上 下
18 / 25

色欲の秋は断固拒否です

しおりを挟む
「ルイーゼは?ルイーゼはどこ?」
「フローライト様、ルイーゼは彼女の母国であるフランメ王国におります」
「どうちて?ルイーゼはわたくちにないちょで、いなくなったりちないわ」
「ルイーゼは母国で新しい家族ができたのです。事情がございまして、フローライト様にご挨拶する間も無く帰国する事になってしまったのです」
「ぢ、ぢょう?……ちらないわ!ルイーゼをちゅれてきて!ルイーゼがいないなら、わたくちなんにもちないんだから!」
「フローライト様、そのような事を仰ったら、お父様とお母様が哀しまれますわ」
「かなちまないわ!お父ちゃまも、お母ちゃまも……っ、…わたくちがきらいなんでちゅもの!」
「そんな事は」
「ちょうなんだもの!ルイーゼがゆってたもの!わたくちがうまれたから、お母ちゃまはちんじゃいちょうになって、今だって、お体がわるくて、おへやから出ることもできないって。お父ちゃまは…わたくちより、まりょくがたくちゃんあるお兄ちゃまのほうがだいぢだから、わたくちがほんとうはいらないって。わたくちをいちばんたいちぇつにおもっているのは、ルイーゼだけだって…っ」
「フローライト様!」
ああ、凄いわ、フローライト。もう直ぐ三歳ですがまだ二歳ですのに、スラスラと淀みなく言葉が出てくるなんて。ナハト様の遺伝子が入るとこれほど賢く育ちますのね。けれど、子供らしい舌足らずの可愛らしい声で、可愛らしくない事を言い続けるフローライトは、危惧していた通りにルイーゼに洗脳されているようです。
監禁部屋の寝台の上で、フローライトの様子を魔道具で視ていた私は胸が引き絞られるような痛みを覚えました。
この魔道具は、前世の監視モニターのような働きをする道具で、魔石が動力になっているので魔力が無い人でも使用できる優れものです。ゾンネ王国には優れた魔道具職人が多くおり、魔道具は国の主産業の一つになっております。
この魔道具を造ったのはナハト様で、私が魔力を使わなくてもすむようにしてくれております。
限界に挑戦するような夫婦の営みに励んだ結果、またもや動けなくなった私ですが、子供達を心配する私のためにナハト様がこのモニターならぬ、遠隔透視珠を用意して下さいました。
私がいない間、フローライトの世話係りをしている
セーラは、彼女にルイーゼがいなくなった理由を再婚と伝えているようですが、勿論その理由は嘘です。ナハト様は詳しく教えて下さいませんでしたが、ルイーゼは既にナハト様の指示によって何らかの処分が下されているようです。
ルイーゼに懐いていたフローライトにとっては寝耳に水で、混乱するのも仕方がありませんが、フローライト自身が家族に疎まれていると思い込んでいるのは大問題です。既に悪役令嬢となる種が植えられているではないですか。
「…早急に種を摘んでしまわなければ」
監禁部屋に一人でいるせいか、ついつい独り言が出てしまいます。
私の家出でナハト様のお仕事が滞っており、ナハト様は渋々お仕事に向かわれたので、私は監禁部屋にてお留守番をしております。
誤解も解けたので邸に戻ろうと思っていたのですが、フランメ王国との問題が全て片付くまでは監禁部屋にいるようにナハト様に厳命されてしまいました。
私が突然邸から姿を消した事は子供達も含め邸中の者達が知るところで、特に子供達は自分達を置いて出て行った私に対して色々と思うところがあるようで、私としては母親としての信頼回復を早急に行いたいのが正直なところなのです。
このままではリヒトもフローライトも悪役ポジションになってしまう恐れがあるのですから、やはり監禁部屋で大人しくナハト様の帰りを待っている場合ではないと思うのです。
「…リヒト様、今日こそは休息を取って頂きますよ」
鬱々、悶々と思考を空回りさせる事に疲れた私は、リヒトの様子を見るために再び遠隔透視珠を起動させました。起動させた途端に、リヒトの従者であるロビンソンの切実な声が響きました。
リヒトは私室の机でお勉強をしており、その机の前に立ったロビンソンが机の上のお勉強道具を取り上げようとしていました。
「休息など不要です」
「いいえ、リヒト様には必要です。ご自分の顔色がどれ程悪いか分からないのですか?」
「後でポーションを飲みます。私には休んでいる時間はないのです。来年は魔法学院に入学しなければならないのです。その前にクラス分けの試験があるのですから、シルフィード公爵家の一員として、恥ずかしい成績は取りたくないのです」
「ポーションは安易に飲む物ではありません。閣下も常々仰っている事ではないですか。それに、リヒト様は既に学院卒業レベルの知識をお持ちだと家庭教師の先生方が誉めておられました」
「…私にもっと力があれば、お母様は邸を出る必要などなかった…」
「リヒト様……」
「もっと勉強して、知識も力も吸収して、私はお父様を越えなければならないんだ。そうじゃなければ、お母様は安心して私達の元に戻って来れない」
リヒトはロビンソンの手から万年筆を取り戻すと、再び厚みのある書物を目で追いながらノートに万年筆を滑らせました。
二人のやり取りを見るに、リヒトは私の家出を間者から身を隠すための避難だと思ってくれているようです。
「私が素晴らしいと言われる実績を残せば、お母様は喜んで下さる。私の方が、お父様よりお母様を守ってあげられる…あんな女を利用しなければ、お母様を守れないなんて…、お父様よりも私の方が…」
リヒトは鬼気迫る勢いで文字を書き続け、焦点の合わない瞳で言葉を紡ぎ続けております。オーラが見えるならば、黒い色のオーラがどろどろとリヒトを包み込んでいるような、とても危うい気配を漂わせております。
ムムム、これは見過ごせません。フローライトよりリヒトの方がより危険な状態です。
リヒトはルイーゼが何者で、ナハト様の言動の理由もうっすらと理解しているように見受けられます。流石、ナハト様の遺伝子を受け継ぐ天才美少年です。けれど、まさか、これほどヤンデレ属性を開花させていたとは気付けませんでした。
リヒトは生まれた時から母親である私が大好きでしたが、何だか気付かないうちに立派なマザコンになっているような気がするのは思い過ごしでしょうか。
「…それに…」
リヒトの様子を見ていると、カオスの影響を感じます。いくら母親がいなくなったとは云え、これほど精神的に危うくなるものでしょうか。リヒトには彼を大切にして愛して下さる大勢の方々がおりますから、心がこれほど病む事はカオスの影響以外には考えられないと思うのです。
「やはり、こうしてはいられませんわ!」
私は魔道具の動力を切り、寝台から下りました。
思い返せば、設定上のナハト様やフローライト、そしてセラフィナイト達の悲劇的な末路は、カオスの影響がなければ起き難い状況です。
ゲームの設定の中に、この世界の創世記なるものが出てきます。
『世界は神が創った。混沌とした空間をかき混ぜ、光と闇に分けて世界を創り、生命の種をばら蒔いた。種はやがて芽吹き、花を咲かせ、次の生命を生み出す。生命はやがて知恵を授かり、文明を創り、繁栄した。世界は創造神の名と同じ、ヴェルトラウムと名付けられ、六つの王国と無数の島々で秩序を維持した。』
この創世記の光が生命が宿る私達の世界で、闇とはその裏の世界を指しているのだと思います。裏とは例えば死や、負の気。陰陽の概念を元に創作された世界観で、光と闇が均等に混ざり合う限りは世界の秩序は保たれますが、一度その秩序が崩れると世界は崩壊へと進んでしまいます。
カオスとは生命が生み出す闇を糧に成長した秩序の乱れです。闇は負の感情によって成長し、瘴気になり、カオスの一部となります。
ゲームのヒロインとヒーローは、このカオスを封印して世界の秩序を取り戻すために奮闘するのですが、ゲームの始まりを待っている時間などありません。このままゲーム本編が始まれば、私達は破滅の道へと突き進む可能性が大なのですから。
今はまだ闇になる前の負の気配が漂っている最初の段階です。今ならまだ間に合う筈です。
負の気配を祓うには光が必要です。光とは、沢山の愛情と健やかな体と心です。
「……んっ…」
寝台から下りて歩くだけで体の節々が痛みます。下半身には未だにナハト様の感触が残っていて、なんとも云えない気持ちになります。あれほど抱き合っても、もうナハト様が恋しいのです。
この監禁部屋は一見出入りする扉がありませんが、仕掛け扉が存在している事をナハト様から教えられました。寝台の反対側の壁に備えてある書架の中の一冊に創世記があり、その本を奥に押し込みながら呪文を唱えると、体が隣のナハト様の執務室に移動するのです。
「…ふぅ…、今は…午後の二時でしたか…」
無事にナハト様の執務室に移動した私は、置時計を確認し、窓に視線を向けました。
ゾンネ王国の秋は前世の世界と同じように紅葉が楽しめ、過ごしやすい気候になります。執務室の窓から見える錦の景色にふと郷愁を抱いて暫く立ち止まってしまいました。
「秋……、そうだわ、秋ですわ」
広いシルフィード公爵邸の敷地には四季折々を楽しめる庭が複数ございます。執務室から見えるお庭は秋を楽しめる庭で、地面には枯れ葉が落ちているのが見えます。この落ち葉は農業研究所にて肥料になりますが、沢山ございますから分けて頂けるはずです。
私は一人で頷きながら、執務室の扉を開けました。
「セラフィナイト様!」
執務室の扉の脇に控えていたのはミネルバで、私の顔を潤んだ瞳で見つめながら騎士の礼をしました。
「ご無事で何よりでございます…っ」
恐らくナハト様の指示でミネルバは護衛としてここに控えていたのだと思われます。執務室の隣に監禁部屋がある事は知らなかったはずですから、私が突然現れてさぞや驚いた事でしょう。
「ミネルバ…」
「はっ」
「…ありがとう」
ミネルバは私の専属護衛ですが、役目以上の献身を影でしてくれているのだと思います。
「セラフィナイト様!そんな…勿体無いお言葉…っ、私こそ、ありがとうございます。お戻り下さって、本当に…っ、本当に良かったです…ありがとうございます…っ」
ミネルバは床に片膝を突いて胸に左手を充てながら深く頭を下げました。随分と切実に感謝の言葉を頂き、何だか申し訳なくなってしまいます。
「ミネルバ、私、お願いがあるのだけれど、聞いてくれるかしら?」
私の言葉に顔を上げたミネルバに、私は企むような笑みを向けました。
私のお願いに快く返事をしてくれたミネルバに幾つかのお願いをして、私も自分がやるべき事をするために私なりに迅速に行動を始めました。
先ずは着替えです。ナイトガウンの下はいつものスケスケランジェリーですから、汚れても良いように運動着に着替えます。久しぶりに戻った私室の扉の前には護衛のシェリーがおり、ミネルバ同様に切実な感謝をされてしまい、戸惑いながらも彼女にも計画の話をしました。
私室に控えていたメイドや侍女達が一斉に私のお世話を争うようにしてくれて、あっと言う間に身支度を整えた私は庭へと向かいました。
「お母様!」
「お…母…ちゃま?」
「リヒト!フローライト!」
子供達をお庭に連れてくるようにミネルバにお願いしたのですが、思ったよりも早くリヒトとフローライトが待っていたので、私は思わず駆け寄ろうとしてしまいましたが、私の体調を心配した全員に悲鳴のような静止の言葉をかけられて足を止めざるを得ませんでした。
「お母様!無理をされてはいけません!」
「お母ちゃま、はしっちゃメ!よっ」
二人の子供にまで窘められてしまう私ったら、なんて頼りない母親なのでしょうか。何だか情けなくなってしまいます。
「ウフフフ…、ごめんなさい、リヒト、フローライト。優しい子ね。愛してるわ」
駆け寄ってきてくれたリヒトとフローライトを地面に膝を突いて纏めて抱き締めた私の腕を、二人は拒まずにいてくれました。ああ、良かった。こんな駄目な母親でも、まだ必要としてくれますのね。
私に抱き締められたのが初めてだったフローライトは緊張からか体を強張らせていましたが、リヒトが私の首に腕を回して抱き締め返してくれたのを見てか、私の腰に腕を巻き付けてしがみついてきてくれました。
「……リヒト……フローライト……ごめんなさい、会いたかったわ…」
子供特有の優しい陽だまりの香りとシルフィード産の香油の爽やかな柑橘を吸い込みながら、私は涙を流しながら二人を更に強く抱き締めました。
「お母様…っ」
「…う、う、ふぇっ、うえーんっっ」
成長してから感情を乱す事の無かったリヒトが声を震わせて私を呼びます。
フローライトは小さな体に詰め込んでいた哀しみを爆発させるように泣き始め、それを見守る護衛や使用人達も目を潤ませており、計画の序盤の滑り出しはまずまずといったところでしょうか。
この作戦は、私と子供達の関係を改善するためのものですから、どのような感情であれ、気持ちをぶつけ合う事は大歓迎なのです。
気持ちが落ち着くのに一時間は経過したでしょうか。ずっと地面に膝を突いている私に気が付いたリヒトが我に返ったように私にしがみつくフローライトの肩を掴んで揺らしました。
「フローライト、お母様のお体が冷えてしまう。ほら、お兄様が抱っこしてあげるから、一度お母様の体から離れなさい」
「…うん」
私が止める間も無く、フローライトは私から離れてリヒトに抱っこされました。
ナハト様によく似たリヒトと、私によく似たフローライトのその様子は、まるでゲームのスチルのような完璧で美麗な構図で、私は思わずうっとりと魅入ってしまいました。
ああ、なんて美しいの。うちの子達、天使だわ。
リヒトは六歳にしては長身で体格もしっかりしているからか、フローライトを抱っこしていても安心感があります。フローライトはリヒトに抱っこされて嬉しいのか、恥ずかしそうに笑っています。ああ、なんて可愛いの。
「私もフローライトを抱っこしたいのだけれど…」
私が立ち上がって腕を出すと、全員にまた駄目出しされてしまいました。
「お母様は駄目です。腕が折れてしまいます」
「お母ちゃまはメよ。またびょうきになってちまうわ」
いやいやいや、私、どれ程か弱く見えているのですか。こう見えて、ナハト様との長時間の激しい閨事にも耐えられる体力があるのですよ?いえ、まぁ、そのような事は誰にも言えませんが。
「…では、手を繋ぐのはいかがですか?三人で」
私の提案に子供達は顔を見合わせて頷き、リヒトの腕の中から降りたフローライトが先に私の手を握ってくれました。ああ、なんて小さな手。細くて、柔らかくて、温かい、幸せにしてくれる手です。
「お母様、それで、私達を呼ばれたのは何故なのでしょうか?」
冷静な問いを口にしながらも、しっかりと私の手を握ってくれるリヒトに笑みを向けながら私は歩き始めました。二人は私の手を握りながら一緒に歩き始めてくれました。
「ウフフフ、着いてからのお楽しみです」
カサカサと地面に落ちる枯れ葉を踏みながら歩みます。
お庭は紅葉や銀杏なども植えられていて、前世の懐かしい秋の景色が思い出されます。頭に流れる童謡が無意識に鼻唄として出てしまったのを耳敏い子供達に気付かれてしまい、最初から歌うようにねだられてしまいました。
歌詞はうろ覚えでしたから、メロディーだけを歌うと、子供達はあっと言う間に覚えて三人で合唱しながら目的地へと歩きました。
「…農業研究所ですか?」
目的地である農業研究所に着いた時、リヒトは不思議そうな顔をしていました。
「のーぎょーけんきゅ?」
歩き疲れてしまったフローライトはリヒトにおんぶされながら首を傾げています。白金の艶々とした髪が揺れて、なんとも可愛くて堪りません。
「セラフィナイト様!お待ちしておりました!」
様々な種類の植物が植えられている研究所の畑の一角から嬉しそうに出て来たのはナイスミドルのファーマ氏です。
「ファーマ、生育状態はいかがですか?」
「収穫できますからご安心下さい。さ、先ずは体験がご希望でしたね」
ファーマ氏はリヒトとフローライトに礼をしてから二人に笑顔を向けました。
「お母様?」
リヒトが秀麗な眉を寄せたので、私は二人の手を引きながら畑の中へと入って行きます。
「さあ、二人とも、張り切ってお芋を収穫しますわよ!」
「……お芋?」
「おいも?おいもってなぁに?」
百聞は一見にしかずです。戸惑う子供達にお芋掘りのレクチャーを致します。
高位貴族の子息令嬢である二人は、土など触った事も無いはずです。最初は恐る恐る触っていた土も、順能力に長けた子供達はあっと言う間に慣れて楽しそうにお芋を掘りました。
そうです。お芋です。サツマイモです。だって、秋ですから。
大地に触れ、植物に触れ、笑い合いながら一緒に同じ体験をして時間を共有する。負の気なんて生まれる余地はありません。
「お母ちゃま、みてみて、こぉんなにおおきいの!」
「まぁ、凄い!フローライトのお顔より大きいわ」
服も手も汚れていますが、フローライトの弾けるような笑顔は何よりも美しくて尊いです。
「お母様、見て下さい。私のはこんなに長いです」
六歳の少年らしい笑顔と声に、私の笑顔も益々深くなり、もう楽しくて嬉しくて気持ちが溢れてしまいそうです。
この瞬間にナハト様がいらっしゃらないのが残念でなりませんが、お仕事ですから仕方ありません。ナハト様の分も私が子供達を見守ります。
「セラフィナイト様!焚き火の方も、そろそろ良い頃合いです」
シェリーとミネルバが私達を呼びに来たのでお芋の収穫は終了となりましたが、子供達は素直に止めて次に向けて気持ちを切り換えます。
「たきび?たきびってなぁに?」
「落ち葉や木材を燃やしているんだよ」
フローライトの問いに優しく答えるリヒトのお兄さんぶりに益々私の笑みは深くなります。
「焚き火の中にお芋を入れているの。焼き芋って言うのだけれど、食べた事はあるかしら?」
「焼き芋…、いえ、食べた事は無いです」
「やきいも、おいちいの?」
「美味しいわ」
私の答えに満面の笑みを浮かべたフローライトは、私の手を強く引いて先を急かします。
「お母ちゃま、はやくいきまちょう」
「ウフフフ、はいはい、急ぎましょうね」
サツマイモの畑から五分程歩いた井戸の側に大きな焚き火が用意されており、既に良い感じに火は小さくなって煙がくゆっておりました。
ロビンソンが焚き火の中にトングを入れ、真っ黒に焼けた物体を幾つも取り出しておりました。
「ロビンソン、ありがとうございます」
「勿体ないお言葉です、奥様。さぁ、焼き立てです。お熱いですから、お気を付けて召し上がって下さい」
真っ黒に焼けた物体は焼き芋です。この世界にはアルミフォイルはございませんから、魔力が付与された特殊な紙でサツマイモを包んで焼いております。この世界には焼き芋がございませんでしたから、私なりに考えて代用し、皆にお願いして用意して貰いました。
準備から全て一緒にやればもっと楽しい時間が共有できたはずですが、残念ながら時間も無く立場がそれを許しませんでした。ですから、今回はこのような形の体験となってしまいましたが、子供達にとっては初体験だったからか、とても楽しそうにしてくれていました。
「熱っ」
「リヒト、気を付けて」
リヒトはお兄さんですから一人で紙から取り出して、皮を剥いで食べています。黄金色でねっとりとした実は蜜をたっぷり含んで見るからに美味しそうです。
「うわぁ、あまぁ~い!おいちいわ!」
フローライトは小さいので、私が剥いて冷まし、一口大にしてから食べさせております。フローライトが食べているのはホクホク系のサツマイモです。
焚き火の中にはまだ沢山の焼き芋がございますが、勿論使用人の皆さんのための分です。焼き芋は皆で食べた方が美味しいですからね。
「わぁ、お母ちゃま、みて、おちょらがきれぇ」
お口をモグモグさせながらフローライトは秋の夕暮れ時の空を見上げました。
藍、紫、朱と美しい色の濃淡が空を彩り、雲一つ無い空は宇宙を近くに感じさせます。ああ、この世界の宇宙の概念は前世と違いますから、そう感じるのはきっと私だけでしょう。
秋の日は釣瓶落としと申しますから、そろそろ邸に戻らなければなりませんね。
「……お母ちゃま?」
「あ、ごめんなさい、フローライト。そうね、綺麗ね」
「お母様、お疲れになったのではないですか?そろそろ日も暮れますし、邸に戻りま」
「うわぁっ!!」
「何だ!?」
「駄目だ!危ない!逃げろ!!」
邸に戻る提案をしたリヒトの言葉を遮る突然の叫び声と怒号、そして耳をつんざくガラスが割れる音に周囲は騒然となり、緊張が走ります。
「シェリー!ミネルバ!奥様達を邸に」
ロビンソンが魔法で焚き火の火を瞬時に消し、騒ぎの元へと走って行きます。
走って逃げて来るのは研究員の皆さんで、恐らく研究対象に異変が起こって一時的に退去しているようです。
「お母ちゃま…っ」
「フローライト、大丈夫よ」
震えるフローライトを抱き上げようとした私の目に緑の触手が飛び込んできました。
「お母様!」
リヒトの叫び声と、地面から突然生えた緑の触手がフローライトに襲いかかろうとしたのは同時でした。私は反射的に魔法を展開し、フローライトとリヒトを邸へと転移させました。
「あぐっっ!」
ズドンと、心臓に激痛が走り、私は地面に膝を突いてうずくまりました。
呼吸が上手く出来ずに冷や汗が吹き出します。心臓がギュウッと縮こまるような感覚は、何度経験しても慣れる事はありません。痛いです。
耳鳴りの中に、シェリーやミネルバの怒声が混じり、体に何かが巻き付く感覚の後、急激な浮遊感に意識が飛びました。
「…っ」
意識を失うのが突然ならば、意識が戻るのも突然です。何やら全身に何かが這い回っている感覚に、意識は明瞭になりました。
「あ…っ…」
こ、これは大変です。まさかのお色気展開です。
突然地面から生えてきた触手に何処かへと連れ込まれ、着ていた服をボロボロにされて、素肌に緑の触手達が巻き付いて蠢いているではないですか。
「ん…っ…」
魔力を使った私の体には、逃げる力は残っておりません。触手達が私のお胸や腰、お尻やお股に巻き付き、妙な液を分泌させながら蠢いているのを耐える事しか出来ずにいます。
心臓は相変わらず痛みますが、触手がもたらす覚えのある快感のおかげで痛みを誤魔化す事ができているように思えます。
お胸の先端に糸のような細さの触手が何本も巻き付いて、淫靡な熱が体の奥に火を灯します。
ああ、駄目です。そこは、ナハト様以外の何者も侵入禁止なのです。
食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋。読書の秋。前世の秋には様々な楽しみがございましたが、ナハト様以外との色欲の秋は断固拒否いたします。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

処理中です...