上 下
176 / 242
第13章 神と魔王が動き出す

第176話 緑風の重圧

しおりを挟む
 ◆ ◆ ◆


「──さん」

 誰かが俺を呼んでいる。この声は、セリナか?

「ムギト!」

 今度ははっきりと聞こえた。これは、フーリだ。

「ムギちゃん!」

 アンジェの焦り声も聞こえる。ああ、起きないと。起きないと。

「ん……」

 重たいまぶたをゆっくりと開ける。数人が俺の顔を覗き込んでいることはぼんやりした視界でもわかった。

「おお、起きたか!」

 ミドリーさんが安堵したように笑う。見回してみると、セリナやフーリも俺のことを見守ってくれていた。本当に、俺は生き返ったらしい。

 体を起こしあがると、いきなりリオンが俺に飛びついた。

「う、うわあああん!」

 リオンが俺の胸の中で大号泣している。こんなに声をあげてまで泣くリオンを見たことがあるだろうか。

「リ、リオン……?」

「ムギト君……よかった……本当によかった……」

 嗚咽をもたらすほど泣いていたリオンだったが、そうしているうちに糸が切れたように眠りについた。しかし、リオンは寝てもなお俺から手を離さなかった。

 ふと顔を上げたところで、今度は「バチンッ!」と痛々しい音が辺りに響き渡った。アンジェの平手打ちが俺の頬に飛んだのだ。

「あなた……自分が何をしたのかわかってる?」

 アンジェの声がいつにも増して刺々しい。その様子に周りすら戸惑っていることが痛いくらい伝わる。だが、彼の言うことに間違いはない。飛び込んできた光景を見て、そう思わざるを得なかった。

「……なんだこれ」

『オルヴィルカ』の広場が氷漬けになっている。中央にあった噴水も、商人たちのテントも、氷柱ができているくらい凍っている。しかし、凍っているのは広場だけでない。市民を襲おうとしていた魔物たちも氷漬けにされていた。

「ま、街の人は!?」

「安心しなさい。みんな無事だ。その魔法は、人間には効かないみたいだよ」

 ミドリーさんの言葉にホッと胸を撫で下ろす。けれども、アンジェの怒りはまだ治まっていなかった。

「あなた……リオちゃんの蘇生魔法に甘えて、全部あの子に丸投げしたでしょう」

 心臓がドキッと高鳴った。その通りだ。確かに俺はこの魔法にかけた。いや、かけたのはリオンだ。こいつなら、俺が死んでもすぐに蘇生してもらえると思ったから。けれどもそれは間違いだった。

「ムギト……あなた、リオちゃんのプレッシャーについて考えた? 万が一蘇生できなかった時のあの子の気持ちをわかっていた? あなたの無謀な行動が、あの子に一生物の傷をつけるところだったのよ!」

 アンジェの声が震えている。しかし、正論すぎて何も言えない。俺が起きなかったら、責任はリオンにも降りかかる。こんな俺の胸の中で眠るリオンに。そんなの、泣くに決まっているのだ。

「ごめん……アンジェ……」

「謝るなら、リオちゃんに謝りなさい」

 ピシャリと言い放ったアンジェは、俺に背を向けて深く息を吐いた。そんな怒る彼ですら服の袖で涙を拭いたので、俺は何も言えなくなった。

 重苦しい沈黙が流れる。しかし、その沈黙をやぶったのは、意外にもオズモンドさんだった。

「……話がついたのなら、こちらの話も聞いてもらおうか」

 オズモンドさんが神妙な顔で俺を見下ろしている。この緊迫した空気に、その場にいた誰もが息を呑んだ。

「話って、なんすか?」

 おそるおそる聞くと、オズモンドさんは深く息を吐いた。

「単刀直入に聞く。ムギト、お主は何者だ?」

「何者と……言われましても」

 口ごもる俺にオズモンドさんの目が鋭くなる。

「お主のクラスは?」

「わ、わかんないっす」

「わからない?」

 オズモンドさんが顔をしかめる。それを見たアンジェは慌てた様子で俺のフォローに回ってくれた。

「オズモンド様、ムギちゃんは記憶喪失なんです」

「ほう……その割には、先ほどの青年をすぐに『弟』だと言っておったが?」

「そ、それは……きっと記憶も断片的なんだと……」

 痛いところを突かれ、アンジェの声量がなくなっていく。それを見てオズモンドさんも「もう良い」と小さく首を振った。

「答えられぬなら、お主自身に答えてもらうだけだ」

 オズモンドさんがゆっくりとした足取りで近づいてくる。ぞわっと胸騒ぎがしたから逃げようかと思ったが、それは眠りながら抱き着いているリオンに拒まれた。

 俺の正面に立ったオズモンドさんは、その大きな手でグッと俺の頭を掴んだ。これは以前にもやられたことがある。マジックパワーを探られているのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

処理中です...