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8 キース視点
しおりを挟むしかしそれより今はヴィンセント様だ。先ほどの独り言といい、何かあったのだろうか。
「ヴィンセント様」
「…」
「ヴィンセント様」
「……」
「ヴィンセント様!」
「っ!あ、ああ、なんだ?」
「ふぅ…。ヴィンセント様。差し出がましいことをお聞きしますが、なにかございましたか?」
ヴィンセント様は貴族らしい遠回しな話し方があまり好きではない。もちろん公式の場ではそういった話し方をするが、今この場では望んでないだろう。ヴィンセント様とは長い付き合いなのでわかる。だから私は率直に思ったことを聞いたのだ。
「…なにもないぞ」
「そんな見え透いた嘘が通じるとでも?」
「うっ」
「執務が滞るほどのことがあったのですか?」
「…」
「ヴィンセント様」
「…榛色の髪に眼鏡を掛けたメイドを知っているか?」
「メイド、ですか?」
「…あぁ」
ヴィンセント様自ら女性の話をするなどめずらしい。それに特定の女性のことを聞いてくるなど初めてではないだろうか。
(榛色の髪に眼鏡を掛けたメイド…)
この特徴を聞いて思いつくのはついこの間雇った彼女だ。
「もしかして瞳の色は緑ですか?」
「っ!そ、そうだ!」
「それなら一人思い当たる人物はいますが…」
「誰だ!?」
「お、落ち着いてください!そのメイドが一体どうしたというのですか?」
ヴィンセント様の反応を見たところ、私の知らないところで二人はいつの間にか接触していたようだ。しかし彼女のことをメイドだと思っているようで、婚約者(仮)だということは知らなさそうだ。
「…なぁキース。私に興味がない女なんていると思うか?」
「いるとは思いますが、極少数でしょうね」
「私は母上とマチルダしか知らない」
「私も今のところお二人くらいしか思いつきませんが…。もしかしてそのメイドもそうだったのですか?」
「…ああ。私より庭にある大木に興味があると言われた」
(きっと彼女に失礼なことを言って怒らせたのですね…)
ヴィンセント様は女性嫌いのせいか、女性に対して厳しい物言いをしてしまうところがある。おそらくメイドの姿をした彼女と偶然会って、失礼なことを言ったのだろう。それに対して彼女は『あなたに興味はない』とでも返したのかもしれない。しかしその言葉はヴィンセント様にとっては衝撃が強かったようだ。
「なるほど」
「…で、そのメイドはどこの誰なんだ?」
「ヴィンセント様はそれを聞いてどうするおつもりで?解雇でもされるのですか?」
彼女を解雇されるのは困る。ヴィンセント様に興味を持たない彼女は貴重な人材だ。ヴィンセント様も婚約者(仮)を雇うことは知っているので彼女がそうだと言うべきだろうか。しかし婚約者(仮)を雇うと知っていても、ヴィンセント様はまったく興味がなく関わりたくないと思っているようで、一度も進捗状況を聞いてこない。女性が絡んでくる案件なだけに避けたい話題なのだろう。
それにヴィンセント様と婚約者(仮)である彼女との接触は公式の場だけと契約で決めてある。この一年で公式の場が何度あるかは不明だが、少なければ一回だけかもしれない。ヴィンセント様もそれがわかっているからわざわざ聞いてこないし、私もヴィンセント様に報告するタイミングを見計らっているのだ。だから報告前に彼女の解雇だけは避けたいところである。
「…いや、解雇はしない」
「そうですか」
(よかった…)
どうやら解雇は考えていないようで一安心だ。
「あれからそのメイドを探したのだが見つからなくてな。…できるならもう一度会ってみたいんだ」
「!相手はヴィンセント様に興味がないと言っても女性です。本当によろしいのですか?」
「…自分でもよくわからないが不快ではなかったんだ」
「っ!それは…」
まさかヴィンセント様がそこまで彼女に興味を示すなど予想もしていなかった。ヴィンセント様にとって余程衝撃的な出会いだったようだ。
「悪いようにはしない。だめか?」
「…いえ、わかりました。彼女は――」
これはもしかしたら何かが変わるのかもしれない。私はそんな予感がしたのである。
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