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 私はしつこく話しかけてくる相手に言い返したところで、ふとどこかで聞いたことのある声だということに気がついた。恐る恐る視線を本から声のする方に向けると、そこにはキルシュタイン公爵様がいた。


「っ、こ、公爵様!?ど、どうしてここに…」

「どうしてとは愚問だな。ここは私の屋敷だぞ?」

「た、たしかに」

「むしろどうして使用人である君がここにいるんだ?」

「っ!」


 (そうだ、私は今もメイドの姿だわ…。メイドが仕事もせず仕えている家の図書室で本を読むなんてあり得ないわよね…)


 実際に私はメイドではなく婚約者(仮)であるし、ちゃんと図書室の利用もキースさんに許可をもらっている。しかしそれを目の前にいる公爵様にどう説明すればいいのだろうか。


 (本当はあなたの婚約者(仮)なんです~!とは言いたくない。…とりあえずキースさんの名前を出して乗りきるしかないわね)


「え、えっと、実は執事長のキースさんから許可をもらいまして…」

「!キースが?」


 (あら?意外に反応は悪くないわね。これならなんとかなるかな?)


「は、はい。本を読むのが好きなのでダメ元でお願いしてみたら快く許可してくれたんです」

「そ、そうなのか。…キースめ、だから急に図書室に行けだなんて言ったのか」


 なんだか公爵様は苦虫を噛み潰したような顔をしている。その表情から私の説明で納得してくれたのかは分からないが、ここはさっさと立ち去るが正解だろう。


「…で、では私はもう仕事に戻りますので!お邪魔して申し訳ありませんでした!失礼します!」

「ちょっと待て!」


 私は頭を下げてから公爵様の横を通り過ぎようとした瞬間腕を掴まれた。


「こ、公爵様?い、痛いです!」

「っ、す、すまない!」


 そう言って公爵様は掴んでいた手を離してくれたが、掴まれた腕が少し痛んだ。


 (び、びっくりした…!公爵様は女性が嫌いなのよね?それなのに女性である私の腕を掴むなんて一体どうしたっていうのよ)


 私が掴まれていた腕を擦っていると、公爵様が心配そうな顔で話しかけてきた。


「君を傷つけるつもりはなかったんだ。すまない…」

「っ!」


 (本当にどうしちゃったの!?さっきまでの公爵様はどこに!?そ、それにしてもきれいな顔をしてるわね…)


 先ほどまでの強気な公爵様とは違いずいぶんと弱気だ。ただ弱気な公爵様の纏う雰囲気が恐ろしく整った顔立ちをさらに魅力的に見せるから不思議なものである。さすがにこの距離で見るのは心臓に悪い。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫です」

「そうか…」

「…えっと、なにか私に用がおありですか?」

「…」

「公爵様?」

「っ、君の!」

「…?」

「君の名前は?」

「私の名前、ですか?」

「ああ」


 一体何の用を言いつけられるのかと思っていたらまさか名前を聞かれるとは。公爵様質問に答えないわけにはいかないが、今はメイドの姿なので偽名を名乗っておくことにした。


「…レイと申します」

「レイ…」

「それでは私はこれで…」

「君はいつからここで働いているんだ?」

「え。あー、二週間ほど前からです」

「では庭で会った時は働き始めたばかりだったのか?」

「はい。初めて外での仕事をしていたらあの木が目に入ったんです」

「そうだったのか。…あの時はすまなかった」

「えっ!?こ、公爵様!頭を上げてください!」


 公爵様が初めて会った日のことを話し出したと思ったら頭を下げて謝罪してきた。あの日のことは嫌な思い出として残っていたが、まさかこのような形で謝罪されるなどとは思ってもいなかった。


「いや、あの日の私の発言は思い返せばひどいものだった。ただ女性だというだけで君に失礼なことを…。だからどうか謝罪させてほしい」

「っ、わ、わかりました!謝罪は受け入れますのでどうか頭を上げてください!」

「ありがとう」


 あの日の発言から公爵様は嫌な人だと思っていたが、今の態度を見るにとても真面目な人なんだろうなと思った。真面目だからこそ融通が効かなかったのかもしれない。それにこの容姿だ。今までに女性関係で嫌な思いをしてきたのかもしれない。それなのに私は公爵様のことを知らないにも関わらず、ずいぶんと失礼なことを言ってしまった。それなら私も謝らなければならない。


「私の方こそあの時は大変失礼しました。未熟な私は公爵様に何か事情があったのだという考えに至りませんでした。どうかあの日の無礼をお許しください」

「…謝罪を受け入れる。これでお互い様だな」

「ありがとうございます」
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