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第1章「始まり」

第15話「成長」

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「あなた、あの子の兄だったのね。びっくりしたわ」

 その不愛想な反応に俺は思わず呆れてしまっていた。

 結局、雫が慌てて教えてくれたので俺は黒崎さんに殺されることはなかった。一発の拳と二発目の回し蹴りを躱したところで雫の声が聞こえてくれたらしい。

 今は俺の方を見てなぜか呆れた顔しているけど本当に危ない人だ。
 F級探索者相手にS級探索者が本気で殴りかかるんだから、少しくらい考えてほしい。

 下手すれば死人が出てる。

 ただ、そんな黒崎さんも俺の事を考えてくれているのか攻撃はあまり早くは見えなかった。というより、手加減しているのか遅かった。

 もちろん、Eランク迷宮区で練習したからって調子に乗っているわけじゃないし、アックスホーンよりかは全然強いとは思うけど、それでもやっぱり遅く見えた。

 俺のレベルが上がって動体視力が上がったのか……とも思ったが、いくらなんでもS級の国宝ともいえる探索者と渡り合えるわけがないし、あまり考えるのはやめておくことにした。

 そんなこんなで目を輝かせながら我らが黒崎さんとお話しすることができ、別れ道では笑顔で手を振っていて、兄として俺は凄く頼もしい気分だった。

 雫と別れてからすぐ、ファンに振り撒く笑顔とは裏腹にいつものクールな表情に戻るとテンションの下がった声で訊ねてくる。

「びっくりしたわって……なんでもかんでも倒そうとしないでくださいよ」

 本当にそうだ。
 殴られたときはちょっと死を悟ったんだから。まだまだ俺が戦える相手じゃないのに。

 しかし、彼女は俺の言葉に切り返す様に棘のあることを言ってくる。。

「まぁでも、さっきのあなたはあの弱そうな輩のお仲間に見えたけどね」
「そんなの嘘でもやめてくださいよ。俺、あいつらにいじめられてるんですから」
「いじめられてるの? あんなに弱そうなのに?」

 特段ふざけている顔ではなかったが、その当然ですけど——と言わんばかりの質問は俺にとってはふざけているかのように聞こえてしまう。

 さすが、黒崎さんだ。
 S級の探索者にとって、BやC級の探索者なんて眼中にないんだろうな。

「それは黒崎さんが強いからですよ」
「別に、あんな輩はどこにでもいるわ? 全然弱いし、あなただって工夫すれば倒せると思うけどね?」

 変わらない真顔。
 簡単に言ってくれるが俺にとって彼らは昔からの因縁のいじめっこで、そう簡単に越えられれないのはいじめられている俺がよく分かっている。

 まぁ、俺だってあいつらのモブっぷりはなんとなく同意できるけど、モブがモブをいじめたところで何も変わらない。俺にも上里君くらいのイケイケ感があれば何か変わると思うけどな。

「簡単じゃないんですよ、その辺は」
「の割には私の攻撃二回とも躱してたけど?」
「あれは……手加減したんですよね?」
「手加減ね……まぁ、多少はね」

 やっぱり。
 まぁ、そりゃそうだ。本気の黒崎さんから俺なんかが逃げれるわけがない。Eランクに通用したくらいじゃダメなんだ。もっともっとD,C,Bくらいには余裕でいられるようにならないといけない。

「にしても、まぁあれは良い線だったと思うわよ? まだまだF級でも諦めるのは早いのかもね」

 ボソッと黒崎さんは呟いた。
 いきなりのお褒めの言葉に驚いたが、彼女の表情は決してバカにしているようには見えなかった。

 これが最強の余裕、きがいっていうやつなのだろうか。
 にしても、褒められるのは嬉しいな。学校ではのけ者扱いだし、少しずつ進んで彼女に認められる探索者になろう。

「ただ、あんまり調子に乗ると寝首掻かれるから丁寧に行きなさい?」
「もちろんです。俺、自分に自信はそこまでないので」
「あなたらしいわね」

 くすりと笑みを浮かべる。
 その表情がいつも見せないからなのか、少し可愛らしく見えた。

「黒崎さんももっと笑っていればいいのに」

 そんな表情を見せつけられたせいで俺はボソッと呟いてしまった。思わず手で口を押えるも時すでに遅く隣を歩く最強の探索者が睨みを利かせる。

 最強の睨みは鋭く、覇気の如く周囲の空気を氷の如く凍らせていく。
 さっきから周りを囲んでいたギャラリーたちをそれが襲い、逃げていくのを確認すると黒崎さんは呆れて溜息をついた。

「はぁ……周りもうるさいわね」
「えっ」
「いや、ちょっと気になっただけだから」
「そ、そうですか……」
「それで、私に何か言ってなかったかしら?」

 そうか、聞こえていなかったのか。
 だから、睨んで……女子に笑顔を褒めるのは鉄則だって雫に教わったし。

 でも……まぁ、言わなくていいか。

「いや、なんでもないです」
「そ? ならよかったわ」

 不愛想に頷くと再び歩みを進ませる。
 結局、その日の黒崎さんとの会話はそれだけで特段何かを話すことはなかったのだった。






 そうして、昼休み。
 隣の席の黒崎さんもなぜか弁当を持ってどこかに行ってしまって、俺は教室の隅で一人弁当を食べることにした。

 クラスはわいわいがやがやとしていて、一軍と言われるギャル系の女子たちは大きな声で放課後の予定なんかを話しているし、男たちも迷宮区の後略方法を話している日常。

 俺はなるべく目立たないようにその端で雫が作ってくれた弁当をパクパク食べていると————

「Fカップ、こいよ」
「雑魚カップ君さぁ、来てくれないかなぁ?」

 朝、逃げていった二人。
 クサビくんとジンくんが俺の肩をガシッと掴んできた。

 どすの効いた不気味な声だったが今までとは違ってあまり恐怖はない。

 さっき、黒崎さんが色々と言ってくれたからなのだろうか。それともやっぱりレベルが上がったせいなのか。

 しかし、さっき言われた黒崎さんの言葉を思い出して俺はこぶしを握り締める。

「ついてこい」

 いじめ、カツアゲ。
 またかよ——なんて雰囲気でクラスの皆は俺を見ている。

 そして、ゆっくりと彼らの後ろを追いかけた。



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