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1章:グラスフェアリー編
8話:撒き餌
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「ふーん、あの男がねえ」
「そう。連絡先も渡された。どうする?」
アルバイトを終えた私はルナは待ち合わせをして、木屋町のカフェバーに来ていた。薄暗い中にカウンター席が数席とテーブル席がいくつかあり、店内には軽快な音楽が響く。カウンターで学生達がバーテンダーと楽しそうに会話をしている。
私とルナは一番奥のテーブル席に座っていた。
ルナは注文したトマトソースのパスタを食べながら、さてどうしたものかと思案していそうな表情を浮かべていた。私は、頼んだサンドウィッチにはまだ手を付けず、ジントニックを一口飲んだ。美味しいけど、久遠さんほどじゃないな、とか失礼な事を考えていた。
「しかし、まさかツグミの方に現れるとは。あやつ策士よのお。というかどうやって私達が類士社大学の生徒って分かったんだろう?」
「分からない。調べたのかな?」
「本人に聞けば良いよ。あれからさ、ずっと調べ物してたんだよ。あの虫は何だったんだろうって」
「それで? 分かった?」
「分かんない。妖精のような気がするけど、そんなの日本にはいないはずだし」
「いや、日本じゃなくてもいないよ」
「まあね。元々ケルト神話とかそっち系だし。詳しくいうと、実はキリスト教の伝来と共に、堕ちた天使を妖精と呼ぶ説もあってそれが――」
「はい、ルナ、ストップ」
ルナが目を輝かせて話を始めたので制止した。ルナがこういうオカルト話をすると長くなるのを私は散々経験してきた。
「とにかく、妖精だとすると辻褄が合うんだよねえ。妖精は、肉が好きだから」
「肉? なんかイメージと違う。こう妖精ってなんか花の蜜吸ってそう」
「違うんだよねえこれが。正確には牛肉が好きだ」
「なんか贅沢ね」
「伝承の残ってる地域は畜産が盛んだったからだと思う。きっと狼や狐に襲われたのを妖精にせいにしてたんだよ」
その話で、私はイギリスに留学した時の話を思い出した。そういえば、そんな話を聞いた事があるな。
「じゃあ、あの猟奇殺人は妖精に襲われたってこと? でも犯人がいたんだよね? 確か被害者の彼氏」
「そこが分かんないだよねえ。犯人が殺したあとに、妖精が現れて、死体を食べたとか」
「それも妖精というイメージと合わないね。犯人とどういう関係なのかな?」
「それも分からん」
私は話を聞きながら、ベーコンとトマトとレタスの挟んであるサンドウィッチを頬張る。ジントニックはイマイチだったけど、ここのサンドウィッチは美味しい。
「とりあえず、飛田さん呼んでみようか。事務所は流石にあたしでも怖いし」
「今から?」
「今から」
ルナは思い付くとすぐに行動するタイプだ。半分、今夜はそうなる気でいた。
ルナはスマホに飛田さんの番号を打ち込むとショートメッセージを送った。
まるで、見ているかのように飛田さんからすぐに返信があった
「早っ。飛田さんってモテなさそうだね」
ルナが笑いながら、返信を打っていた。何度かそのやり取りをする音が響き、最後にメッセージを送るとルナは顔を上げた。
「良し、三十分後、十時に三条木屋町の交差点で集合。ツグミも一緒に来るようにだってさ。どうする? なんか厄介事になりそうだしあたし一人でも大丈夫」
ルナがそう言って私を見つめてきた。確かに彼女はそう思っている。
でも、その奥にどこか頼りたいという気持ちがなぜか伝わってくる。そしてそれを分かった以上、私は無視する事が出来ない。昔からそうなのだ。
「ルナ、行こう。私は大丈夫だから」
「――ありがと。ここ奢る」
「うん、それで手を打つ」
私は、ジントニックを飲み干すと、手を上げて別のカクテルを注文した。
☆☆☆
十時。夜とは思えないほど三条木屋町の交差点は明るいが、人はまばらだ。私とルナがたどり着くと、その交差点の南側、川沿いに設置されている灰皿の横に飛田さんが立っていた。スーツではなく、前に見た甚平の格好。やはり右手には虫取り網を持っており、左手には何かが入っているか、膨らんだ革袋を持っていた。
「ぴったりか、流石だな」
「別に普通でしょ。あー、そうだ最初に言っとく。つーちゃんにストーカー行為はやめろ。大学まで来るなんて常識がなさすぎる。つーかどやって大学突き止めたの?」
会って早々、ルナが飛田さんに言葉のジャブを浴びせる。
「君がいつまでも事務所に来ないからだろうが。あと、情報の出所は内緒だ。まあ、考えればすぐに分かる事なのに、考えてないお前らが悪い、とでも言っておこう」
そう言って、飛田さんがチラリと私へと視線を向けた。なんだろう?
「ま、その話は後でゆっくりしてやる。さあ、行こうか。時間があまりないんだ」
飛田さんはさっさと木屋町通りを南に歩いていく。私とルナはその後を追った。
「で、具体的にどうするつもり? あの虫、いや妖精があたしを狙っているという話だとか」
「妖精までたどり着いたか、優秀だな」
「それほどでも」
「そうだな、餌を使っておびき寄せて捕まえる。そういう単純な話だ」
会話しながら木屋町通りを南に下る。しばらく進むと、交番が左手に見えた。その手前を飛田さんは左に曲がった。
「あたしが餌ってことか」
「そうだ。君が結界を解いたせいで、奴らと君との間に繋がりが出来ちまった。奴らはまずそういう人間を襲う」
細い路地を先斗町通りへと東に進む。50mほどで先斗町通りに出ると右に曲がり再び南へと向かう。細い道には人の気配はない。あるのは提灯や店の明かりだけ。先斗町通りは花街だけあって、木屋町とはまた違った風情がある気がする。
しばらく進むと左手に小さな公園が現れた。鴨川と先斗町通りの間の小さな公園。公園内は暗く、誰もいない。
「ここだ」
「そう。連絡先も渡された。どうする?」
アルバイトを終えた私はルナは待ち合わせをして、木屋町のカフェバーに来ていた。薄暗い中にカウンター席が数席とテーブル席がいくつかあり、店内には軽快な音楽が響く。カウンターで学生達がバーテンダーと楽しそうに会話をしている。
私とルナは一番奥のテーブル席に座っていた。
ルナは注文したトマトソースのパスタを食べながら、さてどうしたものかと思案していそうな表情を浮かべていた。私は、頼んだサンドウィッチにはまだ手を付けず、ジントニックを一口飲んだ。美味しいけど、久遠さんほどじゃないな、とか失礼な事を考えていた。
「しかし、まさかツグミの方に現れるとは。あやつ策士よのお。というかどうやって私達が類士社大学の生徒って分かったんだろう?」
「分からない。調べたのかな?」
「本人に聞けば良いよ。あれからさ、ずっと調べ物してたんだよ。あの虫は何だったんだろうって」
「それで? 分かった?」
「分かんない。妖精のような気がするけど、そんなの日本にはいないはずだし」
「いや、日本じゃなくてもいないよ」
「まあね。元々ケルト神話とかそっち系だし。詳しくいうと、実はキリスト教の伝来と共に、堕ちた天使を妖精と呼ぶ説もあってそれが――」
「はい、ルナ、ストップ」
ルナが目を輝かせて話を始めたので制止した。ルナがこういうオカルト話をすると長くなるのを私は散々経験してきた。
「とにかく、妖精だとすると辻褄が合うんだよねえ。妖精は、肉が好きだから」
「肉? なんかイメージと違う。こう妖精ってなんか花の蜜吸ってそう」
「違うんだよねえこれが。正確には牛肉が好きだ」
「なんか贅沢ね」
「伝承の残ってる地域は畜産が盛んだったからだと思う。きっと狼や狐に襲われたのを妖精にせいにしてたんだよ」
その話で、私はイギリスに留学した時の話を思い出した。そういえば、そんな話を聞いた事があるな。
「じゃあ、あの猟奇殺人は妖精に襲われたってこと? でも犯人がいたんだよね? 確か被害者の彼氏」
「そこが分かんないだよねえ。犯人が殺したあとに、妖精が現れて、死体を食べたとか」
「それも妖精というイメージと合わないね。犯人とどういう関係なのかな?」
「それも分からん」
私は話を聞きながら、ベーコンとトマトとレタスの挟んであるサンドウィッチを頬張る。ジントニックはイマイチだったけど、ここのサンドウィッチは美味しい。
「とりあえず、飛田さん呼んでみようか。事務所は流石にあたしでも怖いし」
「今から?」
「今から」
ルナは思い付くとすぐに行動するタイプだ。半分、今夜はそうなる気でいた。
ルナはスマホに飛田さんの番号を打ち込むとショートメッセージを送った。
まるで、見ているかのように飛田さんからすぐに返信があった
「早っ。飛田さんってモテなさそうだね」
ルナが笑いながら、返信を打っていた。何度かそのやり取りをする音が響き、最後にメッセージを送るとルナは顔を上げた。
「良し、三十分後、十時に三条木屋町の交差点で集合。ツグミも一緒に来るようにだってさ。どうする? なんか厄介事になりそうだしあたし一人でも大丈夫」
ルナがそう言って私を見つめてきた。確かに彼女はそう思っている。
でも、その奥にどこか頼りたいという気持ちがなぜか伝わってくる。そしてそれを分かった以上、私は無視する事が出来ない。昔からそうなのだ。
「ルナ、行こう。私は大丈夫だから」
「――ありがと。ここ奢る」
「うん、それで手を打つ」
私は、ジントニックを飲み干すと、手を上げて別のカクテルを注文した。
☆☆☆
十時。夜とは思えないほど三条木屋町の交差点は明るいが、人はまばらだ。私とルナがたどり着くと、その交差点の南側、川沿いに設置されている灰皿の横に飛田さんが立っていた。スーツではなく、前に見た甚平の格好。やはり右手には虫取り網を持っており、左手には何かが入っているか、膨らんだ革袋を持っていた。
「ぴったりか、流石だな」
「別に普通でしょ。あー、そうだ最初に言っとく。つーちゃんにストーカー行為はやめろ。大学まで来るなんて常識がなさすぎる。つーかどやって大学突き止めたの?」
会って早々、ルナが飛田さんに言葉のジャブを浴びせる。
「君がいつまでも事務所に来ないからだろうが。あと、情報の出所は内緒だ。まあ、考えればすぐに分かる事なのに、考えてないお前らが悪い、とでも言っておこう」
そう言って、飛田さんがチラリと私へと視線を向けた。なんだろう?
「ま、その話は後でゆっくりしてやる。さあ、行こうか。時間があまりないんだ」
飛田さんはさっさと木屋町通りを南に歩いていく。私とルナはその後を追った。
「で、具体的にどうするつもり? あの虫、いや妖精があたしを狙っているという話だとか」
「妖精までたどり着いたか、優秀だな」
「それほどでも」
「そうだな、餌を使っておびき寄せて捕まえる。そういう単純な話だ」
会話しながら木屋町通りを南に下る。しばらく進むと、交番が左手に見えた。その手前を飛田さんは左に曲がった。
「あたしが餌ってことか」
「そうだ。君が結界を解いたせいで、奴らと君との間に繋がりが出来ちまった。奴らはまずそういう人間を襲う」
細い路地を先斗町通りへと東に進む。50mほどで先斗町通りに出ると右に曲がり再び南へと向かう。細い道には人の気配はない。あるのは提灯や店の明かりだけ。先斗町通りは花街だけあって、木屋町とはまた違った風情がある気がする。
しばらく進むと左手に小さな公園が現れた。鴨川と先斗町通りの間の小さな公園。公園内は暗く、誰もいない。
「ここだ」
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