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淑女の嗜み

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光陰矢の如し、と言いましたか。二十世紀の天才、アインシュタインの相対性理論でも、時間の経過はその時の感じ方によって違うと論じていたように思います。相対性って、難しく感じますけれど、つまりは嫌いな人と傍にいると1分が1時間に感じられる。でも、好きな人の傍にいると、1時間が1分に感じられる、と云う事です。あら、嫌ですわ、少々論点がずれました。
私が申したかった事は、甘い甘い監禁生活がついに終わってしまうと云う事です。
監禁生活が終わる前に、ナハト様はこの生活の理由を教えて下さいました。
先ずは、やはり、私が推測した通り、中々子宝に恵まれない王太子に王家が側室を持たせたかった事が発端でした。
王太子本人は望んではいなかったと、一応彼の名誉のために申し添えておきます。王太子夫婦は恋愛結婚だったらしいので、側室うんぬんは完全に周囲の思惑なのだそうです。
普通に考えましたら、見た事さえ無い従兄弟の妻を側室にしたいなんて誰も思いませんわよね。
私に白羽の矢が立ったのは、この国の中で王太子の側室になれる高位貴族の若い女性で、出産の経験があるのが私だったらしいのです。
確実に産める女性が欲しい王家としては、出産経験の有無がとても重要なのは分かりますが、まるで子供を産む道具のような扱いなのは不愉快です。そもそも、公爵夫人を側室に望む事が不愉快です。普通は第二夫人として、正当に娶るくらいの誠意を見せなければならないはずです。
私がそのようにナハト様に申し上げたところ、ナハト様はもう少し深く王家の事情を教えて下さいました。
いわく、王太子妃の苛烈な性格のあれこれです。
王太子妃はゾンネ王国の公爵家の出自で、身分的にも釣り合いがとれていると云う事で、既に王立魔法学院にて恋愛関係にあったお二人は、何の障害も無く婚約者になったそうです。
王太子妃は艶やかな美女で、気の強い性格をしているそうですが、王太子には従順で尽くす女性との事で、夫婦仲はとても良いのだそうです。
ウフフ、はい、何となくもう想像できますね。王太子妃が、自分以外の女性を認めなかった事が。
恋愛結婚した夫に、子供を産ませるために他の女性を充てがうだなんて、許せるはずもございません。夫には従順でも、プライドの高い王太子妃の性格を知る周囲が考えた折衷案が側室の地位であるらしいのです。
一夫多妻制のゾンネ王国の王公貴族には、正妻の第一夫人の下に第二、第三と続き、夫人と名が付く女性は正式な妻であり、公の場に出られる立場におります。次に正式に婚姻はしても、公の場に出られ無いのが側室で、婚姻関係に無いお相手を愛妾と呼んで分けます。
側室だろうが、愛妾だろうが、自分以外の女性の存在を許せない王太子妃は、会った事さえないシルフィード公爵夫人を排除するために何度も刺客を送ったそうですが、全て未遂に終わったそうです。
いやいやいや、怖いのですが。側室に名前が挙がっただけで排除しようとなさるって、どれ程の悋気の持ち主なのでしょうか。
シルフィード公爵夫人とは私の事ですから、つまり、私の知らぬ間に生命なり貞操なりが狙われていたわけですわね。
そして更に王家は、私の力を取り込みたかったようです。
以前にも申し上げたかと思いますが、私の実家であるプランツ侯爵家は緑の手の家系です。そして現在、ゾンネ王国は不作の年に見舞われて、国中で食物の物価が上がっている状況なのだそうです。
私の加護の力は実家のごく近しい家族と使用人、そしてナハト様しか知らない秘密ですから、勿論ゾンネの王家も知らないはずですが、私が嫁いで来てからのシルフィード公爵家と領地全体の状況を知ればもしかして、と思う方々もいらっしゃったようです。
残念な事ですが、王太子妃の刺客とは別に王宮から秘密裏にシルフィード公爵邸に諜報人が送り込まれており、私の緑の手の力の事を知られてしまったようです。
その事を知ったナハト様は、私を隔離し護るためにもこの監禁生活を選択したようです。勿論、ナハト様も色々と精神疲労があってヤンデレ属性を発揮してしまった部分もあるようですが、この監禁生活の理由をそのようにナハト様は説明して下さいました。
「セラ…すまなかった」
監禁部屋のソファーに座る私の前に跪き、私の手の甲にキスをしながらナハト様は謝罪なさいました。
「もう、ここから出ても大丈夫なのですか?」
私はナハト様の精悍な頬を空いた手で包みながら小首を傾げました。
「ああ…すまない…」
ナハト様は私の瞳を強く見つめながら、もう一度謝罪なさいました。先ほどから謝罪を繰り返されておりますが、一体どういう意味なのでしょうか。
「ナハト様…?」
「…貴女の了承も得ず…私は貴女のここに再び生命を宿らせた…」
ナハト様は未だに素肌にナイトガウンを纏っただけの防御力ゼロの私の下腹に、そっと掌を置かれました。じんわりとナハト様の温もりを感じて嬉しくはなりましたが、言葉は出ませんでした。
あれ?待って下さい。つまり、今、私は妊娠していると云う事ですか?確かに振り返れば監禁生活中はそれは濃厚に愛を交わしました。時間の経過は先ほどナハト様からご説明され、なんと三ヶ月も監禁生活を送っていたようですが、全く実感はございません。
この監禁生活の間に私を孕ませようと云う意図があったのだと、今のナハト様のお言葉から推測できます。あら、では、あの目眩く営みには、情熱だけではないある種の打算もあったと云う事ですね。
「セラ…」
私がいつまでもナハト様を見つめながら絶句しているので、ナハト様は益々罪悪感に落ち込み始めてしまわれました。
いえいえ、ナハト様、違うのです。何故ナハト様がそれで謝罪なさるのかが私には分からないのです。
分かりませんが、ナハト様の憂いを早く晴らして差し上げなければなりません。私は跪くナハト様の首に両腕を回して抱き付き、形の良いナハト様のお耳にキスをしました。
「次はきっと女の子ですわ」
「セラ…」
ナハト様は私の背を抱き締め返し、そっと立ち上がりながら私を抱き上げました。横ではなく、縦抱きです。目線が高くなって、少し怖いです。
「許してくれるのか…?」
寝台の端に座り直され、また跪いたナハト様にそっと窺うように問われました。
「許すも許さないもございませんわ。子供は授かり物ですもの。私、とても嬉しいです」
ニコニコ笑顔の私に、ナハト様は嬉しいような困ったような複雑な表情をされました。
「…出産はどうしても、女性側の負担が大きい。しかも、リヒトを出産した後の事もある…」
ナハト様のお言葉に私はただ頷きました。伊達に病弱ではない私の体は、ナハト様の万全の準備で無事リヒトを出産しましたが、産んだ後が大変でした。実は一度危篤状態になった事がございます。そのような経緯があり、過保護なナハト様は私が妊娠しないように私には秘密で避妊薬をご自分で服用なさっていました。完全に設定から卒業し、幸せ家族を目指していた私なので、リヒトの弟妹を宿す事を心待ちにしていたのに長い間全く懐妊の兆候が無く、もう妊娠出来ないのではと悩んでいた私を見て、避妊薬を服用していた事をナハト様自身が教えて下さいました。
薬の服用を止めて頂きたかったけれど、私にとって何が幸せなのかを考えた時、やはりナハト様のお気持ちが一番大切なのだと結論を出し、以来避妊薬の事は忘れる事にしたのです。
薬の効果はかなり高いそうですが、完全完璧ではございません。避妊薬を服用していても、妊娠した例はございましたので、私はその微かな望みに希望を託しました。この状態でもし奇跡的に私が身籠ったら、それは運命なのだと。ちなみに、私が避妊薬を服用する事は医師としてのナハト様から厳禁と言われました。常備薬との飲み合わせが悪いそうです。
そんなおりの、監禁生活突入の上の、ナハト様による計画的子作りに若干思うところはございますが、私達の幸せに私の懐妊が必要であったからナハト様は決断されたのだと思うのです。
「大丈夫ですわ。私、あの時よりも健康になりましたし、発作の回数も減りました」
「セラ…」
感情を抑えて私を見つめるナハト様の瞳が、不安を宿して一瞬揺れたので、私はナハト様の頭ごと抱き締めてお胸にナハト様のお顔を押し付けました。
「大丈夫…大丈夫ですわ」
艶やかな金の髪を撫でる私の体を、ナハト様は抱き締めて下さいます。暫くお互いを慰撫しながら、抱き合いました。
私が頼りないばかりに、ナハト様にだけ多大な負担をかけてしまっています。私にも何か出来る事は無いのでしょうか。
「…ナハト様、何か私にお手伝い出来る事はございませんか?」
「……手伝い?」
ナハト様は私のお胸から顔を上げ、訝しげに私を見つめました。
「ナハト様が王家からどのような無理難題を突き付けられておられるのか、私には分かりませんが…少なくとも、私の力を使う事で何かお手伝い出来る事があるのではないかと…」
「駄目だ」
ナハト様は私から身を離し、立ち上がってしまわれました。私は慌ててナハト様の手を掴みました。この話を有耶無耶にするわけにはまいりません。
「側室の件と、王太子妃からの刺客の問題は私が懐妊する事で先伸ばしに出来る事は分かります。それをナハト様が狙っていた事も、今は分かります」
「…っ…」
私の言葉はナハト様の罪悪感を揺さぶったようです。いつもは怜悧な美しい淡青色の瞳に珍しく動揺が見え隠れしております。
「けれど、私が出産を終えた後、再び同じ問題が浮上したらどうなさるおつもりですか?」
ナハト様のしなやかな指に指を絡めて握りながら、私は立ち上がってナハト様に身を寄せました。ふわりと薫る柑橘の香水とナハト様自身の香りが相まって、私の官能を揺さぶります。この柑橘の薫りは、シルフィード公爵領の新しい名産品である香水ですね。
「セラの力は使わせない」
ナハト様の断固としたお言葉に疑問が過ります。
ナハト様が忙しくなさっていたのは、私の側室問題だけではなく、実際に王国内での不作による経済状況の悪化なのではないでしょうか。
各領地が不作に見舞われ、領地を治める領主から税を順当に集められなければ、どんな大国であっても国力は低下するはずです。
そもそも、国中の不作はカオスの前触れなはずです。恐らく、ゾンネ王国だけではなく、他国にも何らかの弊害が出ているはずです。
ゲーム本編が始まる前の過去の時間軸である現在は、少しずつ綻びを蓄積させて行く準備段階なのです。恐らく、不作には魔物の増加も理由の一つなはずです。魔物は、瘴気が濃くなればなる程増えるものなのです。そして、その瘴気は、カオスの元である闇の元です。放置すれば、変えようとした設定に飲み込まれてしまうような気がしてなりません。
ゲーム本編が始まってしまえば、何らかの強制力が生まれる可能性はゼロではありません。私のラブラブ幸せ家族生活を脅かされる可能性が増えてしまいます。そんな事は許せません。
「…今の私なら、加護の力も使えるような気がします。豊穣の加護の力なら、不作に見舞われた土地も、元気になるはずです。そうすれば、ナハト様が抱えていらっしゃる問題も短期間で解消できるはずですわ」
「セラフィナイト」
愛称呼びをして下さらない時は、黄色信号ですわ。けれど、今は引き下がるわけにはまいりません。
私はナハト様の手を強く握って、ナハト様の鋭い視線を受け止めました。ああ、素敵。そんな場合ではないのに、クールなナハト様の麗しさに見惚れてしまいます。貫頭衣に似たシンプルな白いシャツに黒いズボン姿のナハト様ですが、シンプルな装いだからこそ、ナハト様の美しさが際立つと云うものです。
「貴女の体は、もう貴女だけの物ではない」
「存じ上げておりますわ。けれど、今のままでは、やがて世界の秩序が崩れ、リヒトや生まれてくる子に災いが降りかかるかもしれません」
「…まさか、カオスの事を言っているのか?」
ナハト様の双眸が益々鋭くなりました。流石ナハト様です。世界の秩序の乱れだけで、カオスの事だと分かるのですから。もしかしたら、もう既に、気付き始めていらっしゃる方々がいるのかもしれませんね。
「そうならないためにも、出来る事から始めていかなければなりませんわ」
「……セラフィナイト…貴女は…」
ナハト様は私の目を見つめながら何かを言いかけましたが、暫く逡巡なされた後、小さく溜め息を吐き出しながら首を横に振られました。
「駄目だ。貴女が加護の力を使う事は承服できない」
「ナハト様」
「いいか、セラフィナイト。貴女の事は、既に王家に知られてしまったんだ。加護の力は秘匿されているが、緑の手の力は知られている。遅かれ早かれ、いずれ諜報部が動くとは思っていたが、思いの外時期が早かった。側室の話を王太子殿下にされた時、まだ貴女の事を調べる前であったから王太子殿下も妃殿下の事を思い、意見を拒絶されたが、今は違うだろう。貴女の能力とその美しさを知った殿下が拒絶を覆す事は容易に想像出来る」
私の手を強く握り返しながら、ナハト様は空いた手で私の頬を優しく包みました。
「…王太子殿下夫妻は、恋愛結婚だと…」
「確かにお二人の仲は良い。だが、王太子殿下だとて男だ。しかも、ゾンネの男だ。殿下が清廉な方だと思うか?」
ムム。今の仰りようは聞き捨てなりません。恋愛結婚していても、男性は妻だけに貞節を捧げないと云う事ですか?清廉な方ではないと云う事は、嫉妬深い妻の目を盗んで女性と遊ばれているのですか。最低です。
「セラフィナイト…、頼むから私を殿下と同じ種類の男とは思わないで欲しい」
つい胡乱な眼差しをナハト様に向けてしまいました。ナハト様が若干焦っております。いえいえ、ナハト様を疑っているわけではございません。私と結婚してからは、清廉に生きておられると信じてはおります。ええ、結婚してからは、ですが。ナハト様の閨教育を一体誰が施したのか、ええ、私、全く気にもしてはおりませんわ。何ですか、ナハト様、咳払いなんてなさって。
「…とにかく、貴女は子を生む事だけ考えてくれれば良い。子を産んだ後は、リヒトの時と同じように体調不良を理由に全ての社交も、王家からの呼び出しも断るようにする。一度でも、貴女が表舞台に出てみろ…国は間違いなく荒れる」
まるで私を傾国の悪女のような仰りようで、少々驚いてしまいました。確かにセラフィナイトは絶世の美女設定ですが、少々大げさではないでしょうか。
「…ですが」
なんだかこのまま押しきられてしまいそうです。引き続き引きこもるのは大歓迎なのですが、やはり不作は気になります。
「セラ…大丈夫だ。ゾンネの不作の対策についてはもう少ししたら良い結果が出るはずだから」
私の不安を察したナハト様が、頼もしく頷かれました。
「セラが緑の手の力で、時間を見つけては植物の改良を手伝ってくれていただろう?シルフィード領が主体となって、枯れた土壌でも実を付ける強い作物が生まれ、国に買い上げて貰い、低価格で種や苗を各領地に売り、育てている。もうそろそろ良い結果が出始める頃だ」
「まぁ…」
私は驚きと喜びを隠せず、ナハト様に抱き付きました。やはりナハト様は凄いお方です。
「枯れた土壌の調査も進めているから、食糧難の心配も直になくなるはずだ」
枯れた土壌の原因は瘴気が集まり、魔物が増えたせいなのですが、ナハト様のお顔を見れば既に分かっておいでのようです。調査結果が出たら直ぐに動けるように準備もなさっているように思えます。私は前世の記憶がございますから分かる事ですが、ナハト様はご自分で答えを導き出し、解決のために対策しておられます。本当に凄いです。尊敬致します。
「セラ…私を信じてくれ」
「……はい」
ナハト様の胸に頬を擦り付けながら、少しの逡巡の後に私は頷きました。
「…ナハト様が清廉である事も、信じておりますわ」
実は初夜の後から、ずっと私はナハト様の女性経験について気になっておりました。婚約時代から妙に手慣れていらっしゃったからです。前世の感覚を持つ新生セラフィナイトである私は、やはり婚約者がいるのに他の女性と関係を持つのは許せません。けれど、年齢差を考慮するとそれも仕方がないのかもしれないと思ったりも致します。
婚約者が物理的に離れて暮らす五歳下では、若いリビドーをどなたかで発散するしかなかったに違いありません。見た目に反してナハト様はそちら方面もお強いお方ですし。ああ、でも、頭は理解していても心は納得できないのです。私はまだまだ未熟者ですわ。
「……セラフィナイト」
「はい…」
「以前から、もしやと思ってはいたのだが…貴女は何か誤解してはいないか?」
「誤解?」
「貴女以外の女と、私が関係を持った事があると思ってはいないか?」
「いえ…」
「やはり…。一体何故そのような考えに至ったのか疑問だが、もう一度言うぞ。私は、貴女以外の女と関係を持った事は無い」
「…でも」
「でも?」
「…手慣れていらっしゃったわ」
「…は?」
「婚約時代から、手慣れていらっしゃったわ」
「…セラ…」
「閨事も…」
「セラ…貴女は…」
ナハト様は何かに耐えるように一度眉を寄せ、目を閉じて細く長い息を吐き出しました。何ですか、ナハト様。私、また変な事を申し上げましたか?
「このような事は言う必要もないと思っていたから言わなかったが、いいか、良く聞きなさい。セラは処女を誰に捧げた」
「ナハト様に決まってますわ」
ナハト様のお口から処女だなんてお言葉を聞くなんて、なんだか恥ずかしくなってしまいます。
「そうだ。私の童貞はセラフィナイト、貴女に捧げた。私は、貴女以外の女を抱いた事は無い。私が手慣れていたと言うが、本当にそうならば初めての夜は貴女に痛みや傷を与える事無く、もっと優しく出来たはずだ。もし、時が戻せるなら、あの夜をやり直したいくらいだ」
まぁ、なんて事でしょう。まさか、ナハト様が初夜を悔やまれていたとは。いえいえ、例え慣れていらっしゃったとしても、最初は痛かったはずですし、出血も避けられなかったと思いますわ。だって、ナハト様のナハト様ったら、ご立派ですから。あの痛みがあったからこそ、新生セラフィナイトにメタモルフォーゼできたのです。それにしても、童貞。ナハト様の初めてを私が頂けたのですか!ああ、どうしましょう、嬉しくて胸がキュンキュンしてしまいます。
「やり直したいだなんて、仰らないで。あの夜は私達にとって唯一無二の夜なのですから。痛みはありましたが、とても気持ち良かったのです。あの夜があったから、私は、ナハト様との閨事が大好きになったのですわ」
「セラ…頼むから…これ以上煽るな」
ナハト様は私の体を抱き締め直し、私のこめかみに口付けて下さいました。
「貴女を誰にも見せたくないんだ。セラ…自分でもどうしようもないほど、貴女だけが愛しいんだ。出来るなら、一生閉じ込めてしまいたい…」
ナハト様の声は激情を抑えているせいか平坦で、抑揚もございません。けれど、温もりと抱き締める腕の強さがナハト様のお心を私に教えて下さいます。
「一生閉じ込めて下さっても良いのですよ。ナハト様が私を一生愛して下さるなら」
引き締まったナハト様の背中に腕を回して、熱い胸に頬擦り致します。ああ、気持ちが良いです。お腹の奥がキュンキュンします。出来るなら、このまま抱いて欲しいです。
「セラ…頼むからそんな事を言わないでくれ…歯止めが効かなくなる」
「ナハト様…」
私は心のままにナハト様の逞しいお胸に口付けを落とします。何度も口付けを繰り返しながら、お胸の小さな飾りに微かに歯を充てて甘噛しました。
「…っ、こら、セラ」
ビクンと微かに体を震わせたナハト様が、困った顔で私の顔を覗き込みました。
私は構わずナハト様の硬く尖った飾りに吸い付き、舌で何度も突っつきます。
「セラ…貴女はいつからこんなに淫らになったんだ?」
「…お嫌ですか?」
唾液で透けた飾りを舌で舐めながら、上目遣いにナハト様を見上げました。
「私にだけ淫らになるなら、大歓迎だ。けれど、これ以上は駄目だ。暫くは、閨も控えねばならない。分かるだろう?」
「繋がる方法は一つじゃございませんわ。私、実は密かにお勉強したのです」
「勉強?」
私はつま先立ち、ナハト様のお耳に口元を近付けました。ナハト様は身を屈めて耳を近付けて下さいます。
「淑女の嗜み、身籠った時の夫婦の営みについて、上級者編ですわ」
「…っ」
私の囁きにナハト様は珍しくもお耳を赤く染められました。フフフ。どうやらナハト様もこの本の中身をご存知のようです。
監禁生活中は、ナハト様に抱かれる以外やる事もございませんでしたから、多種多様な本の取り寄せをナハト様にお願いしておりました。この世界は魔法のある世界で、平民も一度は初期魔法を学びに各領地にある学校で魔法を学びます。識字率は低くございませんから、多種多様な本が巷には溢れております。月間本屋ランキング、年間売り上げ大賞なんて物もございまして、身分によって購入できない本はございますが、シルフィード公爵家が手に入れられない市販本はございません。
この『淑女の嗜み』は、平民街でベストセラーとなっていた本らしく、月間本屋ランキングに載っており、意図せずして私の手元に来た本です。
内容を読んで驚きました。テーマは性についてで、所謂、性の指南書だったのです。上級者編は、確かに上級者の嗜みでした。私のもう一つの処女も、ナハト様に捧げたく思いますので、この機会に嗜んでみるのもよいのではと思ったのですが、どうやらナハト様にとってはまだまだ時期尚早のようです。
「…セラ、無理に繋がる必要はないだろう?その方法は危険が伴う」
ナハト様は断固として拒否されました。
「でも…」
私はそっとナハト様の硬くなった中心に私のお腹を擦り付けました。
「どうされるおつもりですか?」
私は期待に満ちた目をナハト様に向けて小首を傾げました。
ナハト様は眉間に皺を寄せながら私の体を再び立て抱きにして抱き上げ、寝台に横たわらせて下さいました。
「…本当に…悪い子だな…」
「ん…」
重なる唇からナハト様の愛を感じます。
ヌルリと唇の間にナハト様の舌先が蠢き、私の舌も誘われるように蠢き出ました。ちゅぷちゅぷと音を立てながら絡み合う舌が淫靡で猥褻です。
「んむ…んっ、んふっ…」
じゅじゅっとナハト様に強く舌を吸われて、私の腰もガクガクと痙攣致します。まるで花園をナハト様のお口で愛されている時と同じような悦びが突き抜け、直接触れられてもいないのに絶頂致しました。
体の奥が切なく収斂するのが分かります。
「ナハト様ぁ…」
はぁはぁと息を乱しながらナハト様を呼べば、応えるようにナハト様はズボンの前だけを寛げて既に熱く漲った中心を顕にして下さいました。
「ああ…っ」
「ふっ…ん…凄いな、吸い付いてくる」
蜜に濡れた花園の間に滾りを充てたナハト様は、私の両脚を揃えて抱えました。ゆっくりと腰を動かすナハト様は、意地悪なお顔で笑いました。
「淑女の嗜み、初級編」
「あ、ああ…っ…んっ、あ、駄目…っ」
張り出した先端と茎の段差が私の充血した芽を弾きます。長いストロークで襞を擦られ、蜜が溢れて更に淫猥な音が増します。
初級編の一つである素股は初めてではありませんが、奥が満たされないので私は苦手です。酷いです、ナハト様。蛇の生殺しです。
「不満か?セラ?」
「うう…んっ…意地悪…」
蜜が滴り、後ろの窄まりも濡れに濡れて、ナハト様が動くたびに粘着音が致します。
「仕方ないな…ほら…」
「あ!やっ、待っ…」
お尻を片手で掴まれ、窄まりを空気に晒された後、ナハト様の指が誘うように窄まりの襞を撫でます。
「いいか、ここで繋がるには充分な準備が必要なんだ。気軽に試せるような行為じゃないんだ」
「あ、あ、ああ…っ」
ぐぷっと、音を立てて窄まりにナハト様の指が入ってきます。初めての感覚に鳥肌が立ちました。
ナハト様の腰の動きが速まり、花園が強く擦り上げられて一気に絶頂が見えてきました。子種が入った大切な袋と交互に打ち付けられるように刺激を送るナハト様の指の動きも相まって、私は喘ぎ続けました。快感が私の頭を馬鹿にします。
「ああ!ナハト様!ナハト様!」
「セラっ、くっ、セラフィナイト!」
ビシャビシャとナハト様の熱い情熱が私のお腹やお胸に迸りました。恍惚です。
暫く互いの荒い息を聞きながら抱き合い、ゆっくりと体を弛緩させます。
「…初級編も、悪くないだろう?」
ナハト様の囁くようなお言葉に、ゾクリと腰が痺れました。ああ、本当に、声さえも私を惑わせます。
「応用が過ぎますわ…心の準備が欲しかったです」
ナハト様に乱れた髪を優しく撫でられながら、私は唇をつい尖らせてしまいました。
ナハト様はそんな私の唇に軽くキスを下さり、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべられました。
ああ、ナハト様。貴方は私をどれ程魅了なされば気がすむのでしょうか。
まだまだ私は未熟者ですわ。淑女の嗜みで、次こそは私がナハト様を魅了させてみせますわ。
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