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 あれから私は解雇されることなく婚約者(仮)とメイドの仕事を続けている。すぐにでも解雇されると思っていたので驚いているが、解雇されないのであればありがたく働き続けようと思う。あの時はカッとして辞めてもいいやと思っていたが、冷静になってみればここほど破格な報酬の仕事はない。公爵様の発言は今でも忘れられないが、あの場はたまたま会ってしまっただけで本来なら公式の場でしか顔を合わせないのだ。公爵様と顔を合わせるのは片手で数えられる程度だろう。それなら我慢して稼いだ方がいいと自分の中で結論を出した。


 (顔を合わせる機会は少ないし、あの時私はメイドの姿だったもの。一度しか会っていないのなら婚約者(仮)として会っても気づかれないかもしれないしね!)


 しかしそんなことを考えながらホッとしたのも束の間、私の予想に反しなぜか数日後から公爵様と何度も顔を合わせることになる。
 ある時は洗濯物を干している時、ある時は屋敷の掃除をしている時、そしてまたある時は厨房で手伝いをしている時。


 (いや、そもそも公爵様が厨房に来ること自体おかしいよね!?料理長の驚いた顔を見るに普段は絶対来てないでしょ。それになぜか毎回目が合うのよね…)


 公爵様が話しかけてくることは今のところないが、なぜか会う度に視線を感じる。その視線が気になりチラッと公爵様を見ると、必ずと言っていいほど目が合う。そして目が合った瞬間に目を逸らされるのだ。


 (もしかしてあの時のこと怒ってる?やっぱり解雇されるのかしら。そうなったらどうしよう…)


 やはり近い将来私は解雇を言い渡されるのかもしれない。まぁそれだけ失礼なことをした自覚はあるから文句は言えないのだが。


 そんな日々が続いたある日、私はメイド仕事の休憩の合間に公爵邸の図書室に来ていた。もちろんキースさんからの許可は貰っている。


「今日はどんな本を読もうかしら」


 図書室にはたくさんの本があり何度来てもワクワクする。とても一年では読みきれそうにないのは残念だが、本をたくさん読むことができる環境は一言で言って最高である。
 今日は小説を読むことに決めた。私は本を手に取り本を読むために置かれている椅子に腰かけた。



 ――ガチャ


 読み始めて少し経った頃、貸切状態の図書室に誰かがやってきた。


 (誰か来たのかしら?…まぁ誰でもいいか)


 誰かがやって来たことには気がついたが、私は本を読むのに忙しく誰が来たかは確認しなかった。
 しかし私は忘れていた。私が公爵邸の図書室に入れるのは婚約者(仮)だから特別なのだと。
 普通使用人は図書室に入って本を読むことなどできない。そもそもこの図書室を使うのは公爵家の人間だけだ。そしてこの屋敷にいる公爵家の人間はただ一人。


「おい」

「…」

「おい」

「…」

「おい!聞こえていないのか?」

「もう!今いいところなんだから静かにして!……って、え?」
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