悪役令嬢の早死にする母親に転生したらしいので、幸せ家族目指して頑張ります。

百尾野狐子

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愛で、ラブです

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ナハト様が運んで下さるお食事や訪れる時のナハト様の服装から判断して、監禁部屋がシルフィード公爵邸の中である事は分かっていましたが、まさかナハト様の執務室のお隣のお部屋だとは思いませんでした。
ゲームの監禁部屋と酷似したお部屋で、窓さえない部屋でしたから地下にあると思い込んでおりました。
執務室の主のみが知る秘密のお部屋で、特殊な開け方で転移魔法が出来ない者でも出入り出来るようになっているそうです。しかも、転移魔法も主以外は弾く造りになっており、現在はナハト様以外は使用出来ないのだそうです。
狙われていた私を安全に隠すために、ナハト様は誰にも私の居場所を教えなかったので、全てのお世話をナハト様がしてくれていました。
誰にもと云う事は側近や息子にもです。そのような経緯もあり、私にとっては短かった監禁生活でしたが、リヒトや邸の皆にとっては長い時間であったようです。
「お母様!」
「リヒト!」
最後のラブラブ時間を過ごした後、全裸から簡易ドレスに着替えた私は監禁部屋から秘密裏に邸の私室に移動しました。戻った私の元に、リヒトは息を切らして会いに来てくれました。
キラキラ輝く濃い金の髪が肩下まで伸びています。手足も伸びやかに、体つきも幼児の逞しさが垣間見えるようになっております。
数ヶ月振りに会うリヒトは心身共に成長著しく、幼児の成長速度を私は甘く見ていました。
そうです。もうすぐリヒトの三歳のお誕生日ではないですか。
「お母様、お会いしたかったです」
「リヒト…ごめんなさい…私もよ」
ソファーに座る私の膝に乗り上げてぎゅうぎゅうと抱き付いてくるリヒトの愛しい体を抱き締め返しながら、自然と目が潤んできてしまいます。
「お母様をねらう悪いヤツをお父様がタイジなさったから、もう、どこにも行かれないですよね?」
私のお胸の谷間に頬を埋めながら、リヒトは不安を隠せずに言い募ります。ああ、私は母親失格ですわ。自分の欲に溺れて、リヒトに寂しい思いをさせてしまいました。
「ええ、もう何処にも行きませんわ」
「お母様、今日の夜は、私と一緒に寝てくださいませんか…?」
不安気に望みを口にするリヒトの健気な姿に胸が痛みます。これは、きっとリヒトからのサインです。ナハト様より、今はリヒトを優先しなくてはなりませんね。
「もちろんです」
「お母様っ」
背中に回るリヒトの細い腕が、思いの外力強くて胸がまたキュンとしました。今は私を誰よりも愛してくれているリヒトも、成長したら別の誰かに愛を捧げる日が来るのかと思うと複雑な気分になってしまいます。
きちんと子離れできるように、今のうちにたっぷりとリヒトに愛を注いでおかなければなりませんね。
私室でリヒトをたっぷりと甘やかしている間に時間は夕食の時間となり、久しぶりに家族三人で和やかな夕食を楽しみました。
夜は約束通りにリヒトのお部屋で一緒に眠り、翌朝からは日常生活に戻って穏やかな日々を繰り返します。
私の懐妊はナハト様より邸の皆に通達され、以前より更に皆の過保護が増してしまった事は仕方の無い事でしょうか。
心配していたリヒトの反応は予想に反して大喜びで受け入れられ、早く弟妹に会いたいと心待ちにしてくれています。
待望のリヒトの誕生パーティーも、例年通りにアットホームでハートウォーミングなパーティーで、リヒトの嬉しそうなお顔が見られて私もナハト様も喜びに包まれました。
不作の問題もナハト様のお話の通りに対策が徐々に成果を出し、王国内の食糧問題も解決の兆しが見えてきたようです。
ナハト様の目論見通り側室の話しは流れたようですが、王太子夫婦に子が出来なければまた同じ問題が浮上するはずなので、引きこもりは継続する必要があるようです。
とりあえずは、怖いくらいに全てが順調です。
「…セラ、ここにいたのか」
「ナハト様…」
今夜は満月です。
とても大きな満月は赤い色で、前世では確かブラッドムーンと言われていたと記憶しています。皆既月食によって赤銅色になる現象で、科学的に説明出来る現象です。けれど、一方ではスピリチュアルな意味合いを持ち、願い事が叶う月と言われたり、自然災害や不吉な事の前兆と言われたりしておりました。
今世では、魔力増加の恩恵があると言われています。特に私、セラフィナイトの母国であるモーント王国は月と関係が深い国で、創造神ヴェルトラウムを祀る神殿の教えとは別に、月を崇める信仰が根付いております。前世の日本の神道のようなアニミズム的な民族宗教です。
一般的には赤い月の夜は老いも若きもその身に赤い月光を浴びて魔力増加の恩恵に預かりなさいと、ちょっとしたお祭り騒ぎになる夜です。
ただ私だけは、実家にいた頃はカーテンを閉めて月光を浴びないようにされ、早々に就寝を命じられる夜でした。
「ああ…赤い月か」
ナハト様は湯浴みの後の艶かしい色香を放ちながら、赤い月を仰ぎ見ました。
結ばれていないナハト様の金の髪が背中に滑り、深い青色のナイトガウンからチラリと逞しい胸が覗きます。はぁ、もう、感嘆の溜め息しか出ません。
「セラ…出来れば月の光を浴びて欲しくはないのだが」
「はい…ですが、あまりにも圧倒的な月でしたから…」
前世の月についての言い伝えはほぼ迷信でしたが、この世界の月の言い伝えは本当です。影響を受ける度合いは人各々ですが、魔力保有量の多い私にはこの月光は毒になり得ます。病の発作の引き金になる恐れがあるため、本来ならば浴びてはならない光なのです。
「…何が不安だ?」
ナハト様が私の体を背中から抱き締めながらポツリと呟かれました。私も寝間着にナイトガウンを着ただけの薄着ですから、ナハト様の逞しい筋肉の質感と体温を背中が歓喜と共に甘受します。頭をそのままナハト様の胸に預け、月を仰ぎ見ました。
「…幸せ過ぎて…不安です…」
前世の話しはナハト様にさえ話していません。墓場まで誰にも話すつもりはありません。この世界が前世の私の世界の虚構であったとしても、私が今を生きているのは紛れもない現実ですから。
ナハト様が私、セラフィナイトを誰よりも愛して下さっている事は疑いようもなく、況してやその愛する妻をご自分が原因で失う設定を知らせる必要性を私は感じておりません。
それを知った事でナハト様のお心に闇を落とす方が危険ですし、これ以上厄介事をナハト様に背負って欲しくはないのです。
全てを共有し、分かち合うなど、現実的ではないのです。愛する人の全てを知りたいと思い、知る事が幸せだと思えるのは物語の中の登場人物達だけでよいのです。
「…大丈夫だ。何があっても、私がいる」
ナハト様に背後から包み込まれるように抱き締められ、鼓膜を愛撫されるような官能的な声に私の体は容易に潤みます。
来月には臨月となる私のお腹は前に突き出ており、誰が見ても妊婦の体をしておりますが、相変わらずナハト様の存在にいつでも欲情してしまいます。安定期になってからは、イタせる範囲でナハト様と愛情を確かめ合っておりますが、満足する事はございません。許されるなら、永遠に繋がっていたいのですが、その想いが少々度を越しているような気がするのは気のせいではないでしょう。
リヒトの時より頻繁にナハト様を求める私に、出来る限り応えて下さるナハト様ですが、自分でも無意識に未来への不安を感じていたのかもしれません。そんな私の不安を、ナハト様は私よりも先に気付いて下さっていた事を、不肖セラフィナイト、今気付かされました。ナハト様、貴方は本当に全次元一素敵な殿方です。神様ありがとうございます。異世界転生万歳です。
「はい…ありがとうございます」
私の出っ張ったお腹を大きな掌で包み、髪の隙間から出た私の耳殻に口付けを落として下さるナハト様に、私も背伸びをして肩越しにナハト様の唇を求めました。
「セラ…」
「ん…」
唇同士が触れる前に、ナハト様の吐息が私の唇を撫で、ゾクリと快感が走った後にふわりと弾力のある唇が重なりました。
もう数えきれないほど交わした口付けに、飽きる事などありません。口付けを交わす度に増すナハト様への愛は無限大です。
夫婦の寝室のバルコニーで、月光の下で交わす口付けの甘美な味わいに、私は夢中になってしまいます。
肩越しで重ねる唇は、正面から重ねる唇と違って能動的になる必要がございます。伸びてくるナハト様の舌に私も舌を差し出して擦り合わせます。ピチャピチャと立つ水音に、触れられてもいない私の花園が反応して負けじと蜜を滴らせます。
すっかり濡れやすくなった私の体を、私は誇らしく思います。全てはナハト様への尽きる事のない私の愛の賜物だからです。
「愛してます、ナハト様…はぁ…抱いて、下さいますか…?」
出産後はまた暫く閨事は禁止になるので、愛を確かめ合える機会を逃したくはございません。自分からお誘いするのは何年経っても羞恥をともないますが、推しのためなら羞恥もなんのそのでございますわ。
「セラ…」
ナハト様の怜悧な双眸に、欲情の色が垣間見えます。私はナハト様の唇に深く唇を重ねようと体の向きを変えようとしましたが、突然走った鋭い痛みにその動きを止めました。
「セラ?」
「……う…っ…」
覚えのある痛みに私は眉を寄せて耐えます。
「セラフィナイト!」
ナハト様のお顔から欲情の色は瞬時に消え、お医者様のお顔になって私の体を横抱きになさいました。前世の私の担当医とは全く違う容姿ですのに、こういう時のナハト様のお顔はなんとなく似ているような気がしてしまうのは、きっとお医者様に共通する空気感によるものなのでしょうか。
ナハト様によって寝台の上に運ばれてからの時間の経過は目まぐるしくて、経産婦であるにも拘わらず記憶はかなり曖昧です。それと云いますのも、突然産気付いた原因が赤い月の光を浴び過ぎたからでございまして、つまり、ちょっとした発作も同時に起こしてしまって、とても大変な出産となってしまいました。
リヒトの時は産後に死にかけましたが、今回は出産中に死にかけました。
色々と設定に変化を起こしましたが、出産絡みでセラフィナイトの生命が脅かされるのは、やはり強制力のなせる技なのでしょうか。
「セラ…セラフィナイト…っ…頼む…お願いだ…目を開けてくれ…」
ナハト様の悲痛なお声が遠くから聞こえてまいります。
自分が生きているのか死んでいるのか分からない状態の中、時折聞こえてくる音や声で、何となく周囲の状況を察します。
なんとか出産を終えたらしい私の耳に聞こえてきた可愛い泣き声と女の子と言う言葉に安堵して意識を失い、また意識が浮上したかと思えば胸元で吸い付く赤ちゃんの力強さに閉じている筈の目から涙を溢し、また意識を失ってはリヒトの泣き声に意識を浮上させ、全身に走る痛みに呼吸がままならずにまた意識を失い、意識の闇に立ち竦んで覚醒の出口を探す事を繰り返します。
思えば前世も現世も、常に死と隣り合わせの生でした。
一体私は何のために生にしがみついているのでしょうか。前世では、私を愛してくれる家族のために。現世では、ナハト様と幸せになるために。でも、果たして私が生きている事がナハト様の幸せに繋がるのでしょうか。私が思う幸せと、ナハト様が欲する幸せが同じでなければ意味の無い事なのではないでしょうか。
意識がどんどん闇の底に沈んで行くのが分かります。
そういえば、『闇乙』のカオスとは、負の気を糧に力を増し、世界を滅ぼしたい神様の刺客のようなものだった筈です。
気紛れに創った世界を、飽きたから滅ぼそうとした神と、人に惹かれた神様の一部が解離して神の力を使える器である依り代をこの世界に誕生させました。闇の乙女はその依り代が力を使えるようにする鍵であり、神の一部が惹かれた存在です。
ああ、そうです、全ては愛だったのです。
触れる事の出来ない、不確かで絶対的な概念によって、ゲームの世界は成り立ち、また私自身の存在意義も成しているのです。
愛です。ラブです。
私の目標であり、野望はナハト様とのラブラブハッピー家族ライフです。
いけません。ついつい弱気になってしまいました。意味は探すものではなく、作るものなのです。
私が生きる意味は、とにかくナハト様との愛ある生活です。
色々な愛をナハト様と経験して、私の血肉とするのです。
目標通りに子供は二人目を生みました。けれど、これが終わりではありません。三人、四人と、生める限りに子作りに励みますわ。
そうです、まだまだナハト様と営んでいない四十八手がございます。淑女の嗜みの全てを知らずして儚くなるわけにはまいりません。閨事だけではなく、ナハト様と過ごす時間がまだまだ足りておりません。
のんびり意識を失っているわけにはまいりませんわ。待っていて下さいね、ナハト様、リヒト、そしてフローライト。
未来への不安で弱気になりましたが、私、新生セラフィナイトはネバーギブアップで覚醒しますわ。
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