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第1章

22 侯爵令嬢と死者の国

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私が生まれ育ったこの世界が、分断された7つの世界のうちのひとつだと言われて本当に驚いたけれど、実は私は「そんなのあり得ない!」というふうには思わなかった。

小さな頃からイザベラやお母様や神父様に何度も聖書を読み聞かせられてきたからだ。

聖書の創造記に、こんな記述がある。

―――神は9日間で世界を創った。

1日目、まず神は世界を光と闇に分けた。
2日目、光あるところに空と海と大地を創った。
3日目、空に双子の太陽を創った。
4日目、双子はひとつになり星と月が生まれた。
5日目、海に落ちた星は魚になった。
6日目、大地に落ちた星は植物と動物になった。
7日目、空の星の一部は鳥と竜になった。
8日目、そして神は神の姿に似せて人を創った。
9日目、最後に神は世界を7つに分けた。

「その7つに分けられた世界というのが球体世界スフィア…」

私がそう呟くと、アルミラは短く「そうだ」と言った。

「ファルナレークは他の多くの球体世界スフィアに繋がっている。お前の家族がファルナレークにやってきたことはアタシも知るところだ。今もそこにいるのか、すでに他の球体世界スフィアへ飛んだのかはわからんがな」

私はこんがらがった頭を整理するのに精一杯だった。

まず、そんなものはただの神話だと思っていたけど、聖書にある通り、この世界は球体世界スフィアと呼ばれる7つの小さな世界に分けられているという。

私たちがいる球体世界スフィアの名前は『ユークレア』。

他に判明している球体世界スフィアは4つ。
アンデッドが支配する球体世界スフィア『ファルナレーク』。
恐竜と獣人たちの球体世界スフィア『ロドンゴ』。
機械が支配する球体世界スフィア『エントロクラッツ』。
言語がバラバラで戦争の絶えない殺戮の球体世界スフィア『チキュウ』。

あと残り2つの球体世界スフィアは名前もわからない。

お父様たちはエロール帝国を後ろ盾にもつクレアティーノ王国と向き合うための戦力を求めて、まずはファルナレークに渡った。今もそこにいるか、またはファルナレークを経由して他の球体世界スフィアへと渡った。

つまり私がするべきことは、私もファルナレークに行って私が吸血鬼ヴァンパイアにされた理由や人間に戻る方法を探りつつ、お父様たちの足跡を調べること。

「でも別の世界なんて、一体どうやって行くんですの?」

ローザが風になびく長い金髪を手で抑えながらそう言った。
アルミラがそれに答える。

球体世界スフィアの間を移動するためには大きく分けて3つの方法がある。転移魔術か魔具か乗り物を使うことだ。本来、別の球体世界スフィアに移動するためにはその移動手段を持つ者を見つけ出し、連れて行ってもらうよう交渉する必要がある。しかし、今のアタシにはこれがある」

アルミラは左手をかざして吸血鬼ヴァンパイアとしての固有能力である底なしの棺フィニスアルカを発動させ、馬車を出現させた。

私たちをクレアティーノ王都からこのエスパーダ領の屋敷まで運んでくれた馬車だ。

「この馬車こそが球体世界スフィアの間を移動するための乗り物なのだ。ここユークレアとファルナレーク間の限定だがな。『あの方』に賜った特別製の馬車だ」

アルミラは流麗な動作で馬車の扉を開けた。

「さあ乗れ」

私はローザと顔を見合わせて頷き、イザベラ、アルフォンス、ヴァルゲスに振り返った。

私はこの馬車に乗って、アンデッドが支配するファルナレークという別の世界に行く。

そこで私は自分が吸血鬼ヴァンパイアにされた理由や人間に戻る方法を調べて、できれば普通の人間に戻って、あわせてお父様たちの居場所も見つけ出して一緒にこのエスパーダ領に帰ってくるつもりだ。
でもアルミラに私を連れてくるよう命じた『あの方』とやらは、きっと私をおとなしく帰すつもりはないと思う。もしかしたら私を食べようとしているのかもしれない。
それでも私は行かなければいけない。
この屋敷に閉じこもって待っていても、誰も私を人間に戻してくれたりはしない。

私の運命は、私が切り拓くしかない。

「それじゃ、行ってくるわ」

私がそう言って馬車に乗り込むと、イザベラとアルフォンスは丁寧にお辞儀をし、ヴァルゲスは柔らかな唸り声を上げた。


******


私とローザが馬車に乗り込むと御者台のアルミラは馬にムチを入れ、数歩ほど駆け出すと不思議な光りに包まれて気がつけばあたりは深い闇の中。

馬車の窓から見える風景は、枯れ木がまばらに生える荒涼とした赤土の大地だった。
枯れ木から飛び立った鴉や蝙蝠が羽ばたく空は、怪しく輝く満天の星の光で赤紫色に染まっている。その夜空を切り裂くように泥が固まったような背の高い建造物がそびえ立っており、その足元には仄かな灯りが整然と並んでいた。

「向こうに見えるのがファルナレークの城、薔薇の不死城ロサカステルムだ。その城下には『茨の街』が広がっている」

馬車は舗装されていない道をガタガタと進んだ。
殺風景な荒野には時々、ボロボロの布切れを身に纏って腹からはみ出た腸を引きずる死体が歩いてたり、人の形をした半透明の何かが彷徨うように宙を舞っていたりした。

「ゾンビにレイス…本当にアンデッドの世界なのですわね…」

ローザがそう呟くと、御者台のアルミラが補足する。

「奴らはまともな思考能力もない下等なアンデッドたちだ。城はもちろん街からも追い出された野良アンデッドといったところだな」

私は馬車の中で《うう、怖いし気持ち悪いし、もう最悪…》と泣きそうになっていたが、こんな最初から泣いていたら絶対アルミラとローザに笑われるので必死に澄ました顔を作って耐えていた。

――私だって吸血鬼ヴァンパイアなんだから…!怖くなんかないわ…!

しばらくすると『茨の街』の入り口へとやってきた。アルミラに促されて私たちは馬車を降りる。

街は私の背丈の3倍くらいの高さの泥の壁で囲まれていて、壁に一定の間隔で埋め込まれた水晶のようなものが仄かな光を放っていた。向こうから見えた灯りはこの水晶のようなものの光だったようだ。
泥壁にはベタベタと無造作に札が貼られた分厚そうな木の門があって、その上の胸壁から2人の子どもが顔を出した。2人は完璧に声を揃えて言った。

「おかえりなさいませ、麗しき闇騎士アルミラ様」

2人の門番は男か女かわからないが10歳くらいのように見えて、双子のように瓜二つだった。ただし顔色は死人としか思えないほど青白い。きっと彼らもアンデッドなのだろう。2人は左右対称にまったく同じ動作で門を開ける。

「ご苦労」

アルミラがそう言って街の中に入っていく。私とローザもあとに続く。
私たちが門をくぐる時、2人の青白い子どもは「良き血の巡り合わせがありますように…」と言った。


******


「この街に住む皆様もアンデッドですの?」

ローザの質問にアルミラは少し前を歩きながら振り返らずに答えた。

「もちろんアンデッドもいるが街の住民は大半が普通の人間だ」

私はアルミラとローザの後ろについて歩きながら、陰鬱な雰囲気の街を見回した。

民家と思われる建物は城と同じく泥を固めたような材質で、外壁のところどころに埋め込まれた水晶のようなものがぼんやりと光を放っている。扉は木で窓にはガラスが嵌められている。家の中に人の気配はあるが、今が夜だからなのか、人通りもないし家の中で煮炊きする様子や話し声ひとつ聞こえてこない。

私が「みんな寝ているのかしら」と呟くと、アルミラは「いや、ファルナレークに太陽が昇ることはない。今は人間どもも活動しているはずの時間だ」と答えた。

「こんなところに生きている人間なんかいるの?」

私がそう尋ねると、アルミラは振り返ってニヤリと微笑う。

「ああ、生きているというより、生かされているというほうが正確だがな」

私には意味がわからなかったが、ローザがすぐに理解して言葉にした。

「要するに家畜として、アンデッドの餌として生かされているということですわね」

アルミラは満足そうに頷く。

「まあそういうことだ。だがここの人間はいつか吸血鬼ヴァンパイアに血を吸われることを夢見る者が大半だ。屍食鬼グール死霊ゴーストなど下等なアンデッドには食われたくないようだがな」

私は思わず本音を漏らした。

「…虫酸が走るわね」

その時、アルミラは民家の扉の前で立ち止まった。

「少し寄り道するぞ」
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