大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚

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第4章 幸運の地

04-035 経済戦争

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 ウクルルは、コムギとひまわり油の生産が経済の柱。これを奪われたら、ウクルルに未来はない。
 ウクルルのコムギとひまわり油の輸出は、5割がホルテレン経由で行われている。
 2割は、ヒトやドワーフの商人による買い付け。残り3割がヒトの領域との直接的な貿易だ。
 もし、ホルテレンを閉じられたら、ウクルルは立ち行かない。
 それは、ホルテレンも知っている。ホルテレン政府は言外に、ウクルルの排除を臭わせる表現を使い、牽制している。

 ウクルルはホルテレンとの対立を望んでいないが、ウクルルの存在によって絶対的権力を行使できないホルテレン政府としては、対立以外の選択肢を持ってはいなかった。
 一方、ホルテレン政府側も武力行使による対立を望んではいない。
 シンガザリが侵攻を諦めていない現状では、内乱は得策ではないからだ。
 だから、経済封止を画策している。

「給金さえ用意できれば、海のほうから船大工を呼べる。
 どれだけの数でも」
 フィオラの父親が断言し、その点には耕介にも異論はない。
 フェミ川沿岸にも川船を作る船大工がいる。最大幅1メートル程度、最大長4メートルほどの平底船だ。東京湾沿岸で使われていたべか船と呼ばれる海苔採り船に似ている。
 フェミ川沿岸の船大工の多くは需要が少ないことから兼業で、造船を主たる生業にしているものはほぼいない。
「親父さん、クルマよりも船を造るほうが簡単かもしれない。
 いや、簡単なんだ。
 最も強力なエンジンは、空冷6気筒3.6リットルで、80馬力出せる。
 エンジンを2基積めば160馬力だ。
 喫水の浅い木造の船体で、船首はランプドアにして、荷の積み卸しを簡単にするとともに、浜辺があればどこでも接岸できるようにするんだ。
 船の最大幅は3.3メートル、最大長は15メートル。最大積載量12トン。
 こいつを造れば、ホルテレンを出し抜けるんじゃねぇか?」
「コウよ。
 簡単じゃない。
 こいつぁ、戦争だ。金貨をめぐる戦争だ。殺し合いはしないが、負ければ飢えて死ぬものが出る。
 やるなら、勝たねばならない。
 おまえに覚悟はあるのか?」
「あるよ。
 親父さん。ホルテレンに勝手はさせねぇ。俺とフィオラの子供の未来がかかってんだ。負けるつもりなんて、欠片もねぇ」
「コウ。
 俺は船大工と船乗りを集める。
 おまえは、その妙ちくりんな船を造れ。
 それと、エンジンは1つで十分だ。1隻でも多いほうがいい」

 フェミ川では水運が発達しなかった。北岸は魔獣の住む世界であり、フェミ川は総じて浅く、喫水の深い商船が遡上できないからだ。
 エルフにも船乗りはいるが、風任せの帆船しかない。しかも、ヒトやドワーフの船と比べたら小型だ。全長30メートル、全幅7.5メートル、積載量150トン程度が標準。
 ヒトやドワーフの船とは構造が異なり、弁才船などの和船に近い。

 健吾が始めたエンジンの開発は、太志が引き継いでいる。空冷ディーゼルで、本来は車輌用だった。弾性ゴムタイヤの入手が困難で、輸送量を増強するには船舶輸送も考えなくてはならなくなっていた。

 耕介の協力者は、意外にも多かった。船大工で給金がもらえることから、フェミ川沿岸で川船を造っている職人たちが集まっている。
 彼らの多くは普段は建物を造る大工で、求められたら造船に携わっていた。
 20メートルに達する大型船を建造した経験のある職人は皆無で、10メートル以上のエルフ船の建造経験者はわずか。
 彼らは、エルフの内航船大工からは見下され、建物の大工からは半端者を見られていた。
 だから、耕介の計画に飛びついた川船大工が多くいた。

 最初の船は、2分の1サイズの模型だった。
 全長7.5メートル、全幅1.65メートル。エンジンは空冷単気筒0.4リットル。
 機能検証用のクレイモデル的な位置付けだったが、これがよく動く。積載量3トンで、フェミ川以外の河川でも使われるようになる。この動きは早く、続々と注文が入り、すぐに量産体制に入った。
 当然、15メートル級への関心が高まり、耕介は、各村村長、各村村役、各村の有力者から「まだか!」と叱責され続ける。

 船型は、上陸用舟艇に似ている。ではなく、上陸用舟艇を模倣していた。
 15メートル級の1号船進水式には、ウクルル15カ村の全村長と多くの村役が出席する、華々ししいものだった。
 2重船底で、船内に入り込んだ水を排水するビルジポンプを備え、7.5メートル級の経験から舷側を高くしている。
 厚くて大きな板と梁で造られた完全な木造船だ。
 エンジンは予定通り、空冷6気筒ディーゼル3.6リットル80馬力を装備する。
 8ノット(時速約15キロ)で連続航行できる。計算上24時間で360キロ航行できるから、クルナ村からヒトの領域の北端まで、3日か4日で行ける。ヒトの領域の南端まででも5日から7日だ。

 エンジンは、バイオディーゼルで駆動するように調整されている。バイオディーゼルにバイオエタノールを10パーセント混合した燃料を使う。
 航海距離は1500キロで、ドワーフが供給する軽油でも運行できる。

「船型が小さいから、これ以上は航海距離を伸ばせない。
 海岸のどこかに中継基地が必要だ」
 耕介と太志が、仕事終わりになじみの飯屋で酒を飲みながら仕事の話をしていると、飯屋の親父が話しかけてきた。
「その中継基地、無理なんだろ。
 村民の誰もが、その話をしているよ。
 で、名案があるんだ」
 飯屋の親父が微笑む。
「意外な展開に、耕介と太志が面食らう」
 無言の2人を無視して、飯屋の親父が言い放つ。
「コムギの量を減らして、減らした分の燃料を積んでいくんだ。
 もう1つ案があるぞ。
 燃料を積んだ船を同行させる。
 これが、素人の村民たちが酔っ払った頭で考えついた迷案だよ」
 飯屋の親父が大笑いする。
 太志が親父を見る。
「確かにな。
 積載量を11トンに減らして、燃料タンクを増設すれば、3000キロ以上の航海距離になる……」
 耕介も反省する。
「積載量にこだわりすぎていたんだな。
 俺たちは……」

 マイケルは、農地改革、農地拡大、土壌改良、品種改良によって、ウクルルの収穫量増大を図ってきた。
 その効果は大きく、コムギの収穫量は1.5倍、ヒマワリの種は2倍に増えている。マイケルの支援を受けているラムシュノンも同様で、それぞれが周辺地域とは隔絶した単位面積あたりの生産量に達している。
 当然、輸出は好調。
 同時にホルテレンは、脅威を感じている。
 ホルテレン政府内では、政治家、官吏、軍人が「ウクルルを排除すべし」との気運が高まっていた。
 ウクルルはラムシュノンと連携していて、その他いくつかの地域勢力とも友好関係を築こうとしている。
 連絡事務所の開設が増えている。

 この動きは、ホルテレン政府には反逆として見えていた。

 ドワーフがクルナ村に商館を開設した。ドワーフの商人が集う商館ではあるが、実際は大使館だ。
 西辺と海岸のヒトも、それぞれが商館を開設する計画を立てている。
 ドワーフやヒトもウクルルを重視していることがわかる。

 ホルテレン政府は、やや被害妄想気味になっている。
 軍はウクルル占領を唱え始め、政治家は経済封鎖の必要性を訴え始める。
 この反応にホルテレンの商人たちは「気が違ったのか?」と失笑し、競争相手を排除したい首都近郊の農民たちは大賛成だった。

 こうして、ウクルルの隊商は、ホルテレンに入域できなくなった。
 やはり、ウクルルの排除を歓迎する農民の支持は、政治家たちへの影響が大きかった。ホルテレン域内の農民の多くは「ウクルルを倒せ!」と、叫んでいる。
 ウクルル産のコムギは品質が高く、ドワーフやヒトの商人が一番ほしい品だ。そのことに、この地域の農民は我慢できない。
 そして、ホルテレン正規軍の下士官・兵の多くは、農家出身者だった。息子の出世のためには、戦争が必要だった。

 ホルテレンとウクルルの対立の構図は単純で、政府側に一方的な理由があった。ウクルルには、政権と対立する理由がなかった。

 ホルテレン政府は、臨時のままだった。臨時のまま、東エルフィニアの正統政権化を目論んでいる臭いがする。
 プンプン臭っている。

 耕介とマイケルは、村役としてホルテレン政府からの使者が読み上げる声明文をクルナ村の役場のホールで聞いていた。
 各村の村長と村役は、起立している。まるで王の命令を拝聴するように。

「ウクルルと称する15カ村は、東エルフィニアへの参加を表明しながら、分離工作を続け、国家の統合を破綻させようとしている。
 シンガザリの脅威が消えていない現状において、このような分離工作は利敵行為である。
 東エルフィニア政府と良識ある民は、15カ村による分離工作を決して容認できない。
 だが、15カ村が反省し、東エルフィニア政府への恭順を示し、国家に忠誠を誓うのならば、許されるであろう。
 その許しが出るまでの間、ホルテレンへの入域を禁じ、ホルテレン港の使用を認めない。
 以上である」
 使者は反応を待った。
 他地域にもこのような圧力をかけたことがある使者は、激しい反発を予想し、同時にそれを待った。

 耕介とマイケルが顔を見合わせて笑う。
 他の村役たちも似たような反応で、大声を出すものはいない。
 チュウスト村の村長が耕介に声をかける。
「おい、コウ。
 一杯飲みに行こう」
 この村長は、最初から飲みに来ているのだ。

 クルナ村の村長が使者に声をかける。
「使者殿、お役目は終わりか?」
 使者は面食らっているのか、挙動不審だ。
「あぁ、終わりだ……」
 村長が大声で告げる。
「各々方、これで解散だ。
 村長は村長会を開くから残ってくれ」

 チュウスト村の村長が耕介に命じる。
「いつもの飯屋に行っていろ。
 俺もすぐに行くから!」

 使者は、ウクルル側の意外な反応に驚いていた。この驚きは「反乱の予兆あり」と、ホルテレン政府に早馬で報告された。

「10隻は造れると思ったんだが……」
 耕介の言い訳を、チュウスト村の村長が軽く受け止める。
「いや、6隻でも上出来だよ。
 理想は15隻で、各村1隻ずつが公平なんだが、そうはいかぬよ。最初からね。
 指揮船1隻、荷船5隻でも大船団だ。1隻も損なわず戻ってこい。
 で、陸送はどうなるんだ?」
 耕介には、この点の心配はない。
「トラクターは、5トン積みトレーラーを3輌牽引できる。コンボイを編制し、ヒトの土地に運ぶ。
 ヒトやドワーフの商人とは、話がついている。心配することはねぇよ」
 チュウスト村の村長が大きく頷く。
 テーブルには、他村の村長もいる。彼らはコムギの売り先の心配はしていない。心配なのは、ホルテレン政府の反応だった。

 経済的な基盤を固めているのは、ウクルルだけではない。
 抜きん出ているのは、  メルディのフラーツ村を中心とするラムシュノンとホルテレンからそう遠くはないパラト村だ。パラト村はヒトが過半を占める工業地域だ。空気を入れる弾性ゴムタイヤは、この村でしか製造されていない。
 なお、動力で競合関係にあることから、パラト村からクルナ村は敵対視されている。
 結局、トレウェリのウクルルが、メルディのホルテレンから疎んじられていることになる。
 対立の構図は、複雑なようで、単純だった。
 ホルテレンとウクルルの主導権争いなのだ。しかも、一方的に政府側が敵対している。
 ウクルル側は友好的対応をしているつもりなのだが、ホルテレン側がそうは感じないのだ。

 ウクルルの輸送船団6隻がホルテレンの南沖にあるピコ島の西側、大陸とピコ島の間を通過していると、ドワーフの動力船から停船を要請された。
 ウクルルの旗を掲げた見慣れない船型の小舟6隻を不審に思ったドワーフの商船が、興味を示した。

 耕介が指揮船からドワーフ船に乗り移る。
「おう、コウじゃないか!」
 顔見知りのドワーフの船長が抱き付かんばかりに喜びを表す。
「やぁ、船長」
「コウ、こんなところで何をしているんだ?」
「コムギを運んでいる」
「あの小舟で?」
「あぁ」
「なぜ?」
「ウクルルは、ホルテレンでの交易を禁じられた」
「なぜ?
 本当か?」
「本当だ。
 理由は知らねぇよ」
「コムギは、どれだけ積んでいる?」
「穀物袋で2000」
「そいつぁ、すごい。
 ホルテレンに税を払わなくていいんだろ?」
「あぁ」
「その分、安くしろよ」
「まるまるは勘弁だ。
 輸送に金がかかるんだ。油代がいるし……」
「ピコ島で取り引きしないか?」
「ピコ島で?
 違法だろ?」
「いや、違う。
 ピコ島は島民の土地で、ドワーフ、ヒト、エルフの混血が住んでいる。魚の干物や海藻などは、ピコ島で仕入れているんだ。
 ピコ島の連中は魚を食うし、肉も食うんだ。エルフの血が濃くてもね」
「そうなのか?」
「あぁ」
「騙していないよな?」
「騙してどうする?
 だけど無理かぁ。港が小さいから、商船は1隻しか接舷できない……」
「大丈夫だ。
 砂浜に乗り上げる」
「わざと座礁させるだと。
 とうとう本格的に狂ったか?
 おまえが狂っていることは知っているけどな」
 船長が大声で笑う。

 フェミ川の中州では何度も実験したが、海では初めてだった。
「投錨!」
 耕介の命令で、船尾から錨が投げ入れられる。
 まず、最初の1隻が桟橋脇の砂浜に乗り上げる。
 ドワーフの船長が凝視している。
 船首のランプドアが下りて、砂浜に落ちる。
 リヤカーに10袋を積んで、船から下りる。もちろん、人力だ。
「こいつぁ、すごい!
 いい船じゃないか!」
 港に続々と島民が集まってくる。
 ある島民が「俺たちの島で、交易するのか?」と問い、別の島民が「なら、税を払ってくれるのか?」と。
 島長が叫ぶ。
「おい、コウ!
 交易するなら税を払え!
 ホルテレンの半分でいいぞ!
 穀物倉庫も造ってやる」

 ピコ島はピコ諸島最大の島で、この島だけに住民がいる。漁労で生計を立てているが、エルフは動物食をしないので、ヒトやドワーフが取引相手になる。
 この島の周辺は、海産資源に恵まれている好漁場だ。
 また、深い入り江があり、天候悪化の際には多くの船が避難してくる。
 耕介たちも何度か訪れている。思う存分、動物性タンパクを補給できる場所だ。

 耕介は、ピコ島での海上交易はまったく考えていなかった。最低でもヒトの領域まで行けなければ、ホルテレンの妨害に抗えないと判断していた。
 もし、ピコ島が協力してくれるなら、ウクルルにとって起死回生の一手になる。
 ピコ島の住民は、ヒトでも、エルフでも、ドワーフでもない。この3大勢力のどれにも与していない。
 完全な独立勢力だ。

 ウクルルの船団が運んできた60トンのコムギは、ヒトの領域に達する前にすべて売れた。
 しかも、ピコ島の島長からは「入港料だけでいい。たくさんの船に来てもらいたい。ひまわり油も受け入れるぞ!」との言葉をもらった。

 耕介たちが戻り、その結果を村役会で報告すると、長い沈黙が支配する。
 村役会の議長が「村長会に報告しなくては……」そう言葉を発することが精一杯だった。

 噂は燎原の火と同じ。瞬く間に広がっていく。
 耕介たちがピコ島で商談を成功させたことは、ウクルル全域に帰還の翌々日には広まっていた。
 もちろん、噂には虚実が含まれているが、意地の悪いホルテレンを見返した満足感がふんだんに含まれていた。

 噂の内容は、クルナ村に駐留する軍の情報員によって、ホルテレンの軍情報機関に伝えられる。
 ホルテレン政府上層部が、ウクルルがピコ島で商行為を行った事実を知ったのは、わずか3日後だった。
 だが、ウクルル政府上層部は信じなかった。実際に交易はあっただろうが、少額の取り引きだと断じた。
 ピコ島には浮き桟橋が1本あるだけで、荷揚げは簡単ではない。大規模取引などできるはずがないからだ。

 耕介は小径タイヤ8輪の船積み用トレーラーを設計する。
 それを館で説明する。場所は食堂。時間は夕食後。近隣の農家からも集まっている。
「この荷車には穀物袋が350積める。
 積んだまま、俺たちの交易船に積み込める。そのままピコ島に運んだら、ピコ島の穀物倉庫に運び込める。
 だが、ピコ島には穀物倉庫がないし、道もない。
 建設する必要があるんだ。
 たくさんの銀が必要だし、時間もかかる。ウクルルから大勢を長期間派遣することになる。
 だけど、この事業に成功したら、ホルテレンを頼らなくても海上交易ができるようになるんだ。
 こんないい話、滅多にねぇぞ」
 若いが良識派で知られた隣村の村長が手を上げる。
「コウ、ピコ島が攻められないか?
 ホルテレンに?」
「そのことは考えた。
 俺も。
 だけど、ホルテレンから1500キロ。大陸東岸から60キロ離れている。海を渡って攻め込むのは、簡単じゃねぇぞ。
 それに、ピコ島の連中は海の民だ。血の気が多い。一戦交えるとしたら、正規軍は相当の出血を覚悟しなくてはならなくなる。
 力攻めは無理だ。
 ホルテレンは、何でもだが、決定が遅い。連中が腹を固める前に、実績ってヤツを作っちまおうぜ」

 動物性タンパクを摂取しないエルフは、ピコ島の産業を理解していない。ピコ島は沖縄本島の倍の24000平方キロの広さがある。島の形は長楕円だが、西岸に南に開口する深い入り江があり、最深部に最大の村がある。
 食料は自給自足できる。
 海産物の加工品を輸出して、銀を得ており貧しい離島ではない。輸出品目がエルフとは関わりがないので、エルフの領域ではあまり知られていない。
 しかし、ヒトやドワーフとの交易は盛んだ。
 情報も集まる。情報過疎の辺鄙な田舎ではない。

 新しい道と新しい市場の建設に目処がついていたナナリコが、木製のコンテナを開発してくれた。
 縦横高さ1.5×1.5×1.5メートルの正立方体で、小型フォークリフトで運ぶことを前提にしている。
 小型フォークリフトはすでに開発済み。建設中の市場で使う予定だが、このうち2台をピコ島に運ぶことになった。小型トラクターも運ぶ。
 同時に簡易な木製プレハブ倉庫の建設資材も輸送する。海岸から2キロ内陸に建設する。
 必要な土地はピコ島が賃借してくれる。
 ピコ島は船の積載量によって金額が異なる入港料を請求するが、交易に関わる税は徴収しないことにする。
 楽市楽座政策で、耕介が提案し、ピコ島の島長と島役が受け入れた。ウクルルにとって都合がいい条件だが、ピコ島にも、ヒトとドワーフの商人にも好都合だ。
 それに海産物を食さないエルフの多くは、ピコ島に興味がないから、実情を知らない。貧しい漁村程度の認識しかない。
 エルフの船乗りは知っているが、彼らの意見をホルテレンの支配層である政治家や官吏、軍人が参考にするはずがない。

 ピコ島にやってくる商船は、全長30メートル級の単層船が多かった。浮き桟橋のサイズに合わせていることと、舷側が低いのでフォークリフトからの荷積みに便利だからだ。
 積載量は150トンで、コムギ100トン、海産物加工品50トンを積んで、ヒトやドワーフの領域を往復する。
 ひまわり油の輸送もすぐに始まった。

 ウクルルの船首にランプドアを持つ小型商船は、マストにウクルル旗、船尾に東エルフィニア旗を掲げた。
 これは、ヒト、エルフ、ドワーフの慣例に従っている。

 クルナ村郊外にある東エルフィニア正規軍駐屯地では、緊張が走っていた。
 新任の中隊長が畑仕事中の農家の若い主婦を掠い、中隊長補佐と従卒の3人で強姦した。
 中隊長たちは駐屯地に逃げ込んだが、そこに保安官が乗り込んだ。もちろん、犯人の引き渡しを要求するためだ。
 村長名代として、村役である耕介と村民代表としてシルカが同行している。
 たった3人だが、いつにも増して、工事現場の建機と作業員の数が多い。
 ナナリコが建機と作業員をかき集めたからだ。これで、駐屯地には十分すぎるほどの威嚇になる。

 駐屯地の指揮官が保安官に着席を促す。保安官が応じ、耕介とシルカも従う。
「保安官殿……」
 駐屯地の指揮官にとって、クルナ村の保安官は大隊長と同列に思える。軍と警察の区別が明確にはつかないからでもある。
「指揮官殿、厄介な事件を起こされましたね」
「……。
 新任の中隊長はホルテレンの名家の出で、将来ある若者……。
 どうか穏便に……」
「刑を決めるのは私ではありません。
 村民から無作為に選ばれた陪審員が有罪か無罪かを決め、有罪となれば村役会が法に則って刑を決めます。
 まぁ、今回は無罪はないでしょう」
 シルカが引き継ぐ。
「穏便に済ませよう。
 私が村民を説得する。
 悪事を働いた兵を差し出せば、村の広場で尻の穴に木杭を刺し入れる刑で済ませてやる。
 その姿で、1日晒せばよかろう」
 指揮官は、胸中では「それは穏便な刑ではない」と叫んでいたが、沈黙する。彼には代案があったからだ。

 指揮官の副官が入室し、副官に耳打ちする。
「悪事を働いたものたちですが、己が行為を恥じ、自害いたしました。
 惜しい若者を失いました。
 遺体を引き渡しましょうか?」
 保安官が指揮官をにらむ。表情が「殺したな」と言っている。
「その必要はありません。
 ただ、ご遺体は検分させてほしい……」
「ごもっともな申し入れ。
 承知いたしました」

 話はここで終わらなかった。指揮官は、軍の権威を保ち、軍人の名誉が汚されることを防ぐのために、触法軍人を殺害したが、これはある意味で、これからの交渉の切り札であった。
 村長名代に耕介が指名された時点で、指揮官は中隊長以下を殺害するつもりだった。
「村役殿……、あの川船は海も航行できるという噂は本当か?」
「本当です。
 指揮官様」
「ピコ島まで航海しているとか……?」
「その通りです。
 指揮官様」
「あの船には、兵が何人乗れる……?」
 耕介は、指揮官が何を考えているかわかった。
「完全装備の兵なら、60から70。
 10隻あれば2個中隊を洋上機動で運んで、海岸に上陸できますよ」
 指揮官が沈黙する。軍人なら相当な愚鈍であっても、ウクルルの小型商船がどういう戦術的意味があるのか理解する。
「であれば、好きなときに、好きな場所を海側から攻められる……」
 耕介は少し脅してみることにする。
「兵だけではありませんよ。
 車輌や建設機械も運べます。実際、ピコ島に運んでいますし……」
 指揮官の目が泳ぐ。
「ホルテレンは、事情を理解していないのだ。ウクルルを脅しても得るものがないことを、まったく理解していないのだ。
 どうか、しばらく待ってほしい。
 軍から政府に説明するので……」

 ホルテレンはウクルル産品の排除に成功すると、コムギとひまわり油の交易税を引き上げた。
 ホルテレンのエルフ商人は、ウクルル排除による品薄が起こると予想し、価格が高騰すると考えた。当然のこととして、価格を引き上げた。
 結果、来航する商船が減少してしまう。
 そして、ホルテレンの商人たちは、膨大な在庫を抱えてしまう。自分たちで買いだめ売り惜しみをしたので、仕入れ価格が高騰していた。

 この情報は耕介ではなく、太志が仕入れてきた。
 太志の案は暴力そのものだった。
「利益を減らしても、売価を下げよう。
 ホルテレンの商人どもを、まずは潰す。
 次は農民だ。連中も、俺たちに敵対している。作柄がいいからって、目の敵だ。
 ふざけている。
 銃弾の代わりに、コムギの粒で撃ってやる」

 ウクルルとホルテレンの経済戦争は、激しさを増していく。
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