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第4章 幸運の地

04-034 新都からの圧力

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 エルフの土地は、古くから4つの国に分かれている。
 西側内陸は、北にアクセニ、南がシンガザリ、東側東岸は北にトレウェリ、南がメルディ。トレウェリとメルディは大洋に面している。この大洋を渡ると、大陸の西岸に至る。
 渡ったものがいるかは不明。たぶん、誰もいない。

 1つの大陸、1つの大洋。
 これが2億年後の地球。

 シンガザリに敢然と対抗したのはメルディだけで、トレウェリは旧都ハイカンにおいて、親シンガザリ派と反シンガザリ派が対立。最終的には反シンガザリ派が勝利した。
 その過程において、ハイカンとその周辺だけが親シンガザリでまとまり、他の地域は反シンガザリで固まってしまった。
 アクセニは揺れた。和平を求めて、南側はシンガザリに降ったが、思惑は外れ、殺戮と破壊に見舞われた。
 北側は反シンガザリの姿勢だったが、団結してはおらず、村ごと、集落ごとに各個撃破されてしまった。しかし、シンガザリが攻勢の限界を超えていたことから、一時的ではあるが占領は免れた。
 この短い期間を有効に使い、アクセニ北側は結束してシンガザリに対抗する。
 だが、蹂躙されたアクセニは国内難民を受け入れきれておらず、地域の差はあるが全体的に疲弊している。
 トレウェリは中心都市であったハイカンを事実上失ってしまったことから、複数の勢力圏に分裂してしまった。
 クルナ村を含む15カ村連合体ウクルルも、そういった分裂勢力の1つだ。

 結果、メルディが圧倒的な力を持ち、東エルフィニア建国後は、すべての決定においてメルディの意向が優先された。

 館内に隣村から数人の村役が集まっている。館の主であるシルカも参加している。
 もちろん、フィオラの父親もいる。
 発言は彼から始まる。
「我々の軍を解体しろと言ってきた」
 複数の村役が憤慨する発言をする。
 シルカが表情を一切変えず、深刻な指摘をする。
「解体すれば、次は軍の進駐、その次は軍による統治が始まる。
 軍政だ。
 我らから否を言う手段を奪うつもりだ」
 賛意を示す発言が続き、怒りの感情を隠さない村役もいる。軍の解体に賛成する村役は皆無。
 シルカの分析は正しいが、耕介はホルテレン政権と表だって対立することは得策ではないと考えていた。ホルテレンを含むメルディの海岸部は、発展が著しい。
 まとまりを欠いているトレウェリや疲弊しているアクセニが対抗できる相手ではない。
 しかし、それを言葉にすれば、村役たちの一斉反発を招いてしまう。
 耕介は言葉を選ぶ。
「我々の軍は、正規軍じゃない。国家の軍は一元的に統率された正規軍でなければならない。
 その意味で、ホルテレンの申し出は正しいんじゃねぇかな」
 村役たちが耕介を指さして抗議する。罵倒だ。キッチンにいるフィオラが怯える。
 耕介は落ち着いて、村役たちをなだめる。シルカの目がいつにも増して冷たい。
「俺は考えた。
 健吾なら、どういう案を出すかなってね。あいつは、いい意味でも悪い意味でもずる賢い。要求を受け入れながら、受け入れた要求を骨抜きにする方法を考えると思うんだ。
 で、文民警察だ」
 全員が沈黙する。そもそも、軍と警察の区別があやふやなのだ。
「文民警察は地域の治安を守る組織で、外国の軍隊とは戦わない。
 シンガザリと戦うのはホルテレン政権の正規軍だ。一方、文民警察は治安を守る。盗賊や犯罪者を捕らえて司法に委ねる。
 盗賊のふりをして侵入してくるシンガザリのゲリラも警察が取り締まる。
 取り調べも警察の仕事だ」
 なじみのない単語がいくつかあり、村役たちが面食らっている。
 フィオラの父親だけは、耕介や健吾からいろいろな情報を得ているので、先をせかせる。
「早く続けろ」
 耕介は、舅殿の側面援護に感謝する。
「文民警察は、軍とは関係ないんだ。
 クルナ村の保安官と同じ。保安官が2人、保安官補が4人。でも、それでは手が回らないから、常備軍に応援を頼んでいる。
 ならば、常備軍を解体して、保安官事務所に加えてしまえばいい。
 保安官事務所もついでに解体して、警察隊に改変してしまえばいい。
 常備軍と保安官事務所を同時に解体して、治安を守るための警察隊を組織するんだ。
 ホルテレンには解体したのだから、解体済みだと連絡する。でも、実質的には戦力を保持したまま。
 そこに文句があるだろうが、治安対応、盗賊対策で突っぱねればいいんだ。それと、進駐してくるであろう正規軍には、治安に関する役割は担わせない。
 正規軍の兵が暴れたら、豚箱に放り込む。文句があるなら、正規軍と警察隊の戦闘を覚悟してもらわなくてはならない。
 それと、15カ村だ。現在の1個中隊規模250人じゃぁ、足りない。解体のどさくさに紛れて、500まで拡大してもいいんじゃねぇか。
 何なら、1000でもいいぞ。
 15カ村の同意がいるけどね」
 明確にわかるほどの沈黙が続く。村役たちが呆気にとられている。解体どころか、戦力を増強する計画を聞かされたからだ。
 他村の村役がポツリと。
「うちの娘は、正規軍の兵を怖がっている……」
 トレウェリと縁のない地域からやってくる兵が乱暴を働かない保証はない。いや、十中八九、乱暴狼藉を働く。そういうことがあれば、泣き寝入りになる。
 フィオラの父親が賛意を示す。
「いい案だ。
 どういう手順でやるんだ?」
 シルカが示す。
「まず、常備軍を解散する。
 数日後に保安官事務所を警察隊と名前を変える。同時に保安官補を募集する。常備軍の元兵士は優先的に、それ以外に数百の規模で採用する。
 各村に保安官事務所を開き、保安官と保安官補を常駐させる」
 別の村役が懸念を示す。
「そんな大がかりな組織を短期間で作れるものなのか?
 それに、誰が教育するんだ。
 一歩間違えば、乱暴者の集団になってしまうぞ」
 耕介は、そこまでは考えていなかった。だが、この問題には解決策があった。
「フラーツ村にゴンハジというヒトがいる。
 彼は、本物の保安官だ。ゴンハジならば、この難問をどうにかしてくれる」

「これがいい」
 ゴンハジが選んだのは、真性のランドクルーザー70系ダブルキャブピックアップだ。
「これ以外はダメだ」
 耕介は、ゴンハジが大型トラックを選ぶと考えていた。まさか、ランクルになるとは考えていなかった。
「俺が乗るんだから、これがいい」
 ゴンハジは、驚くべきことに自家用車を狙っていた。
「コウ、乗って帰るからな。
 ちゃんと整備しておけ」

 ゴンハジの上から目線にフィオラの父親が、怒りの表情を見せる。
 フィオラに囁く。
「あの男は、なんであんなに偉そうなんだ?」
 フィオラは耕介からゴンハジのことを聞いていたし、今回が初見ではなかった。
「とても偉い保安官様らしいの。
 フラーツ村の周辺では、村長様や村役様でも、頭を垂れるそうよ。
 それと、大きくて速い船に乗っていたの」
 フィオラの父親が顎を掻く。
「気に入らん。
 コウを子分扱いするとは何事か……」
 フィオラがなだめる。
「ここは堪えて……」

 警察隊の制服を用意する時間的な余裕はない。ゴンハジは、常備軍が使っていた胸甲や納屋に眠っている武器・防具を探し出して、黒く塗装させた。
 これが一番手っ取り早い。
 各家から提供された武器・防具は、安物だが各村が買い取り警察隊に寄贈した。
 常備軍250のうち、200ほどが警察隊に参加。農家・商家の三男や四男を中心に、新たに800が参加することになった。
 階級は3つになった。保安官、保安官補、保安士。その他に予備保安官制度が創設された。予備保安官は普段は生業を持ち、月に3日間の訓練を受け、非常時には保安士となる。
 労働力を損なわずに、戦力を増強する知恵だ。
 予備保安官の規模は2000もの大軍となる。

 ゴンハジは、戦闘訓練よりも保安官としての心構えを強く説いた。
「治安を守るのは、我々の仕事だ。我々が治安を乱してはいけない。
 民の盾となり、あらゆる事件や犯罪から村や街を守らなくてはならない」
 フラーツ村からも応援があった。フラーツ村の保安隊には、初歩的だが事件捜査のチームもある。

 ホルテレンは、ウクルルに2個中隊規模、兵500を派遣すると通告してきた。
 仕事に出る直前、耕介がフィオラに告げる。
「ホルテレンは、1カ月以内に兵舎を造れと言ってきたよ。
 どうしたらいいものか……」
 フィオラには、耕介の苦悩がよくわかる。健吾がいれば、2人で分かちあったであろう問題を、いまは1人で背負っている。
「ナナリコに相談したら?」
 それ以外の解決策はない。

 耕介が工事現場にいるナナリコを尋ね、兵舎の建設が可能かを尋ねる。
「ただの大きな小屋でいいなら簡単よ」
「でも、造る場所は?」
「ここでいいでしょ」
「……」
「朝早くから、日没まで、工事が続けられているから、住環境としては最高よ!」
「ナナリコ、意地が悪くねぇか」
「でも、兵隊さんって朝が早いんでしょ。
 なら、別にいいと思うけど。
 それにバイパスに面していたほうがいいでしょ。緊急出動だってあるだろうし」
 耕介は苦笑いするしかなかった。ナナリコの言葉は、理屈としては正しい。

 ホルテレンはウクルルの反乱を案じているようで、駐留部隊の編制を急いだ。
 トレウェリとアクセニにおいて、ウクルルは経済的に最も強力な地域だからだ。ホルテレンに反抗できるとすれば、クルナ村を含むウクルルしかない。
 逆にウクルルを制すれば、他地域は自然と従属してくる。

 クルナ村の役場に現れた駐留軍指揮官は、最初から高圧的だった。
 接待役は、耕介に押し付けられた。それと、他の村役が引き受けた場合、その村役の家で乱暴を働く可能性がある。
 その点、耕介の住まいなら安心だ。シルカとシーラがいる。亜子もいるし、太志もいる。
 指揮官が副官と護衛を伴っていたとしても、何かあれば制圧できる。

 副官は、建設機械を見たことがなかった。クルナ村は田舎の村としては賑やかだが、ホルテレンの繁栄と比べたら雲泥の差だ。
 だが、いま目にしている光景は、彼を驚愕させていた。
 機械で地面を平らにし、機械で土をすくい、機械で土を運び、機械で大木を切り倒し、機械で大木を持ち上げている。
 ホルテレンが課した「1カ月で、兵500分の宿舎を造れ」という要求が受け入れられた理由がわかった。
 彼の上官は、この光景を見ていない。
 村長と面会し、その後は接待役の村役宅に向かうはず。
 彼の上官は粗暴で有名。良家の出自で、実戦経験がなく、それゆえ無意味に勇猛果敢だ。直近の言動から、接待役に無理難題を突き付けて、精神的に屈服させるつもりだ。
 軍を背景にしていれば、どんな無理でも押し通せると信じている男だ。
 副官は、悪い予感しかしなかった。

 耕介は、ホルテレンの商人を通じて、駐留部隊指揮官の個人情報を入手していた。
 妻子、両親、兄弟姉妹、愛人、住まいの場所、そして人物像。
 ホルテレンは、意図的に厄介な人物を送り込んできた。絶対に問題を起こし、一暴れしそうな人物を。
 もめ事が起これば駐留部隊を動かして、一気にクルナ村を制圧するつもりだった。ウクルルを主導するクルナ村を制すれば、この地域共同体は瓦解すると考えている。

 指揮官は、もちろんエルフだ。それが理由ではなく、最初からヒトである耕介を見下している。
 いつでも、何でも、首を突っ込んでくるフィオラの父親は、今日は姿を見せていない。
 悶着があることを察しているからだ。とばっちりはごめんだし、彼がいても役には立たない。
 しかし、何もしないつもりはない。館の子供たちを預かった。彼にとっては、全員が孫同然だ。

 太志は、コルト・パイソンをホルスターに納める。彼は357マグナム弾は使わない。反動が小さく命中精度がいい38スペシャル弾を使う。
「弾に威力があっても、あたらなければ無力だ」
 含蓄のある太志の言葉だ。

 駐留部隊指揮官を迎えるにあたって、館では全員が武装していた。もちろん、ヘルメットとボディアーマーは着けていない。佩刀・帯剣し、拳銃を腰に下げている。

「田舎の村役の館にしては立派だな」
「御意」
 指揮官の言葉に指揮官補佐はそう答えた。本来なら彼が副官なのだが、副官は別の部隊からの転属で、秘密工作を知らない。
 もめ事を起こし、それを理由にクルナ村を制圧することになっている。

 館内は質素だった。
「やはり田舎の村役の住まいだな」
「御意」
 花は飾られておらず、肖像画1枚ない。
 そんな会話を耕介は無視する。
「妻のフィオラです」
「これはこれは!
 田舎の村の奥方にしては美形だな」
 耕介は苦笑いするしかなかった。
「こちらは、当館の主、シルカです」
 指揮官は意外な紹介に面食らう。
「シルカである。
 見知りおかれよ」
 エルフの肌は白いが、シルカの白さはそれとは違う。透き通るような、妖艶であり、禍々しさがある。
 同時に、常時放たれる微妙な気、それは殺気に似ていて、誰もが瞬間恐怖する。
 指揮官も同じで、ゴクリと息を飲む。

 取り急ぎの挨拶をすませ、フィオラが指揮官一行を客間に通す。ベッドは片付けてあり、豪華ではない大きなテーブルを運び込んだ。
 ここが、今日の宴の場所になる。
 フィオラが詫びを言う。
「田舎者の住まいですので、都ほどの華やかさはございません。
 ですが、精一杯のおもてなしをさせていただきます」

 指揮官側は、指揮官、指揮官補佐、侍従将校。村役側は、耕介、シルカ、シーラ、太志、マイケル。
 耕介がシルカ以外を紹介する。
「彼はマイケル。アクセニのチュウスト村の村役です。
 彼女はシーラ。ラムシュノンの連絡係です。
 彼は太志。隊商の長を務めております。全員が当館に住んでおります」

 護衛兵たちは、食堂にいる。酒と料理が振る舞われ、酒のうまさと見知らぬ料理に歓喜した。
 だが、しばらくして、彼らは落ち着かなくなる。これからもめ事が起きるからではない。もめ事が起こせなそうだからだ。
 キッチンの横にいる反りのある長刀を佩くヒトの女は、明らかに手練れだ。料理を運んでいる若い娘は、帯剣用のベルトをしている。

 護衛兵たちは、どのタイミングでもめ事を起こすか見計らっているが、きっかけがない。

 黒い胸甲を着けた男が入ってきた。

 フィオラが挨拶する。
「これは保安官様。
 何か御用でしょうか?」
「やぁ、フィオラ。
 ただの見回りだよ。
 水を飲ませてもらおうと、立ち寄っただけだ」
 リューラが水を差し出す。
「やぁ、リューラ。
 今日はここで仕事?」
「はい、保安官様。
 エルマに頼まれまして……」

 保安官補も食堂に入る。
「リューラ!
 俺は酒!」
 保安官ににらまれ、微笑む。
「冗談!
 水か白湯がいい」

 護衛兵は6。田舎者4を制圧できるはずだが、本能が危険を知らせている。館内に入ってから立てた計画では、給仕をしている若い女を抱き寄せて暴れさせたところから、もめ事を起こすはずだった。
 しかし、料理を作る女、給仕をする女、反りのある長刀を佩く女は、どう考えても、それを待っているようにしか思えない。
 そこに村の官吏らしき長剣を下げた男たち。

 指揮官補佐は、もめ事を起こせないと感じていた。声を荒立ててみても、相手は何もしないだろうし、剣を抜いたとしても怯えはしない。
 逆に、抜剣した瞬間に殺されかねない。ホルテレンはそれでもいいだろうが、殺される側はそうではない。
 指揮官は計画を進めようとしているが、指揮官補佐はそれをとめようとしている。指揮官の暴言を、どうにか中和しようと必死だ。
 侍従将校が絶妙のタイミングで発言。
「そろそろ、宿営地に向かわなくてはならない頃合いです」
 指揮官補佐が同意する。
「そうだな。
 そうすべきだな。
 指揮官殿、すぐに発たないと。
 兵たちが心配します」
 指揮官は不満だったが、指揮官補佐に無理矢理立たされ、侍従将校に促されて館を出る。
 もちろん、護衛も一緒だ。

 馬上の護衛たちは一言も発しない。
 指揮官補佐が先頭を行く。侍従将校が横に並ぶ。
「危なかったですね」
「あぁ、あいつら我らを殺す気満々だった」
「ホルテレンの思い通り……」
「推測に過ぎないが……。
 貴官と小職を殺し、指揮官殿を捕縛するつもりだったのではないかな」
 両者の会話が聞こえたのか、指揮官が背後から声をかける。
「どういうことだ?」
 指揮官補佐が下がり、指揮官に並ぶ。
「もめ事を起こそうとしていたのは、村側も同じだったようです。
 我らが狼藉を働いたら、すぐに制圧して、指揮官殿を捕らえ、交渉の道具にでもするか、あるいは指揮官殿を辱めるか、何を考えていたのか……」
「コウという村役はヒトであったな。
 あの村役、当職の経歴をよく調べていた。妻が好きな花までも……」
「指揮官殿、あれは指揮官殿のご家族をいつでも殺せるぞ、という脅しです」
「何?」
「我らが知らぬことも知っているようです。もし、ご家族以外で大事なお方などおられましたら、真っ先に狙われるでしょう。
 盗賊を装えば、何でもできますから……。
 兵には、問題を起こすなと厳命し、もし村民ともめ事を起こしたら斬首にするとでも脅しましょう」
「コウというヒトは、その類のものか?」
「だから、接待役になったのでしょう」
「政府はウクルルに命じて、民兵を解散させたはず……。
 理由を見つけて、部隊を動かして制圧するか?」
「それがよろしいかと……」

 宿営地に入った正規軍2個中隊は、工事の騒音に悩まされているが、それに対して文句を言う勇気はなかった。
 耕介は結局、ほぼ同じ車体設計で、ホイールローダ、フォークリフト、ブルドーザーを造ってしまった。
 鉄輪を使うことで、大直径弾性ゴムタイヤの不足を補い、油圧ポンプの不足から排土板付きの機械式ブルドーザー類似品を2台造る。
 建機の威力は絶大で、工事は予定よりも何カ月も早く進んでいる。
 当然、耕介が「もっと造れる」と明言したブルドーザーの3台目、4台目の要求がある。機械式のショベルも造れそうだと、耕介は村役会で発言している。

 副官には、建機が恐ろしい兵器にしか見えなかった。こんな兵器を持つ連中を相手に、ホルテレンは難題を突き付けた。
 だが、それを唯々諾々と受け入れたクルナ村を筆頭とするウクルルもどうかしている。
「何か裏があるな」
 副官の呟きは、近くにいた兵たちを不安にさせた。

 指揮官は騒音の中にいた。

 耕介はナナリコの無理難題は、真摯に受け止めてきた。
「ロードローラーがいるの。
 明日いる」
 だが、それは無理だ。
 案はいくつか出た。
 フリッツ案は「巨大な木樽を作って、水を入れて引っ張ったら」と、強度的には疑問があるが製造としては現実的。
 太志案は「鉄筋コンクリート製の円筒を作る」だが、これも過去に例がある。ただ、明日は用意できない。
 結局、拾得物にあった直径50センチの鉄管を3メートルの長さに切断し、両端を鉄板で塞いで中に川砂を入れて重くし、ホイールローダーかブルドーザーで引っ張る方式にした。

 駐留部隊の将兵は、休日には外出を禁じられてはいないが、可能な限り駐屯地内にとどまるよう指導されていた。
 同時に、駐屯地外に行く場合は上官の許可が必要で、5人以上が同一の行動を取らないことも決められていた。
 だから、最初の数週間は問題を起こさなかった。
 だが、ついに村の一番新しい飯屋で問題を起こした。散々飲み食いした挙げ句、代金を払わずに店を出たのだ。
 しかも、追ってきた飯屋の主に殴る蹴るの暴行を加えた。店員の通報で保安官補と保安士15が出動。
 大捕物の末、保安士1が負傷、正規兵1が死亡、1が重傷、3が軽傷で捕縛される。
 飯屋の主は軽傷だった。

 当然のように駐留部隊が介入してきた。釈放をめぐって、駐留部隊と警察隊の間で激しいやりとりがあった。
 当初、駐留部隊は居丈高だった。だが、警察隊の応援が各地から到着すると、次第に態度が変わっていく。
 副官が指揮官に「敵の兵力はさらに集まりそうです」と報告。
 指揮官は「民兵は解散したんじゃないのか!」と激怒するが、副官には答えようがなかった。
「治安を守る部隊だそうで、軍ではないと……」
 指揮官が「詭弁だ!」と叫ぶが、どうしようもない。
 このときになって、ようやく村長の言葉を理解した。
「正規軍のみなさんには、決して盗賊を追い払ってほしいなどと勝手なお願いはいたしません。
 そのかわり、どうか私たちを外敵から守ってください」
 つまり、治安維持には関わるな、と言われたのだ。クルナ村にとどまる限り、将兵は飲んで食べて訓練する以外、何もすることがないのだ。
 行軍訓練をするにしても、村や集落には必ず保安官がいて、監視されてしまう。勝手な行為はできないし、訓練名目で農家に押し入るなんてとてもできない。
 兵たちもそのことは理解している。
 ある将校が「あの穴を掘る機械を使ったら、俺たち全員を深い地の底に埋められる。そうされたら、絶対に見つからない」と言った。

 クルナ村での駐留は、将兵にとって息が詰まるほど苦しい。軍が駐留すると、村は性被害を防ぐために娼館を誘致したり、イエローワゴンと呼ばれる娼馬車を呼ぶ。
 だが、クルナ村は一切行わない。

 無銭飲食をした兵3の刑が決まる。
 裁判長役の村役が刑を選択させた。
「北岸送りがいいか、鎖10日がいいか。
 北岸送りは、フェミ川の北に武器、水、食料を与えずに残置される。
 鎖10日は、村の出入口に10日間鎖につながれる。詳細な罪状を書き記した高札が立てられる」
 全員が、鎖10日を選ぶ。
 この刑も悲惨だ。全裸で、首に頑丈な杭につないだ鎖を巻かれ、水と食料を与えられずに放置される。
 指揮官は脅しが効かないと悟ると「謝罪するし、弁済もする。兵を釈放しろ」と、命令とも懇願とも判断できない主張に変えた。

 ホルテレンからは、高位の行政官と軍の高官がクルナ村にやって来た。
 判決は出たが、刑は執行されていない。
 クルナ村側は「単なる暴力行為と、無銭飲食だ。それ以上でもそれ以下でもないのです」と原理原則を譲らない。
 行政官は完全に手詰まりだ。
 軍の高官は「軍には独自の犯罪に対する刑罰がある」とは言うが、クルナ村側は「白昼の、村の真ん中での犯行であり、軍とは関係ないのでは?」と反論する。
 軍の高官は「死亡した兵、重傷の兵、捕縛された兵は、全員が軍人。悪事を働いたなら軍が裁きたい」と説く。

 この会談は当初、村の職員が担当していたが、ホルテレン側から「役不足だ」と指摘され、耕介が担当することになった。

 軍の高官が「軍人は軍が裁く」と、耕介に強く迫った。
 耕介が問う。
「それならば、明文化された軍法を示してもらいたい。
 軍法会議は、何審制なのか。再審があるのか、ないのか。軍警組織の規模、軍法会議の制度設計をすべて示すべきだ。
 それがあって、初めて、軍人は軍が裁く、と主張できるのでは?
 もっとも、ただの食い逃げに軍法もへったくれもなかろう」
 軍の高官は、眼前の若いヒトがかなりの強敵と感じた。
 軍内部で議論されている最新の情報を知っているかのようだ。
「軍法会議とは、軍の白洲(裁判)のことか?」
 耕介が頷く。軍の高官が驚く。
「村役殿、小職はヤブを突いて大蛇を出してしまったようだ。
 田舎役場の職員では話が通じぬと考えた小職が間違いであった。
 しかし、刑の執行はもう少し待ってほしい。いまの刑では、軍人として面目が立たぬ」
 耕介が皮肉な笑いを見せる。
「軍人としての対面を汚すための刑にしたんだ。
 そうすれば、ホルテレンがあの指揮官よりもマシな将校を送ってくると考えた。
 で、あなたが来た」
 軍の高官が唸る。
「貴殿の目的は?」
 耕介が答える。
「軍の駐留はかまわない。
 だが、無条件ではない。条件交渉をしたい」
 軍の高官が頷く。
「その旨、政府に伝える」

 ウクルルは、どうにかホルテレンとの交渉の機会を得ることができた。反抗する気はないが、一方的に支配されるつもりもない。
 そのことをホルテレンに理解させなければならなかった。
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