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【一章】『運命の番』編
31 お兄様の怒り
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室内には、ソファーに座った大和のお兄様の他に、壁際に黒いスーツを着た男性が二人、立っていた。多分彼らはβ。顔は、サングラスを掛けているから判らない。警護か何かかな。俺の想像が正しければ、お兄様は『そういう立場』の人だろうし。彼らがαじゃなくてβなのは、恐らく俺への配慮と思われる。お兄様と門脇さんはαだから。
お兄様に促され、俺は彼の向かいのソファーに座った。本来ならお仕えするお兄様の側に侍る筈の門脇さんが、俺の斜め後ろに立ってくれた。
「私は一ケ瀬雄大。大和の長兄だ」
「み…御崎渚です。初めまして」
先に自己紹介されて、慌てて俺も名乗る。互いの名前は既に知ってるけれど、一応、礼儀としてね。初対面だし。
挨拶と同時に渡された名刺に視線を落とせば、名前の上に『一ケ瀬グループ総責任者』の文字。会社名と、名前の前には『CEO』…。つまり、社長さん。驚く…というよりも、やっぱり…と思った。
「単刀直入に訊く。君は大和の『何』だ?」
ド直球で投げられた問いに、視線を上げる。
昨日、門脇さんは一度帰った筈だけど、言わなかったのか。ああ、聞いていたとしても自分で改めて確認したいっていう…。
「『元』恋人…です」
俺も直球で答えた。躊躇する意味なんて無い。
「そうか。では、少しだけ話を変える。
君は大和から家族の事を聞いているか?」
「家族の事…。あ、はい。両親とお兄様が二人、あと妹さんがいて、全員がαだと聞きました」
別に珍しい家族構成でもない。α同士の夫婦なら生まれる子供は当然α。ただ、αで四人兄妹っていうのは少し珍しいけれど。α同士だと妊娠率はあまり高くないっていうから。
「確かに我が家はαばかりの六人家族だ。私と次男は二つ違いだが、次男と三男の大和は一回り離れている。ああ、父も母も同じだ」
「…はい」
確かに、歳が離れ過ぎていると、父、もしくは母が違うんじゃないかって勘ぐる人、いるもんな。俺はしないけど。大和とお兄様は、どう見ても同じ遺伝子のミックスとしか思えないくらい似てると思う。歳を重ねている分、お兄様の方が精悍で貫禄のある顔をしてみえるけど。大和はどちらかといえば優しい顔立ちをしている。
「私は一ケ瀬家の次期当主だが、家柄については?」
俺は首を横に振った。
「聞いていません。ただ、もしかしたら…と思った事はあります」
家族構成は教えてもらったけれど、家の事については何も聞いていない。ただ、『一ケ瀬』という姓に引っ掛かりを感じたのは本当だ。珍しい姓ではないけれど、ありふれた姓でもない。姓に数字を戴く家は名家が多いと聞く。特に一ケ瀬は旧家でありながら、今も勢いの衰えを感じさせないくらい、幅広い社会貢献をしている。名前くらいなら、子供でも知ってる程に。けど、俺が大和に聞く事はなかった。専門学校に通ってたし、バイトしてたし…。名家の子息なんて思わないよな、普通。繋がってるにしても、親戚かなんかだと思ってたのに、まさかの本家の三男……。
「まあ、結び付かないのも仕方ない。大和は実家を出て一人暮らし、大学ではなく専門学校に通い、家賃と学費は出してやっていたが、自分で生活費を稼ぐ為のバイトしてたからな」
「……………」
お兄様、今、俺の心読んだ!?
俺が考えていた事をピンポイントで言葉にするお兄様。もしかして、顔に出てた?
「私は本社を、次男はアメリカの支社を継いだが、大和と妹には夢があってな。そもそも、うちは旧家だが、家族は誰一人『α至上主義』の思想は持っていないし、両親は子供に何も強制したりしない。私と弟は自分の意志で会社を継いだ。恋愛や結婚についてもそうだ。私達の祖父はαしか認めない様な人だったが、両親は恋愛結婚だ。恋人がたまたまαだっただけだ」
確か大和は、料理人になって小さくても自分の店を持ちたいんだ、って言ってた。瞳をキラキラさせながら語る様子が、俺には眩しく見えた。だって、俺には『何も』なかったから…。Ωの俺は生き辛い世界で独りひっそり生きて、そして死んでいくんだって思ってた。まさか、大和が俺との未来を考えてくれているなんて、欠片も思っていなかったんだ。
「君はαが怖いか?」
「…え?」
「聞かせてくれないか? 君にとって、αは恐怖の対象なのか?」
「………。αが怖くないΩはいないと思います」
「私は『君に』訊いている」
「………。…怖い…です」
「何故? αもΩも同じ『人』だろう?
君は、大和の元恋人だと言った。別れたのはいつ?」
「…一ヶ月くらい前…です」
「……………」
俺を詰問していたお兄様が、突然黙る。
目線で門脇さんに何か指示を出しているのが解った。お兄様に近付いた門脇さんが何か紙の様な物を手渡し、再び俺の斜め後ろに立った。
「大和の勤め先のオーナーによれば、大和に異変が表れ始めたのは一月程前だそうだ」
「…! ……………」
「最初は小さなミス、そのうち目の下に隈を作って出勤するようになり、日々顔色が悪くなる大和に休養を提案したそうだ。だが、大和は年末に辞表を出した」
「…っ…!」
「年末年始は実家に帰らず、電話をしても連絡もつかず、様子を見に行ったら…という訳だ。」
「……………」
やっぱり俺のせい…かも知れない……。
最後まで大和は「別れたくない」と言っていた。けれど、俺は一方的に「さよなら」を言って部屋を出た。今は納得出来なくても、大和はαだからすぐに立ち直って前を向いて歩く。そう思ったから…俺なんかより大和にはきっと相応しい人が何処かにいる筈だから…と思ったから……。
「これを見てくれないか」
さっき門脇さんから受け取った紙を、お兄様は俺に差し出した。
「それは恐らく君に宛てたものなんだろう。私達はそれを見て君を捜した」
「え…?」
受け取ったメモに視線を走らせた俺は……。
「…あ……」
「君は、大和のα性を否定したのか」
ぞくり……
メモを読んで茫然としていた時、体が震えた。
怖い……。
本能的に感じた。
αのい『威圧』ー。
何が起きているのか理解した瞬間、自分のお腹に大和の子供がいる事を思い出した。
咄嗟にお腹を押さえた。
けれど……。
( あ、やば………)
そう思った時には体が傾いていた。
目の前から放たれたαの『威圧』に意識が遠退いていく直前、
「いけません! 雄大様!」
叫ぶ声が聞こえたーー。
お兄様に促され、俺は彼の向かいのソファーに座った。本来ならお仕えするお兄様の側に侍る筈の門脇さんが、俺の斜め後ろに立ってくれた。
「私は一ケ瀬雄大。大和の長兄だ」
「み…御崎渚です。初めまして」
先に自己紹介されて、慌てて俺も名乗る。互いの名前は既に知ってるけれど、一応、礼儀としてね。初対面だし。
挨拶と同時に渡された名刺に視線を落とせば、名前の上に『一ケ瀬グループ総責任者』の文字。会社名と、名前の前には『CEO』…。つまり、社長さん。驚く…というよりも、やっぱり…と思った。
「単刀直入に訊く。君は大和の『何』だ?」
ド直球で投げられた問いに、視線を上げる。
昨日、門脇さんは一度帰った筈だけど、言わなかったのか。ああ、聞いていたとしても自分で改めて確認したいっていう…。
「『元』恋人…です」
俺も直球で答えた。躊躇する意味なんて無い。
「そうか。では、少しだけ話を変える。
君は大和から家族の事を聞いているか?」
「家族の事…。あ、はい。両親とお兄様が二人、あと妹さんがいて、全員がαだと聞きました」
別に珍しい家族構成でもない。α同士の夫婦なら生まれる子供は当然α。ただ、αで四人兄妹っていうのは少し珍しいけれど。α同士だと妊娠率はあまり高くないっていうから。
「確かに我が家はαばかりの六人家族だ。私と次男は二つ違いだが、次男と三男の大和は一回り離れている。ああ、父も母も同じだ」
「…はい」
確かに、歳が離れ過ぎていると、父、もしくは母が違うんじゃないかって勘ぐる人、いるもんな。俺はしないけど。大和とお兄様は、どう見ても同じ遺伝子のミックスとしか思えないくらい似てると思う。歳を重ねている分、お兄様の方が精悍で貫禄のある顔をしてみえるけど。大和はどちらかといえば優しい顔立ちをしている。
「私は一ケ瀬家の次期当主だが、家柄については?」
俺は首を横に振った。
「聞いていません。ただ、もしかしたら…と思った事はあります」
家族構成は教えてもらったけれど、家の事については何も聞いていない。ただ、『一ケ瀬』という姓に引っ掛かりを感じたのは本当だ。珍しい姓ではないけれど、ありふれた姓でもない。姓に数字を戴く家は名家が多いと聞く。特に一ケ瀬は旧家でありながら、今も勢いの衰えを感じさせないくらい、幅広い社会貢献をしている。名前くらいなら、子供でも知ってる程に。けど、俺が大和に聞く事はなかった。専門学校に通ってたし、バイトしてたし…。名家の子息なんて思わないよな、普通。繋がってるにしても、親戚かなんかだと思ってたのに、まさかの本家の三男……。
「まあ、結び付かないのも仕方ない。大和は実家を出て一人暮らし、大学ではなく専門学校に通い、家賃と学費は出してやっていたが、自分で生活費を稼ぐ為のバイトしてたからな」
「……………」
お兄様、今、俺の心読んだ!?
俺が考えていた事をピンポイントで言葉にするお兄様。もしかして、顔に出てた?
「私は本社を、次男はアメリカの支社を継いだが、大和と妹には夢があってな。そもそも、うちは旧家だが、家族は誰一人『α至上主義』の思想は持っていないし、両親は子供に何も強制したりしない。私と弟は自分の意志で会社を継いだ。恋愛や結婚についてもそうだ。私達の祖父はαしか認めない様な人だったが、両親は恋愛結婚だ。恋人がたまたまαだっただけだ」
確か大和は、料理人になって小さくても自分の店を持ちたいんだ、って言ってた。瞳をキラキラさせながら語る様子が、俺には眩しく見えた。だって、俺には『何も』なかったから…。Ωの俺は生き辛い世界で独りひっそり生きて、そして死んでいくんだって思ってた。まさか、大和が俺との未来を考えてくれているなんて、欠片も思っていなかったんだ。
「君はαが怖いか?」
「…え?」
「聞かせてくれないか? 君にとって、αは恐怖の対象なのか?」
「………。αが怖くないΩはいないと思います」
「私は『君に』訊いている」
「………。…怖い…です」
「何故? αもΩも同じ『人』だろう?
君は、大和の元恋人だと言った。別れたのはいつ?」
「…一ヶ月くらい前…です」
「……………」
俺を詰問していたお兄様が、突然黙る。
目線で門脇さんに何か指示を出しているのが解った。お兄様に近付いた門脇さんが何か紙の様な物を手渡し、再び俺の斜め後ろに立った。
「大和の勤め先のオーナーによれば、大和に異変が表れ始めたのは一月程前だそうだ」
「…! ……………」
「最初は小さなミス、そのうち目の下に隈を作って出勤するようになり、日々顔色が悪くなる大和に休養を提案したそうだ。だが、大和は年末に辞表を出した」
「…っ…!」
「年末年始は実家に帰らず、電話をしても連絡もつかず、様子を見に行ったら…という訳だ。」
「……………」
やっぱり俺のせい…かも知れない……。
最後まで大和は「別れたくない」と言っていた。けれど、俺は一方的に「さよなら」を言って部屋を出た。今は納得出来なくても、大和はαだからすぐに立ち直って前を向いて歩く。そう思ったから…俺なんかより大和にはきっと相応しい人が何処かにいる筈だから…と思ったから……。
「これを見てくれないか」
さっき門脇さんから受け取った紙を、お兄様は俺に差し出した。
「それは恐らく君に宛てたものなんだろう。私達はそれを見て君を捜した」
「え…?」
受け取ったメモに視線を走らせた俺は……。
「…あ……」
「君は、大和のα性を否定したのか」
ぞくり……
メモを読んで茫然としていた時、体が震えた。
怖い……。
本能的に感じた。
αのい『威圧』ー。
何が起きているのか理解した瞬間、自分のお腹に大和の子供がいる事を思い出した。
咄嗟にお腹を押さえた。
けれど……。
( あ、やば………)
そう思った時には体が傾いていた。
目の前から放たれたαの『威圧』に意識が遠退いていく直前、
「いけません! 雄大様!」
叫ぶ声が聞こえたーー。
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