転生するのにベビー・サタンの能力をもらったが、案の定魔力がたりない~最弱勇者の俺が最強魔王を倒すまで~

葛来奈都

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第13章 神と魔王が動き出す

第175話 「死んでしまうとは情けない」

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 ◆ ◆ ◆


 あれから俺の体はどうなったのだろう。

 自己犠牲魔法なんて使ったのだ。多分死んだのだろう。それなのに、氷のように冷たかったはずの体に温もりが戻っていた。

 うっすらと目を開けると、辺り一面霞がかった不思議な空間に立っていた。天国には見えない。ここはどこだというのだろうか。

「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」

 穏やかな女性の声に慌てて振り返る。そこには緑髪の女性が立っていた。

 まつ毛は長くて目も大きく、肌の色も透通るくらい白い。スッと鼻も高く、光沢のあるシルクのオーブから見えるくっきりとした体のラインは、格好も相まって色っぽさも感じた。風貌は俺よりも年上に見えるが、美しさがゆえに年齢が読めない。この姿は、まるで女神。

 唖然としていると、女性はニコッと目を細めて笑った。

「一度この言葉言ってみたかったんですよ。初めまして、勇者ムギト」

「は、初めまして……」

 いざ面と向かって「勇者」なんて言われたものだから、思わずたじろいでしまった。けれども女性は頬を赤らめる俺を見て、優しく微笑んだ。

「そう照れないでください。私の名前はエスメラルダ。天使たちを従える女神です」

「え? ていうことは、あんたがノアの上司!?」

 ノアが「神」「神」言うから、てっきり白いあごひげをたくわえたおっさんだと思っていた。それがこんな美人なお姉さんだったとは驚きだ。

 風貌も見た目もまさしく女神。そんな彼女の美しさに見惚れてしまいそうだったが、女神の微笑みはすぐに消えた。

「あなたのことはノアから聞いておりました。私たちの不手際で巻き込んでしまい、本当に申し訳ありません」

「あ、いえ……」

 深々と頭を下げる彼女に、たまらずたじろぐ。そんな改まって頭を下げられるとこちらも遠慮してしまうのだが、エスメラルダさんの頭が上がる気配はない。

「そ、そんなことしないでくださいよ。俺も、こっちの世界を割と楽しんでいるんすから……ただ」

 言いよどんだ時、もう彼女の顔は見られなかった。

 先ほどの怒涛の展開が脳裏にフラッシュバックする。「堕天使」と名乗る天使。「魔王」と名乗る実弟。そして、そんな二人を無言で見上げるノア。

 どうしてこうなったのか。あいつらに何があったのか。わからないことはたくさんあるが、察していることは一つだけあった。

「あんたら……最初からライトが魔王って知ってたんだろ?」

 そう言うと、エスメラルダさんが息を呑んだ。そして消え入りそうな声で、彼女は「はい」と一言答えた。

「……どうして黙ってたんすか?」

「最初から実弟だとわかっていたら、あなたは戦うのを躊躇する。そう判断したからです」

「でも、結局俺が戦わないといけないんだろ!?」

「ええ。残念ながら」

 淡々と話すエスメラルダさんの言葉が俺の胸に突き刺さる。

 魔王が復活してしまった以上、『エムメルク』の崩壊は免れない。誰かが、いや、「勇者」として転生した俺が、奴を止めなければいけない。理屈ではわかっている。わかっているからこそ、俺では勝てないのだ。

「お前らだって気づいてるだろ……俺が、あいつに敵う訳ないって」

 これまで何度恨んだだろう。ほとんど同じ顔なのに、頭も良くて、運動神経も良くて、女にもモテて。あいつには俺が持っていないものを全部持っていた。

 そんなあいつと俺はいつも比べられていた。「お兄ちゃんなのに」「お兄ちゃんのくせに」これまで何度周りに言われてきたことだろう。俺があいつより劣っていることは、俺が一番知っているのだ。それは、この世界に来ても同じだ。

「俺には……あいつを……」

 そう口にしようとした時、俺の頭上から温かい白い光が降ってきた。天に召されてしまいそうな光に一瞬戸惑ったが、その光を見てエスメラルダさんは静かに笑った。

「……早いお迎えですね。実に優秀です」

「お、お迎えって……やっぱり俺、死ぬんすか?」

「いいえ。御霊が体に戻るだけです。時期に意識が戻りますよ」

 そうこう言っている間も、頭上の光はどんどん強くなっていく。その光に反射して視界も白くなっていった。眩しくて、エスメラルダさんの顔も見えない。

 真っ白な世界でエスメラルダさんの声だけが聞こえてくる。

「大丈夫。あなたは弱くない。少なくとも──ノアはそう信じておりますから」

 その言葉を最後に、俺の意識は飛んだ。彼女の優しい声は、陽だまりと共に消えていった。

 ──そんな夢を、見たような気がした。
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