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第六章 社畜と女子高生と二人の選んだ道

1.社畜と病院

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 目が覚めた時、俺は病院のベッドにいた。

 蛍光灯の照明と、天井と、俺の左手に打たれた点滴の管が目に入った。

 それから、自分が意識を失って倒れたことを思い出した。ゆっくりと思考が回りはじめ、あの時からどれくらいの時間がたったのだろうと気になって、俺は身の回りを見た。そこは病院の個室で、時計は午後十一時を指していた。日付はわからなかった。

 仕方がないので、俺はナースコールを押した。

「あら、目が覚めたんですか」と若い看護師さんが言い、しばらくして主治医と思われる中年の医師が、面倒そうにやってきた。

 医師は、淡々と俺の病状を説明してくれた。

 救急搬送された時点で意識障害があり、脳梗塞の疑いがあったためCTスキャンを撮ったところ、小規模な脳梗塞が認められた。そのため血栓を溶かす薬を投与された。

 医師いわく、俺は搬送されてからこの病室に落ち着くまで、普通に受け答えをしていたそうだが、全く覚えていなかった。脳梗塞の急患ではよくある事だという。

 館山課長が付き添いで来ていたが、命に別状ないことを医師に確認して、今は会社に戻っている。実家の親には、館山課長から説明してあるらしい。

 俺が最も気になっていた、倒れてから今までの時間経過は丸一日ほど。かなり深く眠っていたので、一週間くらい経っているかも、と思ったのだが。それは一週間のうちにいつの間にか全ての問題が解決されていればいいのに、という俺の願望かもしれなかった。

 医師の説明は何とか聞けたが、それ以降は体が重く、ほとんど何も考えられなかった。夕方、館山課長がやって来て、仕事の事はいいからとにかく休みなさいと言われた。俺は有給をあまり使っていないから、最悪一ヶ月くらい休んでも欠勤にはならない。それ以上は休職になるが、若いうちに大病をして、回復しなかったら今後の人生に関わるから、体のことだけ考えなさい、ということだ。

俺は素直に礼を言うしかなかった。話しぶりから察するに、館山課長は俺が篠田との仲についてかなり悩み、そのストレスで発症したと思っているようだった。篠田も関係しているが、もちろん主な原因ではない。しかし主な原因を説明することもできないので、俺は館山課長に申し訳なく思った。

 その後は一人になり、入院生活が始まった。

 まず実家の両親に電話して、無事だから東京まで見舞いに来なくていい、と伝えた。

 それから、篠田からLINEメッセージが入っているのを確認して、意識は戻った、もう大丈夫だと返信した。近いうちに見舞いに行く、と返信があった。仕事休んでまで来る必要はないからな、とだけ伝えておいた。

 前田さんにも電話したが、つながらなかった。これはもう期待していなかった。

 空いた時間は、照子のニュースについて調べていた。

 芸能関係のニュースは照子の話題で持ち切りだった。ゴシップ的な記事は、照子自身が負った過ちの本質を何も理解しておらず、ただ彼女を中傷するばかりで、読んでいられなかった。それから大麻取締法違反の初犯時の処遇を調べた。わかったのは、勾留中は証拠隠滅の恐れがあるため面会が認められる可能性が低いことと、大麻の売買に関わっていなければ不起訴の可能性もあるが、どんな判断になるかはわからない、との事だった。

 警察に連行される照子の写真を見るのは辛かった。化粧をしておらず、かなり老けて見えた。すべて俺のせいだ。そう思わずにはいられなかった。


** *


 意識が戻った翌日の午後、篠田が見舞いにやってきた。

 篠田は恐る恐る病室のドアを開け、俺を見て、少し悲しそうな顔をした。倒れる前より少しやつれ、ひげも伸ばし放題だから、その変化をダメージだと受け取ったのだろう。


「仕事休んでまで来なくていいのに」

「出張ですよ、出張。普通に喋れるんですね。元気そうでよかったです」


 篠田は館山課長とうまいこと調整して、出張という名目でこの時間に病院まで来たらしい。はじめは心配そうだったが、俺が普通に話しているのを見て、徐々にいつもの感じに戻ってきた。


「それで、何があったんですか」

「……ニュース、見ただろ。照子が逮捕された」

「それは私も見ました。本当にショックでした。照子ちゃんがあんな事するなんて、今でも想像できません」


 照子が大麻を使っていた、という事実に対して篠田はかなりショックを受けていたようだった。

   篠田のように不良とは無縁な界隈生きてきた人間にとって、大麻はアンダーグラウンドな禁止薬物でしかない。だが、俺みたいにちょっと汚い世界も見たことがある人間からすれば、許されるべき事ではないが、そこまで意外ではない、と思っていた。

   大麻は、禁止薬物の中でも製造が簡単だ。アパートのベランダでも栽培できる。だから覚醒剤のように取締を強化しようにも、次々と製造者が現れる。しかも大麻は強い幻覚作用があることを除けば、毒性はかなり低い。アメリカやカナダの一部では大麻が解禁されたが、あれは取締が追いつかないため、管理下に置いたのだと言われている。

 篠田にとっては、照子が悪人に映るだろうが、俺からすれば不良の中学生がタバコを吸うくらいのイメージしかなかった。みんながやっていれば、犯罪行為だろうが簡単に手を出してしまうのが人間だ。特に音楽家は大昔から麻薬との縁が深い。演奏のために必要な刺激を求めてしまうからだ。

 俺は、そういった事を篠田に淡々と説明した。篠田には、照子を本物の悪人だと思って欲しくなかった。篠田は説明を受け入れてくれた。

 俺の話が終わった後、篠田はこう言った。


「宮本さんの悩み、照子ちゃんが逮捕された事だけじゃないですよね」
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