12 / 21
12 ヴィンセント視点
しおりを挟む私は今日も屋敷にある図書室へと来ている。今まではあまり足を運ぶ場所ではなかったのだが、最近はよく行くようになった。なぜならここで彼女、レイと会っているからだ。
「こういうのはどうだろうか?」
「でもそれならこうした方が――」
レイとの会話は楽しい。話してみると彼女は賢く、そして非常に優秀な人材だとわかる。料理や裁縫が得意だそうで、さらにメイドなのになぜか経済や領地経営にも明るいときた。所作もきれいである。もしかしたら彼女はどこかの貴族令嬢なのかもしれない。私の中の貴族令嬢のイメージとはかけ離れているが、これだけの教養を持つ彼女は平民ではないはずだ。
しかしそれを彼女に聞くのはダメなような気がして気づかないふりを続けている。彼女には彼女の事情がある。それをわざわざ聞き出すようなことはしたくなかった。
「なるほどな」
「まぁあくまでも理想ですけどね」
「いや、目の付け所はいいと思うぞ」
「そうですか?ヴィンセント様にそう言っていただけると嬉しいですね」
「そうか?」
「そりゃそうですよ。何て言ってもヴィンセント様は公爵様ですからね。私のような使用人の言葉を聞いてもらえるだけでもありがたいくらいです」
「私は身分で差別はしないぞ」
「それはもちろんわかっています。ヴィンセント様が治めているからこそ公爵領はここまで発展しているんだなって日々実感しているんですよ」
「どうだ?ここは住みやすいか?」
「はい。この間休みの日に初めて街に買い物に行きましたが、活気が溢れていました。ご飯も美味しいし欲しいものが何でも手に入る。楽しくて気づいたら門限ギリギリの時間で焦りました」
「…誰かと街に行ったのか?」
「?いいえ。一人で行きましたよ」
「今度からは誰かと行くんだ。治安がいいと言っても一人だと危ないからな」
「うーん、そうですか?じゃあ次は庭師のダンを誘ってみようかしら」
「ダン?」
「はい。実はあの大木のことが気になって声をかけたんです。そしたら歳も近いし気さくな人で仲良くなったんですよ」
「…」
「ダンが一緒なら門限ギリギリまで出掛けてても問題な」
「ダメだ!」
「え?」
「い、いや。年頃の男女が一緒に出掛けるのは…」
「あ…。たしかに男性と二人きりで出掛けるのはあまりよくないですよね。じゃあやっぱり一人で出掛けるしか…」
「…私が一緒に行こう」
「えっ!?いや、それはさすがに悪いというか…」
「私もそろそろ街の様子を見に行きたいと思っていたんだ。…どうだろうか?」
なぜか私は自分でも驚くような提案を彼女にしてしまった。彼女が他の男と出掛けると聞いて咄嗟に口から言葉が出てきたのだ。彼女の口振りからして庭師の男とはただの友達なのだろうが、なぜか心がモヤモヤして嫌だなと思った。
(このモヤモヤは一体なんなんだ?)
生まれて初めての経験で私は答えを持ち合わせていない。ただわかるのはこのモヤモヤが不快だということだけ。
「…返事は少し待ってもらってもいいですか?」
「っ!…嫌か?」
「あっ!嫌とかそういう訳じゃないです!ただ…」
「ただ?」
「…実は私、ヴィンセント様に伝えていないことがあるんです」
「それはなんなんだ?」
「えっと、その、私一人では判断するのが難しくて…」
彼女の困った顔を初めて見た。私は彼女を困らせたいわけではないし、私のことが嫌だというわけでもないのならここは素直に待つことにしよう。
「わかった。返事は待つことにしよう」
「あ、ありがとうございます」
「できたらその時に私に伝えていないことも教えてもらえたら嬉しい」
「…わかりました!」
彼女は困った顔から何かを決意したような顔になっていた。彼女が言う私にまだ伝えていないこととはなんだろうか。
私がその答えを知るまで、あと少し。
614
あなたにおすすめの小説
事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。
木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。
彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。
しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!
さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」
「はい、愛しています」
「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」
「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」
「え……?」
「さようなら、どうかお元気で」
愛しているから身を引きます。
*全22話【執筆済み】です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/09/12
※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください!
2021/09/20
幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。
完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。
誰からも必要とされていないから出て行ったのに、どうして皆追いかけてくるんですか?
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢ミリーシャは、自身が誰からも必要とされていないことを悟った。
故に彼女は、家から出て行くことを決めた。新天地にて、ミリーシャは改めて人生をやり直そうと考えたのである。
しかし彼女の周囲の人々が、それを許さなかった。ミリーシャは気付いていなかったのだ。自身の存在の大きさを。
隣国の王族公爵と政略結婚したのですが、子持ちとは聞いてません!?
朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくしの旦那様には、もしかして隠し子がいるのかしら?」
新婚の公爵夫人レイラは、夫イーステンの隠し子疑惑に気付いてしまった。
「我が家の敷地内で子供を見かけたのですが?」と問えば周囲も夫も「子供なんていない」と否定するが、目の前には夫そっくりの子供がいるのだ。
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n3645ib/ )
一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。
木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。
彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。
身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。
こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。
マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。
それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。
それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。
夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる