7 / 75
【一章】『運命の番』編
6 後悔
しおりを挟む
「…なあ、怒ってないの…?」
俺の食事が終わると、大和は空になった食器を手にキッチンに行き、手早く洗ってから戻って来て、さっきと同じ場所…テーブルを挟んだ俺の向かいの椅子に座った。
ごちそうになったのだから片付けくらいは自分で…と言い出す暇もなかった。
それから流れた無言の時間。
それに耐え切れなくなった俺が発した言葉が、冒頭の問いである。
「着替え出してくれるし、ご飯まで食べさせてくれて…。大和がシャワーしてる間に俺が逃げるとは思わなかったの? 下着のまま放置すれば、逃げたくても逃げらんないのに…。確かに腹は減ってたけど、大和には俺にご飯作って食べさせる義理なんかないんだよ…?」
それだけの事を俺はしたのだから…。
「…怒ってるよ…」
やや間があってから、大和が呟いた。
「怒ってないわけないだろ。六年前、何も知らされずに渚が消えて、何処かで事故にあったんじゃないか…とか、何か事件に巻き込まれたんじゃないか…とか、最悪の事態を想定して、オーナーから自分の意思で辞めたと聞いても、そうしないといけない事情があったんじゃないか…とか、とにかく渚が心配で…。
なのに、今度はいきなり目の前に現れて、怒りよりも元気でいてくれた事に安心したっていうのに、勝手に別れた事にされててさぁっ…。
怒らないはず…ないだろ…」
「………。…ごめん…」
謝罪の言葉しか口から出なかった。
そんなにまで心配をかけていたのか…。
あの頃は自分の事でいっぱいいっぱいで、自分が消える事で大和がどう思うかなんて、考える余裕すらなかったから…。
それに、交際期間は半年あまりだったから、大和にとっての自分の存在がそれ程までに大きなものだとは思っていなかった…。
「クリスマスは一緒に過ごせたけど、年末年始は俺が実家に帰ったから会えなくて…。でも俺はいつだって渚と一緒にいたかったよ。実家から帰って来てすぐ会いに行こうとしたら発情期で会えなくて、だから我慢して…。会えるの楽しみにしてたのに、いつの間にか仕事辞めてて、アパートの部屋も引き払ってて…。
時間の許す限り捜した。でも、見つからなかった。当然だよな。俺は渚の事を何も知らなかった。交友関係も、よく行く場所も。俺と過ごしている時の渚が、俺が知る『全て』だった」
大和の独白は続く。
俺はただ、黙って聞くしかなかった。
「混乱した。気が狂いそうだった。何も手に付かなくなるくらいには…。
けどな、時間は動いてるんだよ。俺がどんなに悲しみに立ち止まっていても、時間は止まらない。世の中は動いてる」
自嘲する大和は今、何を想うのか…。
「…ごめん…」
馬鹿みたいに繰り返すしかない俺は、何を言えばいいのか…。
「…謝ってほしいわけじゃないんだけどな…」
ーーーーーーーーーーーーーーー
〈side 大和〉
何の手掛かりもなく人ひとりを探す事がどれくらい難しいか、時間の経過とともに探すのがより困難になる事は解っていた。
けれど、自分は学生の身。バイトをしているとはいえ、親に学費を出させている以上、私情で学業を疎かには出来ない。
自由にならない自分の身にもどかしさを感じながら、俺はこの時点では渚を探す事を『諦めた』。
まずは自立しなければ…。
そう、己に言い聞かせるしかなかった…。
ーーーーーーーーーーーーーーー
大和が席を立ち、俺にも立つように促して、二人でリビングに移動して、大和は俺だけをソファーに座らせ、向かい合う為に自身はラグの上に腰を下ろした。
「俺さ、渚がメニュー見てたあのレストランで働いてるんだ。今日は早上がりで明日明後日が休み。
専門学校卒業した後、父さんの知り合いの店で三年修業させてもらって、調理師免許取って、あのカフェで働き始めて三年になる」
ーーーーーーーーーーーーーーー
〈side 大和〉
俺は早く自立したかった。自分の足でしっかり立てるようになってから渚を捜しに行く。そう、自分の心に言い聞かせた。
逸る気持ちはあった。けれど、焦ってもろくな事にならない事は経験済みだったから…。
予期せぬ『再会』には驚いた。
今はまだ、完全に自立したとは言い難いけれど、今、渚に再会した『奇跡』に感謝したいー。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「…なあ、何も聞かないの?…」
俺は尋ねた。
「…聞いたら話してくれんの?…」
大和が返す。
「……………」
俺は何も言えない。
それは話せないと言っているのと同意。
「渚に話す気がないのなら、訊いても仕方ないだろ。
それより俺は、これからの事を話し合うべきだと思う」
「…これからの…事…?」
「ああ。公園でも言ったけど、俺は別れたつもりはないし、別れるつもりもない。別れたくない。今も変わらず渚を『愛してる』から。
けど、本当は凄くイヤだけど、渚がどうしても別れたいって言うのなら、俺は受け入れるしかない。恋愛は一人でも一方通行でも出来ないから。
でも、理由は教えてほしい。別れたいけど理由は言えないじゃ、納得出来ない」
「…………」
「渚」
『答え』を促すように呼ばれ、俺は瞼を伏せた。
(…もう…いいだろ…)
内心でつぶやき、伏せていた瞼を上げた。
「大和、明日は仕事休みだって言ってたよな。
明日、朝から付き合ってほしいとこがあるんだけど」
「……………。分かった」
やや間を置いてから、大和はうなずいた。
『あの場所』へ連れて行くー。
俺の食事が終わると、大和は空になった食器を手にキッチンに行き、手早く洗ってから戻って来て、さっきと同じ場所…テーブルを挟んだ俺の向かいの椅子に座った。
ごちそうになったのだから片付けくらいは自分で…と言い出す暇もなかった。
それから流れた無言の時間。
それに耐え切れなくなった俺が発した言葉が、冒頭の問いである。
「着替え出してくれるし、ご飯まで食べさせてくれて…。大和がシャワーしてる間に俺が逃げるとは思わなかったの? 下着のまま放置すれば、逃げたくても逃げらんないのに…。確かに腹は減ってたけど、大和には俺にご飯作って食べさせる義理なんかないんだよ…?」
それだけの事を俺はしたのだから…。
「…怒ってるよ…」
やや間があってから、大和が呟いた。
「怒ってないわけないだろ。六年前、何も知らされずに渚が消えて、何処かで事故にあったんじゃないか…とか、何か事件に巻き込まれたんじゃないか…とか、最悪の事態を想定して、オーナーから自分の意思で辞めたと聞いても、そうしないといけない事情があったんじゃないか…とか、とにかく渚が心配で…。
なのに、今度はいきなり目の前に現れて、怒りよりも元気でいてくれた事に安心したっていうのに、勝手に別れた事にされててさぁっ…。
怒らないはず…ないだろ…」
「………。…ごめん…」
謝罪の言葉しか口から出なかった。
そんなにまで心配をかけていたのか…。
あの頃は自分の事でいっぱいいっぱいで、自分が消える事で大和がどう思うかなんて、考える余裕すらなかったから…。
それに、交際期間は半年あまりだったから、大和にとっての自分の存在がそれ程までに大きなものだとは思っていなかった…。
「クリスマスは一緒に過ごせたけど、年末年始は俺が実家に帰ったから会えなくて…。でも俺はいつだって渚と一緒にいたかったよ。実家から帰って来てすぐ会いに行こうとしたら発情期で会えなくて、だから我慢して…。会えるの楽しみにしてたのに、いつの間にか仕事辞めてて、アパートの部屋も引き払ってて…。
時間の許す限り捜した。でも、見つからなかった。当然だよな。俺は渚の事を何も知らなかった。交友関係も、よく行く場所も。俺と過ごしている時の渚が、俺が知る『全て』だった」
大和の独白は続く。
俺はただ、黙って聞くしかなかった。
「混乱した。気が狂いそうだった。何も手に付かなくなるくらいには…。
けどな、時間は動いてるんだよ。俺がどんなに悲しみに立ち止まっていても、時間は止まらない。世の中は動いてる」
自嘲する大和は今、何を想うのか…。
「…ごめん…」
馬鹿みたいに繰り返すしかない俺は、何を言えばいいのか…。
「…謝ってほしいわけじゃないんだけどな…」
ーーーーーーーーーーーーーーー
〈side 大和〉
何の手掛かりもなく人ひとりを探す事がどれくらい難しいか、時間の経過とともに探すのがより困難になる事は解っていた。
けれど、自分は学生の身。バイトをしているとはいえ、親に学費を出させている以上、私情で学業を疎かには出来ない。
自由にならない自分の身にもどかしさを感じながら、俺はこの時点では渚を探す事を『諦めた』。
まずは自立しなければ…。
そう、己に言い聞かせるしかなかった…。
ーーーーーーーーーーーーーーー
大和が席を立ち、俺にも立つように促して、二人でリビングに移動して、大和は俺だけをソファーに座らせ、向かい合う為に自身はラグの上に腰を下ろした。
「俺さ、渚がメニュー見てたあのレストランで働いてるんだ。今日は早上がりで明日明後日が休み。
専門学校卒業した後、父さんの知り合いの店で三年修業させてもらって、調理師免許取って、あのカフェで働き始めて三年になる」
ーーーーーーーーーーーーーーー
〈side 大和〉
俺は早く自立したかった。自分の足でしっかり立てるようになってから渚を捜しに行く。そう、自分の心に言い聞かせた。
逸る気持ちはあった。けれど、焦ってもろくな事にならない事は経験済みだったから…。
予期せぬ『再会』には驚いた。
今はまだ、完全に自立したとは言い難いけれど、今、渚に再会した『奇跡』に感謝したいー。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「…なあ、何も聞かないの?…」
俺は尋ねた。
「…聞いたら話してくれんの?…」
大和が返す。
「……………」
俺は何も言えない。
それは話せないと言っているのと同意。
「渚に話す気がないのなら、訊いても仕方ないだろ。
それより俺は、これからの事を話し合うべきだと思う」
「…これからの…事…?」
「ああ。公園でも言ったけど、俺は別れたつもりはないし、別れるつもりもない。別れたくない。今も変わらず渚を『愛してる』から。
けど、本当は凄くイヤだけど、渚がどうしても別れたいって言うのなら、俺は受け入れるしかない。恋愛は一人でも一方通行でも出来ないから。
でも、理由は教えてほしい。別れたいけど理由は言えないじゃ、納得出来ない」
「…………」
「渚」
『答え』を促すように呼ばれ、俺は瞼を伏せた。
(…もう…いいだろ…)
内心でつぶやき、伏せていた瞼を上げた。
「大和、明日は仕事休みだって言ってたよな。
明日、朝から付き合ってほしいとこがあるんだけど」
「……………。分かった」
やや間を置いてから、大和はうなずいた。
『あの場所』へ連れて行くー。
230
あなたにおすすめの小説
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
妹に奪われた婚約者は、外れの王子でした。婚約破棄された僕は真実の愛を見つけます
こたま
BL
侯爵家に産まれたオメガのミシェルは、王子と婚約していた。しかしオメガとわかった妹が、お兄様ずるいわと言って婚約者を奪ってしまう。家族にないがしろにされたことで悲嘆するミシェルであったが、辺境に匿われていたアルファの落胤王子と出会い真実の愛を育む。ハッピーエンドオメガバースです。
僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね
舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」
Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。
恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。
蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。
そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。
【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜
みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。
自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。
残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。
この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる――
そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。
亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、
それでも生きてしまうΩの物語。
痛くて、残酷なラブストーリー。
お前が結婚した日、俺も結婚した。
jun
BL
十年付き合った慎吾に、「子供が出来た」と告げられた俺は、翌日同棲していたマンションを出た。
新しい引っ越し先を見つける為に入った不動産屋は、やたらとフレンドリー。
年下の直人、中学の同級生で妻となった志帆、そして別れた恋人の慎吾と妻の美咲、絡まりまくった糸を解すことは出来るのか。そして本田 蓮こと俺が最後に選んだのは・・・。
*現代日本のようでも架空の世界のお話しです。気になる箇所が多々あると思いますが、さら〜っと読んで頂けると有り難いです。
*初回2話、本編書き終わるまでは1日1話、10時投稿となります。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる