群青の軌跡

花影

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第4章 夫婦の物語

閑話 カイ1

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ルークとカイ君、出会いのお話です。


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 俺に残っている幼い頃の記憶はひもじさと寒さと恐怖だけだった。いつも腹を空かせていた俺は、街中の屋台から食べ物をくすねる生活を送っていた。もちろん、いつもうまくいくわけがなく、時には店の人に捕まって暴力を振るわれることもあった。
 いつだか店の人に見つかった時に、少し年上の兄ちゃんが俺の事を助けてくれた。その兄ちゃんは俺達ぐらいの子供の集団のまとめ役をやっていて、俺にも来ないかと誘ってくれて、俺はそのままその兄ちゃんの仲間になった。
 その兄ちゃんからはちょっと裕福そうな人の懐から財布をかすめ盗る方法や、何人かで連携し、屋台の店主の気を逸らしている間に食べ物をくすねる方法も教えてもらった。俺はのみ込みが早かったらしく、次第に難しい技も教えてもらえるようになっていた。
 集団には、ねぐらの天井に頭が使えるようになったら出ていくという決まりごとがあった。俺を誘ってくれた兄ちゃんも次の春にはいなくなっていた。そうしてねぐらに空きが出ると、またいつの間にか新顔が増えていると言った感じで、常に10人くらいがねぐらで生活していた。
 いつの頃からか、俺が集団のまとめ役になっていた。それと時期を同じくして町の雰囲気が変わって来た。町の大人達は俺達に対して無関心どころか邪険に扱っていたのに、近頃はことあるごとにかまってくる。どうやら孤児院とかいうところに俺達を押し込めたいらしい。その為に食べ物を配って俺達を誘おうとしてくる。
「兄ちゃん、今日はあっちで食べ物を配っていたよ」
「何か言われなかったか?」
「温かいおうちがあるよって」
 仲間のチビ達は食べ物をもらってすごくうれしそうに報告してくる。苦労せずに食べ物にありつけるのはありがたいが、俺は善人面する大人達が信用できずに距離を取っていた。きっと何か裏があるに違いない。
 だが、仲間達は違ったようで、誘われるまま大人達の元へ行ってしまい、今では行動を共にしているのは3人だけになってしまった。その3人も食べ物がもらえるならと彼等の元へよく顔を出している。俺にはもう止めることは出来なかった。
 そして秋が深まる頃には俺は独りになっていた。どうせ近いうちにねぐらを抜ける頃合いだったからちょうどいい。ふと感じる寂しさをそう思うことでごまかしていた。
 寒さを感じるようになってきたこの日もいつもの様に賑やかになった通りを見渡して懐の物をかすめ取るのに都合のよさそうな人を物色する。すると身なりのいい若い男が無防備に歩いていた。最近増えた露店を物珍しそうに見て歩き、屋台で焼き栗を買っていた。その時に彼の財布には十分なお金が入っている事も確認できた。手に入れることが出来れば、冬への備えも出来そうだ。
 男が向かう方向へ先回りして建物の角へ身を隠す。ちょうど来た頃合いを見計らって飛び出し、ぶつかりそうになったところで懐から財布を頂いた。
「ゴメンよ」
 ぶつかったことを一言謝ってから走り去り、十分離れたところで誰も来ない裏路地へ逃げ込んだ。落ち着いたところで獲物の財布を確認するが、どこにもない。手ごたえは確かにあった。自分の懐に押し込んだ感覚も覚えているのに、その財布は跡形もなくなっていた。まさか落としたのだろうか? だとしたら惜しい事をした。今から探しに戻ってもきっともうなくなっているに違いない。
「なかなかの手際だったね」
 独りで悔やんでいるといきなり声をかけられた。ハッとして顔を上げると、さっきの若い男がニコニコしながら俺を見下ろしていた。こんなに近づいてくるまで気付かないなんて、今日の俺はどうかしている。俺はすぐさまその場から逃げ出そうとしたが、その若い男にがっちりと捕まえられていた。
「カイ君だろう? 君を探していたんだ」
「離せよ」
 力いっぱい抵抗してみたが、男の手はびくともしなかった。それどころかヒョイと俺の体を持ち上げると、スタスタと歩き出す。
「移動するよ」
 俺の抵抗をものともせず、男は最近できたばかりの上水施設へ連れて来た。朝一番の混雑する時間帯はちょうど過ぎたところで、人の姿はまばらだった。その場にいた人達は俺達の姿を見て驚いていたが、若い男は意に介さない様子で「ちょっと使わせてもらうよ」と断りを入れて俺をその施設の脇に降ろした。
「とりあえず手を洗おう」
 即刻逃げようとしたけど、またすぐに捕まった。仕方ないので言われた通り手を洗う。いつも通り服で水滴をぬぐおうとすると、男は手巾を差し出した。木綿の手巾は広げてみると飛竜の刺繍が施されていた。これをくすねればそれなりの値段で売れそうな気がする。けれどもこの男の人の前では無理だろう。悔しいので手巾はくしゃくしゃに丸めて返してやった。
 男の人は苦笑しながら手巾をたたみなおして懐に入れていた。そして手近に設置されている椅子に腰かけると、先程買っていた焼き栗を俺に差し出す。施《ほどこ》しは受けないと突っぱねようとしたけど、おいしそうな匂いと男の人の押しに負けて一つ手に取った。まだちょっと温かかった。
「食べながら話をしよう。俺はルーク。竜騎士だ。肩書は他にもあるけど、この町に関わるものとしたら領主かな」
 驚いて受け取った栗を落としそうになった。領主って言ったら偉そうにふんぞり返っているものだと思っていた。けれども、目の前にいる人は少しもそんな感じがしない。
「まあ、自分でもらしくないとは思うよ。それでも任された以上、最善を尽くすつもりだけど」
 そう言って領主の兄ちゃんは焼き栗の殻をむくと口の中に放り込んだ。俺もつられて殻をむいた栗を頬張る。焼き栗なんていつ以来だろう。食べられるのは今の時期だけだし、それなりに余裕がある時しか買うことが出来ない。買ってもちび共を優先するので、食べるのは本当に久しぶりだ。気づいたら差し出された栗を次々と平らげていた。
「孤児院に保護した小さい子達から君の話を聞いたんだ。カイ兄ちゃんにいっぱい助けてもらったって」
「と、当然だろう。アイツらはまだチビだから……」
「俺から言わせてもらうと、君もまだまだ庇護が必要な年だ。今回、君を探していたのは、君も孤児院へ招きたかったからだ」
「必要ねぇよ。俺はもうじきあいつらと離れて独り立ちするところだったんだ。一人で生きていける」
「独り立ちって今日みたいなことをするのかな?」
「そ、そう言う訳じゃねぇけど……」
 領主の兄ちゃんがじっと俺の事を見ているので、俺は気まずくなって言葉を濁した。
「そうなると、俺は君を捕えなければならなくなる。牢屋に入れて厳しい罰を与えることになる」
「孤児院っていうのだって一緒じゃねぇか。俺達を閉じ込めるんだろう?」
 俺の答えに領主の兄ちゃんは呆れたようにため息をついた。
「一緒にしないでくれるか? 君達が成人するまでその身の安全を約束するところだ。ちゃんとご飯も出るし、暖かい布団もある。大人になっても困らないよう、勉強の時間もある。悪い事をすれば確かに怒られるかもしれないけれど、安全な場所だよ」
「……大人は都合のいい嘘をつくじゃないか」
 悪い人には見えないけれど、俺は領主の兄ちゃんの言葉を信じることが出来なかった。すると今度は困った様子でため息をついた。
「なかなか手ごわいな……」
 そんな独り言を言いながら何かを考えている。もらった焼き栗も食べつくしたし、この隙に逃げ出そう……としたけど、またもや捕まった。
「まあ、待て。だったら勝負をしよう」
「勝負?」
 一体何をするつもりなんだろうと思いながら相手を見ていると、兄ちゃんは懐から何かを取り出した。それは、さっき俺が頂いたはずの財布だった。落としたのを取り戻していたらしい。
「あー!」
「これを狙っていたんだろう?」
 領主の兄ちゃんの問いかけに俺は渋々うなずいた。
「今日はこの後、町中を視察する予定なんだ。この辺をうろうろしているから好きに狙って来ればいいよ。上手く取れたらこの中身は君の好きにしていいし、今回は勧誘を諦めよう」
「本当に?」
「ああ。だけど、時間制限をもうけさせてもらうよ。夕刻の鐘が鳴るまでに取れなかった場合は俺の勝ちだ。孤児院へ来てもらおうかな」
「……分かった」
 絶対の自信があった俺はその条件をのんだ。そしてその場で握手をして別れた。



 結果から言えば惨敗だった。別れてすぐに領主の兄ちゃんの後をつけて歩いた。呑気に鼻歌交じりで歩いている所を早速狙ったのだけれど、躱された。その後も服装を替えて挑み続けたけれど、財布を触る事すらできなかった。
 もうじき夕刻の鐘が鳴る。どうやっても勝ち目がないとようやく悟った俺は逃げ出すことにした。今のねぐらはちび共から聞いて場所を把握しているかもしれない。だが、独り立ちした時の為に前々から目を付けていた場所があったので、そこへ逃げ込むことにした。
 向きを変えて町の外れへ走り出す。すると夕刻の鐘も同時になりだした。とにかく今は逃げることを優先しよう。後の事はまた考えればいい。そう思いながら足を動かしていたけれど、急に目の前に誰かが立ちはだかった。
「げっ」
 そこにいたのは領主の兄ちゃんだった。すぐに向きを変えて逃げ出そうとしたけれど、ヒョイと荷物の様に抱え上げられた。
「俺の勝ちだな。約束通り来てもらおうか」
 領主の兄ちゃんはそう言って笑いながら歩き出す。俺は必至でもがくけれど、がっちりと回された腕はびくともしなかった。
「あー、カイ兄ちゃんだ!」
「本当だ。カイ兄ちゃんだ!」
 領主の兄ちゃんに連れてこられたのは神殿の傍にある大きな建物だった。敷地の中へ入っていくと、中から見知った顔がわらわらと出てくる。仲間だったチビ達だ。みんな元気そうで、小ざっぱりした格好している。
「お前はとりあえず風呂だ」
 抱えられたままの状態が恥ずかしくて降ろしてくれと訴えるが、領主の兄ちゃんは気にすることなく屋内へ入っていく。中には神官の服装をしたおばちゃんが待ち構えていて、領主の兄ちゃんを風呂場へ案内していた。
「ほら、全部脱げ」
 領主の兄ちゃんは俺が着ていたものを容赦なくはぎ取ると、俺を風呂場へ放り込んだ。川の水で体を洗った事はあるけれど、風呂場なんて初めてだ。どうしたらいいか分からないでいると、後から兄ちゃんも服を脱いで入ってきた。
 そして俺に頭からお湯をかけると何度も石鹸を使ってこすりあげる。そうやって擦り切れると思うくらい磨き上げると、兄ちゃんは満足したのか今度はお湯の中へ俺を放り込んだ。
「うわ……」
 お湯に入るのも初めてだった。不思議な感覚だけど、何と言うか、気持ちいい。兄ちゃんとの勝負で一日走り回って疲れていた俺はそのままウトウトと眠ってしまっていた。



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次話もカイ君視点の閑話です。
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