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【一章】『運命の番』編
6 後悔
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「…なあ、怒ってないの…?」
俺の食事が終わると、大和は空になった食器を手にキッチンに行き、手早く洗ってから戻って来て、さっきと同じ場所…テーブルを挟んだ俺の向かいの椅子に座った。
ご馳走になったのだから片付けくらいは自分で…と言い出す暇もなかった。
それから流れた無言の時間。
それに耐え切れなくなった俺が発した言葉が、冒頭の問いである。
「着替え出してくれるし、ご飯まで食べさせてくれて…。大和がシャワーしてる間に俺が逃げるとは思わなかったの? 下着のまま放置すれば、逃げたくても逃げらんないのに…。確かに腹は減ってたけど、大和には俺にご飯作って食べさせる義理なんかないんだよ…?」
それだけの事を俺はしたのだから…。
「…怒ってるよ…」
やや間があってから、大和が呟いた。
「怒ってないわけないだろ。六年前、何も知らされずに渚が消えて、何処かで事故にあったんじゃないか…とか、何か事件に巻き込まれたんじゃないか…とか、最悪の事態を想定して、オーナーから自分の意思で辞めたと聞いても、そうしないといけない事情があったんじゃないか…とか、とにかく渚が心配で…。
なのに、今度はいきなり目の前に現れて、怒りよりも元気でいてくれた事に安心したっていうのに、勝手に別れた事にされててさぁっ…。
怒らないはず…ないだろ…」
「………。…ごめん…」
謝罪の言葉しか口から出なかった。
そんなにまで心配をかけていたのか…。
あの頃は自分の事でいっぱいいっぱいで、自分が消える事で大和がどう思うかなんて、考える余裕すらなかったから…。
それに、交際期間は半年あまりだったから、大和にとっての自分の存在がそれ程までに大きなものだとは思っていなかった…。
「クリスマスは一緒に過ごせたけど、年末年始は俺が実家に帰ったから会えなくて…。でも俺はいつだって渚と一緒にいたかったよ。実家から帰って来てすぐ会いに行こうとしたら発情期で会えなくて、だから我慢して…。会えるの楽しみにしてたのに、いつの間にか仕事辞めてて、アパートの部屋も引き払ってて…。
時間の許す限り捜した。でも、見つからなかった。当然だよな。俺は渚の事を何も知らなかった。交友関係も、よく行く場所も。俺と過ごしている時の渚が、俺が知る『全て』だった」
大和の独白は続く。
俺はただ、黙って聞くしかなかった。
「混乱した。気が狂いそうだった。何も手に付かなくなるくらいには…。
けどな、時間は動いてるんだよ。俺がどんなに悲しみに立ち止まっていても、時間は止まらない。世の中は動いてる」
自嘲する大和は今、何を想うのか…。
「…ごめん…」
馬鹿みたいに繰り返すしかない俺は、何を言えばいいのか…。
「…謝ってほしいわけじゃないんだけどな…」
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
〈side 大和〉
何の手掛かりもなく人ひとりを搜す事がどれくらい難しいか、時間の経過とともに搜すのがより困難になる事は解っていた。
けれど、自分は学生の身。バイトをしているとはいえ、親に学費を出させている以上、私情で学業を疎かには出来ない。
自由にならない自分の身にもどかしさを感じながら、俺はこの時点では渚を搜す事を『諦めた』。
まずは自立しなければ…。
そう、己に言い聞かせるしかなかった…。
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
大和が席を立ち、俺にも立つように促して、二人でリビングに移動して、大和は俺だけをソファーに座らせ、向かい合う為に自身はラグの上に腰を下ろした。
「俺さ、渚がメニュー見てたあのレストランで働いてるんだ。今日は早上がりで明日明後日が休み。
専門学校卒業した後、父さんの知り合いの店で三年修行させてもらって、調理師免許取って、あのカフェで働き始めて三年になる」
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
〈side 大和〉
俺は早く自立したかった。自分の足でしっかり立てるようになってから渚を捜しに行く。そう、自分の心に言い聞かせた。
逸る気持ちはあった。けれど、焦っても碌な事にならない事は経験済みだったから…。
予期せぬ『再会』には驚いた。
今はまだ、完全に自立したとは言い難いけれど、今、渚に再会した『奇跡』に感謝したいー。
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
「…なあ、何も訊かないの?…」
俺は聞いた。
「…訊いたら話してくれんの?…」
大和が返す。
「……………」
俺は何も言えない。
それは話せないと言っているのと同意。
「渚に話す気がないのなら、訊いても仕方ないだろ。
それより俺は、これからの事を話し合うべきだと思う」
「…これからの…事…?」
「ああ。公園でも言ったけど、俺は別れたつもりはないし、別れるつもりもない。別れたくない。今も変わらず渚を『愛してる』から。
けど、本当は凄くイヤだけど、渚がどうしても別れたいって言うのなら、俺は受け入れるしかない。恋愛は一人でも一方通行でも出来ないから。
でも、理由は教えて欲しい。別れたいけど理由は言えないじゃ、納得出来ない」
「…………」
「渚」
『答え』を促すように呼ばれ、俺は瞼を伏せた。
(…もう…いいだろ…)
内心で呟き、伏せていた瞼を上げた。
「大和、明日は仕事休みだって言ってたよな。
明日、朝から付き合って欲しいとこがあるんだけど」
「……………。分かった」
やや間を置いてから、大和は頷いた。
『あの場所』へ連れて行くー。
俺の食事が終わると、大和は空になった食器を手にキッチンに行き、手早く洗ってから戻って来て、さっきと同じ場所…テーブルを挟んだ俺の向かいの椅子に座った。
ご馳走になったのだから片付けくらいは自分で…と言い出す暇もなかった。
それから流れた無言の時間。
それに耐え切れなくなった俺が発した言葉が、冒頭の問いである。
「着替え出してくれるし、ご飯まで食べさせてくれて…。大和がシャワーしてる間に俺が逃げるとは思わなかったの? 下着のまま放置すれば、逃げたくても逃げらんないのに…。確かに腹は減ってたけど、大和には俺にご飯作って食べさせる義理なんかないんだよ…?」
それだけの事を俺はしたのだから…。
「…怒ってるよ…」
やや間があってから、大和が呟いた。
「怒ってないわけないだろ。六年前、何も知らされずに渚が消えて、何処かで事故にあったんじゃないか…とか、何か事件に巻き込まれたんじゃないか…とか、最悪の事態を想定して、オーナーから自分の意思で辞めたと聞いても、そうしないといけない事情があったんじゃないか…とか、とにかく渚が心配で…。
なのに、今度はいきなり目の前に現れて、怒りよりも元気でいてくれた事に安心したっていうのに、勝手に別れた事にされててさぁっ…。
怒らないはず…ないだろ…」
「………。…ごめん…」
謝罪の言葉しか口から出なかった。
そんなにまで心配をかけていたのか…。
あの頃は自分の事でいっぱいいっぱいで、自分が消える事で大和がどう思うかなんて、考える余裕すらなかったから…。
それに、交際期間は半年あまりだったから、大和にとっての自分の存在がそれ程までに大きなものだとは思っていなかった…。
「クリスマスは一緒に過ごせたけど、年末年始は俺が実家に帰ったから会えなくて…。でも俺はいつだって渚と一緒にいたかったよ。実家から帰って来てすぐ会いに行こうとしたら発情期で会えなくて、だから我慢して…。会えるの楽しみにしてたのに、いつの間にか仕事辞めてて、アパートの部屋も引き払ってて…。
時間の許す限り捜した。でも、見つからなかった。当然だよな。俺は渚の事を何も知らなかった。交友関係も、よく行く場所も。俺と過ごしている時の渚が、俺が知る『全て』だった」
大和の独白は続く。
俺はただ、黙って聞くしかなかった。
「混乱した。気が狂いそうだった。何も手に付かなくなるくらいには…。
けどな、時間は動いてるんだよ。俺がどんなに悲しみに立ち止まっていても、時間は止まらない。世の中は動いてる」
自嘲する大和は今、何を想うのか…。
「…ごめん…」
馬鹿みたいに繰り返すしかない俺は、何を言えばいいのか…。
「…謝ってほしいわけじゃないんだけどな…」
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
〈side 大和〉
何の手掛かりもなく人ひとりを搜す事がどれくらい難しいか、時間の経過とともに搜すのがより困難になる事は解っていた。
けれど、自分は学生の身。バイトをしているとはいえ、親に学費を出させている以上、私情で学業を疎かには出来ない。
自由にならない自分の身にもどかしさを感じながら、俺はこの時点では渚を搜す事を『諦めた』。
まずは自立しなければ…。
そう、己に言い聞かせるしかなかった…。
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
大和が席を立ち、俺にも立つように促して、二人でリビングに移動して、大和は俺だけをソファーに座らせ、向かい合う為に自身はラグの上に腰を下ろした。
「俺さ、渚がメニュー見てたあのレストランで働いてるんだ。今日は早上がりで明日明後日が休み。
専門学校卒業した後、父さんの知り合いの店で三年修行させてもらって、調理師免許取って、あのカフェで働き始めて三年になる」
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
〈side 大和〉
俺は早く自立したかった。自分の足でしっかり立てるようになってから渚を捜しに行く。そう、自分の心に言い聞かせた。
逸る気持ちはあった。けれど、焦っても碌な事にならない事は経験済みだったから…。
予期せぬ『再会』には驚いた。
今はまだ、完全に自立したとは言い難いけれど、今、渚に再会した『奇跡』に感謝したいー。
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
「…なあ、何も訊かないの?…」
俺は聞いた。
「…訊いたら話してくれんの?…」
大和が返す。
「……………」
俺は何も言えない。
それは話せないと言っているのと同意。
「渚に話す気がないのなら、訊いても仕方ないだろ。
それより俺は、これからの事を話し合うべきだと思う」
「…これからの…事…?」
「ああ。公園でも言ったけど、俺は別れたつもりはないし、別れるつもりもない。別れたくない。今も変わらず渚を『愛してる』から。
けど、本当は凄くイヤだけど、渚がどうしても別れたいって言うのなら、俺は受け入れるしかない。恋愛は一人でも一方通行でも出来ないから。
でも、理由は教えて欲しい。別れたいけど理由は言えないじゃ、納得出来ない」
「…………」
「渚」
『答え』を促すように呼ばれ、俺は瞼を伏せた。
(…もう…いいだろ…)
内心で呟き、伏せていた瞼を上げた。
「大和、明日は仕事休みだって言ってたよな。
明日、朝から付き合って欲しいとこがあるんだけど」
「……………。分かった」
やや間を置いてから、大和は頷いた。
『あの場所』へ連れて行くー。
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