上 下
12 / 25

12:役者は揃った?

しおりを挟む
 エッカルト様がカサブランカお義姉様と初めて顔合わせしたその日から、おかしくなったことは承知していました。
 昔からある程度のことはお互いに無関心だったということもあって、子爵子息が侯爵令嬢に無礼な振る舞いであると貴族的にアウトであっても『婚約者だから』と大目に見ておりましたし、行きすぎた際には当人ではなく子爵夫妻にお伝えすることもありました。

 ですが、今回のこればかりはどうしようもありません。
 フォロー? するわけないじゃないですか。

 やってることはただの恥さらしですよ、ええ、どこまでいっても恥さらしな行為ですよ。
 前世の記憶があるとかないとか関係ないレベルですよね、これは。
 そもそも婚約破棄を複数の人がいるところ……それも夜会という社交場で行うこと自体非常識な話だったんですが、あれは物語の中だからと割り切っていたというのに!

 少なくとも私が転生して、尚且つこちらの常識をベースに生きている身として言えることはただ一つ。

「……ありえない……」

「そうだ! あり得ない! お前は侯爵令嬢という貴き身分でありながら、自分の血を分けた義姉を蔑ろにし、あまつさえ平民を馬鹿にするかのように物を知らぬとあげつらい、婚約まで勝手に決めたという! これまでお前が非情な女だとは知らず婚約を続けていたが、それももうしまいにさせていただこう!!」

「それは……私と婚約を解消したいというお考えですの? ご家族はそれを知っておいでですか?」

「いいや、解消ではない。破棄をする! 両親にはまだこれから伝えるが……お前のような悪鬼がごとき女と結婚することにならず喜んでくださるに違いない!」

「まあ……なんてこと……!」

 勝ち誇った顔で言っているエッカルト様は私の言葉がショックのあまり出てきた言葉だと思っているようで、いやショックには違いないのですけど……そういうんじゃないんですのよ?

 私は侯爵家で、跡取りという立場。
 エッカルト様は子爵家の次男坊で、どこかに婿入りするか立身出世しか道はない立場。
 ご両親からすれば私と結婚すれば息子の将来は安泰、なのにこんな恥知らずな行動で婚約を破棄したいと大勢の前で宣言して、どうして喜ばれると思ったのかしら!?
 
 まったく理解ができません。

 私が呆れて二の句が継げないでいると、私の後ろでお義姉様がパァンと良い音をさせて扇子を閉じました。
 あ、いけない。
 これはお怒りです。お義姉様は基本的に朗らかでおおらかで大抵のことはしょうがないで済ませてくださる方ですし、笑って次は気をつけよう精神の持ち主ですが……怒ると大変怖いのだと、お義母様が仰っておられました。
 まさかパーティー会場で大暴れなんてことはないと思いますが……!!

「おお、カサブランカ嬢! そのような場所におられたとは気づかず……忌々しいルイーズめが貴女を隠していたのですね!」

「はア?」

「えっ」

 短いけれどそのドスの効いた声に、エッカルト様だけでなく私たちを遠目に見ていた人々まで竦み上がりました。
 かくいう私も怖くて後ろが振り向けません。

「ザァーけんじゃねえですわよ、このすっとこどっこい!」

「す、すっとこどっこい!?」

 すごい、すっとこどっこいなんて言う人初めて見た。
 そしてキレながらも義姉様、なんとか令嬢らしく振る舞おうとしてらっしゃって結果不思議な口調になっているのがとても気になる!
 
 思わず目を丸くしてしまって恐怖もそこそこにお義姉様を見てしまいましたが、私のことをギュッとお義姉様は抱き寄せて守るようにビシッと畳んだ扇子をエッカルト様の方へ向けました。
 さながら、騎士が悪鬼に剣を突きつけるかのように。

「お義姉様……!!」

「ルイーズたん大丈夫だからね、あーしが絶対守ってあげるかんね」

 小声でそう囁くお義姉様は私に小さくウインクをしてくださって……あらやだ、素敵。
 私が思わずときめいてしまっていると、背後に別の馬車が来た音がしてそちらを振り返ればライルお義兄様が下りてくるところでした。

「……これはこれは、一体何の騒ぎかな? どうやら渦中にいるのは俺の婚約者殿のようだが」

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生男爵令嬢のわたくしは、ひきこもり黒豚伯爵様に愛されたい。

みにゃるき しうにゃ
恋愛
男爵令嬢のメリルは、五歳の時に前世を思い出した。そして今自分がいる国の名前が、前世好きだった 乙女ゲーの舞台と同じ事に気づいた。 ヒロインや悪役令嬢じゃないけど、名前もないモブとして乙女ゲーのキャラたちに会えると喜んだのもつかの間、肝心の乙女ゲーの舞台となる学園が存在していないことを知る。 え? 名前が同じだけで乙女ゲーの世界じゃないの? じゃあなんで前世を思い出したの? 分からないまま十六歳になり、メリルは「ひきこもり黒豚伯爵」と呼ばれる人のところへ嫁ぐことになった……。 本編は8話で完結。 その後、伯爵様サイド。 一応R15付けときます。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

処理中です...