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第1章「始まり」
第32話「くだらない師匠」
しおりを挟む訓練はその日の放課後から始まった。
まず、その前に連絡をしなくてはいけない。
この前みたいに自分勝手に迷宮区に潜って、雫を心配させるのは嫌なので今回は先に連絡を入れることにしておくことにした。
もちろんのこと心配されたが、黒崎さんがいると言ったらすぐに態度を一変されて「大丈夫ねっ!」と太鼓判を押されて心中複雑だった。
いやね、俺も自分のことあんまり評価してるわけじゃないがこうも手のひらを返されると信用されてないみたいで、うん、兄貴としては面目が立たなくてちょっと悲しくはある。
まぁ、黒崎さんがいて安心なのはその通りなんだけど。
雫の心の平穏には良い薬になるのなら受け止めておこう。
すると、俺の隣で待っていた黒崎さんがそう聞いてきた。
「雫ちゃんは大丈夫?」
「はいっ。黒崎さんがいるなら安心だって言ってます」
「ふふっ。國田君なら、私居なくても大丈夫だと思うけどね?」
「えっ。そうなんですか? でも、まだスキルも使いこなしてないですよ……」
「スキルを使いこなせていない今の状況でも、Dランク迷宮区《ダンジョン》までなら余裕だと思うけれど?」
「……俺、いつからそこまで強くなったんですか」
なぜだか、めちゃくちゃもてはやしてくる黒崎さんに気になってそう訊ねた。
「最初から強いわよ。少なくとも、私と出会ったあの日からね」
「うぇ、そんなときから⁉」
「そうでしょ、だってその前にはステータスの値がおかしかったんでしょ?」
「まぁ……でも、こう、力にできているなって感じてきたのはほんと最近ですし」
「ふふっ。随分と律儀なものね、でも確かに確信に変わったのは最近だし。何より、スキルの使い方、学ばないとでしょ?」
「は、はいっ」
気合の入る言葉だった。
きっと、黒崎さんは人にものを教えるのは上手いのだろう。
「でも、あんまり卑下しなくてもいいくらいに國田君は強いわよ」
優しい言い方、口元少し緩む。
本当に、この人はなんて優しい人なんだ。
一緒に居ればいるほどいいところがたくさん出てくる。
実際強くなってるのも自覚してる。
それに、一人で潜ったEランク迷宮区《ダンジョン》で感じたことも覚えている。俺でも強くはなれるってこと。それでも、やっぱりまだまだ知らない部分が多すぎるんだ。俺は俺の事を理解できていない。
前の黒崎さんの戦闘を見ていて分かったこと、それは自分を理解すること。使いきれていない。それを知っているというだけでも、やっぱり黒崎さんは違う。本物の強さはそこにある。
彼女はそれが何足らしめるのかもよく分かっている。
全力で教えを乞おう、俺は。
「あの、黒崎さん。今日から師匠とお呼びしても?」
「っ——それはやめて」
「えぇ~~、いいじゃないですか?」
「だめ、私弟子なんて持ちたくないしっ。それに……」
見るからに嫌な顔をする黒崎さんは、最後に付け足す様に呟いた。
少しどもって、頭を横に振った。
「いや、なんでもないわっ」
「えっ、なんですか。急に切られると気になりますよっ」
「いいの。本当に何でもないことだから。——それに、しつこいと嫌われるわよ?」
「うっ……じゃ、じゃあいいです」
「うん、いい子ね」
「流石師匠、いなし方を分かってますね……」
「師匠って言わないで!」
いやはや、気にはなるが流石に嫌われたくはないので苦虫を噛み潰す思いで堪えることにした。
にしても、ちょっとお姉さんっぽくなった? なんか、顔がというか表情というか、面倒見のいい幼馴染のお姉ちゃんって感じがする。孤児院にいた時にもこんなお姉さん居たっけかな。
「それじゃあ、入るわよっ」
「はいっ、師匠!」
「師匠って言わないでって言ってるでしょ!」
黒崎さんの反応が面白くてちょっとだけハマってしまったのは内緒にしておくとしよう。
そんなこんなで迷宮区前にいる自衛官に探索者免許《ライセンス》を提示して中に入った。
入ってだいたい1分ほど、入り口からの距離にしておそらく200m付近で今ではもう見慣れてしまった魔物が現れた。
「アックスホーンか」
「3体いるわね」
つい昨日戦ったEランク魔物。
名をアックスホーン。
長い牙が特徴的な猪のような魔物だ。猪って言っても、今の日本にはそんな動物はいないけどね。
「ここで3体もいるのは珍しいですね」
「まぁ、そうね。この前のも関係あるのかしらね」
「あぁ、確かに」
「とにかく、アレを倒すんだけど。まずはスキルの使い方から行きましょうかっ」
「はい、師匠!」
そうして、俺と黒崎さん――改め黒崎師匠との秘密の特訓が始まったのだった。
「師匠言うなっ!!」
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