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キス寸前
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梅雨が終わり夏休みに入った。
了は旅行で撮った写真を何枚かプリントして、部屋の壁に飾っていた。
ペンションの前で撮った全員集合写真の他、表情などから数枚を厳選した。
隼人とミズキの和風2ショットや、了と奏や紫苑との2ショットなどだ。
こうやって眺めてみると改めて楽しい旅行だった。
村ホラー的出来事もあったが、すべて了の勘違いだった。
一つだけ気になったのは、篠崎蓮二郎という少年の冷たい目だった。
初対面なのに、嫌われていたような気がしていた。
でもそれ以外は楽しい事ばかりだった。
「ゴウもいれば良かったのにな」
剛輝ともいつか旅行がしたいなと思った。
そのうち部活を引退したら時間も取れるだろう。
さて、夏休み初日、今日は何をして過ごそうと思っていたら、奏からメッセージが入った。
今から家に来て良いかとあったので、良いよと返信をした。
チャイムが鳴った。
「へ?」
ドアを開けると奏が立っていた。
「え、どこで連絡してきたの?」
「ゴメン、家の前だったんだ」
驚いたが奏を家に招き入れる。
「おお! カナデ君、いらっしゃい!」
宗親が満面の笑みで出迎えにきた。
「お邪魔します」
宗親はうんうんと笑顔で頷く。
「いやー、カナデ君は何気に賢いな。先手を打って、夏休み初日からリョウを独り占めっていう作戦だね。いや、おじさんはそういう計算高い攻は大好きだよ! 恋愛は駆け引きが大事だからね、ライバルを出し抜くのは悪い事ではないよ!」
「ちょっと父さん、なに暴走してんだよ! カナデは別にそんな目的で来てないってば!」
「ごめん、お父さんの言う通りだよ」
「え?」
奏の告白に了は固まってしまった。
「夏休みは嬉しいけど、その間、リョウに会えないのは淋しかったんだ。それにいつ仕事が入って会えない日が出来るかわからないから、なるべく会える日は会っておきたかった。ほら、人間てたくさん会ってると好感抱くものでしょ?」
奏の正直な告白に何も言えなくなっていた。
「ま、とにかく上がってお茶飲んで行ってよ。ランチも食べて、夜までいてくれても、泊まっていってくれても良いからね!」
宗親が笑顔で言うと奏は頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します」
二人でリビングのソファに並んで座った。
宗親はお茶を出すと、すぐに仕事場である書斎に戻っていった。
了は奏に向き直る。
「遊びに来てくれて嬉しいよ。夏休みどう過ごしていこうか考えてたんだ」
「それなんだけど、前にリョウの家に集まって宿題しようって話してたけど、それぞれの家に行ってみるっていうのはどうかな?」
「え?」
「ほら、いつもリョウの家に来てばかりだから、今度は俺の家とか、ヒビキとかミズキの家に行ってみたら面白いかなって。家庭訪問的な?」
「それ良いな!」
テンションが上がった。奏の家にもミズキや奏の家にも行ってみたかった。
「良かったよ。リョウも乗り気で。あとでみんなには俺が連絡しておくよ」
「うん、頼んだ」
元々宿題を一緒にしたり、日程を決めてどこかに遊びに行こうとは話していた。
その時には家庭訪問の話にはならなかった。
友人達の部屋に行けると思うと嬉しかった。
「えっと、もしアレなら宿題とか関係なく、リョウ一人だけでも、俺の部屋にはいつでも遊びに来てくれて良いから」
少し顔を赤らめて奏が言った。ついドキリとしてしまった。
「あ、うん、そうだな……」
奏と二人きりだと変に意識してしまいそうだった。でも友達としては普通に遊びに行きたい。
「そんなにビクつかないで良いよ」
言われて顔を上げた。
「急に襲ったりしないから、大丈夫だよ」
自分が先走っていたようで恥ずかしくなった。耳まで熱い。
「ご、ごめん、カナデを信頼してないわけじゃないから!」
頭を下げると奏は苦笑した。
「謝らないでよ。急には襲わないけど、順を追っては何かするかもしれないし」
「え?」
動揺していると奏はクスリと笑った。
「そこは怖がったり心配したりではなく、ドキドキと楽しみにしていて欲しい所なんだけどな」
もうドキドキさせられてるよと思った。
「あのさ、一つお願いがあるんだけど」
奏に言われて首を傾げる。
奏は少し緊張した面持ちに見えた。
「今からリョウの部屋を見に行っても良いかな?」
「え、俺の部屋? 良いけど掃除してないよ」
了の返事に奏は興奮したように叫ぶ。
「本当に? やった! あ、大丈夫、なにもしないから!」
「いや、疑ってないってば。じゃ、行く?」
立ち上がって、二人で二階へ向かった。
部屋に入ると奏は部屋の中を見渡した。
変な物は置いていなかったと思うが、少し心配になった。
「えっと、普通じゃない?」
「うん……普通だと思うけど、でも好きな子の部屋だと思うとちょっと緊張する」
好きという言葉に反応しそうになるのを抑えた。
もうこれは聞き流すのが一番だ。
「漫画、けっこういっぱいあるんだね」
本棚を眺めて言われた。
「見たいのがあったら貸すよ?」
「うん、ありがとう。でもどっちかと言うとここに見に来たいな。ダメかな?」
「え、別に良いよ」
家に持って帰って読むのと、ここに来て読むのと何が違うんだろうと思った。
「あ、この漫画良いな」
奏が背表紙を指さした。
「ああ、その本ね。面白くておすすめだよ。そう言えば前にシオンさんがここに来た時に同じ事言って借りていったな」
「え?」
奏の動きが固まった。
「シオンさん、前にこの部屋に入ってたんだ?」
奏の表情が曇っていた。
了は自分の失言に気付いた。
「そうだけど、でも別にちょっとだけだったし、何もないから」
手を振って否定した。その手を奏が掴む。
「え?」
顔が近づいた。
「シオンさんて、この前の旅行でも、リョウと一緒のベッドで寝たって言ってたよね?」
了は動揺した。思わず目が泳ぐ。
「それはそうだけど、シオンさんは恋愛とかじゃないから。あの人ちょっと兄弟への憧れが強いだけの不器用な人だから。サイコパスでもないし」
「サイコパス?」
「いや、なんでもない」
奏はまだ手を放してくれない。緊張して奏の顔を見上げる。
近くで見てもやはり綺麗な顔だった。
色が白いから金色に近い茶色の髪がよく似合う。
見惚れるようにして黙り込んでいると体を押された。
「え?」
ベッドに押し倒された。
何かされるのかと思ってドキドキした。けれど奏はそのまま動かなかった。
奏は了の腕を掴んだまま隣に寝そべった。
「俺もここでリョウと一緒に寝たい……」
何かされるわけではないと悟った了は、少し落ち着いて声を出す。
「寝るだけなら、友達でも出来るけど……」
「友達以上になりたい……」
顔を横に並べて、二人で見つめ合って呟くように話す。
「そういう事言う人間とは一緒には寝れないよ?」
「……そう、だよね」
奏はしみじみ呟いた。掴まれていた手がようやく解放される。
「シオンさんの立ち位置って正直羨ましいなって思うよ。自覚がなかったら、俺も全部マネしたかった。でも俺はしっかり自覚あるからね」
奏は上半身を起こして了の顔を覗きこむ。
「ちゃんと口説き落して、リョウと両想いになれるように頑張るよ」
奏の決意を聞かされて顔が熱くなった。
その時、ノックの音とほぼ同時にドアが開いた。
「やぁ! お楽しみの最中だったかな?」
宗親だった。了は慌ててベッドから起き上がる。
「ヘンな言い方やめろよな!」
「はっ! これは!」
宗親は首に下げていた一眼レフカメラで写真を撮り出した。
「だから何もしてないって! あとこのパターン2回目だから!」
宗親はシャッターを何枚も切った後で、真顔で奏に問いかけた。
「そろそろ昼飯の用意しようと思うけど、リクエストあるかなって思ってさ」
「何でも良いです。いつもスミマセン」
「いや、気にしなくて良いんだよ。それにほらお礼は今いっぱいもらったから」
宗親はカメラの画像を見てニヤニヤしていた。
「念のため言っておくけどポスターにして飾ったりすんなよ?」
「大丈夫だ! 今度はアクリルスタンドにして飾る事にする! 目立つようにリビングに!」
「絶対にダメだから!」
「じゃあ、アクキーにして持ち歩くか……」
「全部ダメ!」
宗親はすねたような顔をする。
「推しを飾るのは普通の事だと思うんだけどな?」
「推しじゃなくて息子とその友人だから!」
突っ込み疲れて血圧が上がった気がした。
「じゃあ、お昼はオムライスにしようかな」
宗親はサラリと会話を戻した。隣にいた奏の目が輝く。
「オムライス良いですね! 大好きです!」
奏が何故か横にいた了を見た。
「最後にリョウがハートとかLOVEとかケチャップで入れてくれる?」
「え、ええ?」
奏の冗談に戸惑っていると宗親がテンション高く叫んだ。
「それならリョウには今からこのメイド服を着せよう! その方が盛り上がるだろう!?」
「え、良いんですか?」
乗り気な様子の奏を遮るように了は叫ぶ。
「どっからその服出したか言ってみろ!?」
見間違いでなければ、了の部屋のクローゼットから引っ張り出したように見えた。いつの間に仕込んでいたんだ。
「あとはデザートのリクエストもあったら聞くよ?」
「デザートですか……」
奏は考えるように顎をつまんだ。
「あっ、そうだ。カナデ君とリョウの二人で作るって言うのはどうかな?」
「え、俺達で?」
奏が呟くと宗親が拳を握りしめる。
「そうだよ。お菓子作りは受の子が生クリームをひっくり返してクリームだらけになって、攻にキワドイ場所をなめられるというラッキースケベが起こるイベントなんだよ!」
「おお!?」
「ないから! あと俺は作らないから!」
全否定しておいた。奏が隣でしょんぼりしていた。
結局、昼ごはんもデザートも宗親が作ってくれた。
奏が期待の目で見つめてくるので、ケチャップでハートだけは書くことにした。
了はテーブルに並んだオムライスにケチャップを向ける。
「なんか、見られてると緊張するな……」
たかがケチャップを持つ手が震えた。
ハートは塗りつぶした方が良いんだろうか? そう思って力を入れた時だった。
「もっとこっちから大きく書くと良いぞ」
宗親が了の腕を引っ張った。
「うわっ!」
見事にテーブルにケチャップが飛び散っていた。
「うーん、失敗か」
了は宗親を振り返った。
「今、わざと腕を引いただろ! 俺をケチャップまみれにして、変な事をカナデにさせるつもりだったな!」
「酷いよリョウ、誤解だよ。純粋に事故だよ?」
「なんで片手にカメラ持ってんだよ!? しかもそれって動画かよ!?」
「うん? 気にしないで良いよ。オムライスの写真撮るだけだからね」
宗親は誤魔化した。
了は追及を諦めてケチャップでハートを書いていった。
「出来た、意外とかわいい?」
自分の書いたハートに満足していると、隣で奏が感動していた。
「リョウからのハート嬉しいよ」
奏が喜んでくれたのなら良いかと思った。
「つか、勢いで全部にハートを書いてしまった」
宗親は出来上がった三つのハートのオムライスを写真に収めていた。
四人掛けのテーブルに奏と並んで座ると、宗親が向かいに座った。
「頂きます」を言ってから了はほぼ無言で食べだした。
宗親の作る料理は基本どれも美味しかった。今回もオムライスの卵がふるふるトロトロで絶品だった。
卵を口に入れて奏が言う。
「お父さんは本当に料理が上手いですね。お仕事もしてるのに凄いです」
「いやー、でもカナデ君の口に合ったなら嬉しいよ。いつでも食べに来てね。いっそリョウと結婚しても良いんだよ?」
「ぜひお願いします!」
了は奏の腕を掴む。
「この人に乗せられたらダメだから! 男同士で結婚は出来ないから!」
「でもほら、未来は法律も変わってるかもしれないし?」
確かに今の時代を考えると、あと20年位したら普通にありえそうだなと思ってしまった。
「カナデ君がリョウの事好きでいてくれて嬉しいよ。おじさんは公平な立場でカナデ君一人だけを応援するワケにはいかないけど、みんなと同じように応援してるからね!」
「はい、ありがとうございます!」
奏は嬉しそうに答えていた。微妙に応援されてるんだか、されてないんだか分からない発言だったんだが良いのだろうか。
そもそもどうして奏が了を好きな事を知っているんだと、突っ込みたかったが堪えた。
見ていれば分かるのかもしれないし、響か奏本人から聞いたのかもしれない。
「リョウはさっきから食べるのに夢中だな。ほら、がっついて食べるから顔にケチャップがついてるぞ」
宗親が了の頬に触れた。
「ん?」
宗親がニヤリと笑う。
「あ、ティッシュが切れてた。カナデ君頼んだ」
「え?」
奏と了は見つめ合った。
あれ、これって?
「リョウ、ごめん! ティッシュがないらしいから!」
奏がちゅっと了の頬に唇を寄せてケチャップを舐めとった。
「わっ」
椅子から落ちそうになった。
了は立ち上がると宗近を指さす。
「今、絶対わざと俺にケチャップつけただろ!」
「知らないな~そんな事ないんじゃないかな~」
宗親は歌うように言う。
「その指についてるケチャップはなんだよ! 間違いなく俺につけた残りだろ!」
「気のせいじゃないかな? ほら、ご飯食べる時もラッキースケベって起こりがちだろう? 股間につかなかっただけ良かったと思えば良いよ」
「ふざけんな! そもそもティッシュはがっつり中身入ってんだろ!」
了はカウンター上に置かれたティシュに手を伸ばすと、中から紙を取り出して次々と宗親に投げつけた。
「この嘘つきめ!」
「あー家庭内暴力反対! DVだDV」
「一枚もティッシュ当たってないだろ!」
奏はそれをじっと見ていたが、横でポツリと呟いた。
「せっかくの頬にキスだったのに、まったく意識されてないな……」
了はようやく舐められた事を思いだして赤くなった。
食後の皿洗いを手伝った後で、奏とリビングのソファに移動した。
暫くテレビでも見ながらまったりしようと思っていた時だった。
チャイムが鳴った。
「あ、俺のお客さんだから」
玄関に向かう宗親を見ながら嫌な予感を覚える。
「このパターンは……」
暫くすると宗親が隼人を連れて戻ってきた。
「やっぱりこのパターンか!? てかまたシオンさんかと思ってたよ」
「俺で悪かったね」
思わず立ち上がった了に隼人は顔を寄せる。
「君はシオンさんに会えると期待していたんだね。がっかりさせて悪かった。ところでシオンさんとはあの旅行でどこまで進んだんだ? キスはしたんだろう?」
「し、してません!」
上ずった声になった。
「ほほう、やっぱりもうキスはしたんだね」
隼人は顎をつまんで頷く。
「イヤ、だからしてないってば!」
多分、きっと、自信はないけど。
「ほら、小清水さんが変なこと言うからカナデが固まってるじゃないですか!?」
キスに反応して奏が彫像になってしまっていた。
「ああ、カナデ君、悪かった。ただの冗談だよ。俺はちゃんと君の事も応援しているよ」
さっきの宗親とほぼほぼ同じようなセリフだった。
この人たちはBL妄想が出来れば相手は誰でも良いらしい。
「つーか、なんで会長さんはここに来たんですか?」
奏が聞いた。
「ああ、先生と約束してたんだ。夏休にこの家の客間を貸して下さるって言うので、先生の蔵書を読ませてもらおうと思ってるんだ」
「は!?」
初耳だった。
「なんでウチで?」
「別に良いだろう? 隼人君は俺の友人で俺のお客さんなんだから家に招いたって」
宗親が隼人の肩を抱いて言った。
「……それはそうかもだけど、でも小清水さんって夏休みは家か図書館で勉強ってイメージなんだけど」
「ああ、午前中は勉強して午後はここで読書、家に帰ってまた勉強という予定を組んである。仕事部屋の書斎では邪魔になるからどうしようと思っていたら、先生が俺に部屋を貸して下さると言うので毎日来る事にした」
「毎日!?」
「大丈夫だ。自転車ならすぐだから電車代の心配はいらない」
「誰も電車代の心配なんかしてませんよ!?」
「ああ、昼の心配か。大丈夫、図書館横の公園でお弁当を食べて来ているので、先生に迷惑はかけない」
「昼飯の心配もしてないです!」
「ああ、君と友人とのイチャイチャタイムを邪魔されるんじゃないかって心配だね? 大丈夫だよ、君とカナデ君がソファで何やらはじめても見つからないように覗くから」
「覗くんじゃないか! てか何もはじまらないし!」
了が全力突っ込みに息を切らしていると隼人はサラリと言った。
「俺が家にいたら、君の宿題はだいぶ楽になるんじゃないかな?」
殺し文句だった。
何も言えなくなった。逆にもう神にしか見えなくなった。
「でもちゃんと自分で宿題はするんだよ。あくまで分からない問題を手伝ってあげるってだけだからね」
そう言われたが、それでも十分だった。
隼人と宗親が書斎に入ったので、了は奏とソファに座りなおした。
「えっと、いつも騒々しくてごめん」
「いや、良いよ。普通に楽しいよ」
奏が微笑んでくれて安堵した。
宗親の発言もおかしいが、自分の突っ込みも、普通に引くレベルではないかと思っていた。
「それ聞いて安心したよ。素の俺をいっぱい見て幻滅してるかと思った」
「リョウに幻滅なんかするわけないだろ?」
奏に見つめられて顔が熱くなった。
「あー、えっと、アリガト」
つい視線をそらしてしまった。
「なんでそっぽ向くの?」
「なんでって……」
奏の顔を見ようとして、目に入った綺麗な顔にまた顔をそむける。
「意識してくれてる?」
奏はソファの背もたれに手を置いて、了との距離を詰める。
近づく顔に心臓が早くなった。
顔を上げることが出来ない。
見上げて視線があったら何されるか分からない。いや、そうじゃない。
これは目があったらキスされる雰囲気だ。
「リョウ」
名前を呼ばれたが返事が出来なかった。答えたら捕まってしまう。
「リョウ……」
囁くように呼びながら奏の手が頬に触れた。
顔を持ち上げられ視線を合わされる。
綺麗な顔すぎて見ていられない。
目を閉じたくなる。
でも目を閉じたらこれってOKってことにならないだろうか?
「リョウ……」
囁く声が更に近くなった。
唇が触れそうだった。
カシャ。
聞えた音に振り返った。
宗親と隼人が廊下でカメラを構えていた。
「ちょっと何やってんだよ、そこの二人!?」
了は叫んだ。
「はぁ、ダメですよ先生。あと少しだったのにフライングですよ」
「本当にごめん、隼人君。興奮のあまり手が震えてしまって、シャッターボタンを押してしまったんだ」
「あと1秒待ってたら絶対キスしてたのに」
「そうだよな。せっかくのシャッターチャンスをすまなかった」
「いえ、まだチャンスはあるから良いですよ」
他に誰もいないかのように会話をしている二人に了は突っ込む。
「何で俺を無視して二人で会話してんだよ! まずは覗いていた事を謝れ!」
「そこはキスの邪魔をされた事を謝れでは?」
隼人に真顔で言われた。
「え、いや、それは……別にキスしそうじゃなかったし……」
「いやぁ、今のはもうキス直前だっただろ?」
ニヤニヤしながら宗親が呟いた。
「ち、違うから。それ位顔を寄せるって普通だから、普通」
誤魔化す了に隼人が近づいた。
「じゃあ、これも普通だな」
隼人は了の腰を抱き寄せ、唇がつきそうな位顔を寄せた
カシャカシャカシャ。
「うわっ!」
了がよけた時にはすでに宗親が写真を撮った後だった。
「画像消して! 今すぐ消して!」
「いやー良い写真が撮れたよ、パネルにしよう」
「先生、焼き増しお願いします。データでも良いです」
了は隼人に突っ込む。
「あなた生徒会長ですよね!? そんな画像出回ったらクビになるんじゃないですか!?」
「どこから流出するんだ?」
確かにと思った。この家の中で完結している。
「ま、あとで俺が生徒会活動ブログにアップしても良いんだが」
「なんで自爆するんですか!?」
全員がリビングに集まったので、そのまま3時のお茶となった。
宗親が作ったデザートは、ブルーベリーの入ったチーズケーキだった。
「このチーズケーキも美味しいですね! さっきオムライス作ってる時に一緒に作業してましたよね? オーブンなんか使ってましたか?」
奏の問いに宗親はフォークを持ったままニコリと笑う。
「これはレンジで作ったんだよ。ヨーグルトを水切りしてクリームチーズと混ぜてあるんだ」
「いろいろ凄いですね。中に入ってるブルーベリーもかなり良いです」
「ただの冷凍ブルーベリーだよ」
「果物って冷凍が売ってるんですか?」
奏は感心していた。その目がキラキラして見える。
「もしかしてカナデってチーズケーキ好きなの?」
了が聞くと奏は少し顔を赤くした。
「いや、そうでもないと思ってたけど、でもこれ食べたらめちゃくちゃ美味しかった。もしかしたら好きかも」
奏の『好き』になんだかドキリとした。
奏も隼人も夕方前に帰宅した。
隼人は当然のようにまた来ると言っていた。
奏はまた来ても良いかと訊ねてきたので、もちろんと了は答えた。
夕食後、了は風呂に入りながら今日の出来事を思い返していた。
リビングのソファで奏にキスされそうになった。と思う。多分。
あの時、自分はどうしようとしていたのか。
拒絶の言葉や動作があっただろうか。
宗親がシャッターを切らなかったら、キスしていたのだろうか。
奏とキスする事に抵抗はなかった。
大好きな友達なら、キスしても嫌悪感はない。
でも恋愛感情もないのにキスするという事には罪悪感がわく。
特に自分に好意を寄せるミズキの事を思うと胸が痛む。
ミズキが悲しむような事はしたくない。
了は今日、奏とキスしなくて良かったと心底思った。
風呂から上がるとリビングのソファに座る宗親を見つめた。
「麦茶いれるけど、飲む?」
「ああ、頼んだ」
了は冷蔵庫から麦茶を取り出してグラスに注いだ。
宗親はテレビをつけたままタブレットを眺めている。
了はそんな宗親の横顔を見ていて気付いた。
宗親があと1秒我慢していれば、了と奏はキスしていただろう。
もしかしてあのシャッターはわざとだったんじゃないか?
雰囲気に流されかけていた了に気付かせるため。
了が後で後悔しないように。
宗親がそっと助けを出してくれてたんではないだろうか?
「はい、お茶」
了は宗親の前にお茶の入ったグラスを置く。
「あの、えっとさ……」
「んー?」
タブレットを見たまま宗親は適当な返事をする。
さっきはありがとうとか、意外とまともに父親らしい事するんだとか、言葉は浮かんだが素直に口に出来ない。
「えっと、何見てるの?」
誤魔化すように聞いてみた。
「あ、うん、どれをパネルにするか悩んでたんだ。でもこれが良いかなって決めたよ」
宗親は画面を翳して見せた。
了と奏のキス、してるように見える画像だった。
「ふざけんな! 俺の感謝の心を返せ!」
「リョウは何を急に切れてるんだ? 情緒不安定だな。あ、この写真が気に入らないのか? じゃあ、こっちにしよう!」
見せられたのは隼人と了のキス寸前写真だった。
「どっちもダメに決まってんだろ!」
結局、宗親は宗親だった。
腐男子はブレないらしい。
了は旅行で撮った写真を何枚かプリントして、部屋の壁に飾っていた。
ペンションの前で撮った全員集合写真の他、表情などから数枚を厳選した。
隼人とミズキの和風2ショットや、了と奏や紫苑との2ショットなどだ。
こうやって眺めてみると改めて楽しい旅行だった。
村ホラー的出来事もあったが、すべて了の勘違いだった。
一つだけ気になったのは、篠崎蓮二郎という少年の冷たい目だった。
初対面なのに、嫌われていたような気がしていた。
でもそれ以外は楽しい事ばかりだった。
「ゴウもいれば良かったのにな」
剛輝ともいつか旅行がしたいなと思った。
そのうち部活を引退したら時間も取れるだろう。
さて、夏休み初日、今日は何をして過ごそうと思っていたら、奏からメッセージが入った。
今から家に来て良いかとあったので、良いよと返信をした。
チャイムが鳴った。
「へ?」
ドアを開けると奏が立っていた。
「え、どこで連絡してきたの?」
「ゴメン、家の前だったんだ」
驚いたが奏を家に招き入れる。
「おお! カナデ君、いらっしゃい!」
宗親が満面の笑みで出迎えにきた。
「お邪魔します」
宗親はうんうんと笑顔で頷く。
「いやー、カナデ君は何気に賢いな。先手を打って、夏休み初日からリョウを独り占めっていう作戦だね。いや、おじさんはそういう計算高い攻は大好きだよ! 恋愛は駆け引きが大事だからね、ライバルを出し抜くのは悪い事ではないよ!」
「ちょっと父さん、なに暴走してんだよ! カナデは別にそんな目的で来てないってば!」
「ごめん、お父さんの言う通りだよ」
「え?」
奏の告白に了は固まってしまった。
「夏休みは嬉しいけど、その間、リョウに会えないのは淋しかったんだ。それにいつ仕事が入って会えない日が出来るかわからないから、なるべく会える日は会っておきたかった。ほら、人間てたくさん会ってると好感抱くものでしょ?」
奏の正直な告白に何も言えなくなっていた。
「ま、とにかく上がってお茶飲んで行ってよ。ランチも食べて、夜までいてくれても、泊まっていってくれても良いからね!」
宗親が笑顔で言うと奏は頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します」
二人でリビングのソファに並んで座った。
宗親はお茶を出すと、すぐに仕事場である書斎に戻っていった。
了は奏に向き直る。
「遊びに来てくれて嬉しいよ。夏休みどう過ごしていこうか考えてたんだ」
「それなんだけど、前にリョウの家に集まって宿題しようって話してたけど、それぞれの家に行ってみるっていうのはどうかな?」
「え?」
「ほら、いつもリョウの家に来てばかりだから、今度は俺の家とか、ヒビキとかミズキの家に行ってみたら面白いかなって。家庭訪問的な?」
「それ良いな!」
テンションが上がった。奏の家にもミズキや奏の家にも行ってみたかった。
「良かったよ。リョウも乗り気で。あとでみんなには俺が連絡しておくよ」
「うん、頼んだ」
元々宿題を一緒にしたり、日程を決めてどこかに遊びに行こうとは話していた。
その時には家庭訪問の話にはならなかった。
友人達の部屋に行けると思うと嬉しかった。
「えっと、もしアレなら宿題とか関係なく、リョウ一人だけでも、俺の部屋にはいつでも遊びに来てくれて良いから」
少し顔を赤らめて奏が言った。ついドキリとしてしまった。
「あ、うん、そうだな……」
奏と二人きりだと変に意識してしまいそうだった。でも友達としては普通に遊びに行きたい。
「そんなにビクつかないで良いよ」
言われて顔を上げた。
「急に襲ったりしないから、大丈夫だよ」
自分が先走っていたようで恥ずかしくなった。耳まで熱い。
「ご、ごめん、カナデを信頼してないわけじゃないから!」
頭を下げると奏は苦笑した。
「謝らないでよ。急には襲わないけど、順を追っては何かするかもしれないし」
「え?」
動揺していると奏はクスリと笑った。
「そこは怖がったり心配したりではなく、ドキドキと楽しみにしていて欲しい所なんだけどな」
もうドキドキさせられてるよと思った。
「あのさ、一つお願いがあるんだけど」
奏に言われて首を傾げる。
奏は少し緊張した面持ちに見えた。
「今からリョウの部屋を見に行っても良いかな?」
「え、俺の部屋? 良いけど掃除してないよ」
了の返事に奏は興奮したように叫ぶ。
「本当に? やった! あ、大丈夫、なにもしないから!」
「いや、疑ってないってば。じゃ、行く?」
立ち上がって、二人で二階へ向かった。
部屋に入ると奏は部屋の中を見渡した。
変な物は置いていなかったと思うが、少し心配になった。
「えっと、普通じゃない?」
「うん……普通だと思うけど、でも好きな子の部屋だと思うとちょっと緊張する」
好きという言葉に反応しそうになるのを抑えた。
もうこれは聞き流すのが一番だ。
「漫画、けっこういっぱいあるんだね」
本棚を眺めて言われた。
「見たいのがあったら貸すよ?」
「うん、ありがとう。でもどっちかと言うとここに見に来たいな。ダメかな?」
「え、別に良いよ」
家に持って帰って読むのと、ここに来て読むのと何が違うんだろうと思った。
「あ、この漫画良いな」
奏が背表紙を指さした。
「ああ、その本ね。面白くておすすめだよ。そう言えば前にシオンさんがここに来た時に同じ事言って借りていったな」
「え?」
奏の動きが固まった。
「シオンさん、前にこの部屋に入ってたんだ?」
奏の表情が曇っていた。
了は自分の失言に気付いた。
「そうだけど、でも別にちょっとだけだったし、何もないから」
手を振って否定した。その手を奏が掴む。
「え?」
顔が近づいた。
「シオンさんて、この前の旅行でも、リョウと一緒のベッドで寝たって言ってたよね?」
了は動揺した。思わず目が泳ぐ。
「それはそうだけど、シオンさんは恋愛とかじゃないから。あの人ちょっと兄弟への憧れが強いだけの不器用な人だから。サイコパスでもないし」
「サイコパス?」
「いや、なんでもない」
奏はまだ手を放してくれない。緊張して奏の顔を見上げる。
近くで見てもやはり綺麗な顔だった。
色が白いから金色に近い茶色の髪がよく似合う。
見惚れるようにして黙り込んでいると体を押された。
「え?」
ベッドに押し倒された。
何かされるのかと思ってドキドキした。けれど奏はそのまま動かなかった。
奏は了の腕を掴んだまま隣に寝そべった。
「俺もここでリョウと一緒に寝たい……」
何かされるわけではないと悟った了は、少し落ち着いて声を出す。
「寝るだけなら、友達でも出来るけど……」
「友達以上になりたい……」
顔を横に並べて、二人で見つめ合って呟くように話す。
「そういう事言う人間とは一緒には寝れないよ?」
「……そう、だよね」
奏はしみじみ呟いた。掴まれていた手がようやく解放される。
「シオンさんの立ち位置って正直羨ましいなって思うよ。自覚がなかったら、俺も全部マネしたかった。でも俺はしっかり自覚あるからね」
奏は上半身を起こして了の顔を覗きこむ。
「ちゃんと口説き落して、リョウと両想いになれるように頑張るよ」
奏の決意を聞かされて顔が熱くなった。
その時、ノックの音とほぼ同時にドアが開いた。
「やぁ! お楽しみの最中だったかな?」
宗親だった。了は慌ててベッドから起き上がる。
「ヘンな言い方やめろよな!」
「はっ! これは!」
宗親は首に下げていた一眼レフカメラで写真を撮り出した。
「だから何もしてないって! あとこのパターン2回目だから!」
宗親はシャッターを何枚も切った後で、真顔で奏に問いかけた。
「そろそろ昼飯の用意しようと思うけど、リクエストあるかなって思ってさ」
「何でも良いです。いつもスミマセン」
「いや、気にしなくて良いんだよ。それにほらお礼は今いっぱいもらったから」
宗親はカメラの画像を見てニヤニヤしていた。
「念のため言っておくけどポスターにして飾ったりすんなよ?」
「大丈夫だ! 今度はアクリルスタンドにして飾る事にする! 目立つようにリビングに!」
「絶対にダメだから!」
「じゃあ、アクキーにして持ち歩くか……」
「全部ダメ!」
宗親はすねたような顔をする。
「推しを飾るのは普通の事だと思うんだけどな?」
「推しじゃなくて息子とその友人だから!」
突っ込み疲れて血圧が上がった気がした。
「じゃあ、お昼はオムライスにしようかな」
宗親はサラリと会話を戻した。隣にいた奏の目が輝く。
「オムライス良いですね! 大好きです!」
奏が何故か横にいた了を見た。
「最後にリョウがハートとかLOVEとかケチャップで入れてくれる?」
「え、ええ?」
奏の冗談に戸惑っていると宗親がテンション高く叫んだ。
「それならリョウには今からこのメイド服を着せよう! その方が盛り上がるだろう!?」
「え、良いんですか?」
乗り気な様子の奏を遮るように了は叫ぶ。
「どっからその服出したか言ってみろ!?」
見間違いでなければ、了の部屋のクローゼットから引っ張り出したように見えた。いつの間に仕込んでいたんだ。
「あとはデザートのリクエストもあったら聞くよ?」
「デザートですか……」
奏は考えるように顎をつまんだ。
「あっ、そうだ。カナデ君とリョウの二人で作るって言うのはどうかな?」
「え、俺達で?」
奏が呟くと宗親が拳を握りしめる。
「そうだよ。お菓子作りは受の子が生クリームをひっくり返してクリームだらけになって、攻にキワドイ場所をなめられるというラッキースケベが起こるイベントなんだよ!」
「おお!?」
「ないから! あと俺は作らないから!」
全否定しておいた。奏が隣でしょんぼりしていた。
結局、昼ごはんもデザートも宗親が作ってくれた。
奏が期待の目で見つめてくるので、ケチャップでハートだけは書くことにした。
了はテーブルに並んだオムライスにケチャップを向ける。
「なんか、見られてると緊張するな……」
たかがケチャップを持つ手が震えた。
ハートは塗りつぶした方が良いんだろうか? そう思って力を入れた時だった。
「もっとこっちから大きく書くと良いぞ」
宗親が了の腕を引っ張った。
「うわっ!」
見事にテーブルにケチャップが飛び散っていた。
「うーん、失敗か」
了は宗親を振り返った。
「今、わざと腕を引いただろ! 俺をケチャップまみれにして、変な事をカナデにさせるつもりだったな!」
「酷いよリョウ、誤解だよ。純粋に事故だよ?」
「なんで片手にカメラ持ってんだよ!? しかもそれって動画かよ!?」
「うん? 気にしないで良いよ。オムライスの写真撮るだけだからね」
宗親は誤魔化した。
了は追及を諦めてケチャップでハートを書いていった。
「出来た、意外とかわいい?」
自分の書いたハートに満足していると、隣で奏が感動していた。
「リョウからのハート嬉しいよ」
奏が喜んでくれたのなら良いかと思った。
「つか、勢いで全部にハートを書いてしまった」
宗親は出来上がった三つのハートのオムライスを写真に収めていた。
四人掛けのテーブルに奏と並んで座ると、宗親が向かいに座った。
「頂きます」を言ってから了はほぼ無言で食べだした。
宗親の作る料理は基本どれも美味しかった。今回もオムライスの卵がふるふるトロトロで絶品だった。
卵を口に入れて奏が言う。
「お父さんは本当に料理が上手いですね。お仕事もしてるのに凄いです」
「いやー、でもカナデ君の口に合ったなら嬉しいよ。いつでも食べに来てね。いっそリョウと結婚しても良いんだよ?」
「ぜひお願いします!」
了は奏の腕を掴む。
「この人に乗せられたらダメだから! 男同士で結婚は出来ないから!」
「でもほら、未来は法律も変わってるかもしれないし?」
確かに今の時代を考えると、あと20年位したら普通にありえそうだなと思ってしまった。
「カナデ君がリョウの事好きでいてくれて嬉しいよ。おじさんは公平な立場でカナデ君一人だけを応援するワケにはいかないけど、みんなと同じように応援してるからね!」
「はい、ありがとうございます!」
奏は嬉しそうに答えていた。微妙に応援されてるんだか、されてないんだか分からない発言だったんだが良いのだろうか。
そもそもどうして奏が了を好きな事を知っているんだと、突っ込みたかったが堪えた。
見ていれば分かるのかもしれないし、響か奏本人から聞いたのかもしれない。
「リョウはさっきから食べるのに夢中だな。ほら、がっついて食べるから顔にケチャップがついてるぞ」
宗親が了の頬に触れた。
「ん?」
宗親がニヤリと笑う。
「あ、ティッシュが切れてた。カナデ君頼んだ」
「え?」
奏と了は見つめ合った。
あれ、これって?
「リョウ、ごめん! ティッシュがないらしいから!」
奏がちゅっと了の頬に唇を寄せてケチャップを舐めとった。
「わっ」
椅子から落ちそうになった。
了は立ち上がると宗近を指さす。
「今、絶対わざと俺にケチャップつけただろ!」
「知らないな~そんな事ないんじゃないかな~」
宗親は歌うように言う。
「その指についてるケチャップはなんだよ! 間違いなく俺につけた残りだろ!」
「気のせいじゃないかな? ほら、ご飯食べる時もラッキースケベって起こりがちだろう? 股間につかなかっただけ良かったと思えば良いよ」
「ふざけんな! そもそもティッシュはがっつり中身入ってんだろ!」
了はカウンター上に置かれたティシュに手を伸ばすと、中から紙を取り出して次々と宗親に投げつけた。
「この嘘つきめ!」
「あー家庭内暴力反対! DVだDV」
「一枚もティッシュ当たってないだろ!」
奏はそれをじっと見ていたが、横でポツリと呟いた。
「せっかくの頬にキスだったのに、まったく意識されてないな……」
了はようやく舐められた事を思いだして赤くなった。
食後の皿洗いを手伝った後で、奏とリビングのソファに移動した。
暫くテレビでも見ながらまったりしようと思っていた時だった。
チャイムが鳴った。
「あ、俺のお客さんだから」
玄関に向かう宗親を見ながら嫌な予感を覚える。
「このパターンは……」
暫くすると宗親が隼人を連れて戻ってきた。
「やっぱりこのパターンか!? てかまたシオンさんかと思ってたよ」
「俺で悪かったね」
思わず立ち上がった了に隼人は顔を寄せる。
「君はシオンさんに会えると期待していたんだね。がっかりさせて悪かった。ところでシオンさんとはあの旅行でどこまで進んだんだ? キスはしたんだろう?」
「し、してません!」
上ずった声になった。
「ほほう、やっぱりもうキスはしたんだね」
隼人は顎をつまんで頷く。
「イヤ、だからしてないってば!」
多分、きっと、自信はないけど。
「ほら、小清水さんが変なこと言うからカナデが固まってるじゃないですか!?」
キスに反応して奏が彫像になってしまっていた。
「ああ、カナデ君、悪かった。ただの冗談だよ。俺はちゃんと君の事も応援しているよ」
さっきの宗親とほぼほぼ同じようなセリフだった。
この人たちはBL妄想が出来れば相手は誰でも良いらしい。
「つーか、なんで会長さんはここに来たんですか?」
奏が聞いた。
「ああ、先生と約束してたんだ。夏休にこの家の客間を貸して下さるって言うので、先生の蔵書を読ませてもらおうと思ってるんだ」
「は!?」
初耳だった。
「なんでウチで?」
「別に良いだろう? 隼人君は俺の友人で俺のお客さんなんだから家に招いたって」
宗親が隼人の肩を抱いて言った。
「……それはそうかもだけど、でも小清水さんって夏休みは家か図書館で勉強ってイメージなんだけど」
「ああ、午前中は勉強して午後はここで読書、家に帰ってまた勉強という予定を組んである。仕事部屋の書斎では邪魔になるからどうしようと思っていたら、先生が俺に部屋を貸して下さると言うので毎日来る事にした」
「毎日!?」
「大丈夫だ。自転車ならすぐだから電車代の心配はいらない」
「誰も電車代の心配なんかしてませんよ!?」
「ああ、昼の心配か。大丈夫、図書館横の公園でお弁当を食べて来ているので、先生に迷惑はかけない」
「昼飯の心配もしてないです!」
「ああ、君と友人とのイチャイチャタイムを邪魔されるんじゃないかって心配だね? 大丈夫だよ、君とカナデ君がソファで何やらはじめても見つからないように覗くから」
「覗くんじゃないか! てか何もはじまらないし!」
了が全力突っ込みに息を切らしていると隼人はサラリと言った。
「俺が家にいたら、君の宿題はだいぶ楽になるんじゃないかな?」
殺し文句だった。
何も言えなくなった。逆にもう神にしか見えなくなった。
「でもちゃんと自分で宿題はするんだよ。あくまで分からない問題を手伝ってあげるってだけだからね」
そう言われたが、それでも十分だった。
隼人と宗親が書斎に入ったので、了は奏とソファに座りなおした。
「えっと、いつも騒々しくてごめん」
「いや、良いよ。普通に楽しいよ」
奏が微笑んでくれて安堵した。
宗親の発言もおかしいが、自分の突っ込みも、普通に引くレベルではないかと思っていた。
「それ聞いて安心したよ。素の俺をいっぱい見て幻滅してるかと思った」
「リョウに幻滅なんかするわけないだろ?」
奏に見つめられて顔が熱くなった。
「あー、えっと、アリガト」
つい視線をそらしてしまった。
「なんでそっぽ向くの?」
「なんでって……」
奏の顔を見ようとして、目に入った綺麗な顔にまた顔をそむける。
「意識してくれてる?」
奏はソファの背もたれに手を置いて、了との距離を詰める。
近づく顔に心臓が早くなった。
顔を上げることが出来ない。
見上げて視線があったら何されるか分からない。いや、そうじゃない。
これは目があったらキスされる雰囲気だ。
「リョウ」
名前を呼ばれたが返事が出来なかった。答えたら捕まってしまう。
「リョウ……」
囁くように呼びながら奏の手が頬に触れた。
顔を持ち上げられ視線を合わされる。
綺麗な顔すぎて見ていられない。
目を閉じたくなる。
でも目を閉じたらこれってOKってことにならないだろうか?
「リョウ……」
囁く声が更に近くなった。
唇が触れそうだった。
カシャ。
聞えた音に振り返った。
宗親と隼人が廊下でカメラを構えていた。
「ちょっと何やってんだよ、そこの二人!?」
了は叫んだ。
「はぁ、ダメですよ先生。あと少しだったのにフライングですよ」
「本当にごめん、隼人君。興奮のあまり手が震えてしまって、シャッターボタンを押してしまったんだ」
「あと1秒待ってたら絶対キスしてたのに」
「そうだよな。せっかくのシャッターチャンスをすまなかった」
「いえ、まだチャンスはあるから良いですよ」
他に誰もいないかのように会話をしている二人に了は突っ込む。
「何で俺を無視して二人で会話してんだよ! まずは覗いていた事を謝れ!」
「そこはキスの邪魔をされた事を謝れでは?」
隼人に真顔で言われた。
「え、いや、それは……別にキスしそうじゃなかったし……」
「いやぁ、今のはもうキス直前だっただろ?」
ニヤニヤしながら宗親が呟いた。
「ち、違うから。それ位顔を寄せるって普通だから、普通」
誤魔化す了に隼人が近づいた。
「じゃあ、これも普通だな」
隼人は了の腰を抱き寄せ、唇がつきそうな位顔を寄せた
カシャカシャカシャ。
「うわっ!」
了がよけた時にはすでに宗親が写真を撮った後だった。
「画像消して! 今すぐ消して!」
「いやー良い写真が撮れたよ、パネルにしよう」
「先生、焼き増しお願いします。データでも良いです」
了は隼人に突っ込む。
「あなた生徒会長ですよね!? そんな画像出回ったらクビになるんじゃないですか!?」
「どこから流出するんだ?」
確かにと思った。この家の中で完結している。
「ま、あとで俺が生徒会活動ブログにアップしても良いんだが」
「なんで自爆するんですか!?」
全員がリビングに集まったので、そのまま3時のお茶となった。
宗親が作ったデザートは、ブルーベリーの入ったチーズケーキだった。
「このチーズケーキも美味しいですね! さっきオムライス作ってる時に一緒に作業してましたよね? オーブンなんか使ってましたか?」
奏の問いに宗親はフォークを持ったままニコリと笑う。
「これはレンジで作ったんだよ。ヨーグルトを水切りしてクリームチーズと混ぜてあるんだ」
「いろいろ凄いですね。中に入ってるブルーベリーもかなり良いです」
「ただの冷凍ブルーベリーだよ」
「果物って冷凍が売ってるんですか?」
奏は感心していた。その目がキラキラして見える。
「もしかしてカナデってチーズケーキ好きなの?」
了が聞くと奏は少し顔を赤くした。
「いや、そうでもないと思ってたけど、でもこれ食べたらめちゃくちゃ美味しかった。もしかしたら好きかも」
奏の『好き』になんだかドキリとした。
奏も隼人も夕方前に帰宅した。
隼人は当然のようにまた来ると言っていた。
奏はまた来ても良いかと訊ねてきたので、もちろんと了は答えた。
夕食後、了は風呂に入りながら今日の出来事を思い返していた。
リビングのソファで奏にキスされそうになった。と思う。多分。
あの時、自分はどうしようとしていたのか。
拒絶の言葉や動作があっただろうか。
宗親がシャッターを切らなかったら、キスしていたのだろうか。
奏とキスする事に抵抗はなかった。
大好きな友達なら、キスしても嫌悪感はない。
でも恋愛感情もないのにキスするという事には罪悪感がわく。
特に自分に好意を寄せるミズキの事を思うと胸が痛む。
ミズキが悲しむような事はしたくない。
了は今日、奏とキスしなくて良かったと心底思った。
風呂から上がるとリビングのソファに座る宗親を見つめた。
「麦茶いれるけど、飲む?」
「ああ、頼んだ」
了は冷蔵庫から麦茶を取り出してグラスに注いだ。
宗親はテレビをつけたままタブレットを眺めている。
了はそんな宗親の横顔を見ていて気付いた。
宗親があと1秒我慢していれば、了と奏はキスしていただろう。
もしかしてあのシャッターはわざとだったんじゃないか?
雰囲気に流されかけていた了に気付かせるため。
了が後で後悔しないように。
宗親がそっと助けを出してくれてたんではないだろうか?
「はい、お茶」
了は宗親の前にお茶の入ったグラスを置く。
「あの、えっとさ……」
「んー?」
タブレットを見たまま宗親は適当な返事をする。
さっきはありがとうとか、意外とまともに父親らしい事するんだとか、言葉は浮かんだが素直に口に出来ない。
「えっと、何見てるの?」
誤魔化すように聞いてみた。
「あ、うん、どれをパネルにするか悩んでたんだ。でもこれが良いかなって決めたよ」
宗親は画面を翳して見せた。
了と奏のキス、してるように見える画像だった。
「ふざけんな! 俺の感謝の心を返せ!」
「リョウは何を急に切れてるんだ? 情緒不安定だな。あ、この写真が気に入らないのか? じゃあ、こっちにしよう!」
見せられたのは隼人と了のキス寸前写真だった。
「どっちもダメに決まってんだろ!」
結局、宗親は宗親だった。
腐男子はブレないらしい。
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