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【一章】『運命の番』編
8 流産、理不尽に奪われた命… (回想)
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これからどうしたらいいのだろう…?
そう考えた時に真っ先に浮かんだのは大和の顔。
お腹の子は俺と大和の子だ。大和に報せないと…。
直ぐにでも大和に連絡しなければ…と思うのに、躊躇してしまう自分がいた。
自分だってまだ、ついさっき妊娠を知ったばかりで何も決められていないのに、大和に報せてどうなる…? 大和の事だから、考える暇など一切なく責任を取る為に「産んでくれ」と言うだろう。
俺自身の産みたい気持ちは決まっていても、 もし大和に「産んでくれ」と言われたら、大和と結婚して彼の傍で産んで、一緒に育てるのか?
否。駄目だ。大和はまだ学生だ。夢の為に専門学校に通っている大和の、将来の邪魔になりたくない。
じゃあ、一人で産んで育てる?
どうすればいい…?
どれが最適な選択かなんて分からなくて…。
二日後から入っていた仕事を、遅れていた発情期が来た事を理由に休む事にした。
実家への帰省から戻った大和から「会いたい」と連絡があったが、同じ理由で断った。
妊娠中は発情期は来ないが、発情期には会わないと決めているから、発情期を理由にすれば暫くは大和に会わなくて済む。
そうやって『後回し』にしていたから、罰が当たったのだろうか…。
辺りが薄暗くなってきてから、家に食べる物が何も無い事に気付いて買い出しに行こうと家を出た俺。家は立ち並ぶが、夕方以降は人通りが減る夜道で、俺は背後から『襲われた』。背後から速足で近付いてくる足音に気付いて振り向いた時には『遅かった』…。
そこからの記憶は曖昧だ。
激しい痛みー。恐怖ー。自分のものではない悲鳴ー。
気が付いた時には病院のベッドの上だった。
ゆっくりと瞼を持ち上げた目に飛び込んできたきたのは、俺を心配そうに見つめるΩ外来でいつも世話になっている主治医の先生で…。
「ああ、かかりつけの病院か…」と気付いた。
「痛い所はない?」と訊かれて「大丈夫」とだけ答えると、先生は安堵の息を吐いた。次いで「何があったか憶えてる?」と訊かれ、視線を彷徨わせて逡巡してから「…はい」と頷いてから、「背後から襲われました」と震える声で俺は答えた。更に「その後の事は?」の問いには、小さく首を横に振った。
先生は「もう大丈夫だからね」と幼子を宥める時の様に、俺の頭を撫でながら説明してくれた。
俺が襲われている場面に遭遇したのは一組の男女。女性が悲鳴を上げ、強姦魔は逃げたらしい。男性が俺を介抱している間に女性が救急車を呼び、俺が救急車に乗せられると、見たままを隊員に説明してから、名前も名乗らずに去ったという。身元確認の為に俺が抱えていたバッグを漁るとかかりつけの病院の診察券を見つけた為、この病院に運ばれたとの事。俺がΩだったので、主治医の先生に緊急招集がかかったのだという。
診断の結果は、地面に押し倒された事による打撲。ぶつけた箇所に擦り傷はあるが、頭は打っておらず、脳には異常なし。
それから…。
先生は『それ』を告げた。本当は言いたくなかっただろう。けれど、言わなければならない。
先生は俺に告げた。泣き出しそうな表情で…。
「赤ちゃん、救けられなかった…。こめんね…」
とー。
俺は無言で小さく頷いた。
先生の話を聞きながら、俺はぼんやりと理解していた。ダメ…だったんだろうな…と…。
強打したのは腹部。咄嗟の事で庇う事すら出来なかった。
俺は点滴をしていない左手を腹部に乗せた。
空っぽだ。もう…何もない…。
まだ一日も経っていない。お腹の中の赤ちゃんに会ってから…。
俺の目から涙が溢れた。俺は泣いた。声を出さず、静かに涙を流し続けた。
先生は俺の左手を握り締め、もう一度「ごめんね」と謝った。
先生は悪くないのに…。
そう言いたいのに、言葉は出なかったー。
そう考えた時に真っ先に浮かんだのは大和の顔。
お腹の子は俺と大和の子だ。大和に報せないと…。
直ぐにでも大和に連絡しなければ…と思うのに、躊躇してしまう自分がいた。
自分だってまだ、ついさっき妊娠を知ったばかりで何も決められていないのに、大和に報せてどうなる…? 大和の事だから、考える暇など一切なく責任を取る為に「産んでくれ」と言うだろう。
俺自身の産みたい気持ちは決まっていても、 もし大和に「産んでくれ」と言われたら、大和と結婚して彼の傍で産んで、一緒に育てるのか?
否。駄目だ。大和はまだ学生だ。夢の為に専門学校に通っている大和の、将来の邪魔になりたくない。
じゃあ、一人で産んで育てる?
どうすればいい…?
どれが最適な選択かなんて分からなくて…。
二日後から入っていた仕事を、遅れていた発情期が来た事を理由に休む事にした。
実家への帰省から戻った大和から「会いたい」と連絡があったが、同じ理由で断った。
妊娠中は発情期は来ないが、発情期には会わないと決めているから、発情期を理由にすれば暫くは大和に会わなくて済む。
そうやって『後回し』にしていたから、罰が当たったのだろうか…。
辺りが薄暗くなってきてから、家に食べる物が何も無い事に気付いて買い出しに行こうと家を出た俺。家は立ち並ぶが、夕方以降は人通りが減る夜道で、俺は背後から『襲われた』。背後から速足で近付いてくる足音に気付いて振り向いた時には『遅かった』…。
そこからの記憶は曖昧だ。
激しい痛みー。恐怖ー。自分のものではない悲鳴ー。
気が付いた時には病院のベッドの上だった。
ゆっくりと瞼を持ち上げた目に飛び込んできたきたのは、俺を心配そうに見つめるΩ外来でいつも世話になっている主治医の先生で…。
「ああ、かかりつけの病院か…」と気付いた。
「痛い所はない?」と訊かれて「大丈夫」とだけ答えると、先生は安堵の息を吐いた。次いで「何があったか憶えてる?」と訊かれ、視線を彷徨わせて逡巡してから「…はい」と頷いてから、「背後から襲われました」と震える声で俺は答えた。更に「その後の事は?」の問いには、小さく首を横に振った。
先生は「もう大丈夫だからね」と幼子を宥める時の様に、俺の頭を撫でながら説明してくれた。
俺が襲われている場面に遭遇したのは一組の男女。女性が悲鳴を上げ、強姦魔は逃げたらしい。男性が俺を介抱している間に女性が救急車を呼び、俺が救急車に乗せられると、見たままを隊員に説明してから、名前も名乗らずに去ったという。身元確認の為に俺が抱えていたバッグを漁るとかかりつけの病院の診察券を見つけた為、この病院に運ばれたとの事。俺がΩだったので、主治医の先生に緊急招集がかかったのだという。
診断の結果は、地面に押し倒された事による打撲。ぶつけた箇所に擦り傷はあるが、頭は打っておらず、脳には異常なし。
それから…。
先生は『それ』を告げた。本当は言いたくなかっただろう。けれど、言わなければならない。
先生は俺に告げた。泣き出しそうな表情で…。
「赤ちゃん、救けられなかった…。こめんね…」
とー。
俺は無言で小さく頷いた。
先生の話を聞きながら、俺はぼんやりと理解していた。ダメ…だったんだろうな…と…。
強打したのは腹部。咄嗟の事で庇う事すら出来なかった。
俺は点滴をしていない左手を腹部に乗せた。
空っぽだ。もう…何もない…。
まだ一日も経っていない。お腹の中の赤ちゃんに会ってから…。
俺の目から涙が溢れた。俺は泣いた。声を出さず、静かに涙を流し続けた。
先生は俺の左手を握り締め、もう一度「ごめんね」と謝った。
先生は悪くないのに…。
そう言いたいのに、言葉は出なかったー。
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