父が腐男子で困ってます!

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村ホラーへようこそ!

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「リョウ、今度の休みに旅行に行くから」
「は?」
夏休みももうすぐという中、夕飯後にいつものように突然宗親が言い出した。

「え? 何言っちゃってんの? 俺にも予定ってものがあるんだよ。友達と出かけるとかいろいろさ」
「ああ、大丈夫だ。何故ならお前の友達は、みんな一緒に行くからな」
「は?」
驚く了に宗親は続ける。

「ゴウ君は部活の練習だから来れないって事だけど、他のみんなはOKだったぞ」
「他のみんな?」
首をかしげる了に、宗親は指を折りながら言う。

「ヒビキ君、ミズキ君、カナデ君、ハヤト君、そして紫苑君だ!」
「え、そこに生徒会長サマが入ってんの? シオンさんまで? え、マジで?」
「ああ、そうだよ。みんなリョウと旅行に行きたいと言ってくれている。さすがリョウの恋人候補なだけある。いや、もう全員と付き合っても良いんだぞ? あ、でも父さん浮気するようなビッチは嫌いだからな、これはもう、そういう宗教作ろうか?」
「突っ込みが追い付かないよ! つーか、最後のヤツは本気で怖いからやめてくれ!」
「あはは、冗談に決まってるだろう」
宗親はにこやかに笑っていたが、この人ならやりかねないと思えて怖かった。

「ちゃんと親御さんの許可も取ってあるからな、リョウは安心して恋人を選ぶんだぞ!」
「許可取ったのはあくまで旅行のだよな!? 間違っても恋人候補とか変な事言ってないだろうな!?」
「ああ、大丈夫だよ。恋人の話は美姫さんとしかしてないよ。あ、もちろん美姫さんはOKだ!」
「美姫さんにもしないでくれ!」
了は突っ込みすぎて血管が切れそうだった。




旅行当日、宗親に連れられ某県のさびれた無人駅で列車を降りた。
響は最初からテンションが高かったが、無人駅と田舎の風景に感動して叫んでいた。
「ヤバイ! 田舎、ヤバイ!」
何がヤバイのか分からなかったが、とにかく楽しそうだった。

他の面々と初対面になる紫苑の事が心配だったが、すぐに打ち解けて今では普通に話している。
特に人間嫌いの奏とサイコパス……ではなく、不器用な紫苑がどんな会話をするか不安だったが、他のメンバーがいるせいかまったく問題がないようだった。
生徒会長の隼人と、大人びて落ちついた雰囲気の紫苑は、相性が良いようで会話が弾んでいるように見えた。
今も歩きながら楽しそうに話している。
「リョウや宗親さんのお陰で、こんなにたくさんの人と出会えて感謝してるんだ。まるで家族がたくさん出来たみたいで嬉しいよ」
「先生が再婚されたら、シオンさんはリョウと兄弟ですね。それは仲の良い兄弟になりそうですね」
「そう思ってもらえて嬉しいよ。お風呂も一緒に入って髪を洗ってあげたいと思ってるんだけど、でも、リョウはちょっと嫌みたいなんだ」
「それは照れ隠しです! 絶対に洗って欲しいはずですよ! 体も隅々まで!」
「なんだ、照れ隠しだったんだね、じゃあ、一緒に寝るのを嫌がるのもそうかな?」
「そうですよ、照れてるだけですよ」
「そこ、会話ヤメロ! 生徒会長が嘘をつくな!」
了が全力で突っ込んだが、隼人は爽やかに前髪をかき上げた。

「失礼だな。俺は嘘は言っていないよ。あくまで君の心を想像して話したまでだよ」
「俺の心の想像じゃなくて、あんたの願望だろ!?」
隼人は了を無視して紫苑に微笑む。
「彼はシャイで照れ屋なので気にしないで下さい」
了は突っ込む気力を失った。まだ旅行は始まったばかりだ。ここで全力を出し切るわけにはいかなかった。

駅からは畑と民家が並ぶ道を歩かされた。
すぐ近くには山の峰々が見えるが、道は坂道もなく歩きやすかった。

「おじさん、駅からけっこう歩くんですか?」
響が暑そうに汗をぬぐいながら訊ねた。
「ま、ぼちぼち歩くかな。でももう目的地の村には入ってるんだよ。ここは自然が多くて良い場所だよ」
「確かに綺麗な風景ですね」


了はあらかじ目的地の事を少し聞いていた。
村の一角に、都会から移民したいという人を集めた区域があって、そこの住民に宗親の友人が複数いるとの事だった。
移民してきた人達は農家や趣味を生かした商売をしたりいろいろだったが、その中でペンションを営んでいる人がいるとの事で、今回はそこに泊まる事になっていた。

「ペンションに泊まるとか、リョウはミステリーを想像しちゃうんじゃない?」
了がミステリー好きな事を知っているので、奏に訊ねられた。
「うん、そういう系の小説は大好き。でも、実際に殺人事件が起きるのは期待してないよ」
「まぁ、現実はそうだよね」
そんな事を話していると、横でミズキがポツリと呟いた。
「村って言うと、最近は村ホラーってジャンルが映画ではやってるよね」
「え?」
了の背筋が寒くなった。

「ちょっと待って、俺、ミステリーは好きだけどホラーはダメだから」
「何が違うかわからない」
ミズキが真顔で言った。
「いや、ぜんぜん違うよ。ミステリーは謎解きがメインで、犯人がいて真相判明する現実的な話なの。それに対してホラーは怖がらせるのが目的だろ? だから幽霊とか超常現象が起こる。俺はアレがダメなんだよ。超常現象は太刀打ちできないじゃん? そういうワケで俺はミステリーは好きだけどスプラッターとかホラーはダメなんだよ」
「でもリョウも村ホラー映画見てなかったっけ? 前に見たって聞いたと思うけど」
ミズキに言われて思いだした。
「あれはミステリーだと思って見たらホラーだったんだよ! そのヘン、映画選ぶときに難しいんだよ」
「確かに紛らわしいかもね」
奏が理解してくれたようで頷いた。

「普通、ミステリーファンは現実的だから幽霊なんか信じていないものだが?」
生徒会長の隼人が会話に混ざってきたので了は答える。

「いや、もちろん幽霊も超常現象も信じてないよ。現実主義のミステリーファンだからね。でも、急に驚かされたら怖いし、幽霊とかスプラッタ-とかニセモノの映像でも気持ち悪い物はやっぱり嫌なんだよ」
「なるほどね」
ミズキが納得したように呟いた。
その横で、隼人がミズキと奏に笑顔を向ける。
「これはリョウを怖がらせて落とすチャンンスだよ。今夜は肝試し決定だな。肝試しでラッキースケベはBLでも王道だよ!」
「小清水さん会話聞こえてるんで! 俺、絶対肝試し行かないんで!」
それだけは絶対に避けたかった。

「あ、人がいるよ。第一村人発見だ!」
響がテンション高く叫んだ。見ると畑に人がいた。
「こんにちは!」
響が大きな声で挨拶をした。
田舎は出会った人全員に挨拶するべきなのかと思っていると、奏が響の服を掴んだ。

「違うよ、ヒビキ。あれは案山子だよ」
「カカシ? え、でも……」
響は駆け寄って端から案山子の顔を覗きこんだ。
「うわ!」
その悲鳴に了はビクリとしてミズキの背中に隠れた。

「あれか、人間が死んでるパターンか? いや、カカシに包丁が刺さって血まみれになっているとかいう、ホラー映画冒頭のお約束ショッキング映像ってヤツか?」
「いや、ただのカカシだよ」
安心させる落ち着いた声でミズキが告げた。
「え、本当?」
「いや、普通じゃない」
響が振り向いた。

「すっごいイケメンだよ」
「は?」
全員で案山子に近寄ってみた。

ショップで飾られているマネキンのようにスタイルが良い案山子だった。しかも顔が異常に良い。
マネキンというより人間に近い人形という顔だった。
非常に整った顔で、日本人というより、ロシア人かビジュアル系バンドマンみたいな顔だ。
「なんか逆に怖いんだけど」
ミズキの背中で怯えながら了が言った。

「ああ、これは篠崎さんの人形だよ」
「え?」
全員が振り返ると宗親が微笑んでいた。
「この村に移住してきた篠崎ともかさんて人形師がいてね、その人が作ったカカシだよ。いやーやっぱ見事だよなー。でもこれでも失敗作らしいよ。ともかさんの作品は個展も開かれる程人気で、高値で売れるらしいよ」
みんな返す言葉がみつかなかった。
取りあえず人形師ってすごいという感想にとどまった。


暫く歩くと民家の数がぐんと増えた。
「ああ、もう町の中心だよ。ペンションももうすぐだよ」
宗親が明るく告げた。
先ほどまでは畑ばかりだったのが、町らしい景色に変わっていた。

「今日は観光館前でマルシェがあるって言ってたから寄って行こうか」
宗親は勝手に決めて進んで行く。了は追いかけながら訊ねる。
「マルシェって何? なんかイタリアかフランスの広場で行われる系だった気がするんだけど」
「ああ、単に朝市の事だよ」
「だったら朝市って言えよ! どんなイベントかと思うじゃんか!」
「ん-夜には仮面舞踏会もあるぞ?」
「それってつまり?」
「浴衣にお面つけて踊る夏祭りだな」
「だったらそう言ってくれ! ヨーロッパ的な祭りと勘違いすんだろ!」
了は全力で突っ込んでいたが、周りの友人達は気にした様子もなかった。
「俺、祭り大好きだよ! 盆踊りもよさこいも任せてくれ!」
「仮面舞踏会か、興味あったな……」
響と隼人がそれぞれ呟いていた。

観光館と書かれた看板の前まで来ると、駐車場に人だかりができていた。
「あれは何?」
了が訪ねると宗親が答える。
「観光に来た人にウェルカムドリンクを配ってるんだよ。みんなももらってくると良いよ。無料だよ」
「やったー!」
響が駆けだそうとするのを了が掴んで止める。
「待て! 初めて来た村で配られてる飲み物はヤバイ物だって相場が決まっている! 睡眠薬入りかドラッグ入りかの二択だ!」
「媚薬かもしれないな」
隼人のとどめのような一言で了は青くなる。
「ヤバイ、絶対ヤバイよ……」
怯える了に奏が冷静に言う。
「さっき村ホラー映画の話したから、完全に思考がそっちにいっちゃってるんだな」
「普通に美味しいよ?」
いつの間にもらって来たのか、カップに入ったドリンンクをミズキが飲んで見せた。
「うわ! ミズキ!」
動揺する了にミズキはカップを見せる。
「ただの飲み物だよ。普通に甘くて美味しいからリョウも飲んでみなよ」
「や、やだよ。毒々しい緑だし、なんかヤバイ物煮詰めたような色してるよ。絶対苦いよ。甘いなんて嘘だよ」
奏の影に隠れて怯える了に、宗親が告げる。

「これはこの村でとれた野草、野菜、果物を煮詰めたジュースだよ。健康に良いんで、この村の名産物として土産物として一番売れてる商品だよ」
「ま、マジか?」
了以外の人間はみんな受け取って美味しそうに飲んでいた。
了はミズキの持っていたカップをもらって怖々飲んでみた。
「あ、美味しい」
色は不気味な緑色だったが甘くて美味しかった。ついお代わりをもらって来てしまった。
帰りに買って行こうと思ってしまった。

観光館の前で、マルシェという名の朝市をグルリと見学してみた。
畑でとれた野菜や果物が多かったが、中には手作りのお菓子や雑貨も売られていた。
あちこちから良い匂いも漂ってくる。
見渡すと焼きまんじゅう、トウモロコシ、ホタテなどの文字が見えた。
どれも美味しそうだった。

「お、そこの兄ちゃん、ハンバーガーはどうかな?」
声をかけられ了は振り返った。
人の良さそうな老人が、テントの中で満面の笑みを浮かべていた。
「ハンバーガーですか?」
「そうだよ。うちの農場の羊肉で作ったハンバーガーだ。肉は焼き立てだぞ」
目の前の鉄板でハンバーグが焼かれていた。
ジューっという音も含め、涎が出る程おいしそうだった。
「えっと、じゃあ一個下さい」
お金を払うと目の前で肉がパンに挟まれ、出来たてを渡された。
一口齧ってみた。

「うま!」
了は思わず呟いた。響が目ざとく声をかけてくる。
「リョウ、一口くれ!」
「ん」
了が差し出すとパクリと齧りついてきた。勢いで指に唇が触れた。
「ちょっとヒビキ、俺まで食うなよな」
「食べないよ、人肉なんかマズイに決まってるし。あ、このハンバーガーうまっ!」
会話をする二人を見て老人は呟く。

「おやおや、それも人肉だよ。美味しいだろう?」
「え?」
了は固まった。老人の笑顔が普通の笑顔に見えなくなった。薄気味が悪く見える。
「……羊肉っていうのは、人肉の暗喩だって知らないのかな、ふふふ……」

背筋が冷えた。
今まで読んだミステリーに腐る程出てきた。
旅先の洋館で出てくる肉は人肉パターンだ。

「うわー! 俺はお約束中のお約束にひっかかってしまったのか!」
頭を抱えて蹲る。
「リョウ、真に受けてるのお前位だぞ」
響の声に顔を上げると、みんながハンバーガーを食べていた。
いつの間に取られたのか、了の手の中にあった物をみんなで回し食いしているようだった。
「俺、羊肉って初めて食べた」
「俺も」
ミズキと奏が話す横で、宗親が呟いた。
「ん、羊の味だな」
確認の為に老人を見るとニコニコと笑っていた。
どうやらからかわれただけのようだった。


マルシェを見た後、観光館前のメイン通りを抜けると、山に向かう一本道に入った。
木々に囲まれたゆるい坂道を上がっていると、建物が見えてきた。
「あれが目的地のペンション?」
「そうだよ」
了が聞くと宗親が答えた。
おしゃれな雰囲気の新しい建物だった。
ホテルとペンションの違いが了にはよく分からなかったが、建物を見る限り、ホテルに来たというより洋館に来たという印象だった。

「やったー天竺到着!」
響が大きな声で叫んだ。天竺って、いつから三蔵法師一行になっていたんだ?
突っ込みかったが疲れていたので諦めた。

入口ドアの上には『ペンション ビューティフルライフ』と名前が書かれていた。
宗親がドアを開けて中に入って行くので、みんなでそれに続いた。

木目を生かした暖かな雰囲気の内装だった。広いし清潔感もあり、テンションが上がる。
一階はどうやらレストランとしても営業しているようだった。
「いらっしゃいませ」
「お待ちしていました」
声をかけてきたのは女性二人だった。宗親と同じ位の年齢に見えた。
「宗親さん、久しぶり」
「会いたかったよ。ミユキちゃん、ユカリちゃん」
宗親は女性二人と親し気に話し出した。了はそれを冷ややかな目で見つめた。

知り合いって女性とか聞いてないし、つーか親し気だし。もしかして愛人とか? いや、愛人二人もいるのか? いやいや、独身だから恋人か? いや、そもそも恋人も二人必要か? 美姫さんもいるくせに! もしかして離婚理由も浮気なのか!?

「リョウ、大丈夫?」
紫苑に聞かれ、了は我を取り戻した。
「すみません、ちょっと動揺してしまって……」
話していると女性二人がやってきた。ロングヘアがミユキさんで、ショートヘアがユカリさんと呼ばれていた。

「あなたがリョウ君ね! 噂は聞いてたのよ。宗親さんってば息子自慢が凄かったから、ずっと会いたかったの」
「噂以上に美少年ね。本当に目の保養だわ。お友達もみんなイケメンね」
ミユキさんは両手を組んで瞳を輝かせて言った。
「えっと、お世話になります」
了が挨拶していると宗親が話し出した。

「この美女二人がここの共同経営者。オーナーだよ。部屋の案内は俺が今からするけど、このペンションの部屋はコンセプトルームなんだよ」
「コンンセプトルーム?」
首を傾げる響に、宗親は説明する。
「それぞれ部屋にテーマがあるんだ。とりあえず部屋を見に行って好きな部屋を選んでくれ。今回は二人部屋4つ借りたが、一つは俺用だから後の3つに二人づつ泊まってくれ」
宗親はスタスタと二階の階段に向かった。

「ここからの並びの4つを借りてるから、順番に見て良いぞ」

二階の廊下で宗親に言われ、了はワクワクしながら一つ目の扉を開けてみた。
「おお!」
「なにこれ、かわいい」
「不思議の国?」
響、了、奏がそれぞれ呟いた。

部屋の中はトランプをモチ-フとした部屋だった。白い壁にトランプのカードやダイヤ、クラブ、ハートなどの模様が飾られている。
「目がチカチカする」
ミズキが現実的な感想を述べていた。確かにかわいいが女子向けな部屋な気がした。

次の部屋に向かった。
ドアを開けると壁に描かれた富士山の絵が目に飛び込んできた。
「これはまた芸術的な部屋だな」
隼人が呟いた。
壁に金色の雲が描かれていて、和風モダンな部屋だった。
「これもまた綺麗な部屋だな」
それぞれが見学してから次の部屋に向かった。

次は鮮やかなブルーの部屋だった。
海をイメージしているようで、ベッドには貝の大きなクッションが置かれていた。
「なにこれヴィーナスの誕生ごっこが出来る感じ?」
奏の感想に、ボッティチェリの絵画を思いだした。裸の女神が貝の中に立っている絵だ。
「リョウ、この部屋に泊まるなら裸で寝ると良いよ」
隼人がさわやかに告げた。
「前から思ってたんですが、生徒会長がセクハラ発言はどうかと思います!」
「今のセリフはセクハラになるか? ヴィーナスの誕生は芸術じゃないかな?」
「俺は芸術とかじゃないんで!」
突っ込み疲れたので次の部屋に向かった。

先陣を切って響がドアを開けた。
悲鳴が上がった。
「う、うわー!」
「どうした!?」
了の頭の中に数々のミステリーの場面が浮かんでいた。

洋館の扉を開けると死体があるのがミステリーでのお約束だ。まぁ、ホラー映画もだが。
了は響の後ろから部屋を覗きこんだ。
「わ!」
一瞬驚いたがすぐに理解した。

部屋の中に、先ほど畑で見たのと同じような、美形の人形が置かれていた。
「マジでビビった。人がいるのかと思った」
響も人形だと認識したようで、胸をなでおろしている。

「これは人形作家篠崎ともかさんの作品だよ。しかも最高傑作の部類だ」
宗親が楽しそうに言いながら、ベッドに座るように置かれていた人形に近寄った。
ロシア人と日本人のハーフのような顔立ちの美形の少年の人形だ。
「ほら、こっちにも一人いるよ」
もう一体は部屋の奥のソファ席に座らされていた。先ほどの人形より少し大きく、おとなびた顔をしている。

「この部屋はね、こうやって楽しむ部屋だよ」
宗親はソファにあった人形を持ってくると、ベッドにいた人形を押し倒す格好にした。
「ちょっと待った! 何してんの!」
了は全力で突っ込んだ。今日一番の大声になってしまった。

「ああ、やっぱり、ともかさんの人形は良いな。本物の人間みたいだ。ほら腕も顔の位置もこうやって動かせるんだ」
押し倒された少年の顎にもう一体の手を乗せ、顔と顔を寄せて固定した。
キスシーンというかラブシーンの始まりに見えた。

「これはなかなか素敵ですね」
隼人がスマホを出してシャッターを切りまくっていた。
「そうだろう。この部屋にいると撮影会になってしまうんだよ。それに想像も止まらなくなって、創作が捗るんだよ」
「先生の気持がよく分かります!」
隼人と宗親は二人で盛り上がっていた。
「ちょっとそこ、勝手にこんな事して、オーナーさん達の気分を害すんじゃないの!? こういう悪ノリは外でしちゃダメだろう!?」
了は注意するように二人に向かって言った。
宗親が振り返る。

「リョウ、お前はまだ何も分かってないんだな」
「え?」
宗親は絡み合う人形を指さす。
「こっちの受けの人形の名前はユキ、攻めの人形の名前はユカだ」
「ん?」
何を言っているか分からない。人形に名前があるという事か。いや、その名前どこかで聞いた。
「あ……」
了は気付いた。さっきの女性二人の名前はミユキとユカリだった。
「そうだ、やっと気付いたか!」
宗親は胸を張った。

「このペンションのオーナーはその二体の人形を自分たちの分身として購入したんだ! 二人共腐女子だし、更に二人は恋人同士でもある! ここは腐女子のオーナーが腐女子や腐男子が楽しめるように開いたペンションなんだ!」

了はショックのあまり膝からくずおれた。
まさか旅行先にこんな罠があるとは思っていなかった。

「えっと、昔からの知り合いの人のペンションって言ってなかった?」
「昔からの知り合いだぞ。腐繋がりのな」
かえす言葉が見つからなかった。
愛人とか恋人ではないかと疑っていたが、まさかの同志とは。

了は気付いた。友人達の反応があまりない。
「え、なんかみんな冷静だな。驚かないの?」
了が聞くとミズキが頷き、奏が言った。
「最初からそんな気はしてたからね。驚かないよ」
「まぁ、ペンションの名前聞いた時から想像はついたから」
紫苑の言葉に首をひねる。

「ペンションの名前?」
「なんだリョウはまだ気付いてないのか? ペンションBLって書いてあっただろ?」
「え?」
入口で見た文字が『ペンションビューティフルライフ』だった事を思いだした。
「え、なにそれ? マジか?」
「地図とか見ると、略してペンションBLってしっかり出てくるよ」
紫苑がスマホ画面を見せてくれた。
そう言えばさっきオーナー二人が、美形とかイケメンとか了と友人を見てテンション上げていたなと思いだした。

しゃがみこんでいる了を無視して、宗親は友人達に話しかける。
「今見てきた部屋が、今回君達が泊まる部屋だ。二人で一組、好きな部屋に泊まってくれ。あ、俺は一人でこの部屋を使うんで、さっきの3部屋から選んでくれ」

説明を聞いて奏がこちらを見た。同じ部屋になりたいという事だと思うが、はっきりと告白されているので、なんとなく避けたかった。
自分はミズキと奏とは同部屋は良くないだろう。いろんな意味で。

坐ったまま考えていると、横にいた紫苑が手を差し伸べてきた。
了はその手につかまって立ち上がる。
「シオンさん、俺と一緒の部屋に泊まります?」
「リョウが良いんなら喜んで」
微笑んで言われて、あっさりと決まった。
紫苑は一人だけ学校が違い、みんなとは今回が初対面だ。自分が同室になるのがベストだと思われた。

横を見ると、他のメンバーもすんなりと決まっていた。
話し合いの結果、トランプの部屋に響と奏。富士山の部屋にミズキと隼人。青い部屋に了と紫苑となった。



部屋に荷物を置いた後で、観光で近所の神社に向かった。
宗親は作家だけあって古事記や日本書紀が好きで、当然神社も大好きだった。

「ここは小さいが本殿の彫刻が見事なんだよ。諏訪神社って知ってるか? タケミナカタを祀っている神社だ。タケミナカタはオオクニヌシの息子で、あのタケミカヅチと相撲をして負けた事で有名な神だ。いわゆる国譲りの話だな」
ほぼほぼ友人達はついていけない内容だった。
隼人と紫苑だけが宗親の話に頷き、盛り上がっていた。
その横で響が指をさした。
「あっちに橋がるんだけど?」
「見に行こうか。眺めが良さそうだし」

進んで行くと大きな橋が見えた。その上に何故か人だかりがあった。
「待って、あれって……」
了は響の服を掴んで止めた。みんなも立ち止まる。
急にあたりが暗くなり、寒気を感じた。嫌な気配がした。
男が一人、欄干に上った。その脚が震えていた。

了はゴクリと唾を飲み込んだ。
「これってもしかして自殺なんじゃ?」
ミズキが首を振る。
「いや、人がいるから自殺の教唆じゃないか?」
「でも脅迫されてる雰囲気はないよ。自分で上がったし」
奏の言葉に、了は震えながら頭を抱えた。
今まで見たミステリーやホラー映画が頭をよぎる。

「これはアレじゃないか? この村特有の儀式的な……数年に一度、生贄を龍神様に与えるとかそういうヤツ。そういえばさっきの諏訪神社ってご神体がヘビで、タケミナカタって龍蛇の神様って説がなかったか? もしかしてこれは神事的な……」 
男が橋から飛び降りた。
「ひっ!」
完全にホラーだ。ヤバイ村だ。逃げないとみんな生贄にされてしまう!
了が涙目になった時、ミズキが呟いた。

「バンジーみたいだよ」
「え?」
了は欄干から下を覗きこんだ。
ぶら下がっている男が見えた。ピースサインをして上に合図している。

橋の上にいた人たちが了達に気付いた。
「観光の人ですか? バンジーどうですか? 一人1500円ですよー」
「……」
了はみんなに慰められながら、宗親達のいる神社に戻った。

「リョウ、どこに行ってたんだ?」
紫苑に聞かれてしまった。
「……ちょっと橋から川を見てました」
もうこの村をホラーな村だと疑うのはやめようと思った。


夕食はミユキの作るフランス料理のフルコースだった。
了はもう人肉や儀式を疑う事なく、美味しくそれを食べた。
友人達と食べるフルコースは最高だった。
食事の後はオーナー二人も含め、遅くまでみんなとゲームをしたり会話をしたりして楽しく過ごした。

部屋に戻ったのは22時頃だった。
了は荷物をひっくり返しながら同室の紫苑に声をかけた。
「お風呂どうしましょう? シオンさんが先に入りますか? さっき見たけど、洗い場と湯船は別の結構広いお風呂場でしたよ」
このペンションは各部屋に風呂がついていた。

「うん、そうだね。広いお風呂だったね」
紫苑はニッコリと笑いながらベッドに座る了の前に立った。
「ここなら一緒に入れるね。やっと俺の夢が叶えられそうで嬉しいよ」
「え?」
紫苑は美しく微笑んだまま言った。

「リョウ、一緒に入ってくれるよね? 君の髪から体の隅々まで洗ってあげたいんだ」
「やっぱ、その話ですか! 絶対無理です!」
了は全力で拒否した。
だが紫苑は気にした様子もなく了の手を掴む。

「じゃあ、みんなと一緒に大浴場に行く? そっちで隅々まで洗ってあげても良いけど」
「いや、そういう問題じゃないんで!」
叫ぶ了の前に紫苑は跪いた。
「え?」
動揺する了の手を掴んだまま、紫苑は見上げてくる。

「どうしても駄目なの? いつ宗親さんと母さんが入籍するかもわからないし、このままじゃ俺の夢は一生叶わないかもしれない。俺はただ弟という存在を実感したいだけなんだ」
「う……」
紫苑に変な気持ちがないのは分かっていた。
この人は純粋に弟を欲しいと思って、大事にしたい、世話をしたいと思っているだけなんだ。

潤んだ瞳で見つめられ、了は折れた。

「わかりました。一緒に入りましょう」
「ありがとう、リョウ」
紫苑は嬉しそうな顔をした。

その顔を見るとこれで良いかと思えてしまった。
男同士で風呂に入るのは、別に変な事ではない。
大浴場なら普通の事だ。

了はそう思う事にした。


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