群青の軌跡

花影

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第4章 夫婦の物語

閑話 ウォルフ1

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今回は間に合った!


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 内乱中、グスタフにくみした自分は、人並みの幸せを望んではいけないと思っていた。だからルーク卿に誘われて休暇を過ごしたアジュガで出会ったカミラさんに惹かれながらも、手の届かいない相手だと思ってあきらめていた。
 皇都へ戻ってきても思い出すのはアジュガで過ごした日々で、思いがけず再びアジュガへおもむくことが決まった時は、ルーク卿が苦境におちいっているにもかかわらず、彼女にまた会える事を内心で喜んでいた。
 そんな不純な動機にもかかわらず、アジュガの人達は自分を温かく迎え入れてくれた。逗留したのは休暇で訪れた折と同じく「踊る牡鹿亭」。毎日顔を合わせるのが楽しみな一方で、募っていく想いに蓋をしていくのは辛くもあった。更には町に馴染んでいくにつれて気になる噂が耳に入るようになった。
「言い寄る男を手玉に取って貢がせている」
「お貴族様になったつもりでいる」
「町の中では何をしても許されると思っている」
 事実無根であることは分かっている。隆盛を誇るビレア家をやっかんでの事かとも思ったが、カミラさん個人をおとしめるような内容が多いのが気になった。本人は気にはしていないとは言っていたが、諦めともとれるその表情から深く傷ついている様子がうかがえた。
 何とかしなければ……そう思っているうちに時間は過ぎてしまっていた。ルーク卿の婚礼の前日に不幸な火災が起き、炎に包まれた部屋へ飛び込んで倒れていたクラインさんを助け出した。その折に火傷を負い、更に町を訪れた陛下の御采配によって行われたルーク卿の婚礼にも無理を押して出席したため、その後しばらく寝込むことになってしまった。
 踊る牡鹿亭の客室で痛みにうなされる自分を看病してくれたのはカミラさんだった。彼女の献身的な看病のおかげで、自分は助かった様なものだ。おかげで余計に彼女の事を意識するようになってしまっていた。
 どうにか仕事に復帰できたのは夏の終わりだった。たまった仕事をこなさなければならず、くだんの噂への対処は出来ないままになっていた。秋になり、ルーク卿がアジュガとミステルの領主に任じられた事が公表されると、今度は貴族家からカミラさんへの縁談が来るようになり、その対処にも追われてしまって時間ばかりが過ぎていた。
 寝込んでいる間に町の復旧は進み、秋には盛大な収穫祭も行われた。近隣からも人が集まり、とても賑やかなお祭りとなった。しかし、その後片付けは大変だった。みんな飲みすぎて二日酔いの状態でするので、結構時間がかかっていた。
「あのね、変なおじさんがいるんだ」
 後片付けが終わる頃、兵団予備隊を自称する子供達がそう訴えて来た。詳しく話を聞いてみると、みすぼらしい身なりの男が踊る牡鹿亭の前をうろうろしていたらしい。年長の子供の1人が勇気を出して声をかけたが追い払われ、その時に何でも自分は高貴な身分なのだと言っていたらしい。
「様子を見てきます」
 踊る牡鹿亭にはカミラさんがいる。嫌な予感がして、いてもたってもいられなくなった自分は駆け出していた。
「!」
 踊る牡鹿亭に駆け付けると、カミラさんが男に襲われていた。頭に血が上り、後先考えずにその男を蹴り飛ばしていた。
「貴様、何をする!」
「それはこちらの台詞です」
 激高する男にかまわずカミラさんを助け起こす。彼女の頬は痛々しいほどに腫れていた。怯えた様子の彼女を背に庇って男に対峙するが、何か勘違いをしている様子で話が全く通じない。そして、すっかり頭に血が上った男はわめきながら椅子で殴りかかってきた。背後にカミラさんを庇っていったので避けられない。仕方なく腕で頭を庇ったのだが、鈍い音と共に激痛が襲う。男は更に殴り掛かってきたが、ザムエル兵団長が来てくれて事なきを得た。
「本当にありがとう……」
 兵団が呼んでくれた医者に診てもらい、ビレア家から迎えが来たカミラさんは何度も頭を下げて帰って行った。その間、カミラさんが心配するので、折れていた腕の痛みをやせ我慢して耐えた。彼女の姿が見えなくなった途端にその場に倒れ込む。
 医者に「どうせ後からバレるのに」とからかわれながら治療を受けていると、ザムエル兵団長からは「鍛え方が足りんな」と追い打ちをかけられた。鍛えてどうにかなるものなのか分からないが、ああいった場合の対処法は覚えておいた方が良かったかもしれないと反省した。
 捕縛した男の名はメルヒオール。先のミステル領主の嫡男だった。内乱後に不正にかかわったとして敬称を剥奪され、労役に課せられていたが、アルメリア姫ご成婚の折の恩赦で解放されていた。メルヒオール自身の供述では要領を得なかったので、シュタールに問い合わせてようやくそれらの事が分かった。
 解放されたとはいえ彼はまだ観察中の身分。今回、問題を起こしたことで恩赦は無効となってまた労役を課せられることになった。彼はまだ訳の分からないことを主張していたが、アジュガへの一切の係わりの禁止を言い渡した上でシュタールから来た役人に身柄を引き渡した。
 事件の後始末に思ったよりもかかってしまった。事件のショックからカミラさんは仕事を休んでいると聞き、気にはなりながらも様子をうかがいに行けたのは事件から6日も経ってからだった。
「ウォルフさん、腕……」
「ああ、これ? 折れちゃってました。ザムエル兵団長に言わせると鍛え方が足りないそうです」
 固定された左腕を見たカミラさんは驚き、そしてものすごく心配してくれた。下手な冗談でごまかしたが、自分にとっては左腕よりも彼女の方が無事で良かったと思えた。



 あの一件以来、カミラさんを中傷するような噂がまたひどくなった。よりによって彼女から誘った等とありえないものもある。その噂もあってか、カミラさんは家から出るのをひどく怖がるようになっていた。
 自分に何かできないだろうか? そう思って腕の治療をしてくれる医者にも相談してみた。精神的な部分は専門外だと言われたが、それでも焦らずに根気強く馴らして行くしかないのではないかと助言をもらった。
 迷惑ではないかとも思ったが、仕事が一段落する午後の時間にビレア家を訪ねた。カミラさんも彼女の母親のイルザさんも歓迎してくれるだけでなく、昼食を食べ損ねていた自分に軽食を用意してくれた。それ以降、毎日とまでいかないものの、仕事の都合がつく限りビレア家を訪れるようになった。それほど長い時間ではないが、顔を合わせて他愛もない話をしているうちに彼女の表情も和らいだものになっていた。
「裏庭ならどうですか?」
 真冬のある日、カミラさんにそう提案してみた。この日はこの時期にしては比較的天気が良かった。イルザさんによって防寒対策もばっちりな彼女の手を引き、時間をかけて裏庭に出てみた。
 辛そうではあったが、当人もどうにかしたいという思いがあったのだろう。震えていた彼女の手を握りしめて励まし続け、僅かな間ではあったものの家の外に出ることに成功した。そしてその後も少しずつ訓練を重ね、春の風を感じられるようになる頃にはビレア家の近所ならば出かけられるまで回復していた。



「何か、お礼がしたいのですが……」
 春分節のお祭りが近づいてきたある日、カミラさんからそんな申し出があった。しかし、自分は大したことはしていないし、逆に毎回の様にお昼を御馳走になっている。彼女がこれ以上気に病まないように笑顔でさとして話題を替えた。
「カミラさんはお祭りには行けそうですか?」
「人が多い所はまだ無理かな」
 話題は自然と間近に迫った春分節のお祭りになった。今回は皇都でも公演をしたことがある有名な楽団や人気の大道芸人が来てくれることになっている。是非ともカミラさんに見て欲しいと思っていたけど、無理強いは出来ない。内心がっかりしていると、「ウォルフさんとなら……」という呟きが聞こえた。
 カミラさんは慌てて聞かなことにして欲しいと言ったが、もう無理だ。その場で祭当日の予定を思い返す。確か午前中はルーク卿の代理として挨拶回りする予定になっていた。その後の公的な予定は無かったが、少しでも書類に目を通しておくつもりだった。
「大丈夫。何とかするから一緒に出掛けよう」
「でも、でも、お仕事が忙しいって……」
「無理にその日にしなければならない事ではないからね。何とかなるよ」
 カミラさんは遠慮しようとしていたが、少し強引に当日の約束を取り付けた。そして仕事の傍ら、当日の予定を練り上げる。カミラさんはまだ大勢の人前に出ることが出来ない。人込みを避けつつ祭を楽しむにはどうしたらいいか……悩んだ末に特権を大いに乱用することにした。完成前の領主館を通路代わりに利用し、着場から祭を楽しむことにしたのだ。
 改装中の領主館へ入るには許可が必要だが、形式上部下となっている2人の文官は何も言わずに許可証を発行し、ザムエル兵団長が着場には一般の人が上がらないよう警備してくれることになった。更には踊る牡鹿亭のご主人は差し入れを用意すると約束してくれた。何だか色々おぜん立てしてくれて感謝しかなかったが、彼等もまたふさぎ込んでいるカミラさんの事を心配していたのだ。
「ねぇ、ウォルフ補佐官。お祭りを案内して下さらない?」
 そして迎えた祭当日。朝から挨拶回りに忙殺されていると、途中で邪魔が入る。声をかけてきたのは町で一番大きな雑貨屋の娘だった。容姿に自信があり、男性は誰でも自分のとりこになると信じて疑わない様子にうんざりする。忙しいのでそっけなくお断りしたのだが、彼女はなかなか諦めてはくれず、行く先々で待ち伏せして声をかけてくる。どうにか彼女を撒きながら挨拶回りを終わらせ、踊る牡鹿亭で約束の差し入れを受け取った。そしてカミラさんを迎えに行った時には予定していた時間よりも随分と遅くなっていた。
「遅くなってすみません。お迎えに上がりました」
 カミラさんは迎えに来た自分の姿を見てホッとした様子だった。やはり遅くなったので随分と不安にさせてしまっていたのだろう。謝罪すると快く許して下さった。イルザさんに見送られてビレア家を出発する。少し不参そうな彼女の手を握り、人通りの少ない路地を選んで歩いた。先程の女性が待ち伏せていないか心配だったが、どうやら自分の事は諦めてくれたらしい。幾分ホッとした気持ちで道を進んで領主館へ向かい、その中を通って祭りの特等席を用意してある着場へと彼女を案内したのだった。





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ウォルフ視点、もう1話続きます。(多分)
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