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第4章 幸運の地
04-036 ピコ島沖海難事件
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ピコ島での交易が始まって5年。島は海上交易の要衝としての地位が確固としたものとなり、同時にホルテレンの相対的地位を下げていた。
クルナ村南郊外に設けた市場は、想定以上に拡張し続けている。フェミ川を交易に使うようになったからだ。
クルナ村は、北のどん詰まりから、南への道の入口となった。内陸産の農産物を南に輸送する重要拠点に成長している。
本来は南への陸送拠点として建設されたのだが、河川輸送拠点としても急成長をとげている。
河川輸送はピコ島に送られ、ヒトやドワーフの領域の海岸部へ。陸上輸送は、同じく山脈東麓に送られる。
農産物がクルナ村に集まり、フェミ川を下って海に達し、沿岸を南下してピコ島に到る。
東エルフィニアには海軍がない。ヒトとドワーフは、小規模だが海軍のような組織がある。戦力としては、海賊対処の沿岸警備隊程度だ。
ヒトはヒトの領域の沿岸を、ドワーフは彼らの勢力圏を哨戒している。
だが、海上輸送能力が貧弱だったエルフは、海上警備能力を必要としなかった。
ピコ島が交易の拠点となると、海賊が北上してきた。海賊の多くは、ヒト、エルフ、ドワーフ、混血など何でもありな連中だ。
だが、意外なほど統率が取れていて、金品や荷の強奪はするが、無意味な殺しや身代金目当ての誘拐はしない。
耕介は「そんなに悪いヤツらじゃねぇよ。ホルテレンのクソ政治家と比べたら、天使だな」と奇妙な評価をしている。
この5年で決定的に変わったこともある。正規軍が敵対的でなくなった。友好的ではないが、ウクルルとの対立を避けるようになった。
クルナ村に駐留する正規軍指揮官は着任すると、まずはクルナ村の村長に挨拶し、次に村役会の長と面談し、その次に警察隊司令官と懇談する。
正規軍駐留部隊と警察隊との間には、定期的な意見交換の会議も設けられた。
駐屯地内の犯罪は軍警が、村内で起きた犯罪は下士官・兵・軍属を含めて保安官が取り締まることに決まっている。
将校に関しては、軍警か保安官のどちらか先に身柄を確保したほうに捜査権があることになった。
新たに着任してくる将校はウクルルを甘く見ている場合が多く、少なからず問題を起こす。
下士官・兵は独自の情報網があるらしく、ウクルルで問題を起こすと「ただじゃすまされない」と警戒しての赴任となる。
だから、酔っての狼藉などを含めて、問題行動は少ない。
ホルテレンの政治家はウクルルの経済的台頭に危機感を持ち、同じ理由で商人と農民はウクルルの封止を何度も画策してくる。
ウクルルは経済力を背景に、下士官・兵に対する傷痍軍人への経済的支援や退役軍人への社会保障などを行うことで、将校以外に限れば完全に軍を懐柔していた。
軍による武力行使が望めないことから、ホルテレンの政治家、商人、農民は、クルナ村を発する小型輸送船を襲撃する私掠隊を編制する。
耕介にとって、この私掠隊が厄介な存在になっていた。
海賊とは異なり、証拠を残さないためか平気で皆殺しをする連中だった。
そのため、私掠隊の存在は確実なのだが、証人がおらず、証拠を押さえることができなかった。
彼らは、6.5ノットも出る高速の小型帆走船を使っている。
しかし、襲われるのはエルフの帆走船だけで、クルナ村の動力船は追いつけないことから襲われていない。
しかし、放置すれば、ピコ島の交易に支障が出かねない状況だった。
耕介、太志、フリッツは、対策を協議したが、結論としてシルカと亜子の強硬手段しかないとなった。
その強硬手段とは、高速艇を建造して、私掠船を封じ込めるという案だった。
高速艇は建造できる。だが、操船の経験がない。
仕方なく、元海上保安官のゴンハジに相談するしかないのだが、この厄介な老人は、フィオラの父親となぜか仲がよくなり、村を牛耳りたがる老害連中ともいい関係だ。
耕介がゴンハジに弱いことを知っているので、村は大いに混乱する。
「いい船じゃないか」
ゴンハジの評価に耕介たちがホッとする。
「だが、船は水に浮かんでからだ」
進水前の船台にある高速艇の船体をゴンハジが撫でる。
「船体はエルフ船の技法で造ったんだな?
船底をV字にするには苦労しただろうな。
エンジンは?」
耕介が答える。
「フェミ川北岸で見つけたバスのエンジンを再生した。
水冷V8ディーゼル2基で、合計480馬力出せるよ」
「全長は?」
「18メートル」
「速力は?」
「計算上では、最大20ノット」
「無理だな。
18ノットが限界だろう。
だが、私掠船の3倍だ。十分に追いつける。
兵装は?」
「巨大な空気銃を造った。圧縮したメタンを爆発・燃焼させながら噴射する。
鋳造製の矢を発射するんだ。捕鯨砲みたいなものだよ。
口径75ミリ、射程距離は200メートル。命中したら私掠船の船体は砕ける」
「喫水線よりも下にあたれば、沈没か?
で、誰が乗るんだ?」
耕介がウンザリした表情をする。
「亜子とシルカ……」
ゴンハジが噴き出す。
「残虐ねぇちゃん2人か!
となると、目付役がいるな。
そうしないと、賊を虐殺しにしかねない」
耕介は、イヤな展開を感じていた。
彼の予想があたる。
「コウ、俺が乗ってやる。
俺が艇長を努めて、乗員を教育してやる」
耕介は泣き出したかった。亜子とシルカは、ゴンハジと気が合うのだ。
エンジンはゴンハジの意見で、コンチネンタル製直列6気筒9.865リットルR6602ガソリンエンジンを4基搭載することになった。
このエンジンは古い軍用トラック用なのだが、エンジンと補機類が木製ケースに入れられて捨てられていた。
12基あるが、使用の目的はわからない。拾いはしたが、完全な余剰品だった。
ゴンハジは「つまんねぇことに大事なディーゼルを使うな。もったいない。中古のガソリンで十分だ。224馬力が4基あれば、25ノットは出せるぞ」と。
通常は内側の2基で航行し、高速発揮時に4基を稼働させる。燃料タンクは1600リットル。外側2基はウオータージェット推進、内側2基はプロペラ推進で、12ノットなら1000キロの航海ができる。
乗員は6。艇長はゴンハジ、亜子とシルカ、その他クルナ村の3人が乗り込む。
フェミ川河口南岸はウクルルではない。この沿岸の村にウクルルが港を作ることはできない。
ウクルルは誰も脅さない。他村を窮地に追い込んだりしない。
そこで河口に近い大きな砂州に、臨時の補給廠を設営する。
この作業でも、上陸用舟艇型輸送船の特性が発揮された。輸送船と建設機械に圧倒されたのか、2つの村がウクルルへの参加を打診してきた。
この2村が加わると、ウクルルは20カ村となり、トレウェリの3分の1が勢力圏となる。
膨張するウクルル、衰退するホルテレン。
この図式は、政治家、官吏、軍人にとっては身の振り方を考えさせられるものだった。
海上を航行する高速艇の噂は、海岸部の村と街に瞬く間に広がった。
上陸用舟艇型輸送船は特異な機能で海岸部のエルフを驚かせたが、速度は圧倒的と言えるほど速くはなかった。
だが、今度は高速で航行する滑走艇だ。最速の汽船や帆走船をはるかに凌駕する25ノットで連続航行できる。
ゴンハジは積極的な私掠船狩りを、航行テストの段階から始める。
私掠船を追いかけ、臨検し、奪った物資があれば海に捨てさせた。
私掠船の周囲を5回も回れば、私掠船は逃れられないことを悟り、沈められるか、臨検を受け入れるしかなくなる。
強行接舷して、亜子とシルカが乗り込むこともあった。
また、私掠船に追われるドワーフの商船を救ったこともある。
マストにしがみつく乗組員が叫ぶ。
「ヒトの船だ!
たぶん、貨客船だ!
半日以内に追いつかれる!」
ヒトやドワーフの船では、貨物と乗客を同時に乗せる貨客船は少ない。貨物船がほとんどで、貨物船に乗客を便乗させることが多く、客室を持つ船は限られる。
貨客船に乗れる客は、間違いなく大商人か指導的地位の政治家だ。当然だが金目の物品と金貨・銀貨を積んでいるはず。
私掠船にとっては、最高の獲物だ。
ゴンハジはいままでの運用実績から、強行接舷による臨検が有効であることを実感していた。
そのことから、腕の立つ保安官補6を新たに乗船させていた。彼らは操船要員ではなく、船上での戦闘を前提とした隊員だ。
「機関全速!」
ゴンハジの命令で、高速艇が穏やかな海面で25ノットを発揮する。
ホルテレンの私掠船は、日没前に貨客船に追いつき、略奪の限りをつくすつもりだった。少なくとも、正規軍出身の船長はそう考えていたし、乗組員たちは多額の分け前を期待していた。
私掠船の任務は、メルディ沖合の航行の安全を脅かすこと。物資の強奪は命じているが、殺戮は表向き法度となっている。
しかし、すでに何人ものヒト、エルフ、ドワーフが死んでいる。黙して、財貨を差し出すわけがないからだ。
ピコ島はメルディの沖にあり、メルディとピコ諸島の間の海域は、ウクルルにとっての生命線となるシーレーンであった。
それなのに、ウクルルが出せる戦力は、全長18メートルのボート1隻しかないのだ。
その1隻で、活発化していた私掠船の活動を、瞬く間に抑制することに成功していた。
貨客船は機帆船だった。航海中は帆走し、無風だったり、風向が悪かったり、港内に入ると機走する。
古い船で、船長と乗組員はベテラン。巧みな操船で逃げ切る自信があった。ピコ諸島沖を通過すれば、ヒトの海域までわずかな距離だからだ。
私掠船は1隻ずつが独立しているのだが、複数船が連携して獲物を追うことがある。商船側は、これを戦狼作戦と呼んでいた。
「船長、後方に送り狼がいます!」
私掠船のマストにいる乗組員が、ウクルル艇の存在を報告する。
私掠船が貨客船を襲うまで、待つつもりだ。
私掠船の船長は、ウクルル艇の速力を知っていた。噂ではなく、彼女自身の目で見ていた。
判断は2つ。眼前の太った獲物を見逃すか、他の私掠船を呼んで襲撃を強行するか。
「狼煙を上げろ!
青だ」
ライバルでもある他の私掠船を呼ぶことにする。貨客船の頭を抑えられれば、ウクルル艇を出し抜いて、荷を奪える。ウクルル艇は1隻だけ。多勢を頼めば、どうにかなる。
船長はそう考えた。
「船長、貨客船はボイラーに火を入れていますね。煙突から黒煙が出ています」
ゴンハジは考えた。
「目的は2つだな。
煙幕を張ることと、機走にして機動性を上げること」
この逃走方法は、多くの商船が採用していた。
「船長、どうします?
仲間を呼んでいます」
ゴンハジが即答する。
「1隻ずつ潰す」
彼は、襲撃まで待てないと考えた。
「とぉぉりかぁじ(取舵)!」
貨客船の船長は、すべての帆をたたませると、速力最大でピコ島を目指す。
戦狼作戦にはまり込んだら、助かる術はない。この船には、女性や子供が乗っている。私掠船は殺しを楽しむし、暴行もする。すさんだ心の連中が多いから、財貨を渡して終わりとはならない。
客室に留まるよう命じているのに、恐怖からか乗客が甲板に出ている。
「船長!
貨客船が進路を変えました!
ピコ島に向かっているようです」
ゴンハジは、貨客船の船長の判断を賢明だと評価する。
「本船はこれより、商船を護衛する!
商船に近付く戦闘船はすべて排除する!
取舵、全速!」
貨客船の船長は、心底から「助かった」と感じた。
「あの小さな船は何ですか?」
甲板にいた若い婦人の問いに、船長が微笑む。
「ウクルル艇です。
護衛してくれるそうです」
ヒトの軍服を着ている壮年の男性が、船長に食いつく。
「あんな小舟に何ができる!」
船長が軽くあしらう。
「海賊は、もう襲ってきませんよ。
ウクルル艇を相手に戦うなんて、自殺行為ですからね」
貨客船の船長の判断は正しかった。貨客船がピコ島に向かうと、風向が悪くなり、帆走の私掠船は速度を落とした。
一方、貨客船は機走に移ったので、最大船速8ノットで逃げる。
貨客船の進路を塞ごうと集まり始めていた私掠船たちは、貨客船が進路を変えたことから、追撃に移った。
貨客船の乗客たちは、ウクルル艇の速度に驚愕している。
ピコ島の入り江には、多くの商船が停泊している。貨客船は投錨したが、桟橋には近付けない。
しかし、乗客は島に上がりたがった。また、貨客船の船長も乗客を上陸させたかった。
経験則でしかないが、天候の悪化が予測されたからだ。
ウクルルの小型貨物船が海岸の砂浜と各船を往復している。
船の乗組員以外は、上陸するよう勧められているからだ。
天候の悪化はほぼ確実で、程度がわからない。
島長が上陸したゴンハジを捕まえる。
「どの程度荒れる?」
「気圧がどんどん下がっている。
こりゃぁ、とんでもない嵐になるぞ」
「あの山が東からの風を防いでくれるんだが、この入り江でも船はかなり揺れるな」
「乗客全員が泊まれる宿は?」
「ゴンハジ、こんなに船が集まったことはない。
だが、何とかする」
亜子はエルフたちと別れて、飯屋に向かう。
店の給仕兼娼婦の女性が亜子に声をかける。
「アコ、会えて嬉しいよ。
嵐が来そうだね」
「ただの嵐じゃないよ。
気圧がどんどん下がっているから、家に早く帰るか、ここに泊まるか決めたほうがいい。
妹がいたよね。
一緒のほうがいい」
亜子の話を聞いていた店主が、給仕の女性に促す。
「海岸は危険だ。
風が強くなる前に妹を連れてこい」
彼女の顔が険しくなり、すぐに店を出た。
風は深夜になって強くなり、大きな建物でも揺らすほどになる。
「眠れない夜になるな」
店主の言葉に亜子が頷く。
「夜明け前に風が一番強くなって、雨も激しく降るよ。
明日の午前中の出航は無理だね」
「何か食うか?」
「肉が食いたい」
「それじゃぁ、ブタの肉を焼くよ」
10年に1度とされる大嵐が過ぎると、海岸にはたくさんの漂流物が漂っていた。
だが、沈んだ船はなく、修理不能な船もない。入り江の両側にそびえる崖が風を遮ったので、どの船も無事だった。
もちろん、マストが折れたり、浸水した船はある。
それでも、軽傷が数人いただけで、死者はいなかった。
午後になり、風がやんだので、ゴンハジは入り江から出て、島の周辺を調査することにした。
ウクルルの小型輸送船も参加することになる。
遭難した商船がないか調べるためだ。
入り江の出口は、悲惨な状態だった。形状が残る船が14隻、完全な残骸が砂浜に無数に打ち上げられている。
海面には死体。浜辺にも死体。
シルカがその光景を見渡す。
「私掠船か?」
戦闘員が呟く。
「20隻はあるぞ」
亜子が嘆く。
「入り江の出口で、待ち伏せするつもりだったんだ。
私掠船を集めて、商船の積み荷を根こそぎ奪う気だった。
その強欲を自然が許さなかった」
ゴンハジが亜子を見る。
「俺も許さねぇよ。
だが、いまは救助だ。生存者がいるかもしれない。
陸上と海上にわかれて捜索する」
私掠船各船に30人が乗り込んでいたとして、20隻が遭難したなら、600人が海に投げ出されたことになる。
これは大災害だ。
ピコ島は、櫂走のカッターボート、エンジン付きの10メートル機動艇、上陸用舟艇型15メートル輸送船など、あらゆる小型船を出して、遭難救助を行った。
引き潮でかなり沖に流されたが、ちぎれた舷側につかまって女性の船長は生き残っていた。
彼女は、ウクルルの小型輸送船に救助された。激しく衰弱していたが、幸運にも無傷だった。
彼女の証言で、私掠船船団の正確な規模がわかった。
「22隻、空前の大船団だ。
この船団で、ピコ島を襲えば、永遠に沈黙させられる」
彼女たちに誰が命じたのか?
それは、彼女も知らない。しかし、彼女は元正規軍の将校で、軍の命令で私掠船の船長になった。
ただ、正規軍は私掠船の行動に関与していないという。特定の政治家のグループが仕切っているらしい。
これは、以前から知られていることだ。そのグループの実体がわからない。
700人近い私掠船の乗組員のうち、ピコ島が生存を確認したのは8人だけだった。
そして、私掠船の多くが海に沈んだ。
生き残った私掠船船長は1人だけで、彼女はウクルルに引き渡されることになった。
ゴンハジが強く望んだからだ。
ピコ島の島長は、捕虜たちに「おまえたちは、奴隷としてヒトの内陸に送るからな」と伝えたが、彼はそういうことはしない。
たぶん、穏当な罰を科すだろう。女性船長については「美形だから、ウクルルのほうが安全だろう」との判断をした。
私掠船に恨みを持つ島民が多いからだ。
彼女の名はモンテ。ウクルルで罪を犯したわけではないので、捕虜ではなく、食客としてシルカの館に囚われた。
身分はどうあれ、囚われの身であることに変わりはない。
私掠船団が壊滅したことから、ゴンハジは大量の土産を持ってフラーツ村に帰った。
モンテは、我が身の行く末を悲観していた。解放されたとしても軍には戻れないし、家族に無事を知らせる手紙を書くことも躊躇った。
彼女が捕虜となったことがホルテレンに知られたら、家族に災いが及ぶ可能性があると感じたからだ。
モンテがシーラに相談する。
「貴殿は、ウクルルのものではないと聞いた。私が仕送りをしないと、我が家族は食に困る。どうしたらよい?」
シーラには、モンテの事情を理解する意思がない。
「どんな事情かは知らぬが、盗みは悪事だ。
船長は盗みをしたのだ」
「多くを家族に渡したので、しばらくはどうにか生活できるだろう。
だが、1年、2年は無理だ」
「モンテ殿、貴殿が盗んだ財貨はヒトの内陸国を買えるほどの額になるのだぞ。
ご家族は安泰であろう」
「シーラ殿、違うのだ。奪った財貨は、私と乗組員がわけたのではない。
我らが受け取れるのは、ごくわずかだ。
私の首がはねられることはないと聞いたが、ならば家族が気になる。幼い妹がいるのだ。
父はすでに老人、実の母は他界したが、義理の母はいい人なのだ。私に優しかった……」
「家族のために、盗賊になった……?」
「家が没落していくのは、世の常。
だから、私は軍に入った。
しかし、女では軍で出世はできない。
少ない給金では、家の経済が持ちこたえられない。
だから、私掠船に参加した。
貴殿もどこかの軍にいたのであろう?
気持ちをわかってもらうことはできぬか?」
「モンテ殿、私も軍にいた。
志願したわけではない。
奴隷兵であった。
だから、貴殿の気持ちはわからぬ。
だが、ご家族のことは心配であろう?」
「シーラ殿、失礼した。
何も知らず……、軍に身を置いた同じ類いと感じてしまっていた」
「私は、ラムシュノンの連絡員なのだ」
「ラムシュノン!
メルディ西辺の台頭著しい経済勢力のことだな!
ウクルルとラムシュノンは連合しているのか?」
「ウクルルとラムシュノンができる前から……。
ラムシュノンにご家族が生活できる屋敷を用意してもいいぞ。
ゴンハジに言えば、すぐに用意してくれる。フラーツ村がよかろう」
「ゴンハジ船長……。
ただの哨戒艇の船長ではないのか?」
「とんでもないわがままジジイだ。
ラムシュノンの実力者でもある。
貴殿のご家族をホルテレンから脱出させることができたら、ウクルルに降るか?」
「約束しよう。
私はホルテレンには忠誠を誓っていない。心配は家族だけだ」
2カ月後、ゴンハジは自ら指揮して、モンテの家族をフラーツ村に脱出させた。
モンテの父親は高齢で、体調が悪く働けない。妻は夫に比べれば若いが、没落上流階級の出身で働いたことがない。母親が違う妹は、まだ幼い。
家族の経済は、モンテが背負っていた。
モンテの手紙、モンテの写真、モンテの動画、モンテのメッセージによって、彼女の家族はモンテが家族のために海賊行為をしていたことを知り、彼女の希望に添ってフラーツ村に脱出することを承諾する。
モンテは、義理の母と妹が無事と知り、ようやく肝心なことを語った。
「黒幕は、有力議員のツェンゲルだ。
我らが盗んだ財貨はツェンゲルに届けられる。ツェンゲルはホルテレンで一番の実力者だ。
彼は自分の地位を脅かすウクルルに我慢がならないんだ」
この情報は、ウクルル全体で共有された。
その弊害もあった。
ツェンゲルの嫡男は、前線からかなり後方で軍務に就いていた。幹部候補の将校だが、女性に対する素行が悪くたびたび問題を起こしている。
シルカ、シーラ、亜子が姿を消したのは、ツェンゲルの嫡男の居場所がわかった数日後のことだった。
出世が約束された将校がたむろするクラブは、正規軍将校と若い女性しか出入りできない。もちろん、エルフだけだ。
その将校クラブに年齢の上限を超えたエルフの女性2人が入店する。驚異的な美形だからだ。
シルカとシーラは、目当ての将校をお持ち帰りした。
この夜、宿の客は一晩中、男の恐ろしい悲鳴で一睡もできなかった。
宿には亜子が待っていた。ポータブル電源から十分に充電したスタンガンで、ツェンゲルの嫡男をいたぶり続けた。
スタンガンの充電が切れると、ポータブル電源を使って再充電し、電源がつきるまで、ツェンゲルの嫡男を痛めつけた。
ツェンゲルの嫡男は、夜明けとともに解放された。だが、全身に局所的な火傷があり、それはペニスや睾丸も例外ではなかった。
ツェンゲルの嫡男は、全身の痛み、股間の痛みに耐えて、這って逃げた。
解放する際、シルカが嫡男に命じる。
「おまえの父親がこれ以上悪さをするなら、次は娘だ。
それを父親に伝えろ」
ツェンゲル家の世継ぎ候補は嫡男だけで、その嫡男は生殖能力を失っていた。
ツェンゲルは強欲の代償として、家名の存続を失った。
こうして、私掠船事件が終わった。
クルナ村南郊外に設けた市場は、想定以上に拡張し続けている。フェミ川を交易に使うようになったからだ。
クルナ村は、北のどん詰まりから、南への道の入口となった。内陸産の農産物を南に輸送する重要拠点に成長している。
本来は南への陸送拠点として建設されたのだが、河川輸送拠点としても急成長をとげている。
河川輸送はピコ島に送られ、ヒトやドワーフの領域の海岸部へ。陸上輸送は、同じく山脈東麓に送られる。
農産物がクルナ村に集まり、フェミ川を下って海に達し、沿岸を南下してピコ島に到る。
東エルフィニアには海軍がない。ヒトとドワーフは、小規模だが海軍のような組織がある。戦力としては、海賊対処の沿岸警備隊程度だ。
ヒトはヒトの領域の沿岸を、ドワーフは彼らの勢力圏を哨戒している。
だが、海上輸送能力が貧弱だったエルフは、海上警備能力を必要としなかった。
ピコ島が交易の拠点となると、海賊が北上してきた。海賊の多くは、ヒト、エルフ、ドワーフ、混血など何でもありな連中だ。
だが、意外なほど統率が取れていて、金品や荷の強奪はするが、無意味な殺しや身代金目当ての誘拐はしない。
耕介は「そんなに悪いヤツらじゃねぇよ。ホルテレンのクソ政治家と比べたら、天使だな」と奇妙な評価をしている。
この5年で決定的に変わったこともある。正規軍が敵対的でなくなった。友好的ではないが、ウクルルとの対立を避けるようになった。
クルナ村に駐留する正規軍指揮官は着任すると、まずはクルナ村の村長に挨拶し、次に村役会の長と面談し、その次に警察隊司令官と懇談する。
正規軍駐留部隊と警察隊との間には、定期的な意見交換の会議も設けられた。
駐屯地内の犯罪は軍警が、村内で起きた犯罪は下士官・兵・軍属を含めて保安官が取り締まることに決まっている。
将校に関しては、軍警か保安官のどちらか先に身柄を確保したほうに捜査権があることになった。
新たに着任してくる将校はウクルルを甘く見ている場合が多く、少なからず問題を起こす。
下士官・兵は独自の情報網があるらしく、ウクルルで問題を起こすと「ただじゃすまされない」と警戒しての赴任となる。
だから、酔っての狼藉などを含めて、問題行動は少ない。
ホルテレンの政治家はウクルルの経済的台頭に危機感を持ち、同じ理由で商人と農民はウクルルの封止を何度も画策してくる。
ウクルルは経済力を背景に、下士官・兵に対する傷痍軍人への経済的支援や退役軍人への社会保障などを行うことで、将校以外に限れば完全に軍を懐柔していた。
軍による武力行使が望めないことから、ホルテレンの政治家、商人、農民は、クルナ村を発する小型輸送船を襲撃する私掠隊を編制する。
耕介にとって、この私掠隊が厄介な存在になっていた。
海賊とは異なり、証拠を残さないためか平気で皆殺しをする連中だった。
そのため、私掠隊の存在は確実なのだが、証人がおらず、証拠を押さえることができなかった。
彼らは、6.5ノットも出る高速の小型帆走船を使っている。
しかし、襲われるのはエルフの帆走船だけで、クルナ村の動力船は追いつけないことから襲われていない。
しかし、放置すれば、ピコ島の交易に支障が出かねない状況だった。
耕介、太志、フリッツは、対策を協議したが、結論としてシルカと亜子の強硬手段しかないとなった。
その強硬手段とは、高速艇を建造して、私掠船を封じ込めるという案だった。
高速艇は建造できる。だが、操船の経験がない。
仕方なく、元海上保安官のゴンハジに相談するしかないのだが、この厄介な老人は、フィオラの父親となぜか仲がよくなり、村を牛耳りたがる老害連中ともいい関係だ。
耕介がゴンハジに弱いことを知っているので、村は大いに混乱する。
「いい船じゃないか」
ゴンハジの評価に耕介たちがホッとする。
「だが、船は水に浮かんでからだ」
進水前の船台にある高速艇の船体をゴンハジが撫でる。
「船体はエルフ船の技法で造ったんだな?
船底をV字にするには苦労しただろうな。
エンジンは?」
耕介が答える。
「フェミ川北岸で見つけたバスのエンジンを再生した。
水冷V8ディーゼル2基で、合計480馬力出せるよ」
「全長は?」
「18メートル」
「速力は?」
「計算上では、最大20ノット」
「無理だな。
18ノットが限界だろう。
だが、私掠船の3倍だ。十分に追いつける。
兵装は?」
「巨大な空気銃を造った。圧縮したメタンを爆発・燃焼させながら噴射する。
鋳造製の矢を発射するんだ。捕鯨砲みたいなものだよ。
口径75ミリ、射程距離は200メートル。命中したら私掠船の船体は砕ける」
「喫水線よりも下にあたれば、沈没か?
で、誰が乗るんだ?」
耕介がウンザリした表情をする。
「亜子とシルカ……」
ゴンハジが噴き出す。
「残虐ねぇちゃん2人か!
となると、目付役がいるな。
そうしないと、賊を虐殺しにしかねない」
耕介は、イヤな展開を感じていた。
彼の予想があたる。
「コウ、俺が乗ってやる。
俺が艇長を努めて、乗員を教育してやる」
耕介は泣き出したかった。亜子とシルカは、ゴンハジと気が合うのだ。
エンジンはゴンハジの意見で、コンチネンタル製直列6気筒9.865リットルR6602ガソリンエンジンを4基搭載することになった。
このエンジンは古い軍用トラック用なのだが、エンジンと補機類が木製ケースに入れられて捨てられていた。
12基あるが、使用の目的はわからない。拾いはしたが、完全な余剰品だった。
ゴンハジは「つまんねぇことに大事なディーゼルを使うな。もったいない。中古のガソリンで十分だ。224馬力が4基あれば、25ノットは出せるぞ」と。
通常は内側の2基で航行し、高速発揮時に4基を稼働させる。燃料タンクは1600リットル。外側2基はウオータージェット推進、内側2基はプロペラ推進で、12ノットなら1000キロの航海ができる。
乗員は6。艇長はゴンハジ、亜子とシルカ、その他クルナ村の3人が乗り込む。
フェミ川河口南岸はウクルルではない。この沿岸の村にウクルルが港を作ることはできない。
ウクルルは誰も脅さない。他村を窮地に追い込んだりしない。
そこで河口に近い大きな砂州に、臨時の補給廠を設営する。
この作業でも、上陸用舟艇型輸送船の特性が発揮された。輸送船と建設機械に圧倒されたのか、2つの村がウクルルへの参加を打診してきた。
この2村が加わると、ウクルルは20カ村となり、トレウェリの3分の1が勢力圏となる。
膨張するウクルル、衰退するホルテレン。
この図式は、政治家、官吏、軍人にとっては身の振り方を考えさせられるものだった。
海上を航行する高速艇の噂は、海岸部の村と街に瞬く間に広がった。
上陸用舟艇型輸送船は特異な機能で海岸部のエルフを驚かせたが、速度は圧倒的と言えるほど速くはなかった。
だが、今度は高速で航行する滑走艇だ。最速の汽船や帆走船をはるかに凌駕する25ノットで連続航行できる。
ゴンハジは積極的な私掠船狩りを、航行テストの段階から始める。
私掠船を追いかけ、臨検し、奪った物資があれば海に捨てさせた。
私掠船の周囲を5回も回れば、私掠船は逃れられないことを悟り、沈められるか、臨検を受け入れるしかなくなる。
強行接舷して、亜子とシルカが乗り込むこともあった。
また、私掠船に追われるドワーフの商船を救ったこともある。
マストにしがみつく乗組員が叫ぶ。
「ヒトの船だ!
たぶん、貨客船だ!
半日以内に追いつかれる!」
ヒトやドワーフの船では、貨物と乗客を同時に乗せる貨客船は少ない。貨物船がほとんどで、貨物船に乗客を便乗させることが多く、客室を持つ船は限られる。
貨客船に乗れる客は、間違いなく大商人か指導的地位の政治家だ。当然だが金目の物品と金貨・銀貨を積んでいるはず。
私掠船にとっては、最高の獲物だ。
ゴンハジはいままでの運用実績から、強行接舷による臨検が有効であることを実感していた。
そのことから、腕の立つ保安官補6を新たに乗船させていた。彼らは操船要員ではなく、船上での戦闘を前提とした隊員だ。
「機関全速!」
ゴンハジの命令で、高速艇が穏やかな海面で25ノットを発揮する。
ホルテレンの私掠船は、日没前に貨客船に追いつき、略奪の限りをつくすつもりだった。少なくとも、正規軍出身の船長はそう考えていたし、乗組員たちは多額の分け前を期待していた。
私掠船の任務は、メルディ沖合の航行の安全を脅かすこと。物資の強奪は命じているが、殺戮は表向き法度となっている。
しかし、すでに何人ものヒト、エルフ、ドワーフが死んでいる。黙して、財貨を差し出すわけがないからだ。
ピコ島はメルディの沖にあり、メルディとピコ諸島の間の海域は、ウクルルにとっての生命線となるシーレーンであった。
それなのに、ウクルルが出せる戦力は、全長18メートルのボート1隻しかないのだ。
その1隻で、活発化していた私掠船の活動を、瞬く間に抑制することに成功していた。
貨客船は機帆船だった。航海中は帆走し、無風だったり、風向が悪かったり、港内に入ると機走する。
古い船で、船長と乗組員はベテラン。巧みな操船で逃げ切る自信があった。ピコ諸島沖を通過すれば、ヒトの海域までわずかな距離だからだ。
私掠船は1隻ずつが独立しているのだが、複数船が連携して獲物を追うことがある。商船側は、これを戦狼作戦と呼んでいた。
「船長、後方に送り狼がいます!」
私掠船のマストにいる乗組員が、ウクルル艇の存在を報告する。
私掠船が貨客船を襲うまで、待つつもりだ。
私掠船の船長は、ウクルル艇の速力を知っていた。噂ではなく、彼女自身の目で見ていた。
判断は2つ。眼前の太った獲物を見逃すか、他の私掠船を呼んで襲撃を強行するか。
「狼煙を上げろ!
青だ」
ライバルでもある他の私掠船を呼ぶことにする。貨客船の頭を抑えられれば、ウクルル艇を出し抜いて、荷を奪える。ウクルル艇は1隻だけ。多勢を頼めば、どうにかなる。
船長はそう考えた。
「船長、貨客船はボイラーに火を入れていますね。煙突から黒煙が出ています」
ゴンハジは考えた。
「目的は2つだな。
煙幕を張ることと、機走にして機動性を上げること」
この逃走方法は、多くの商船が採用していた。
「船長、どうします?
仲間を呼んでいます」
ゴンハジが即答する。
「1隻ずつ潰す」
彼は、襲撃まで待てないと考えた。
「とぉぉりかぁじ(取舵)!」
貨客船の船長は、すべての帆をたたませると、速力最大でピコ島を目指す。
戦狼作戦にはまり込んだら、助かる術はない。この船には、女性や子供が乗っている。私掠船は殺しを楽しむし、暴行もする。すさんだ心の連中が多いから、財貨を渡して終わりとはならない。
客室に留まるよう命じているのに、恐怖からか乗客が甲板に出ている。
「船長!
貨客船が進路を変えました!
ピコ島に向かっているようです」
ゴンハジは、貨客船の船長の判断を賢明だと評価する。
「本船はこれより、商船を護衛する!
商船に近付く戦闘船はすべて排除する!
取舵、全速!」
貨客船の船長は、心底から「助かった」と感じた。
「あの小さな船は何ですか?」
甲板にいた若い婦人の問いに、船長が微笑む。
「ウクルル艇です。
護衛してくれるそうです」
ヒトの軍服を着ている壮年の男性が、船長に食いつく。
「あんな小舟に何ができる!」
船長が軽くあしらう。
「海賊は、もう襲ってきませんよ。
ウクルル艇を相手に戦うなんて、自殺行為ですからね」
貨客船の船長の判断は正しかった。貨客船がピコ島に向かうと、風向が悪くなり、帆走の私掠船は速度を落とした。
一方、貨客船は機走に移ったので、最大船速8ノットで逃げる。
貨客船の進路を塞ごうと集まり始めていた私掠船たちは、貨客船が進路を変えたことから、追撃に移った。
貨客船の乗客たちは、ウクルル艇の速度に驚愕している。
ピコ島の入り江には、多くの商船が停泊している。貨客船は投錨したが、桟橋には近付けない。
しかし、乗客は島に上がりたがった。また、貨客船の船長も乗客を上陸させたかった。
経験則でしかないが、天候の悪化が予測されたからだ。
ウクルルの小型貨物船が海岸の砂浜と各船を往復している。
船の乗組員以外は、上陸するよう勧められているからだ。
天候の悪化はほぼ確実で、程度がわからない。
島長が上陸したゴンハジを捕まえる。
「どの程度荒れる?」
「気圧がどんどん下がっている。
こりゃぁ、とんでもない嵐になるぞ」
「あの山が東からの風を防いでくれるんだが、この入り江でも船はかなり揺れるな」
「乗客全員が泊まれる宿は?」
「ゴンハジ、こんなに船が集まったことはない。
だが、何とかする」
亜子はエルフたちと別れて、飯屋に向かう。
店の給仕兼娼婦の女性が亜子に声をかける。
「アコ、会えて嬉しいよ。
嵐が来そうだね」
「ただの嵐じゃないよ。
気圧がどんどん下がっているから、家に早く帰るか、ここに泊まるか決めたほうがいい。
妹がいたよね。
一緒のほうがいい」
亜子の話を聞いていた店主が、給仕の女性に促す。
「海岸は危険だ。
風が強くなる前に妹を連れてこい」
彼女の顔が険しくなり、すぐに店を出た。
風は深夜になって強くなり、大きな建物でも揺らすほどになる。
「眠れない夜になるな」
店主の言葉に亜子が頷く。
「夜明け前に風が一番強くなって、雨も激しく降るよ。
明日の午前中の出航は無理だね」
「何か食うか?」
「肉が食いたい」
「それじゃぁ、ブタの肉を焼くよ」
10年に1度とされる大嵐が過ぎると、海岸にはたくさんの漂流物が漂っていた。
だが、沈んだ船はなく、修理不能な船もない。入り江の両側にそびえる崖が風を遮ったので、どの船も無事だった。
もちろん、マストが折れたり、浸水した船はある。
それでも、軽傷が数人いただけで、死者はいなかった。
午後になり、風がやんだので、ゴンハジは入り江から出て、島の周辺を調査することにした。
ウクルルの小型輸送船も参加することになる。
遭難した商船がないか調べるためだ。
入り江の出口は、悲惨な状態だった。形状が残る船が14隻、完全な残骸が砂浜に無数に打ち上げられている。
海面には死体。浜辺にも死体。
シルカがその光景を見渡す。
「私掠船か?」
戦闘員が呟く。
「20隻はあるぞ」
亜子が嘆く。
「入り江の出口で、待ち伏せするつもりだったんだ。
私掠船を集めて、商船の積み荷を根こそぎ奪う気だった。
その強欲を自然が許さなかった」
ゴンハジが亜子を見る。
「俺も許さねぇよ。
だが、いまは救助だ。生存者がいるかもしれない。
陸上と海上にわかれて捜索する」
私掠船各船に30人が乗り込んでいたとして、20隻が遭難したなら、600人が海に投げ出されたことになる。
これは大災害だ。
ピコ島は、櫂走のカッターボート、エンジン付きの10メートル機動艇、上陸用舟艇型15メートル輸送船など、あらゆる小型船を出して、遭難救助を行った。
引き潮でかなり沖に流されたが、ちぎれた舷側につかまって女性の船長は生き残っていた。
彼女は、ウクルルの小型輸送船に救助された。激しく衰弱していたが、幸運にも無傷だった。
彼女の証言で、私掠船船団の正確な規模がわかった。
「22隻、空前の大船団だ。
この船団で、ピコ島を襲えば、永遠に沈黙させられる」
彼女たちに誰が命じたのか?
それは、彼女も知らない。しかし、彼女は元正規軍の将校で、軍の命令で私掠船の船長になった。
ただ、正規軍は私掠船の行動に関与していないという。特定の政治家のグループが仕切っているらしい。
これは、以前から知られていることだ。そのグループの実体がわからない。
700人近い私掠船の乗組員のうち、ピコ島が生存を確認したのは8人だけだった。
そして、私掠船の多くが海に沈んだ。
生き残った私掠船船長は1人だけで、彼女はウクルルに引き渡されることになった。
ゴンハジが強く望んだからだ。
ピコ島の島長は、捕虜たちに「おまえたちは、奴隷としてヒトの内陸に送るからな」と伝えたが、彼はそういうことはしない。
たぶん、穏当な罰を科すだろう。女性船長については「美形だから、ウクルルのほうが安全だろう」との判断をした。
私掠船に恨みを持つ島民が多いからだ。
彼女の名はモンテ。ウクルルで罪を犯したわけではないので、捕虜ではなく、食客としてシルカの館に囚われた。
身分はどうあれ、囚われの身であることに変わりはない。
私掠船団が壊滅したことから、ゴンハジは大量の土産を持ってフラーツ村に帰った。
モンテは、我が身の行く末を悲観していた。解放されたとしても軍には戻れないし、家族に無事を知らせる手紙を書くことも躊躇った。
彼女が捕虜となったことがホルテレンに知られたら、家族に災いが及ぶ可能性があると感じたからだ。
モンテがシーラに相談する。
「貴殿は、ウクルルのものではないと聞いた。私が仕送りをしないと、我が家族は食に困る。どうしたらよい?」
シーラには、モンテの事情を理解する意思がない。
「どんな事情かは知らぬが、盗みは悪事だ。
船長は盗みをしたのだ」
「多くを家族に渡したので、しばらくはどうにか生活できるだろう。
だが、1年、2年は無理だ」
「モンテ殿、貴殿が盗んだ財貨はヒトの内陸国を買えるほどの額になるのだぞ。
ご家族は安泰であろう」
「シーラ殿、違うのだ。奪った財貨は、私と乗組員がわけたのではない。
我らが受け取れるのは、ごくわずかだ。
私の首がはねられることはないと聞いたが、ならば家族が気になる。幼い妹がいるのだ。
父はすでに老人、実の母は他界したが、義理の母はいい人なのだ。私に優しかった……」
「家族のために、盗賊になった……?」
「家が没落していくのは、世の常。
だから、私は軍に入った。
しかし、女では軍で出世はできない。
少ない給金では、家の経済が持ちこたえられない。
だから、私掠船に参加した。
貴殿もどこかの軍にいたのであろう?
気持ちをわかってもらうことはできぬか?」
「モンテ殿、私も軍にいた。
志願したわけではない。
奴隷兵であった。
だから、貴殿の気持ちはわからぬ。
だが、ご家族のことは心配であろう?」
「シーラ殿、失礼した。
何も知らず……、軍に身を置いた同じ類いと感じてしまっていた」
「私は、ラムシュノンの連絡員なのだ」
「ラムシュノン!
メルディ西辺の台頭著しい経済勢力のことだな!
ウクルルとラムシュノンは連合しているのか?」
「ウクルルとラムシュノンができる前から……。
ラムシュノンにご家族が生活できる屋敷を用意してもいいぞ。
ゴンハジに言えば、すぐに用意してくれる。フラーツ村がよかろう」
「ゴンハジ船長……。
ただの哨戒艇の船長ではないのか?」
「とんでもないわがままジジイだ。
ラムシュノンの実力者でもある。
貴殿のご家族をホルテレンから脱出させることができたら、ウクルルに降るか?」
「約束しよう。
私はホルテレンには忠誠を誓っていない。心配は家族だけだ」
2カ月後、ゴンハジは自ら指揮して、モンテの家族をフラーツ村に脱出させた。
モンテの父親は高齢で、体調が悪く働けない。妻は夫に比べれば若いが、没落上流階級の出身で働いたことがない。母親が違う妹は、まだ幼い。
家族の経済は、モンテが背負っていた。
モンテの手紙、モンテの写真、モンテの動画、モンテのメッセージによって、彼女の家族はモンテが家族のために海賊行為をしていたことを知り、彼女の希望に添ってフラーツ村に脱出することを承諾する。
モンテは、義理の母と妹が無事と知り、ようやく肝心なことを語った。
「黒幕は、有力議員のツェンゲルだ。
我らが盗んだ財貨はツェンゲルに届けられる。ツェンゲルはホルテレンで一番の実力者だ。
彼は自分の地位を脅かすウクルルに我慢がならないんだ」
この情報は、ウクルル全体で共有された。
その弊害もあった。
ツェンゲルの嫡男は、前線からかなり後方で軍務に就いていた。幹部候補の将校だが、女性に対する素行が悪くたびたび問題を起こしている。
シルカ、シーラ、亜子が姿を消したのは、ツェンゲルの嫡男の居場所がわかった数日後のことだった。
出世が約束された将校がたむろするクラブは、正規軍将校と若い女性しか出入りできない。もちろん、エルフだけだ。
その将校クラブに年齢の上限を超えたエルフの女性2人が入店する。驚異的な美形だからだ。
シルカとシーラは、目当ての将校をお持ち帰りした。
この夜、宿の客は一晩中、男の恐ろしい悲鳴で一睡もできなかった。
宿には亜子が待っていた。ポータブル電源から十分に充電したスタンガンで、ツェンゲルの嫡男をいたぶり続けた。
スタンガンの充電が切れると、ポータブル電源を使って再充電し、電源がつきるまで、ツェンゲルの嫡男を痛めつけた。
ツェンゲルの嫡男は、夜明けとともに解放された。だが、全身に局所的な火傷があり、それはペニスや睾丸も例外ではなかった。
ツェンゲルの嫡男は、全身の痛み、股間の痛みに耐えて、這って逃げた。
解放する際、シルカが嫡男に命じる。
「おまえの父親がこれ以上悪さをするなら、次は娘だ。
それを父親に伝えろ」
ツェンゲル家の世継ぎ候補は嫡男だけで、その嫡男は生殖能力を失っていた。
ツェンゲルは強欲の代償として、家名の存続を失った。
こうして、私掠船事件が終わった。
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