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【一章】『運命の番』編
7 予想外の妊娠 (途中から回想)
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翌朝七時。俺達は大和の家を出た。
朝早いにもかかわらず、大和は行き先を尋ねてこなかったが、家を出る時に俺が『墓参り』とだけ言うと、やっぱり大和は何も言わず、ただうなずいた。
バスを乗り継ぎ、徒歩も含めて約三時間。都心からかなり離れた過疎化が進んだ田舎の、更に人里から離れたところ、俺の『家族の眠る霊園』がある。何故、こんな『ど田舎』にあるのかというと、祖父の故郷だから…らしい。
「じいちゃん、ばあちゃん、お母さん、お父さん、今年も来たよ」
入り口に近い一つの墓石の前にしゃがんだ俺は、目を閉じて手を合わせた。こうして、心の中で近況を報告するのだ。
隣で同じ様にしゃがんだ大和が手を合わせてくれているのが、気配で分かった。
今度は、墓石の横にちょこんと置いてある小さな石に向き直り、再び手を合わせる。
『あの子』に祈りを捧げる為に…。
「…渚?」
俺の行動に、いぶかしげに呼ぶ大和。
俺はそれを無視して『あの子』に呼び掛けた。
「永遠(とわ)、いい子にしてた?」
「? …とわ?」
大和が繰り返すが、取りあえず再び無視。
「永遠、今日はパパも一緒だよ」
「っ…!? えっ…は……?」
流石に大和も声を上げた。
予想通りの反応だった。
「俺ね、六年前、妊娠してたんだ。大和の子。
人の姿で生んであげられなくて、空に還っちゃった。
ここには何も埋まってないんだ。折り紙で人形作って埋めたけど、きっともう、土に還ってるね…」
呆然と言葉を失って俺を見つめる大和。
俺は大和の手を取って、一緒に立ち上がった。
「帰ろう。大和のアパートに。
帰ったら話すよ、全部」
俺達は帰路に就く。
来た時と同じ、徒歩とバスを乗り継いでの帰り道。
俺達は一言も言葉を交わさなかった。
無言の帰り道。
それでも、俺達の手はしっかりと繋がれていた―。
俺が自身の身体の不調に気付いたのは、年が明けてすぐの事だった。
最初の兆候は起床時の倦怠感。続いて感じたのは熱っぽさと悪寒。さらには吐き気。初めは風邪を引いたのかと思った。寒い日が続いていたから。
かかりつけのΩ外来を受診する事にした。
正月で本来なら病院は休みだが、俺のかかりつけの病院のΩ外来は三百六十五日、二十四時間、受け入れてくれる。Ωは病気になり対応が遅れると悪化しやすく、常日頃から受診する度に、少しでも心身の不調を感じたら迷わず受診するよう言われていた。
身体は怠いけれど、熱は微熱程度。温かくして寝ていれば治るかも…とは思ったが、もし悪化したりしたら、二日後から入っている仕事を休まなければならず、迷惑を掛ける事になる。素直に受診して病院で処方してもらった薬を飲んで一日寝てれば良くなるだろう。そう思っていた。
この時までは―…。
妊娠二ヶ月……。
それが、風邪だと思い込んでいた俺に下された診断結果―。
朝から俺が感じていた倦怠感も、微熱も、悪寒も、そして吐き気も、全て妊娠の初期症状だという。
呆然とする俺に医師は「発情期は来ているか?」と聞いてきた。
聞かれ、暫し考え、唖然とする。
来ていない…。
迎えたばかりの頃は安定しなかった発情期だが、今はほぼ周期は安定している。二ヶ月に一度、予定では先月…十二月の半ばに来ているはずなのに、言われてみれば半月は遅れている。
発情期の期間はΩにとって最も重要な時期で、気を配るべき時なのに、俺は気にしてさえいなかったのだ。というのも、一般的にΩは発情周期が近付くと「そろそろかな」と準備を始めるのだが、俺は抑制剤が効きやすい体質な為、普段はあまり発情期を意識しない。軽い症状が出始めてから発情期を過ごす為の準備を始める。
Ωなのに危機管理が出来ていない、と注意された事も一度や二度ではないが、今更な話だった。要は、聞き流していたのだ。
だからこそ、迂闊だった…としか言い様がない。
反省しつつ、はた…と思い出す。
もし妊娠が真実なら間違いなく大和の子だが、俺は発情期を大和と過ごしていない。交際を始めたばかりの頃に話し合って、発情期には会わないようにしようと決めていたから。
非発情期のΩの妊娠率はほぼゼロに近いが、逆に発情期中のαとの性交での妊娠率はほぼ百パーセント。
恋人同士だから体を繋ぐのは自然な流れだ。平時には何度も抱き合った。妊娠の可能性など考えなかった。避妊具は付けたり付けなかったり…。それも避妊を気にして…ではなく、俺の体の負担を考えてだ。
医師には正直に話した。この時点でもまだ、俺は自分の妊娠を信じてはいなかったのだ。
「稀ではあってもゼロではない」と、優しい口調ながらもはっきりと言い放った医師に促されて、確定の為に受けた内診。モニターに映し出された胎内。
確かに『いた』ー。豆粒のような小さな陰影。まだ小さく心臓の動きは確認出来ないが、確かにそれは小さな『生命』ー。
もう…否定する事は出来なかった…。
朝、家を出た時には想像すらしていなかった『現実』を抱いて帰宅した俺は、上着も脱がず、力なくベッドに横になった。右手をまだ膨らみのない腹の上に置き、左手にはもらってきた胎児の映るエコー写真を持ち…。
医師に妊娠を告げられた時、初めは信じられなかった。戸惑いもあった。
けれど…。
エコーで胎児の姿を確認した時、まだ心臓の動きは確認出来ないのに、ただ『可愛い』と思った。
産まない…という選択肢は、初めから無かった。
朝早いにもかかわらず、大和は行き先を尋ねてこなかったが、家を出る時に俺が『墓参り』とだけ言うと、やっぱり大和は何も言わず、ただうなずいた。
バスを乗り継ぎ、徒歩も含めて約三時間。都心からかなり離れた過疎化が進んだ田舎の、更に人里から離れたところ、俺の『家族の眠る霊園』がある。何故、こんな『ど田舎』にあるのかというと、祖父の故郷だから…らしい。
「じいちゃん、ばあちゃん、お母さん、お父さん、今年も来たよ」
入り口に近い一つの墓石の前にしゃがんだ俺は、目を閉じて手を合わせた。こうして、心の中で近況を報告するのだ。
隣で同じ様にしゃがんだ大和が手を合わせてくれているのが、気配で分かった。
今度は、墓石の横にちょこんと置いてある小さな石に向き直り、再び手を合わせる。
『あの子』に祈りを捧げる為に…。
「…渚?」
俺の行動に、いぶかしげに呼ぶ大和。
俺はそれを無視して『あの子』に呼び掛けた。
「永遠(とわ)、いい子にしてた?」
「? …とわ?」
大和が繰り返すが、取りあえず再び無視。
「永遠、今日はパパも一緒だよ」
「っ…!? えっ…は……?」
流石に大和も声を上げた。
予想通りの反応だった。
「俺ね、六年前、妊娠してたんだ。大和の子。
人の姿で生んであげられなくて、空に還っちゃった。
ここには何も埋まってないんだ。折り紙で人形作って埋めたけど、きっともう、土に還ってるね…」
呆然と言葉を失って俺を見つめる大和。
俺は大和の手を取って、一緒に立ち上がった。
「帰ろう。大和のアパートに。
帰ったら話すよ、全部」
俺達は帰路に就く。
来た時と同じ、徒歩とバスを乗り継いでの帰り道。
俺達は一言も言葉を交わさなかった。
無言の帰り道。
それでも、俺達の手はしっかりと繋がれていた―。
俺が自身の身体の不調に気付いたのは、年が明けてすぐの事だった。
最初の兆候は起床時の倦怠感。続いて感じたのは熱っぽさと悪寒。さらには吐き気。初めは風邪を引いたのかと思った。寒い日が続いていたから。
かかりつけのΩ外来を受診する事にした。
正月で本来なら病院は休みだが、俺のかかりつけの病院のΩ外来は三百六十五日、二十四時間、受け入れてくれる。Ωは病気になり対応が遅れると悪化しやすく、常日頃から受診する度に、少しでも心身の不調を感じたら迷わず受診するよう言われていた。
身体は怠いけれど、熱は微熱程度。温かくして寝ていれば治るかも…とは思ったが、もし悪化したりしたら、二日後から入っている仕事を休まなければならず、迷惑を掛ける事になる。素直に受診して病院で処方してもらった薬を飲んで一日寝てれば良くなるだろう。そう思っていた。
この時までは―…。
妊娠二ヶ月……。
それが、風邪だと思い込んでいた俺に下された診断結果―。
朝から俺が感じていた倦怠感も、微熱も、悪寒も、そして吐き気も、全て妊娠の初期症状だという。
呆然とする俺に医師は「発情期は来ているか?」と聞いてきた。
聞かれ、暫し考え、唖然とする。
来ていない…。
迎えたばかりの頃は安定しなかった発情期だが、今はほぼ周期は安定している。二ヶ月に一度、予定では先月…十二月の半ばに来ているはずなのに、言われてみれば半月は遅れている。
発情期の期間はΩにとって最も重要な時期で、気を配るべき時なのに、俺は気にしてさえいなかったのだ。というのも、一般的にΩは発情周期が近付くと「そろそろかな」と準備を始めるのだが、俺は抑制剤が効きやすい体質な為、普段はあまり発情期を意識しない。軽い症状が出始めてから発情期を過ごす為の準備を始める。
Ωなのに危機管理が出来ていない、と注意された事も一度や二度ではないが、今更な話だった。要は、聞き流していたのだ。
だからこそ、迂闊だった…としか言い様がない。
反省しつつ、はた…と思い出す。
もし妊娠が真実なら間違いなく大和の子だが、俺は発情期を大和と過ごしていない。交際を始めたばかりの頃に話し合って、発情期には会わないようにしようと決めていたから。
非発情期のΩの妊娠率はほぼゼロに近いが、逆に発情期中のαとの性交での妊娠率はほぼ百パーセント。
恋人同士だから体を繋ぐのは自然な流れだ。平時には何度も抱き合った。妊娠の可能性など考えなかった。避妊具は付けたり付けなかったり…。それも避妊を気にして…ではなく、俺の体の負担を考えてだ。
医師には正直に話した。この時点でもまだ、俺は自分の妊娠を信じてはいなかったのだ。
「稀ではあってもゼロではない」と、優しい口調ながらもはっきりと言い放った医師に促されて、確定の為に受けた内診。モニターに映し出された胎内。
確かに『いた』ー。豆粒のような小さな陰影。まだ小さく心臓の動きは確認出来ないが、確かにそれは小さな『生命』ー。
もう…否定する事は出来なかった…。
朝、家を出た時には想像すらしていなかった『現実』を抱いて帰宅した俺は、上着も脱がず、力なくベッドに横になった。右手をまだ膨らみのない腹の上に置き、左手にはもらってきた胎児の映るエコー写真を持ち…。
医師に妊娠を告げられた時、初めは信じられなかった。戸惑いもあった。
けれど…。
エコーで胎児の姿を確認した時、まだ心臓の動きは確認出来ないのに、ただ『可愛い』と思った。
産まない…という選択肢は、初めから無かった。
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