つーかあの模造刀どこから持ってきたの?」
了の疑問に宗親は答える。
「真剣だよ」
「ダメでしょ、それ! ミズキ危ないからすぐしまって!」

この部屋での撮影も楽しかった。ミズキも隼人もポーズが決まっていて格好いい。
響と奏にも衣装を着せたのだが二人共似合っていた。
「不思議だな。金髪にも和服って似合うんだな」
了が呟くと響が言った。
「あれじゃない? ゲームとか異世界ファンンタジーで見かけるキャラ的な」
「なるほど」
「良いね! 次の話には金髪和装の攻めの青年を出す事にするよ! 受はやっぱり遊女的なのが良いかな? あ、リョウ、すぐにこれに着がえてカナデ君の隣に立って!」
渡された服を広げてみた。
「ん、これも和服?」
「ああ、花魁衣装だ」
「着るか!」
床に投げ捨てた。
「俺も着流しが良い!」
了がアピールすると隼人がやってきて、さっきまで自分が着ていた着物を差し出した。
「これを着ると良い」
「え、なんか小清水さんが普通に優しい?」
「ああ、俺はいつでも優しいよ。じゃ、優しいついでに君の服も脱がせてあげよう」
隼人はリョウのシャツのボタンを外しにかかった。
「ぜんぜん優しくないよ! 絶対BLシーン狙ってますよね!」
「あはは、そんな事ないよ。あ、先生シャッターチャンスですよ。ほら、カナデ君も写真撮ったら良いよ。はだけた胸が撮れるよ」
ものすごい数のシャッター音が響き渡った。

「あんまりリョウをイジメないであげて下さい」
ミズキが止めに入って庇ってくれた。
ミズキの腕に引き寄せられ、床の上で見つめ合う。
「ミズキ、ありがとうな。やっぱりミズキはいつでも俺の味方だな」
「ああ、俺はいつでもリョウの味方だよ」
じーんと友情を実感している時だった。
「良いよ! 良い雰囲気だよ! 最高だよ! ミズキ君、そこでキスだ!」
宗親の声に我にかえった。
「そこ写真撮らないように!」

了が叫んでいる間に、紫苑も着物に着がえていた。
それもまた美しかった。目がチカチカとする位輝いて見える。
年上のせいか、漂う色気が他の友人達より凄かった。
「なんかシオンさんだと、こっちの花魁衣装も似合いそう」
「……リョウ、感化されているよ」
紫苑に冷静に突っ込まれてしまった。
「危ない。危うくBL脳になる所だった……」
了は胸を押さえて呟いた。



貝のクッションがある青い部屋に移動した。
昨夜、了が泊った部屋だ。

宗親がベッドの上に手を乗せて撫でさする。
「ああ、ここで昨夜、リョウと紫苑君が抱き合って寝てたんだね。息子が大人の階段を上ったと思うとシミジミするよ」
「ヘンな言い方しないでくれるかな!? みんなが誤解するだろ!」
「え、でも紫苑君と一緒に寝たんだろう?」
「う……」
返答に困った。どうやら紫苑から宗親に情報は筒抜けらしい。
みんなの視線が痛かった。いや、特に奏とミズキの。

「べ、別に深い意味はないから! 何もしてないし、兄弟ごっこっていうか、家族みたいなものだから!」
「兄弟か……俺もリョウの兄弟になれるかな……」
「ミズキ! 思考がおかしな方に向かってるから!」
「俺は恋人で良いよ。恋人として一緒のベッドに入れる日を信じて待ってるよ」
奏に両手で手を掴まれ、熱い瞳で言われてしまった。
「ちょっとみんな冷静になって!?」
了は突っ込み疲れていた。


写真を撮っているだけで午前中が終わってしまった。
了はSNSにまったく興味がなかったが、写真を撮りたくなる人の気持が分かってしまった。
写真は撮るのも撮られるのも楽しい。
「いや、確かに良い写真が撮れるとネットにアップしたくなるよな?」
スマホで写真を見ていると隼人が声をかけてきた。
「じゃあ、君の写真をアップしてあげようか? 良いのが撮れたんだ」
画面を見せられた。
人魚の下半身姿の写真だった。先ほどノリで着てしまった黒歴史だ。
「いや、いらないんで! というか小清水さんてSNS的なのやってるんですか? 真面目そうだからやってないと思ってました」
「ああ、俺がアップするのは生徒会の活動報告ブログだよ」
「絶対にやめてもらえますか!? 俺が二度と学校に行けなくなるんで!!」


昼食は村にある食堂に行った。
かつ丼、チャーハン、タンメンなど、がっつり系のメニューが並んでいた。
田舎だと侮っていたつもりはなかったが、みんなに一口ずつもらった所どれもとても美味しかった。
この食堂のためだけに、また村に来ても良いと思えるほどだった。


「え、もう帰るの?」
ペンションに戻ると響が呟いた。
「ああ、電車の本数も少ないし、そろそろ出ないとね」
宗親の言葉に了も淋しさを覚えた。なんだかんだと楽しい旅行だったからだ。
「あ、ゴウに土産買ってこうぜ!」
響が言いだし、それぞれが土産物を選んだ。


オーナーの腐女子二人にも挨拶をすると帰途についた。
来た時と同じように畑ばかりの道をみんなで歩く。

「お、また例のカカシがあるぞ」
バス停の前に少年の人形があった。
昨日見たのと同じように、ロシア人とのハーフのような美少年の人形だった。
「うわ、また綺麗な人形だな」
了が呟いた時、人形がこちらを見た。
「うわ!」
驚いて腰が抜けそうになった。
「ニンゲンだから、マジマジと見ないでもらえます?」
「え?」
近くで見ると確かに少年は人間だった。

「あ、す、すみません」
了は素直に謝った。すると後ろから宗親がやってきた。

「レンジ君じゃないか!」
「あ、宗親おじさん、お久しぶりです」
どうやら二人は知り合いのようだった。

「紹介するよ、彼は人形作家の篠崎ともかさんの息子さんで篠崎蓮二郎君。中学3年だよ」
「初めまして」
蓮二郎は頭を下げた。

「これは俺の息子のリョウだ、よろしくね。あとこっちにいるのがリョウの友達だよ。みんなイケメンだろう?」
「……そうですね」
蓮二郎は答えながらじっと了を見ていた。
その目は人形のように冷たかった。

「もう帰るんですか?」
「ああ、そうなんだ」
「残念です。もっとおじさんと話したかったです」
「そう言ってくれて嬉しいよ。あ、今度こっちに遊びに来てよ。なんならうちに泊まってくれて良いからさ」
「……そうですね、いつかお邪魔したいです」
宗親に答えた後で、蓮二郎は了を見た。
綺麗な少年だがなんとなく怖い気がした。
彼が家に来たら、また何かトラブルが起きるのではないかという気がしていた。
了は今度こそ本当のホラーのような寒気を感じていた。

蓮二郎と別れ電車に乗ると、それぞれが無事に家に帰宅した。


了は荷物を置くと土産物を持って外出した。
部活終わりの剛輝と連絡を取り、待ち合わせをしていたからだ。

家の近くの公園に、剛輝の姿が見えた。
剛輝はジャージ姿だった。

「お疲れ様! 部活帰りに呼び出してごめん!」
「いや、良いよ。土産物くれるんだろう?」
「うん、みんながそれぞれ選んだのを預かって来たんだ」
「マジで嬉しい! 絶対食べ物だよな?」
「うーん、中身はわからないけど、まぁ、普通はそうじゃない?」
「だよな! てか気を遣わせて悪かったな。俺への土産なんか、田舎で取った雑草でも良いんだよ。マヨネーズつければ食べられるから」
「それはいつか事故が起きるからやめておけよ!」
了は説得しながら土産を取り出した。
たくさんあったので、二人で公園のベンチに向かった。

「これがヒビキで、こっちがカナデから、あと今回一緒に行ったシオンさんも、ゴウにいつか会いたいからよろしくってお土産くれたよ」
「マジかシオンさん良い人じゃん。お前の兄貴になるんだっけ?」
「まだ未定だよ」
剛輝は袋から土産を出した。
響からはストラップ、奏からはペンションで売っていた手作りクッキーだった。
紫苑からはマルシェで健康に良いと売られていたジュースだった。
「うわ、食いもの系嬉しい。ヒビキのこれってストラップ型のクッキーって可能性はないか?」
「ないだろ」
了は次の土産を剛輝に渡す。
「こっちがミズキからで、こっちが俺からです」
ミズキからは地域限定の柿の種、了からは定食屋のカツのお持ち帰りパックだった。
「うわ! 食い物だ! しかもカツとか最高かよ!? 柿の種も渋くて良いな、ミズキっぽい」
喜ぶ剛輝の顔に了も嬉しくなる。

「で、最後のデカイのが父さんと、うちの学校の生徒会長サマからの共同出資の土産らしいよ」
中身は了も知らなかった。
「へー、何だろう?」
剛輝は袋から取り出した。
「ん?」
「うわ!」
それは貝の部屋にあった人魚の下半身の着ぐるみだった。
「なにこれ? 魚? いや、人魚になるのか? 説明ついてるよ。お前の写真付きで」
「はぁ?」
了は声を上げてそれを覗きこんだ。
紙には宗親作成と思われる使用方法が書かれていた。昼間に撮った了の写真つきで。

「ふーん、これをお前に着せて写真撮って楽しむのか。なんか面白そうだな」
「楽しくないから!」

旅行の最後まで、了は突っ込む事になった。

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